第八話 『ザクロアの死霊王』 その4


 ―――魔王と竜が、戦場へと躍り出た。


 剣が暴れ、焔が殺す。


 戦場をその殺意の熱量で、黒く焦がしながら。


 ソルジェとゼファーは、在るべき場所に還ってきたことを証明する。




 ―――殺戮の時間だ、ケガを負いながらも。


 その熱い血を死にゆく敵のために、涙みたいに流しながら?


 まったくの無慈悲さで、ふたりは互いを守りながら、敵を殺す。


 四方八方から押し寄せる敵の波を突き破り、彼らは歌うのさ。




 ―――竜太刀と火焔の歌をその背に受けながら、新たな黒い疾風は止まらない。


 もはや騎士たちは加速している、止まってなどやるものか!!


 突撃せよ、エルフの矢に殺されながらも!!


 黒猫のつぶてに落馬させられても!!今は、ただ、走って突っ込め!!




 ―――シャーリー・カイエンが、愛馬アズラエルと共に来たる。


 馬上槍が、敵を貫き。


 振るう槍は、彼女の黒髪と同じく戦場の風になった。


 アズラエルはいななきと共に、足で獲物を踏みつぶす!!




 ―――暗殺騎士どもも、この栄誉の時に焦がれていた。


 皇帝の放つ静かな毒蛇、名誉なき影の闘争。


 暗殺は、主への愛がなければ、ただの空虚な卑劣な行為。


 黒猫のように、愛する兄に獲物を捧ぐ?……暗殺騎士どもに、その幸福はない。




 ―――ユアンダートの毒蛇は、ユアンダートを愛してなどいない。


 一族を人質に取られ、ひたすら影の任務に従事させられただけのこと。


 合戦で与えられたこの栄誉を、手放すわけにはいかない。


 勝利と名誉への渇望は、死の『恐怖』さえもはね除ける。




 ―――そうさ、クレインシーが彼女たちを選んだのは、それが理由。


 竜とユニコーンの放つ『恐怖』……それを貫く、武器を望んだ。


 シャーリーは、まさにそれだった。


 恐れを知らぬ若き剣聖は、槍を敵に投げつけて刀を抜く。




 ―――『我が名は、シャーリー・カイエン』ッ!!


 『偉大なる父、バルモアの三剣士!!バセロウ・カイエンの長女だ』ッ!!


 戦場での名乗り、闇に生きることを強いられた彼女は、今、輝いていた。


 残酷なる剣聖が、新たな疾風の太刀で、次から次に敵の首を刎ねた。




 ―――止められない、彼女自身にさえも、その突撃は!!


 リエルの矢を刀で、たたき落とす!!


 ミアのつぶてを、しゃがんで躱す!!


 自由同盟の兵士の壁を突破して、アズラエルから彼女は飛んだ!!




 ―――獲物を見つけていたのさ、この戦場で格別なる強さを放つ者!!


 その闘志を無視できるほど、シャーリーは成熟してはいないのさ!!


 若き衝動のまま、黒髪の戦乙女は、咆吼を歌い風になる!!


 戦場最強の槍術使い、『魔王の賢き后/ロロカ・シャーネル』に挑む!!




 ―――ロロカは父に目配せする、新たなカイエンの放つ闘志。


 それは、自分かソルジェにしか止められまい。


 だから、水晶の笛を、父に投げた。


 ギリアムは、その魔笛で曲を奏でた、『水晶の角』を持つ同胞にのみ聞こえる歌さ。




 ―――槍が戦乙女の太刀を受ける!!威力は、見た目以上!!


 そうだ、技量を超えて、躍る心が刃に重さを与えている!!


 黒い戦乙女が笑う……どこか、愛するソルジェを思わせる貌で。


 ロロカの青く静かな殺気が、衝動する。




 ―――嫉妬だよ、この乙女のことを、彼女の夫は気に入るだろうから。


 しかたありません、貴女はどこまでも、剣士なのだから。


 わかっています、あのひとも、どこまでも剣士なのだから。


 似ているだけに、この女のことをロロカは許せない。




 ―――貴女には、とても負けたくありません!!


 剣で語らうことは出来なくても、この槍は、あのひとに捧げたものだ!!


 この心も、この身も、この子宮も。


 ロロカもまた『恐怖』を放つ猟兵だ、恋路をはばむ気配には、殺意で応える!!




 ―――槍と刀がぶつかり合う、技量は互角!?闘志も互角!?


 いいや、怒れるロロカはそれでも軍師、策の動きを見ていた。


 シャーリーは、ただロロカだけを見ている。


 ゆえに、腕で劣った若いシャーリーでも、ロロカと互角に渡り合う!!


