第八話 『ザクロアの死霊王』 その1


 ―――地平の果てから昇った朝陽を背に浴びて、ファリスの兵が歩き出す。


 ラッパの音に従って、その前進はゆるやかだが乱れなく。


 最前列に騎兵隊、二番目の列は重装歩兵、弓隊はあちらこちらに身を隠す。


 それはまるで、緩やかな鉄の雪崩さ、その侵略は遅く、だが、力強さがある。




 ―――ジュリアン・ライチは馬の背で、サーベルを抜き叫ぶのさ。


 心に刻め!!我らは、『自由』の意志を貫くぞ!!


 恐れるな!!我らには『自由』の風の加護がある!!


 先祖より受け継いだ、この風は、我らを未来に運ぶだろう!!




 ―――忘れるなかれ、自由なるザクロアの民たちよ!!


 我らには、『自由』のために戦った、勇気あるフェイザーの魂が継がれている!!


 いつも『風』と共に在ったという女自由騎士を、思い出してくれ!!


 若くして死んだ彼女は、血を遺さなかったが、その魂は、我らに受け継がれた!!




 ―――我らの戦を、『風』が見ているぞ!!


 自由を守るための戦で散っていった、過去の英霊たちが見守っている!!


 我らは、孤独などではない!!


 我らの戦は、いつも英霊たちの風を帯びる!!




 ―――駆け抜けるぞ!!


 風と共に、我らは、このザクロアを守る、牙となる!!


 帝国の豚どもに食らいつき、その肉を切り裂いてやるぞッ!!


 走れッ!!『ザクロア自由同盟軍』の、その威力を示してやろうッ!!




 ―――雄叫びと角笛の歌が雪舞う空に広がっていき、我らの同盟は風に化ける。


 その陣容は?なかなかに奇抜。


 歩兵と騎馬兵と弓兵が、あちらこちらに混ざっているのさ。


 帝国兵たちはあざけりの笑い、だが、報告を受けたクレインシーは奥歯を噛む。




 ―――なるほどな、これでは初手は、彼らの勝ちだのう。


 やるではないか、さすがは聡明なるロロカお嬢さま。


 うつくしさだけでなく、その愛だけでなく。


 大いなる知恵を用いて、魔王殿を助けるか。




 ―――老いた声で笑い、将軍は、次善の策を練り始める。


 自由なる無秩序な陣容が、走っていた。


 その足並みは、てんで不揃い。


 素人まる出しの乱れだと、帝国兵の油断を誘う。




 ―――百戦錬磨の自信だろう、その目は確かに現実だけを見ているね。


 だが、忘れてはならない。


 彼ら自由な民は、それぞれの特徴も装備も違うのだ。


 そうさ、走る速さもね。




 ―――帝国兵たちは、遅ればせながら気がついた。


 乱れて混ざっていた風が、徐々にその本性を現していく。


 重装歩兵は鈍足で最初に遅れ、弓兵、軽装歩兵が、それにつづいて遅れた。


 そして?『牙』が姿を現すのさ。




 ―――遅れた兵種の群れのなかから、鋭く走る騎馬たちが飛び出してくる。


 ロロカの陣形は、可変的なのさ。


 単調にして、複雑。


 ただ走らせるだけでいい、走っている内に、真の陣形に化けるのさ。




 ―――何がしたいかだって?そうだね、これは後出しなんだ。


 帝国兵たちの陣形を見抜いた後で、コッソリと、指揮を出す馬に命令すれば。


 自然と、帝国兵たちの弱点に突き刺さる陣形へと早変わり。


 だからね、対応できないんだよ、弱点に、最強の一撃が入るのが!!




 ―――ザクロアの騎馬兵たちが雄叫びながら、足の遅い帝国の豚に食らいつく!!


 そこは騎馬兵の密度が薄い、第五師団の左翼であった。


 本来なら、百戦錬磨の彼らなら、そこが狙われたと理解すれば?


