第八話 『ザクロアの死霊王』 その2


 ―――そうだ、『怖い』ヤツらは、あちこちにいる。


 まずは、リエルさ、我らをいじめる『怖い』弓姫。


 長弓を器用に操り、次から次に兵士を射殺していく。


 彼女はまるで死を量産する、殺戮の天使さま。




 ―――あっという間に何十人も、射殺してしまう。


 彼女と遠距離戦をするのは、やめた方がいい。


 リエルの反射神経は、ソルジェに近い。


 そして、一瞬の俊敏さなら、ソルジェをも超える。




 ―――反撃の矢など、リエルに当たるはずが無い。


 そして、舞うように躱しながらでも、彼女の矢の精度は落ちてくれないのさ。


 次から、次へと射殺して……。


 ジュリアン・ライチを狙った矢さえ、撃ち落とすおまけ付き。




 ―――まるで、弓術の結界さ。


 近寄りがたい弓姫さまは、ライチに群がる兵士たちに、死を与えていた。


 そして、死と言えば、彼女も語らなければならないだろう。


 ミア・マルー・ストラウス、ソルジェの『怖い』、妹さ。




 ―――義理の妹だけれど、彼女もやっぱり『ストラウス』!!

 今朝は、雪の舞う空のなかで、笑いながら飛んで行く。


 その驚異的な身軽さで、騎兵に向かって飛んだのさ。


 騎兵は驚きながら、ミアの蹴りで兜を踏まれて即死する。




 ―――首の骨を踏み折ったのさ、四十キロちょっとでも、骨を折るのは簡単だ。


 風に踊る死の妖精は、騎馬の頭を踏みつけて、再び空で遊んでいる。


 手甲についたスリング・ショット、竜と遊んだおかげでね。


 空にいながらも、敵兵の眉間を撃ち抜く精度を持つのさ。




 ―――妖精は、飛翔をやめて、大地に還る。


 そして、その身は疾走し、剣を打ち合う敵味方へと向かうのさ。


 守るのだ、敵を殺してね。


 必要最低限の攻撃でもいい、敵のアキレス腱を背後から、斬るだけでもね。




 ―――足を切られて、揺れる敵に、ザクロア勇士の剣が刺さる。


 そうだよ、ミアよ、君がしなくてもいいのさ。


 兵士どもを使えばいい、そうすれば、君はもっと多くの死を呼べる。


 それを学びながら、黒猫ミアは、合戦場の暗殺者へと進化する……。




 ―――怖い、怖い、僕らの団の、女ども。


 もちろん、いるよね、もう一人。


 『水晶の角』を生やす、恐るべき槍術の使い手が。


 彼女は、戦う軍師さま、ザクロアの城壁の前に出て、槍と共に踊る。




 ―――槍は、痛くて、怖くて、危ないよ?


 その打撃は兜の上からでも、敵の兵士の首を折る。


 その突きは盾も鎧も貫いて、敵の兵士の肉を穿つ。


 その刃による斬撃は、はるかな間合いの奥からでも、剣を握る敵の手を落とす。




 ―――槍術の天才、ロロカは戦場の鬼神。


 今朝は愛馬に乗ってはいないけれど、その強さは変わらない。


 ただ冷静に、敵の動きを読み取って、ただの一撃で殺していく。


 槍は、攻防一体で、たとえ攻められたなら、回転打撃が敵の頭蓋骨を砕くだけ。




 ―――今朝は、そのうえ、彼がいる。


 ソルジェの義理の父上一号、ギリアム・シャーネル。


 年のせいで、ロロカにほんのわずかに及ばぬものの……。


 父娘そろって、槍の鬼神。




 ―――パンジャールの怖い怖い女たち。


 烈女たちは、数で勝る敵の軍勢をも、押しとどめるのさ。


 なあに、驚くことはない。


 いつも、だいたいこんなじゃないか…………。




 アーレスの魔眼が、戦場を観察しているゼファーの感想を伝えてくれる。


 ―――『どーじぇ』、『まーじぇ』たち、ころしまくり!!