 


 ―――そうさ、秘密の角笛は吹かれていた、策が動くぜ。


 そのとき帝国の弓兵たちは、竜に心を掴まれていた。


 『恐怖』だよ、彼らは、再び竜が空に踊れば、今度こそ殺したいと願う。


 殺さなければ、竜とストラウスの剣鬼に殺されると理解させられていたからさ。




 ―――どんな鳥よりも巧みな踊りで、空に遊ぶ。


 数千の矢だぞ?土砂降りを躱したようなものではないか?


 虎の子の重装騎兵の半数が、あれの突撃で止められた。


 我らの矢が遅かったせいか?そうであろうな、だが、次こそは―――。




 ―――北の森からの飛翔、そして、中央の最前線に降りた竜。


 弓兵たちは、その黒い翼が空へと逃げる時を待ち、狙う。


 ……だが、クレインシーは知っている、ユニコーンの残り2000。


 投入してくるとすれば、今、そして―――おそらく、南の崖か?




 ―――南の竜も、ツクリモノ。


 飛べぬギンドウの嫉妬が作った、飛べない不細工な竜の仔さ。


 かわいそうに、忘れられている?


 そうだね、でも、それこそが狙い。




 ―――本来ならば、弓隊の気を引くのは『彼ら』の仕事。


 今、南の崖の上から、1000のユニコーンが躍り出る。


 竜の『恐怖』に心奪われる弓兵たちは、その突撃に反応が遅れた。


 崖を跳ねながら、角持つ神馬は平気でその急峻を駆け下りる。




 ―――射られる矢さえ少なければ、ユニコーンを止める手段は無し!!


 そして、崖を降りるユニコーンの足音を聞いたジャンが、北の森で叫ぶ。


 巨人さんたち、矢を放って!!


 北の森に隠れていたルードの巨人弓兵らが、その爆裂の矢を森から放つ。




 ―――そうさ、爆弾付きの怖い矢だよ。


 帝国人を憎むギンドウの火薬が、彼の憎悪を表現する。


 ギンドウの呪いは、人間族に近づくと、爆炎に化けた。


 隊列乱れぬ第五師団の秩序なら、見えなくとも十分に狙えるのさ。




 ―――爆音が響き、帝国兵士が次々と死に至る。


 すさまじい威力の特別な矢は、これでお終い、弾切れさ。


 あとは、森を盾にしつつの、強弓から射る矢のみが頼り。


 大丈夫さ、秩序極まる敵の動きに、視界はいらない。




 ―――南のユニコーンの突撃を、受け止めながらも第五師団は進む。


 クレインシーは知っていた、まだ次が来るはずだ!!


 最後のユニコーンよ、どこから来るのかね?


 ロロカお嬢さま、西へと走る我らの左と右で騒いでみせた―――。




 ―――ならば、それらからでは無いのだろう?


 そうでなければ、時間差を作る意味は無い。


 ……しょ、将軍閣下!!


 あわてる伝令に、将軍は答えるように問うのさ、ユニコーンはどこにいた?




 ―――背後です!!いつの間にか、角の生えた馬たちが、我々の後方に。


 ……後方か―――なるほどのう。


 ほほう、『また化かした』のかね、私以外を?


 やるではないか、世界を築こうとする者たちよ!!




『アオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンッッ!!』


 狼の歌を耳で聴きながら、オレは獲物に向かって走っていた。伝令か?まあ、今はジャンの歌に気を割けないね。目の前にいる獲物への報復を優先する。


 そいつは弓兵さ。さっきオレを射抜こうとして、その矢を左手の指で掴んでやったヤツ。オレを殺そうとしたことは、褒めてやる。


「ひ、ひいいいいいいいッ!!く、くるなああああああッ!!」


 ―――だが、怯えて技巧を曇らせてしまっていることは、褒められるものではない。


 怯えた弓兵の放つ矢を、竜太刀で叩き落とす。雪積もる戦場の大地を、トゲ付きの鉄靴で踏み込んで、オレは弓兵の首を刎ねる斬撃を放った。


 おそらく腕のいい猟師にもなれた男の物語はそこで途切れ―――オレは、一秒後には、彼のことを意識から外し、新たな獲物と剣の打ち合いだ!!


 敵のど真ん中に、ゼファーと二人だけで突っ込んだのだからな?


 もう、強いとか弱いとかはあまり関係ない。四方八方から終わりなく襲いかかる敵兵の津波、殺し放題だが、さすがにオレもゼファーも血は流れる。


 うつくしい黒き鱗を矢が穿ち、投げつけられた槍に身を傷つけられながらも、ゼファーは至福の時間を過ごしている。戦場で、敵兵の引きちぎった上半身を喰らうこと。帝国豚の喉ごしの食感を、オレの愛しいゼファーは愛しているのさ。


 たっぷりと喰らえ、育ち盛りのオレの仔よ!!


