第八話 『ザクロアの死霊王』 その6


「……ククク!!クレインシーのじっさまめ!!オレたちをぶっ潰しに来るか!!」


「オレたちというか、多分っすけど、団長のことっすよねえ」


 ギンドウが敵兵を食い千切っているジャンの背中で、水筒のフタを開けながら何かを飲んでやがる。酒かな。


 ……オレとジャンとゼファーのせいで、辺り一面、内臓やら血やら肉片だらけだけど、コイツの感性は食欲を鈍らせるという発想はしないのさ。


「……オレのことを殺しにか?」


「そうっすよ。この戦場で、敵将が一番、恐れるのは、アンタだもん」


「……そりゃ、名誉なことだなッ!!」


 グシャリ!!竜太刀を受け止めていた兵士の槍を力ずくでへし折って、そいつの脳天をかち割ってやる。ジャンとギンドウの加勢のおかげで、ずいぶん斬りまくったが、それでも、敵はまだまだいやがるぜ。


 視界の先から進軍ラッパの曲と、雪を踏み融かすほどの熱を帯びた突撃が迫ってくるぞ。視界の大半を埋め尽くしてしまうほどだ。


「で。アンタを殺すために、大勢来ますぜ?どうするんすか?」


「決まっているだろう?……アレでもまだ半分だ!!1000人の仲間たちが粘ってくれているおかげでなッ!!行くぞッ!!彼らと合流し!!オレたちも戦場のど真ん中で大暴れしてやるぜッ!!」


『当然ですよね、団長は、そうでなくちゃ!!』


「はあ、あちこち矢は刺さってるし、傷だらけなのに、君らは本当に戦好きだよね」


 そう言いながら、ギンドウがジャンの背中から降りる。そうだよ、クソ体力がないお前のために、ジャンがわざわざ気を利かしてくれて、体力を維持させた。


 ロロカ先生いわく、今回の戦の肝は?


 戦力の温存だ。


 『質』ではオレたちが上だ。だから、帝国の連中はローテーションでも組んで、兵を休ませながら戦うと、ロロカ先生は予測済み。『数』を最大限に活かすには、そうするのが妥当だろ。


 だから?……こっちも対策を取らなくてはならない。


 オレやゼファーが先陣を切らなかったのも、ユニコーン騎馬兵たちが段階を置いて参戦したのも、『体力を温存させたい』という理由からだ。


 うちの場合は、この欠陥が多いものの『大魔術師』であるギンドウくんだな。戦力を小出しにすることで、相手の『数』に耐えるのさ。


 シンドイが、それだけに効果はあったな。


「ジャン!どれだけ死んだ?」


『え、えーと、こっちは2000ぐらい。あちらは、6000近いでしょうね』


 脅威の嗅覚は、『フェンリル』になると更に精度を上げていやがる。アリアンロッドめ、何か『息子』にサービスでもしてくれたかね?


 あのママさんなら、それぐらいの神秘をくれてもおかしくはない。見ているか、アリアンロッド、お前の息子は、今日も戦場で死ぬほどヒト殺しまくってるぞ。


「……上出来だ。それだけ殺せたのなら、もう一踏ん張りだな……おい、ゼファーッ!!知らせを出すぞッ!!『オレたちに出来る最後の策』だッ!!」


 帝国兵の上半身を呑み込みながら、オレのゼファーはこちらを向いた。大きな頭を、縦にうなずかせるのさ?竜って、サイコーに可愛いよな?


『うん!!わかったよ、『どーじぇ』!!』


「戦場の全てにかける大号令だッ!!大きく頼むぜ、ゼファーよ……歌えええええええええええええええええええええええええええええッッ!!」


 こういうときにもストラウス性が頭を出してくるよな?


 ……勝負事が好きだ。竜の巨体から出る歌に敵わない?そりゃ、知っているけど。でも、負けたくねえから、こうやって、とにかく大きな声で叫ぶのさ!!


 そうだ。だから、オレのゼファーも、大きな翼を空へと広げて、肋骨を挙上し、可能な限りの空気を肺に送り込む。ぱんぱんになるほど胴体を膨らませた後で、歌うのさッ!!


『GHHHAAAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHッッッッ!!!!』


 それは、絶対的な力の象徴。


 鼓膜どころか横隔膜まで、ガンガン揺らされちまうほどの大音量だ!!オレたち目掛けて突撃してきていたはずの第五師団の連中が、この歌に宿った『恐怖』の前に、本能が竦んでしまう。


 正気の連中なら?


 とても近寄りたくないだろう?


 殺す気に満ちた、この黒い竜なんかによッ!?


 ―――そして、この歌には、裏の意味もあるのさ。空をも振るわすこの歌は、戦場にいる全ての仲間たちに、意志を伝える。勇気を与える。オレたちは、今から共に、己の心に宿る勇気を爆発させるのだという覚悟を、共有させるのさ。


 さあて?


 自由を守った先輩諸兄にあやかってよ?


 ……死ぬ日が来たぜ、皆の衆ッッ!!


 オレはアーレスの竜太刀を雪が舞い落ちる天へと掲げて、叫ぶのさッッ!!


「同盟軍よッッ!!全軍、突撃だあああああああああああああああああああッッ!!」


 オレの歌に呼応するように、戦場のあらゆる場所で咆吼が空へと捧げられる!!


「うおおおおおおおおおおおおおお!!」


「帝国軍を、ぶっ殺すぞおおおおおおおおッッ!!」


「ここは、ザクロアは、我々の土地だああああああああああッッ!!」


「侵略者どもを、生きて返すなああああああああああああああああああっ!!」


『アオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンッッ!!』


 『フェンリル』の歌声も、そして、普段は無口なユニコーンたちのいななきも!!あらゆる戦士たちが、オレたちと勇気を共有するのさッ!!


 なんだか、楽しいだろう、ゼファー!?


 そんなに帝国豚の血で赤く染まった口元を緩ませて、銀色の牙を見せつけやがってよ?きっと、オレもうちの仔にそっくりな貌で嗤っているんだろうなあ?


「行くぞおおおおおおッ!!ゼファーぁああああああああああッッ!!最前列は、オレたちの特等席だああああああああああああッッ!!」


『GHAAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHッッ!!』


 元気があふれてくるよなあッ!!竜が歌って、ストラウスの剣鬼が一緒にいれば?それほど幸福な場所と時間は、この世には他にはねえっつーのッ!!


 オレは竜太刀を肩に担いだまま、一万いくらの『数』に向かって突撃していく!!ゼファーも同じく、戦場に転がる死体を蹴飛ばしながら、敵目掛けてまっしぐらだ!!


 ギンドウもジャンも、後ろから続いてくるのが、魔眼を使わなくも分かる。なにせ、こういうことには慣れている。オレたちは、仲間。オレたちは、『パンジャール猟兵団』だ!!絆を確かめる術などに、もはや魔眼など必要ないのさ。


「ひ、ひいいいいいッ!?」


「た、たった、二人と、竜一匹と……犬だけで!?」


「な、何を考えているんだ、貴様たちはああああああああッ!?」


「ハハハハハハハッ!!猟兵に、つける薬なんざ、この世にはねえんだよおッ!!」


 怯えて固まる帝国兵士を真っ二つに斬り捨てながら、オレは宣言する。


 そうだよ、オレたち死ぬまでバカだ!!……いいや、そうじゃない。死んでも、きっとバカだよな!?オレ、死んだら、多分、あの『ミストラル』みたいなバカになるのさ!!


 死んでも、きっと戦好きッ!!


 ―――そういうヤツにもなりたいが……でも、オレはアンタに勝ってしまったんだからな、『ミストラル』よ!!アンタに出来なかったことを成し遂げなくては、ハナシが合わないってもんだぜ?


 証明してやるよ。


 オレたちの『力』で戦場を砕く!!……見せつけてやるぜ、全てを一つに融け合わせた、オレたちの『力』の、強さをなッ!!


『ガルルルルルルルルルルルルウウウウウウウウウウッッ!!』


『アオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンッッ!!」


「動物どもが、うるせえぜ!!ほらよ、オレさまの大魔術を、喰らっちまいな!!腕とよ……あと、お袋の仇だ、クソ帝国人どもめええええッ!!」


 瞬間だけの威力なら、リエルにも比類するギンドウの強大な魔力が、雷の雨となって敵軍を焼いていくッ!!いいねえ。だから、アホすぎる君を、オレはどっか好きなんだぜ、ギンドウよ!!


