第八話 『ザクロアの死霊王』 その5


 ―――そうさ、これもソルジェたちの策の一つだよ。


 第五師団の秩序と経験が、背後に現れただけのユニコーンに反応する。


 軍団の後ろ半分の動きが遅くなるのさ、ユニコーンに備えるために。


 それは守備を極めた組織ゆえの、熟練の見せた警戒。




 ―――やられたのう、私の自慢の自律的な守備が逆手に取られている。


 クレインシーが策を嫌うのは、組織末端にまで己のルールを徹底させるため。


 例外を与えるほどに、組織の哲学は純粋さを失うから、奇策を用いない。


 『乱れ』が生じれば?……そもそも攻撃力に欠く、この軍勢は弱いのだ。




 ―――勝つためにではない、負けないためにを極めたこの軍勢。


 強みでも有り、弱点でもあった。


 弱兵で編まれたこの軍勢を生き残らせるには、それしかなかった。


 各個が、組織を守るために自ら鉄則に準じて判断し、動く。




 ―――その哲学は確かに強さだが、今このときはロロカに利用されていた。


 『警戒する必要のない物体』に対しても、彼らの防衛本能が強く刺激されたのさ。


 何のことだって?……そうさ、アレは、ユニコーンなんかじゃないんだよ。


 今、帝国軍第五師団の一万と五千の足を遅くしているモノは、笑えるよ。




 ―――それは、背中に『かかし』を乗せた、馬とロバの群れだった。


 その額には、革のベルトで固定したニセモノの『角』がついている。


 ニンジンとか、壊れたイスの脚を削ったものとか、色々さ。


 遠くから見てしまえば、それらはユニコーンに早変わり。




 ―――策に翻弄されないための哲学が、今では策に溺れる弱点だった。


 ……これだけ奇策を企画できるとは、あの若さでどれだけの戦場を駆け抜けた?


 クレインシーは畏怖を抱く、魔王とその后の歩んだ血塗られた経歴に。


 『パンジャール猟兵団』、乱世を這いずり回った零細集団の歴史が勝利を呼ぶ?




 ―――いいや、残念ながら、クレインシーも年寄りだ。


 味わった屈辱の多さでは、僕たちをもしのぐかも?


 彼は『守護神』、守れなかった者の命を数えて強さを増した怖い男。


 執念と偉大なる父性が育てた、この軍勢は、弱兵ばかりでも鋼の頑強。




 ―――すり込まれた哲学が、帝国兵士の体力を底上げするのさ。


 前列と後列が入れ替わり、負傷者を隊伍の奥に隠していた。


 新鮮な体力をもつ兵士が前線に、負傷者は彼らの援護に回る。


 それが各部隊で一斉に起きていた、クレインシーが仕込んだ策ではなく自発的な哲学だ。




 ―――奇策も、この根付き揺らがない哲学には通じない。


 兵士の体力が回復したかのような奇跡だ、自由同盟の兵士は苦戦がつづく。


 この休めない戦いが、つづいていけば、数で劣る自由同盟は砕けていくのさ。


 ……ゆえに、この機を逃すわけには行かなかった。




 ―――隊列を交代して鮮度のいい連中に、対応するには?


 こちらも温存していた、兵力を出すほかないのだ。


 『前後』に別れた第五師団の境目を目掛け、北の森から神馬があふれた。


 500のユニコーンが森を抜けて、戦場へと進撃していく。




 ―――大木が密集する森を盾にして行われた、弓矢の撃ち合い。


 大軍であろうとも、携帯できる矢の数は限られる。


 第五師団の北側を守る弓兵の背中には、もう矢は少ないのさ。


 巨人の弓兵は、森に隠した無限の矢があるのだから撃ち合うペースを掌握できた。




 ―――音も無く突如として現れた、500のユニコーン騎兵。


 それだけで、三万の軍勢をぶった切るのは無理がある?


 ああ、大丈夫さ、彼らは孤独なんかじゃない。


 ヴァシリ・ノーヴァの育てた、騎士たちも一緒にいるよ。




 ―――ディアロスも、戦となれば掟は破る。


 我が身の分身たるユニコーンにも、名も知らぬ勇者を乗せることもあるのさ。


 三万の軍勢の中心へと、『置き去りにされる』。


 それを志願した500人の勇者のことを、ユニコーンも嫌わなかった。




 ―――二人を乗せて、なお、並みの騎馬よりはるかに速いのか!?


 クレインシーも驚愕するほかなかったのだ、『強さ』で『数』をしのぐ。


 それも、僕たち『パンジャール猟兵団』の哲学さ。


 そうさ、クレインシー、貴方が哲学するように、僕らにも哲学がある。




 ―――『強さ』で、『数』を打ち負かせ。


 それしかないから、僕らは強くなったんだ。


 僕らのくぐった死線の数と、その激しさを、侮るなかれ。


 僕らはね、世界を破壊するほどの強さがいるんだ、『未来』のためにね!!




