第八話 『ザクロアの死霊王』 その7


『団長!!ユニコーンの騎兵がッ!!最後の戦力が、やって来ますッ!!』


 敵兵を体重で押しつぶしながら、ジャンがオレに報告をくれる。そうかい。戦に夢中になりすぎて、忘れそうになっていたぜ?


 ……オレも、かーなり血が流れ過ぎちまっているからな―――っと!!


 ザギュシュウウウウウウウッッ!!


「ふん。背後から襲いかかる時に、踏み込みなんざに力を入れるんじゃねえよ。沈んだ地面が上げる音に気づけるヤツもいるんだよ」


「……あ、あ……ぁ―――」


 胴体を両断をされるという授業料を支払いながら、奇襲のイロハを学んだ男が死ぬ。帝国兵がまた一人、オレの竜太刀の犠牲となったのさ。


「さて!!次だ、次ッ!!」


 敵を殺したオレは、仲間たちと一緒に走る。戦場には剣戟と血潮のにおいが満ちあふれていた。


 数で負けるオレたちにとっては、陣形さえ崩壊したこの乱戦が、最も多くを殺せる。もちろん、最高のシナリオは?……クレインシーのじいさんを撤退まで追い込むことだ。だが、それが叶わないなら?


 ……可能な限り、第五師団の兵士どもを殺す。


 戦ってみて分かったぞ。第五師団の兵士たちは精強なのではない。個々の能力は平均並みか、下手するとそれ以下でしかない。それを補うのは、ザック・クレインシーが植え込み育て上げた組織哲学。


 見事なものだ。ここまで陣形を崩されていても、彼らは常に小集団を作りあげ、より長い時間を生存してやろうと必死だよ。それが耐久を産みだし、数的有利の理論を強めていく。


 ストラウスの死をも恐れぬ攻撃性とは、全くの逆だ。


 本当にオレたちは、反対側に立っているな、ザック・クレインシー。


 でも、不思議と嫌悪感を持つことはないぞ。


 いいや、それどころか、悪くない考え方だと、うなずけているよ―――ほんと、アンタがそこまで強くなきゃ、オレたちはもうとっくに、この三万人の弱兵どもを平らげてしまっているはずさ。


 強いね。アンタは、オレが知る将軍どもの中でも、手勢の力を最大限に活かすことにかけては、最高の戦術家だよ―――ぶっちゃけ、コツを伝授して欲しいトコロだよなあ。


 アンタに授業してもらうと、より良い経営者になれそうだ。


 教訓で一杯だろうからね、アンタの泥臭い人生はさ?


 ……ホント、そんな『時間』も無いのが、残念だわ―――ふん!湿っぽい感情を抱いている場合じゃねえよなあッ!!もう、一踏ん張りは、しねえとなあッ!!


『団長!!ユニコーンが到着しますっ!!』


「おう、分かった!!ゼファー、オレを乗せろッ!!」


『うん!!『どーじぇ』!!のって!!』


『僕たちも、団長が乗るのを、サポートしますよ!!ギンドウさん!!』


「へいへい!!おーら!!雷で焼け死ねやッ!!」


 ギンドウの雷の魔術が敵を焼き、ジャンの突撃と牙が、帝国兵士の動きを封じ込める。


 この隙をオレを活かすぞ。背中の鞘に竜太刀を収めて、跳び箱の要領をつかい、下がったゼファーの頭を手で押さえながら越える、その背へと飛び乗った。


「……さて!!ユニコーンたちの、盾になるぞ!!……アレを、使う、分かるな!?」


『うんッ!!……『りゅうのほむらの』だねッ!!』


 そうさ。よく分かってるな。さすがは、オレのゼファーだぜ!!


 ゼファーがゆっくりと脚を前後に開く―――重心を低くしているのさ。オレのマネしているな。大技使うときは、そうだ、足の指で大地を掴む。姿勢を低くして、踏み込むための構えをつくるもんだよ。


 ―――さて。土壇場で、初体験といこうかね。


 オレは左右の手のひらを、ゼファーの首のつけ根に当てる。呼吸を一体化させて、お互いの魔力をシンクロさせていくのさ―――ククク、ゼファーの体内を蠢く、太陽みたいな熱量を感じるぜ。これが、ゼファーの……竜の魔力。


 今から、『これ』に『竜の焔演/複合強化魔術』をかけるのさ。


 そうだよ、竜に魔術のドーピングをかけるんだよ!大胆なコトするだろう?竜騎士の奥義である、『竜の焔演』さ。ゼファー単独じゃあ、まだマトモには使えない。


 さすがに、この魔術は高度過ぎるからな。


 だが、そんなときのために、ストラウスの剣鬼が、竜の側にいるのだ。


 オレの最終作戦のコンセプトは分かりやすいだろ?シンプルだ。ゼファーを強化して、突撃しようってのさ。まあ、そうなんだが―――成功する確率は、そこそこ低いんだよね……。