「……ククク。だろうな!まあ、平常運転ということだ」


 いいことだよ、殺した敵の数を数えるオレの女たち?……いいねえ、今夜は皆で鍋をつつこうぜ?最初に煮えた肉は、一番殺した君にプレゼント。


「なあに、笑ってるんす?」


「女子チームが大活躍だって、ゼファーが教えてくれたのさ」


『ああ。目に浮かぶようだなあ……』


「ぶっ殺されていく、男の群れっすか……」


「なぜ、意気消沈している?」


「団長は、性欲のままに、彼女らの肉体を好きに出来るからマシっすけど」


 なんだ、コイツ、オレをどんな悪徳経営者だと考えているのだ?


「オレとジャンなんて、ただただ、あの女どもの暴力に怯える毎日っすよ」


「……オレが言えた義理じゃないけど。日頃の行いのせいだろうな、ギンドウよ」


 オレが知る最新のギンドウの恥は、『リエルとオレ/団長がセックスしてるぞ』!……と街中に響くほどの大声で叫びまくったあげくに、鉄拳でボコボコにされるという自業自得であったな。


『……僕は、そんなに悪いコトをしている気はしないんですけどね』


「……ジャン、お前は……その、強く生きろ」


 きっと、生まれもった悪運のせいだろう。


 ジャンは基本的に善良だが、運の悪さは『パンジャール猟兵団』で一番だな。ポーカーで勝ったことさえも無いんだから……。


「うおおおおおおおおお!!」


「おいつける、ぞおおおおお!!」


 帝国の軽装騎兵たちが、おしゃべりを楽しむ我々に追いつきそうだった。ギンドウは、態度悪げに唾を吐いた。


「ケッ。わざわざ、ノロマどもの足に合わせてやってるんだっつーの」


「な、なあにい!?」


「我らを、愚弄するのは、許さないッ!!」


「ふん。テメーらこそ、オレの腕と母親を剣でグチャグチャにしたこと、忘れてるんじゃねえぞ?……同じこと以上を、お前たちにもしてやるからな?」


 ギンドウめ。


 相変わらず、いい悪口だ。


 オレも参考にしたいな―――グチャグチャ。そのフレーズをいつか、オレも使って帝国の豚どもを怯えさせてやろう。


『……しかし。計画通りですけど、ずいぶんとついてきましたね』


「オレたちを確実に殺すための数だろ?三百ぐらいか?」


『どうせなら、もっと多い方が良かったんですけどね』


「ククク。そうだな」


 ジャンめ。戦場で緊張しないのはいつものことだが、今回は、さらに成長しているようだな。このザクロアにお前を連れて来て良かった。そうだな……お前の背中に乗っているチンピラみたいな口調のアホが、お前を推薦したんだよな。


 ふむ。褒美をとらそう、ギンドウ・アーヴィング。


「ギンドウ。暴れていいぞ?」


「お。団長、悪いっすね。ほうらああ!!新型爆弾でも、喰らえよ、帝国豚が!!」


 ギンドウ・アーヴィングの指が、新型爆弾とやらを追いかけてくる騎馬隊に投げ込んだ。それは即座に爆発し、4、5人まとめて肉片となった。


「スゴい威力だな」


「改良には改良を重ねてるから?……そろそろ、空を飛びたいっすわ」


 爆風の反動で空に浮かぶ?……怖い発想だと思うが―――。


『……ギンドウさん。何か、カチカチと動いてますよ?』


「ん?ああ。コレか。投げ忘れてた」


『は、早く、捨てて!!』


「おうおう。ほーらよ―――」


 ドゴオオオオオオオオオンンンッッ!!


 クソ!!ギンドウの指から離れた直後に爆発だ。ギンドウは、死んだか?