 即座に対応するはずだった、だからこそ、読めないロロカの術中にハマった。





 ―――即応すれば、その弱さは、むしろ強さになるはずだった。


 ゆえに、作っていた『罠』だった。


 だが、罠は動くこともなく、ただの弱点として、ザクロアの騎馬に蹴散らされた。


 スピード重視の帝国軽装騎馬兵2000が、この最初の突撃で命を奪われる。




 ―――クレインシーは冷や汗をかく、これが、ユニコーンか。


 突撃してきたのは、1000のユニコーン騎兵と1000の騎兵。


 ユニコーンの速さと強さは軽装騎馬を超越し、戦場の奥まで走って行く。


 おもしろい、あとの2000はどこに潜む!?そして、魔王は!?




 ―――そのとき、クレインシーに報告が入る。


 北の森に、竜が出ました!!


 いいや、南の崖の上にも、竜がいます!!


 クレインシーはうなった、飛んでいるのか?




 ―――いいえ、どちらも飛んではいません。


 ただ、こちらをにらみ、動きません。


 なるほどね……昨夜の『囮』を、こう活かすか。


 クレインシーはロロカを称える、バクチだが、北の森に向かわせよう。




「ハハハハハハハッ!!こっちに来るぜ、騎兵が!!百や二百じゃないぜ!!」


『ギンドウさんの作った『偽ゼファー』に喰らいついて来てくれましたね』


 『フェンリル・モード』のジャンがいた。そして、その背に鞍をつけて乗っているギンドウは、こちらに雪崩込んでくる帝国の騎兵たちを見て爆笑中だ。


 遠目から見ているとはいえ、この不細工なオモチャがオレのゼファーに見えたって?


 そりゃあ、しかたのないことだが、なんだかムカつくね。


 ……帝国兵にというか、笑っているギンドウに。


「……調子に乗るなよ、ギンドウ。お前のこの不細工なのは、ゼファーに全く似ていないんだからな?」


「ええ?そうっすかねえ。黒くて、デカくて羽根生えていて……あと、火を吹くっすよ」


 ギンドウが『偽ゼファー』の背中から伸びている紐をグイッと引っ張る。


 ……しかし。


「あれ?」


「おい。どうした、ギンドウ?火は?」


「……雪で、火薬と油が湿気ちまったすかね?」


「雨じゃあるまいし。そんなことがあるかよ」


 クソ。ギンドウめ、肝心なときに、また失敗作かよ?しまらねえぜ。せっかく、敵兵を誘い込めたのによ?


「……落ち込まないで下さいっすよ、団長?オレのが、辛いんですから」


「たしかにそうかもしれない。オレと違って、お前は失敗したからな」


 クソ不細工な『偽ゼファー』を作って?オレの機嫌を悪くさせたあげく?それに仕掛けていた仕掛けが機能しないだと?


『団長!ギンドウさん!!帝国の騎馬隊が、こっちに来ますよ!!』


「……ヤツらで鬱憤晴らししたいところだが。作戦を優先するぞ」


『後退するんですね?』


「ああ。罠だらけの森にな。行くぞ、白夜!!ジャン!アホを背負って、オレたちの後を追いかけて来い!!」


『ヒヒン!!』


『わかりましたあ!!』


「こら、ジャン!!舎弟のくせに、オレをアホと認めてるんじゃねえ!?」


 誰が誰の舎弟なのだ?


 ジャンは、リエルの犬、そしてオレの部下だ。


『す、すみませんってば!!言葉のあやなんですよ!?』


「振り落としちまえ、そのアホを」


「ヒドい!団長、オレの作品が失敗したままだと思っているっすか?」


「はあ?どういうことだ!?」


「こういうことっすよ!!」


 ジャンが左腕を……『銀の手』を『偽ゼファー』に伸ばす。銀の手がギンドウの魔力を喰らい、蠢いた。そして、その魔銀の表面に赤い魔力のカタマリを発生させるのだ。


 ほんと、さすがは魔力が高いことで定評があるハーフ・エルフだよ。呪文はおろか大した集中時間を使うこともなく、それだけの高密度の魔力を発生させられるとはな。


「ハハハッ!!燃えちまえ、この『黒くてノロマのデカブツ』めッ!!」


 ―――え?コイツ、オレのゼファーのことを、何て呼びやがった!?