「ゼファー、集中するぞ。よくて五割の成功率だ」


『……うん。がんばる』


 うん。がんばる、か。


 ……そうだな、けっきょくのところ、ヒトだろうが竜だろうが、土壇場でやれることってのは、そういう小さなコトだけさ。なんていうか、さすが竜マニアのオレだな。心が楽になる。


 いい子だぞ、オレのゼファー。死んだら、星の海に泳ぎに行こうぜ。生きていたら、リエルやロロカとミアといっしょに、温泉に入ろう。オレとお前なら、その桃源郷に辿り着けるような気がするぜ。


「団長!!早くしろ!!」


『で、できれば、いそいで!!か、かなり!!敵の抵抗が、激しいですよッ!!』


「うむ。では、行くぞ!!魔力を、解放しろ、ゼファー!!制御は、オレに任せろ!!」


『うんッ!!……はああああああああああああああああああああああッッ!!』


 信頼が形となるのさ。まるで火山みたいなエネルギー、そんな膨大な魔力がゼファーの体から放射されていく。知っていたつもりになっていたが―――コレは、想像以上の力だぜ。


 ゼファーよ、お前は、やはり『耐久卵の子/ドラゴン・イーター』だな。種の存亡に備えて、攻撃性を高められた肉体を持って生まれた、『同族殺し』。竜すら喰らう、その闘争本能が、今、オレの肉体と魔力に融けていた。


 鼻血が出る。魔力に酔ったのさ。オレほどの魔力を持つ者にしては、まず、あり得ない現象なんだがね。それだけ、ゼファーの魔力が特別にスゲーってことさ。


 たとえるなら、死ぬほどグツグツ沸騰してるスープ?牛肉が今にも爆ぜちまいそうなレベルで煮込まれている、その液体を、一気飲みするような気分かな―――ほんと、大やけどというか、下手すりゃ死ぬってイメージ。


 つまり、最高だな。


 ゼファーよ、その猛る『ドラゴン・イーター』の力を、オレに使わせてくれるっていうんだからな。


 なんだかよ、この星を産んだ創造の神さまに、委任状をもらった気持ちだよ。ソルジェ・ストラウス。お前に世界で最高の生物と、共に在ることを許す―――。


 ニヤリと笑う。


 歓喜に染まったその微笑みは、もちろんゼファーみたいに牙を剥くのさ。シンクロしているゼファーの金色の目が光を放ち、オレの左目も金色の魔力にあふれていく。


 左眼をおおってくれていたミスリルの眼帯を引きちぎり、オレは、叫ぶのさッ!!


「―――行くぜッ!!『竜の焔演』ぉおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


 ……これは、ヒトに許されている『三つの属性』の魔術の共演さ。


 第一の属性、『風』。ゼファーの脚に『疾風』の祝福を与えて、ユニコーンにも負けぬ走力を与えるだろう。


 第二の属性、『雷』。ゼファーのアゴと尾には『雷神』の加護が加わり、より力強い破壊を体現するのさ。


 そして、第三の属性、『炎』。ゼファーの牙と翼には、火焔の活性が宿り、その切れ味たるや、岩さえ容易く切って裂く―――。


『……ちからが、わいてくる……ッ』


「そうだ。暴走させるな、その力を恐れることなく、一緒にいてやれ」


『うん……このちからは、ぼくと……ひとつにとけあう!!』


 オレとゼファーが黄金色の魔力の光を帯びていく。心地いいね、そして、優越感を抱けるぞ。この神がかった力と一緒に、戦えるなんてのは、光栄の極みというものだ。


「……スゲーぜ。あんな高度な魔術を、竜に使っちまうっすか……?」


『魔術を使えない僕にも、分かります……これは、危険なぐらい……スゴい』


 ―――そうだよ、ジャン。


 見ておけ!!これが、オレとゼファーの最終奥義ッ!!


「―――歌えッ!!ゼファーぁあああああああああああああああああッッ!!」


『GHHAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHッッ!!』


 金色の眼と、全身を包む魔力のオーラから、黄金に輝く風を解き放ちながら!!ゼファーは『破壊神』へと化けていたッ!!


『うう!!ちからを、もっと、こうりつ、よく、つかうううううううううううッッ!!』


「おいおい、まさか、これは―――ッ!!」


 そのとき、ゼファーの『翼』が異形するのさッ!!