「おい!!大丈夫か、ジャン!!ギンドウ!!」


『大丈夫です』


「……へへ。オレも平気ですね。一瞬、死んだ母ちゃんとリリティア婆さんが見えた」


「彼女たち、お前のアホさにドン引きしていたろ?」


「昔から、そんなモンっすよ。天才は、誰にも理解してもらえないもんです」


『……団長。敵が、かなり近い』


「うん。いい状況だな。距離を維持するぞ」


『ヒヒン!』


『了解!』


「しかし。滴さん、貧弱な装備してるっすわ……あれ、布?」


 発明家さんの視点からすれば、帝国軍の軽装騎兵の装備は、つまらないものなのかもしれないな。


 だが、オレは正直なところ嫌いじゃない装備だ。


 帝国の軽装騎兵……その『鎧』がね。そいつは薄い鉄製の鎧だが……個人的に気に入っているのは、その下に着込んでいる『布の服』だな。


 ネーミング通りのアイテムさ。布で出来た、服。さて。この涙目になりそうな貧弱な装備が、以外とバカに出来ない性能を発揮するのだから、現実というモノは面白いよね。


 彼らの貧乏ったらしい装備の何が優れているかだって?


 ……もちろん、まずは軽いことゆえの『機動性の確保』。そして、意外かも知れないが『防弾性』にも優れているのだよ。


 射手にもよるがね?矢の貫通性能っていうのはさ、とても、おっかない。鎧に使われている鉄の板を撃ち抜き、装備者の肉へと深々と刺さっちまう。『矢』、それは戦場で最もヒトを死に至らしめている武器の一つだ。


 さて、この矢に対しても効果を発揮できるような厚みの鎧もあるにはあるが、とても重たくて、機動性は皆無だ。さらには、そんな重たすぎる鎧を着ているときに?蹴り倒されようものなら、自力で立ち上がれないという欠陥の多いシロモノである。


 しかもだ?……それらは、とても高価でもあるため、コスパが悪い。


 だから、オレは経営者として、帝国軽装騎兵隊の彼らの装備を、素晴らしいと考えている。布を重ねた、ただの『服』でだよ?矢の威力を半減させちまうんだからさ?鉄よりはるかに安い上に、鉄よりもある側面では優れているのだから。


 さて。矢を止める……それが、どういう理屈なのか?


 そうだね。うん、一般的な衣服では、もちろん矢を止めることは出来ないよ。薄すぎるからね。軽装騎兵どもが身につけているのは、言わば『布の鎧』か。聞こえは悪いたとえだが、そうさ『雑巾』みたいなものだよ。


 何重にも折り重ねた布が、強靱さを発揮しているわけだ。


 この素材の優れているところはだな、『繊維』で編まれているということだ。鉄の板をも貫く矢の威力だが、この『繊維』の前では、その推進力が『絡め取られてしまう』。


 繊維に矢の先が引っかかるのさ。だから、致命的な深さへ矢が到達するより先に、止まってしまうという理屈だ。


 『布の鎧』があれば?……死ぬはずだった矢の命中を、大ケガにまで減衰することが可能というわけさ。しかも軽くて動き安い。対射手の防具としては、ほんと悪くない装備なのだよ―――。


 でも?


 もちろん、そんな矢に強い軽装騎兵の装備と言えども、威力が強すぎれば装備者の命を守れるとは限らないね。


「ああああああああああああああッ!?」


「うおおおお!?」


 ついにオレたちはデンジャラス・ゾーンに突入したのさ。罠の森が、帝国の若い命に襲いかかっていた。


 そうだ、最初の罠は、じつに古典的な罠ではある。『落とし穴』だ。男の子であるのなら、ガキの頃に、引くほど深い穴を作り、お袋に怒られた思い出とかあるものだろ?