「オレも、食い足りはしねえぞおおおおおッ!!」


 ガン!!ギュン!!ガギイインンッ!!


 帝国の暗殺騎士と剣で鋼の歌を響かせ合って、オレは三手目で殺す。彼らの剣技は似ているからな。良くも悪くも、三手でなら確実に殺せる。


 それを面倒くさがれば、手痛い反撃を浴びる可能性もあるのだ。


 そうさ、この剣をオレは知っている。


 眼帯の下で、アーレスが騒いでいる。うん。そうさ、これらはカイエンの剣。娘が受け継ぎ、同胞たちに、仕込んだのか。いい子を女に産ませたな、カイエン!!剣だけでなく、交尾の腕もいいとは、さすがはオレの左目を奪った男だ!!


 オレも見習おうじゃないか!!


「いいぜ、お前たち、なかなか楽しいぞ、カイエンの剣を模造しやがって!!」


「こ、来い!!我らは、バルモアの剣士は、お前の右目をも奪ってみせるぞ!!」


「ハハハハッ!!ならば、オレも見せてやろうッ!!」


 サービスだ。


 このソルジェ・ストラウスさまを楽しませたご褒美だ。オレは重心を低くしながら、横に動き―――断刀の斬撃を放つ。黒髪黒目の暗殺騎士のひとりが、その太刀をオレの斬撃によってへし折られる。


 死へと落ちていきながら、勘の優れたこの剣士は悟るのだ。


「……赤い……『疾風』……ッ!?これは、カイエン流に似ていて、非なるもの―――我らの剣よりも、この剣は……―――」


 返す刀が、ヤツの首を切り裂いていた。血潮が噴射し、それを全身に浴びながら、オレは竜太刀を風に振り、刃についた黄色く白いヒトの脂を払う。


「―――そうだ。これは、我が物にした技だ。君たちよりも、はるかに優れたストラウスの技だ……『太刀風』、あの世でカイエンに会ったなら、教えてやれ。貴様らが紡いで来た技は、オレだけが完成させるに至ったとな」


 喉を切り裂かれたせいで言葉は遺せなかったが、オレの『太刀風』を知れて、満足することは出来ただろう。君らの技が百年後に至れたかも知れない技、その終着点を君はその五体で感覚しながら死ねるのだ。


 絶望ではない、納得だ。ゆえに、彼は微笑み、あの世へと落ちるのさ。


「うおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


「ゆるさんぞおお!!」


「疾風は、我らの剣で起こすものッ!!」


 『太刀風』を見てしまったカイエンの教え子たちの心には、当然ながら嫉妬があふれ、奥義を奪われたことへの怒りも爆発している。そんなカイエンの剣士たちが、三人がかりでオレの命を狙った。


 魔剣で殺すか―――と考えていたが、オレは剣を引っ込める。


「ふん。無粋なマネをする―――」


『―――ええ。すみません、団長』


 『巨狼/フェンリル』が暗殺騎士たちを、その巨体による突撃で崩してみせた。うむ、悪くない一撃だ。そして、狼の背に乗るギンドウもまた、『銀の手』に魔力を込める。今度は、手抜きじゃないな。ヤツめ、呪文を使うぞ。


「―――『黒雲に乗る、邪悪で外道の雷鬼よ。我は供物を貴殿に捧げる。我が魔力を喰らい、対価として、その覇を一時この腕に寄越せ』……来やがれ、オレの『雷槍』、『ジゲルフィン』ッ!!」


 戦場に雷が走り、まばゆい紫電の光が戦士たちの視界を潰す。そして、天空より放たれた雷撃が、帝国の豚どもを焼き豚へと変えてしまうのさ。


 紫電に貫かれてしまえば、鎧など無意味だ。肉を焦がす電熱が、乾燥した空気に静電気を満たして、風を固くしちまうな。


「……く、くそ。つかれたああ」


「よくやったぞ。ギンドウ、なかなかの魔術だ。さすが、ハーフ・エルフ」


「ハーフ・エルフに産まれた唯一のいいとこっすね。魔力だけはバカに強くて、ヒトを殺すとき、ほんと便利……でも、儀式なしで、こいつを使うのは、たまらん!!つかれる!!」


『少し、休んでください。ギンドウさん。僕が、雑魚を蹴散らしてきます』


「うい!任せたぞ、舎弟くん」


『あ。団長、伝令です!!……敵陣の背後に、『馬』が回り込みました』


「ふむ……これで、帝国兵たちは囲まれたと思うだろうな」


 まあ、ザック・クレインシーを『騙せてはいない』かもしれないが、他の三万人がそう信じれば、問題ない。


 そうさ、『最後のユニコーン1000騎が、自分たちの背後へと回り込んでしまった』―――そう『勘違い』してくれるのならね?


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