第八話 『ザクロアの死霊王』 その3


 ―――クレインシーは考える、なるほど、開戦からのこの十数分。


 ロロカお嬢さんの策は、我らを深く傷つけた。


 だが、しかし……その消耗は想定内。


 まだ引かぬよ、まだな……。




 ―――そうだ、戦況は決して自由同盟の有利ではない。


 『策』の機能した、あるいは強者がいる場所は確かに同盟の優勢。


 それでも、全体を見てみれば物量差が機能し始めている。


 ゆっくりと、のし掛かるように、帝国軍が、獲物を押していた。




 ―――……戦況はクレインシーが、掌握しつつある。


 それでも……彼の心は晴れない。


 どこにいるのだ、あと2000のユニコーン。


 そして……竜。




 ―――北の竜が燃えたとの報告は、彼の耳にも入っている。


 先のルード会戦における、最大の脅威。


 それへの警戒を、弱めるわけにはいかない。


 ……それを知っているからこそ、彼らは、まだ竜を投入しない。




 ―――こちらの意識を、盗むことに集中しているのだろうね。


 私たちは、何度、南の崖にいる竜を見たのか……?


 彼が飛んで、こちらへと迫る『恐怖』に……兵どもは呑まれている。


 クレインシーは理解していた、優勢であることを兵たちは信じられていない。




 ―――得体の知れない『恐怖』、それを背負いながら。


 第五師団の秩序が、麻痺していく。


 『策』はある……幾つか思いついていた。


 だが、使えば、自軍の強さ、秩序が揺らぐ……。




 ―――しかし、今こそ必要なのは、勇気であろう。


 勝者に近いのは、私なのだよ、ソルジェ・ストラウス。


 だからこそ、『君らの被害さえ』も、少なくしてやる義務があるか……。


 ……決着を、つけようではないか?




 ―――シャーリー・カイエンに、伝令を出せ!!


 出番であるぞ、暗殺騎士団!!


 君たちに、重装騎兵を預けた意味を、その価値を!!


 私の前に、示してみせろ!!




 ―――そうだ、第五師団の最強の武器は、実は異質な存在。


 死霊の騎士たちに主力を削られ、攻め手に欠くのだ。


 ゆえに、クレインシーは精強なる暗殺騎士を大勢呼んだ。


 彼らに虎の子の重装騎兵を与えたのだ、『火力』を産むために。




 ―――自分たちの哲学ではないものを、武器として振るうのだ。


 血に飢えた性質を帯びた、狂気の騎士たち。


 彼らならば、この無意味に膠着しつつある戦場を、変えるだろう。


 ……それに、焦る彼女をいつまでも抑え続けることも、長くは出来ぬか。




 ―――未熟な騎士、シャーリー・カイエン。


 彼女に焦って前に出られるぐらいなら、先んじて出撃させるのも悪くない。


 残虐に蹴散らせ、カイエンの娘よ。


 将としては未熟だが、剣の腕なら、親父に並ぶ……見せつけるがいいさ。




 ―――シャーリー・カイエンは狂喜する、敵陣をえぐって破壊する任務!


 自分たちの名誉だと、信じていた。


 彼女は、そうだ……猟兵並みの腕はある。


 おそらく、ロロカでさえも、楽な相手ではないだろう。




 ―――守備の師団における、攻撃の鬼子たち。


 カイエンは感謝している、剣の腕しかない自分を拾ってくれたことを。


 己の命に替えても、敵を潰すと誓うのだ。


 暗殺ばかりの下らぬ仕事ではなく、戦場で己を表現出来るこの機会―――。




 ……新たな『黒き疾風』、シャーリー・カイエンが、来るよ。




 ―――『どーじぇ』!!


「どうした、ゼファー?」


 ―――ぶそうした、おもたいきしたちが、とつげきしてくる……つよいよ、このなみは、とめられない。


「……そうか。冷や飯ぐらいの暗殺騎士団……あの連中を、戦場で使うか。モチベーションは高いだろう……それに、腕はかなりのモノのはず―――」


 ―――いこうか?


「……そうだな。頃合いだ。ロロカの策を乱すことになるが……修正ぐらいしてくれるだろうさ。なによりも、そんな楽しそうな連中と―――」


 ―――うん!たたかわないなんて、つまんないよね!!