 シュウウウオオオオオオオォォォンンッッ!!


 『銀の手』から放たれた超高熱の赤い弾丸は、『偽ゼファー』に命中して、その内部にたんまりと蓄えられていた油や火薬に引火する。直後、その『偽ゼファー』は大爆発を起こしていたッ!!


 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンッッ!!


「ぎゃあ!?」


「ぐわあああ!!」


「ひいいいッ!?」


 逃げるオレたちを追いかけようと森に入った帝国の騎馬兵たちが、『偽ゼファー』の起こした灼熱の爆風に馬ごと焼き払われてしまう―――なんだろう、燃えていく『偽ゼファー』を見ていると、心が、胸が、ぎゅうっと締めつけられちまうッ。


 謎の切なさを感じるオレの耳に、アホ野郎の爆笑が聞こえてくる。


「ハハハハハハハッ!!さすが、『黒くてノロマのデカブツ』だよ!!よく燃えるっすねえ!!あはははは!!」


「……ギンドウくん。君、オレのゼファーを何だと思っているのかい?」


「ええ?ああ、隊長のゼファーは竜ですよ。空飛ぶ黒いデカいヤツ。オレのは、ほら、あそこで丸焼けになってるデカくてノロマのしょうもない黒いのっすよ」


『……ぎ、ギンドウさん』


 ジャンがオレの表情から何かを感じ取ってくれているらしい。でも、ヒトとして間違った性格をしているギンドウは、爆笑している。


 なんだか、コイツがあの『偽ゼファー』をけなすほどに、オレはあの黒い残骸へ感情移入してしまうのだ……笑うな。笑うんじゃねえ、ギンドウめ……っ。


「よく燃えるっすねえ、あの黒いデカブツはよう。ん?……ちくしょうめ」


 十数人の騎馬兵が焼け死ぬが、『偽ゼファー』の作ってくれた炎の壁を突破して、次々と、数十騎の敵がこの罠だらけの森に雪崩込んで来やがる―――そんなことよりも。


「まったく、あの役立たずめ。肝心なときに火も吹けない上に、たいした足止めもしてくれねえっすか?……ハア、しょせん、ノロマなデカブツっすねえ」


「う、うるせえ!!ギンドウ、あいつの悪口言うんじゃねえッ!!」


『だ、団長……』


「はあ?なんで怒るんすか?」


「お前には理解できない感情ゆえにだ。とにかく、ブン殴られたくなかったら、ゼファーの悪口言うんじゃない。アレは、そうだ。アレも、ゼファーだ!!」


 自分でも感情が昂ぶっているのが分かる。知っているよ。アレは、ゼファーじゃない。でも、なんでだろう。アレをギンドウにけなされると、その侮蔑の言葉は、オレの心に突き刺さるんだ。


「はいはい。わかりました。まったく。マニアは見境が無くなるんすよね」


 ……そうだ。オレ、竜マニアだもの。


 だから、ニセモノだとしても、ゼファーの名を冠する物体のコトを悪く言うヤツは、大嫌いだ。


『団長、落ち着いて?』


「落ち着いている。オレの怒りは、青く静かに燃えるタイプの冷静なヤツだ」


『……そ、そうですね』


 ―――八つ当たりかもしれない。だが、帝国軍の騎馬兵諸君。君らには、この罠の森で死んでもらおうじゃないかね?


「……来やがれッ!!帝国人ッ!!オレが、ソルジェ・ストラウスだッ!!」


 オレは自分の名前がそこそこ売れていることを信じて、敵兵を死地へと招くために、彼らへと自己紹介さ。


「追えええええ!!竜騎士を、ソルジェ・ストラウスを殺せええッ!!」


「ヤツさえ殺せば、敵兵に恐ろしいヤツはいなくなるぞッ!!」


 ―――へへへ。売れてきてるね、オレの名前。でも、帝国軍よ。『怖い』のは、オレ以外にもいっぱいいるんだぜ?


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