 オレの眼は見開かれ、竜族の神秘を目撃しようと必死だった。


 竜ってのは、とんでもなく合理的だ。ちょっと鳥にも似ているな。鳥たちは、超長距離移動である『わたり』をする直前、肉体を変化させるだろ?


 まずは内臓を巨大化し、大量のエサをその身に蓄える。第一の変身だ。食うため専用の形態ってわけだ。そして、たらふく食ったら?寝ちまうのさ。その翼に生えていた羽根を落として、寝る。寝てるあいだに『わたり』のために巨大化させた、『わたり』専用の大きな風切り羽根を生やす。


 そして、目が覚める頃には、太っていた肉体は、長距離飛行形態への移行にエネルギーを消費したせいで、理想的な体重へと痩せているのさ。ダイエットと肉体改造を寝ながら完了する。ほんと、合理的なことをするだろう、鳥さんたちは。


 でも―――ゼファーの『変身』は、もっと合理的なのさ。


 翼が歪み……骨がメキメキと裂けながら、形状そのものを変異させてしまう。そうだ、今、この戦場では、もう『翼』はいらないと判断したんだよ。


 むしろ、今このとき欲しいのは、敵をなぎ払うための『武器』だろ。


 だから?


 脚の筋肉を肥大化させて、尻尾の筋肉もそうだ。そして、『翼』を……『腕』へと変えやがる。三つの指と、三つの爪を持つ、太くて逞しいマッチョな『腕』になッ!!


「ハハハハハハハッ!!『ドラゴン・イーター』に、『竜の焔演』が混ざると、こんなコトになるのかよッ!!」


『ゼファーが、へ、変身しましたよ、ギンドウさん!?』


「お、おお。す、スゲーな……戦況に合わせて、肉体さえも変えちまったっすか……なんていうか、合理的過ぎる、生物だ……っ」


『……ん。こんな、かんじ?』


 わきわき。ゼファーがその巨大な爪を開閉し、使い勝手を確かめている。肩の骨格まで、ヒトに近づけやがったな。ブンブンと、パンチを練習する。完璧。いいワン・ツーだ。


『……『どーじぇ』!!これなら、てきを!!』


「殴って、引き裂くぞッ!!行けッ!!ゼファーぁああああああああああああッッ!!」


『ガルルルルルルウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッ!!』


 ゼファーの突撃が始まる!!


 丁度いいタイミング、ユニコーン騎兵たちも敵を蹴散らし、オレたちに追いついてきた。


「ディアロスたちよ!!一緒に突破するぞッ!!」


「イエス・サー・ストラウスッッ!!」


「貴方と共に走れるのなら、地獄に落ちたとしても、悪くは無いッ!!」


「ああ!!一緒に、死のうぜ、友よッッ!!」


『てきは、みなごろしだああああああああああああああッッ!!』


 ゼファーが初めての『腕』を振るう。


 罪深き腕は、一振りで五人もの騎士を、肉片へと変える。気に入ったようだ。ゼファーが敵の群れに飛び込みながら、左右の爪と拳のコンビネーションで、ファリスの豚どもを血祭りにしていくぜ!!


 圧倒的だ!!


 ゼファーの開けた穴から、ユニコーン騎兵たちがつづき、片っ端から敵兵を血祭りに上げるのだ!!興奮したゼファーが咆吼し、口から火球を三連続でぶっ放す!!


 敵陣が、焼き払われていく!!


 強い!!オレまで、興奮してしまう!!強すぎるぜ、ゼファーよッ!!……残された『時間』は短いが……これだけやれば、オレたちは、全てを出したと胸を張って言えるだろう!!


 たとえ―――この突撃の先に……妙な暗雲が立ちこめていたとしてもな。


 そうだ。


 オレは、感づいている。暗雲じゃねえな……黒煙だ。ゼファーに乗っているから、先まで見通せる。オレたちの行くべき場所に異変があった。孤軍奮闘の1000人たちは、まだ必死に戦っているが……そのすぐ後ろには、煙が立ちこめすぎて、見えない。


 オレたちもよく使うから、分かる。あれは、煙幕だ。


 何かがある。そう、クレインシーの策があるようだな……だが、ほとんど暴走状態のゼファーをコントロールする魔力はオレにも残っていない。


 残念だが、止められないんだよ。ならば、行くところまで行くしかないさ。


 このまま破壊の限りを尽くしてね。そして……ザック・クレインシーよ。奇策が嫌いなアンタの使う、奇策ってモノを、拝ませてもらおうじゃないか―――?


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