「あたりまえだ!!」


 そして、オレは白夜の背から飛び降りる。


 古い木々の森の奥に、戦場の気配に落ち着きをなくしたゼファーがいた。


 そうだよな!!ゼファー!!お前は、竜だ!!アーレスの孫なのだ!!待たせて済まない。だが、もうガマンする必要はない。


 低く唸るゼファーの黒い鱗を撫でてやりながら、オレもゼファーと同じ貌になる。唇を悦びに歪めて、牙を見せるのだ。


「白夜!!ロロカのところに戻れ!!」


『ヒヒン!!』


 賢いユニコーンちゃんは森を駆け抜けていく。さて、『順序』は『逆』になる。でも、合わせてくれよ、ロロカ?……守備的な戦術に長けたお前なら、きっとオレに呼応してくれるだろう?


「行くぜ?」


『うん!!せなかに、のって!!』


「おうよ!!」


 そして、オレはゼファーの背中に飛び乗った。ゼファーは、戦いにはやる気持ちを、よろこびの震えに変えた。ブルブルとその身を揺らしたあとで、大地を蹴って羽ばたいて。


 ……そうさ。オレたちは『風』へと戻る。


「行け!!ゼファー!!」


『GHAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHッッ!!』


 よろこびを歌に変えて、オレたちは森の木々を突き破りながら空へと還ってきた!!


「ハハハハハハハハハハハッ!!気をつけろよ、ゼファー!!オレたちは名前が売れているんだ。弓兵どもが、目の前の騎兵よりも優先して、オレたちを狙うぞ?」


『ほんとだね』


「だからこそ、教えてやった通りに飛べばいい」


『うん!!いこう!!まずは!!』


「そうだ!!首を下げて、翼を上げろ!!」


『きゅうこうかだっ!!』


 ゼファーの翼と躯が踊り、天を目指して突撃していた黒い竜は、その視線を眼下の敵軍へと向ける。風を突き破りながら、強弓の矢が飛来してくる。


 集中を矢に削がれそうになったゼファーの肌がピクリと、わずかな揺れをオレに伝える。ゆえに、オレは声を使うのさ。ダメだぞ、ゼファー、全てのことを気にしていいわけではない。


 飛ぶことだけを考えろ!!


「矢などに構うな!!オレの教えた通りに、踊れッ!!」


『……っ!!りょうかい!!『どーじぇ』ッ!!』


 戦場を知り始めた黒の翼は大きく風を叩き、空を支配するのさ。ゼファーが急降下を始める。そうだよ、オレたち目掛けて放たれた矢の群れ。そいつの下をくぐって躱すのさ!!


『うおおおおおおおおおおおおおおおッ!!』


 ゼファーがさらに羽ばたき、地上がどんどん迫ってくる。矢が、オレたちが空に残した影へと刺さっていく。よし、いいフェイントだった。


 鳥を射ることになれた弓兵たちでは、この翼の舞いからの急降下は、予想をつけられないはずだ。


『……『どーじぇ』っ』


「ビビるな。オレのタイミングを信じて、力を全て翼に注げ。そうすれば、地上にキスすることもない、お前は、人生で最も低く飛べるぞ、ゼファー!!」


『……わかった!!たいみんぐ、まかせる……っ!!』


「ああ。任せとけ」


 ―――アーレスと出来たんだ。お前とならな、ゼファー。9年前よりも、ずっと低く飛んでみせるぞ。


 大地が迫る。ゼファーに迷いは無い。オレを信じてくれている。そうだ、この技巧は竜と竜騎士のあいだに信頼がないと成り立たない。オレが風を読むと信じ、ゼファーの翼が空を支配していると信じなければ?


 大地に墜落して、オレたち二人とも死ぬ。


 ……いいねえ。ゾクゾクするぞ、ゼファー!!


「今だッ!!」


『がおおおおおううううううううううううッッ!!』


 ブオン!!ゼファーが翼で空を叩き、オレが『見た』突風を翼に乗せる。首を持ち上げろ!!そうだ、いいぜ!!ゼファー!!これで……アーレスよりも低く飛ぶ!!


 そうさ、心に描いた軌跡は。


 今、現実となって風を撃ち貫いていく!!