「行くぞッ!!猟兵どもッ!!帝国の豚どもを、血祭りにしてやるぞッッ!!」


『うん!!』


『了解っ!!』


「任せろや、サー・ストラウスッッ!!」




 ―――それは、十三鬼の猟兵と、一匹の黒い竜の歌。


 一騎当千を地で行く戦士たちは、戦場へと襲いかかるのだ。


 竜の劫火が大地ごと、敵の群れを焼き尽くす。


 巨狼の牙と足の爪が、鎧ごと兵士を切り裂いた。




 ―――ハーフ・エルフは全力を解禁、狂った心のままに、魔術を放つ!!


 雷の嵐さ!!彼の心は、覚えているぞ、腕を切られたその夜に!!


 雷が鳴っていたことを!!


 帝国兵に陵辱されたあとで、首を切られる母親を、その目で見ていたことを!!




 ―――怒りと復讐が、魔術となって、軍勢を呑み込んでいく。


 ひひひ、と何処か壊れた声と貌で嗤うその魔術師のそばを、魔王は駆けていく。


 並ぶ者なき剣の嵐が帝国兵の肉を斬り、灼熱まとった魔剣が、彼らを爆破する。


 勇気など、魔王の前には崩れてしまう?いいや、勇気があってもムリさ。




 ―――ソルジェ・ストラウス、我らが『パンジャール猟兵団』、最強の団長サマ。


 誰が勝てるんだい?


 バケモノぞろいの僕たちが、絶対に勝てないと認める団長に?


 そうだよ、ソルジェ、認めさせろ!!クレインシーに、君の『力』をね!!




 ―――戦場は動いている、全方位からの一斉突撃に、第五師団の足は竦む。


 クレインシーは、この狂気に動揺することはない。


 あらかじめ、予測していたことではある、ゆえに前進させていた。


 竦んだ足が、前進速度を抑えたとしても、前のめりなら耐えられる。




 ―――耐えられる、ハズだ……そうなるように、コントロールしたはずだ。


 『力』は、『数』で抑えられる……ッ。


 問題は、最後のユニコーン、500騎だ。


 もう、分かっているぞ、どこから来るのかなどッ!!




 ―――そうだ、クレインシーは前だけにらむ。


 ザクロアの城壁が……その古びた城門が、開いていった。


 そこから?


 残りのユニコーン500騎の登場だよ、最後の戦力補充さ!!




 ―――ユニコーン騎兵たちが、戦場の中心を目掛けて駆け抜ける。


 ロロカたちが受け止めていた、重装騎兵を無視してね!!


 彼らが走るのは、ソルジェたちが切り開いた道、そこを走るのさ!!


 全ては、敵の中心に、破壊をもたらすために!!魔王と共にあるために!!




 ―――さて、そろそろ、私も行きましょう。


 現れた白夜にロロカは飛び乗り、そう語る。


 先ほどまで、ロロカと互角に戦っていた黒髪の戦乙女は激怒する!!


 ふざけるな、街を捨てて、どこに行く!?私との決着は!?




 ―――この街は、無人ですよ。


 住人は、北へと非難しています。


 我々は、土地や家を守るのではないのです、ザクロアの魂を守る。


 ……どういうことだ、戦乙女はロロカに訊いた。




 ―――愛するヒトのそばで、戦うのよ?


 愛するヒトのそばにいてもいいの、それが、自由ってことでしょう?


 謎かけされたのだろうか、シャーリー・カイエンには分からない。


 ただ、ロロカの空の瞳は、シャーリーなんて見てもいなかった。




 ―――さあ、行くわよ、白夜!!


 私たちの、愛するヒトのところに!!


 ソルジェ・ストラウスのとなりに!!


 ユニコーンは、いななき、風より速い走りで応えた!!




 ―――リエルは殺した帝国騎兵から、馬を奪っていた。


 ミアはちゃっかり、その背に乗った。


 怖い女猟兵二人組、愛しい魔王のそばへと彼女たちも走るのさ!!


 そうさ、戦場こそが、猟兵の居場所、愛さえ存在する我らの『住み処』だ。


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