 ―――ユニコーンの背にいた勇者たちは、矢を撃ちまくった。


 狙う必要さえもない、撃てば敵兵の鎧を穿つさ、敵は山ほどいるからね。


 撃ちまくり、やがて彼らは命知らずのディアロス騎兵と共に……。


 三万の軍勢を両断するように、陣取った。




 ―――命知らずな蛮勇は、ストラウスだけではない。


 この自由なるザクロアを守るため、命を賭ける若者たちもその一種。


 故郷を救ったサー・ストラウスへ報いるため、その場に躍り出たディアロスたちもそうだよね。


 彼らの命で、帝国軍は分断されたのさ。




 ―――しかし、長くは保つまい。


 クレインシーは当然なことを考える、そうさ、ロロカの次の策だよ。


 保たないならば、保たせようとするだろうな!


 そうかね、そのために、『そこ』にいるのか、ソルジェ・ストラウスよッ!!




 ―――老将の慧眼は、策を読む。


 しかし、この群れの全てが彼では無いのだ。


 後方の偽ユニコーン部隊は怖く、南側にいるユニコーン2000は強い。


 北側の森への不信感は多い、挑んだ兵士は誰も戻らず、竜まで潜んでいた。



 ―――そして、今、ユニコーン500と蛮勇500に軍勢は断ち切られてしまった。


 南も北も東も怖く、そして……西の最前線には、竜と魔王が暴れているのさ。


 ロロカの描いた『恐怖』が、ゆっくりと完成していく。


 そうさ、すっかりと、帝国第五師団は、自由同盟に四方を『包囲』されていた。




 ―――クレインシーにだけは、分かる。


 あえて東に駄馬を置き、私に気づかせているのだ。


 後ろになら……逃げることなら、許してやると。


 だがね……君らを、ここで見逃せば……大きな戦を呼ぶだろう?




 ―――ギリギリにまで追い詰められているせいで、君ら自身にさえも見えていないだろう。


 君らの行いは、希望をふくらませている……帝国に反する気持ちを、加速させているのだ。


 この戦で、もしも君たちが勝ってしまったなら?


 帝国の秩序による平和は、崩れてしまうだろうね。




 ―――もちろん、その平和なんてクソみたいなもんだろう。


 ソルジェくん、君の守りたい子供たちは……ロロカくんが産む子供たちは。


 『慈悲深い女神さまの作ってくれた、楽園のような森』でしか遊べないだろう。


 たしかにね、それはおかしいことだよ?




 ―――でもね、人間は、残酷なんだ。


 亜人種を君ほどの自由な心で、受け入れられたりはしないだろう。


 ……でもね。そうさ、君がここで勝ってしまったなら。


 私さえも崩せる『力』を示したなのらば、君は……『魔王』となるだろう。




 ―――君の『夢』に魅了され、亜人の闘士が集うだろう。


 そうなれば?ガルーナ軍どころではない、真の『魔王軍』の誕生だ!!


 人間は、帝国は、そんな軍勢を許さないだろう。


 全力で君らに挑むことになる……大陸をかけた、全面戦争になるんだぞ!!




 ―――そうなれば、どれだけが死ぬのだ!?


 そうする価値が君にはあるのかもしれないが……私には、見えぬ。


 私は、臆病者なのか?そうかもしれない。


 でも、君の『正義』をここで止めねば、大勢が死ぬのは事実!!




 ―――『質』で、『数』に勝るなど、大局を見れば、あり得ぬことだ。


 それでも、君は来るわけもない『未来』のために、無謀な大戦を作るのか?


 その果てに、私が『見る』のは、無意味な闘争と白骨の山だけだ。


 ……あり得ぬよ、『未来』を創る力を、ヒトが生み出すことなんて―――。




 ―――自由の価値を信じることが出来るのは、まだこの大陸には勇者だけ。


 無謀で愚かな夢想に取り憑かれてしまった、哀れな若者たちだけ。


 それが世界の現実だったのさ、だから、クレインシーはソルジェを認められない。


 つまり心の底から信じているんだよ、彼は、ソルジェの『正義』をね。




 ―――でも、まだ、このときは……クレインシーは世界の守護者だったのさ。


 だから、世界を守るために、戦に食われる命が、より少なく済むために。


 彼は剣を抜いて、歌うんだ!!


 前進せよ!!力と数に任せて!!『強さ』を駆逐するのだッ!!




 ―――試練の時だよ、ソルジェ。


 君は、『魔王』とは何なのかを、証明しないといけないんだよ。


 君が創りたい『未来』のために、君が『自由な森』で得た答えのために。


 君の力は、この大きな世界を破壊するに足りるのかい?




 ……さあ、正面から示さなければいけないぞ、『数』を越える、君の『力』をね!!

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