 地面に尻尾の先と足爪の先が触れそうだったぜ。理想的なまでに低い。矢は全て躱していた。大地をユニコーンよりも速く……『走る』ように飛んだこの軌道を、どの弓兵の矢も狙うことは出来ない。


 オレたちは、今、敵兵の影にさえ潜むように飛んでいる。


「カッコいいぜ!!歌えッ!!ゼファーぁあああああああああああああああッッ!!」


『GHHHAAAAAAAOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHッッ!!』


 技巧を成功させたことを祝いながら、オレたちは叫ぶ!!


 そして、大地にいる帝国の豚どもを翼の呼んだ風で吹き飛ばしながら、オレたちは暗殺騎士団の群れへと迫る!!


「一発食らわせろッ!!」


『うん!!』


 そして、ゼファーが大きくその牙が並んだあごを開くのさ!!ゼファーの体内にある膨大な魔力が反応し、ゼファーの鱗さえも熱さを帯びる。いいぜ、いつもよりも、炎がお前のなかで暴れているじゃないかッ!!


「今だッ!!焼き払えッ!!」


『GHHHAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHッッ!!』


 竜の歌とともに、破壊の劫火は大地を焼くのさッ!!


 帝国の重装騎馬隊が、灼熱の爆風に肉体を破壊されながら、焼き尽くされていくッ!!


 悲鳴さえも黒く焦げ果てて、砕けた血肉が空へとばらまかれ、オレとゼファーはその鉄の臭みを嗅ぎ取り、興奮しながら大地に降りる!!


 ガギグゴギイイイイイイッッ!!


 蹴り爪が雪の積もって凍りついた地面を砕き、帝国兵どもを轢き殺していく!!


 オレはゼファーの背から跳び、背中の竜太刀を抜いて、帝国重装騎士を、頭から足先まで一思いに両断してみせた。


 返り血で化粧しながら、倒れていくそいつの死体を、オレは昂ぶった戦意と破壊衝動に駆られて、竜太刀で横にも薙ぐようにして切り裂いた。


 ……ガマンさせられた分、オレはいつにも増して、狂暴なんだぞ、ファリス帝国軍の諸君?


『きょうそうだよ!!』


「おう!!どっちが、多くぶっ殺せるかッ!!」


『うん!!きやがれ、ていこくの、ぶたどもおおおおおおおおおおおおおおッッ!!』


 ゼファーの闘志が解き放たれる。黒竜の仔は牙を剥き、かつてのアーレスと同じように敵の群れへと頭から突っ込んで行く。牙で噛みつぶし、爪で踏みつけながら切り裂き、尻尾の打撃で破壊するのさ!!


 9年前の光景そのもの!!


 血が騒ぐ!!


 オレだって、あのときよりも強くなっている!!


「オレに、殺させろおおおおおおおおおおおおッ!!ファリスの豚どもおおおおッ!!」


 竜太刀を踊らせ、オレはストラウスの嵐にばける!!縦横無尽に走りながら、片っ端から斬り捨てるのさッ!!


 またたく間に8人を斬り殺して、オレは叫ぶ!!


「来いや!!このオレに、挑む騎士は、いねえのかあああああああああッッ!!」


 ヘタレどもが!!


 わざわざ、敵のど真ん中に乗り付けてやったというのにッ!!


「ビビってんじゃねえええええええええええええええええええッッ!!」


 オレは炎の魔力を解き放つ。オレが継承したアーレスの魔力が、竜太刀に煉獄の焔をまとわせる!!逆巻く怒りの焔は、我が身を焼かれるほどに狂い、血に飢えていた!!


 そうだよな、アーレス!!お前も、まだまだ、ゼファーに負けたくないんだろうッッ!!ならば、示せよ―――その威力をッッ!!


「魔剣……ッ!!バースト・ザッパーぁあああああああああああああッッ!!」


 煉獄を宿した竜太刀が大地を穿ち!!灼熱の爆風は、アーレスの歌はッ!!再び世界を破壊しながら駆け抜けるッッ!!


 帝国の騎士どもが、その爆風に身を千切られて……その燃える残骸が、空から落ちてくる。焦げた血のにおい。ああ、この『黒いにおい』を浴びてると、生きているってカンジがするよなあ、ゼファーよ?


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