 つまり、母との思い出を胸に抱きながら、死ねる―――そういう哀愁深い罠だ。


 騎馬兵たちは、その落とし穴に落ちていき、穴の底にある天に向かって先端が伸びる、鋭い杭に身を貫かれる。さすがに有能な貫通耐性をもつ優れた装備でも?あんな杭を止めるほどの性能はないね。


「わ、罠が、罠があるのか!?」


「ま、まさか、そこら中にか!?」


「―――当然だろう。ここは、我々、自由同盟軍のテリトリーだ……誘いに乗ってくれるなんて、ありがとうよ」


 カチリ。


 帝国の騎馬の蹄が、ギンドウの作った精密な地雷を踏む。それは円滑に火薬へと着火してしまい、隣り合わせで走っていた騎馬ごとしとめてしまう。


「わ、罠だらけだというのかッ!?」


「そうだよ。で、どうする?……あきらめて、泣きながら引き返すのか?」


「へへへ。助けてー、ママーって、叫びながら逃げるんなら、許してやるっすよ?」


 安っぽい挑発をしてみる。だが、若い騎馬兵たちはオレにかかる賞金に対して、あるいはオレを討ち取ることで手に入る栄誉のために、オレと白夜に近寄ってくる。だが、君たち、ユニコーンの足を舐めてはいけない。


 君らがいくら愛馬を走らせようとも、絶対に追いつかないぞ?……まあ、引き離しすぎたりしないように、まだまだ、白夜を全力で走らせてはいないんだけどね―――。


「……あきらめるか?」


「いいや!!第五師団の名誉にかけて、貴様を捕らえてみせる!!」


「そうだ。罠が多いとはいえ、貴様が平気で走り抜けられるほどの密度だ」


「ならば、貴様たちの足跡の上を確実に走ればいいだけだ!!」


 ふむ。そこそこ賢い敵兵だ。オレも逆の立場だったら、似たようなことを考えていたかもしれないね。でも、そこが経験値の差だよ。オレなら、ユニコーンの足跡を追うようなことはしない。ほら、そこ、地雷があるぜ?


 ドゴオオオオオオオンンッ!!


 地雷に、オレたちの背後を追ってきていた馬が一匹引っかかる。


「……な、なぜだ!?ヤツの馬が走ったあとを、追いかけているのに!?」


「ユニコーンを馬とは思わないことだな。コイツらは、その額に移植された『水晶の角』を用いて、わずかな振動をも気取る。罠の音と位置が、コイツらには見えている」


「な、なんだと……?」


「そして、そのステップは、地雷をギリギリ踏まずに走るという芸当も可能なのさ」


 ―――ああ。となりの『巨狼/フェンリル』は嗅覚で人工物の臭いを把握し、その位置を完全に予想しているから、罠にかかるドジはしないよ、たぶん。


「オレたちの後を追えば、罠が回避できると思うのは、大間違いだ」


「く、くそ!!ひ、引けええッ!!」



「……いいや。残念だが、もう君らは助からない」


 道のわきに広がるザクロアの古い森……そこに忍ばせていた弓兵たちの巣へと、我々は騎馬兵隊を誘い込むのに成功していた。たとえ、矢を防ぐ装備をしていたとしても、致命傷が大ケガになるだけだ。全身に大ケガを負わされたら?たとえ、生きていたとしても、もう戦力にはならない。


 よりにもよって、引き戻そうとしてブレーキをかけちまったことが、彼らの仇となったな。


 動きの悪い獲物を、弓兵たちはまさか見逃すこともなく、木々のあいだから飛来する矢の群れが、またたく間に帝国兵士どもを射殺していった。


『いい罠でしたね』


「団長のトーク力もいいっすわ。まるで、ホントにそこら中に地雷を仕掛けてあったみたいに聞こえたっすよ」


「褒めるな。知性の問題さ」


 そう、罠の森―――その本命は、この隠していた弓兵隊だ。さて、ここまでは順調だが。アンタはどうしてくるんだ、ザック・クレインシーよ?

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