第七話 『決戦前夜の獣たち』 その6


「……あー、マジで。いい酒だった!!赤ワイン、サイコーだぜえッ!!」


 ゼファーの背に乗り、敵軍の群れを越えて。オレたちは死霊が似合うザクロアの街並みのなかへと降りようとしていた。


「……まったく!敵の将軍と酒を飲み交わすなんて!非常識だぞ!」


 リエルは文句をブツクサだ。上空で待たされ過ぎて、寒かったのかな?


「いやいや、サイコーだろ?戦とは、こうあるべきだ」


 オレの器の大きさを楽しもうよ、リエルちゃん?


「ねえねえ。お兄ちゃん」


「んー?どうしたんだい、オレのミア?」


「ロロカの赤ちゃんはいつ産まれてくるの?」


 その発言にオレとロロカは、アハハ!と夜空の星に笑うのさ。


「ああ……あれはね、ミアちゃん」


「うんうん。あれはな、ミア」


「―――じつに興味深いことを口にしているな」


 正妻サマの爪が、オレの肩に食い込んでいる。痛い。ああ、血があふれてきそう。今夜はムダな血はオレから流れないと考えていたのに。


「……あ、あの。リエル?誤解をしないで欲しいのだけれど?」


「ソルジェ・ストラウスよ。ロロカ姉さまはお前の第二夫人だ。だから、子供を作るのは当然なことかもしれないが―――」


「しれないが?」


 オレは好奇心に駆られて彼女へと訊いていた。オレのツンデレ弓姫は、オレのほほの肉をつまんで捻りながら言うのさ。


「……せめて、正妻を抱いてからにしろというのだ」


「あはは。リエルちゃんてば、嫉妬してくれてるんだ?」


「そ、そーでは、なくてだなッ!?」


「―――リエル、ちょっと説明を」


 ロロカ先生が困ってるな。誤解が進むことを、彼女は望まないようだ。リエルと有効な関係を保ちたいのだろう。


 でも。心配するな、リエルはお前が妊娠したぐらいで、お前のことを嫌うことはない。試してみようか?


「で。リエル?」


「な、なんだ!?」


「ロロカの腹に新たな命が宿ったんだぞ?祝福をしてくれないのか?」


「そ、そうだ!?わ、忘れていたな!!……おめでとう、ロロカ姉さま!!もっと早くに教えてくれ!!もし、知っていれば、姉さまを戦場に連れ出したりはしないぞ!?」


 ほんと。オレのリエルちゃんってば、よい子だよなあ。オレとロロカのあいだに産まれてくる命のことを、真剣に心配して、愛を注いでくれる。


 ふむ。一夫多妻も幸せそうじゃないか。もっと複雑なものかと心配していたが。愛さえあれば、別に問題とか無さそうだ。いい子だな、リエル。嫉妬しながらも、新たな命を君は祝福してくれている。


「―――え、えっと、リエル?」


「名前も考えなければなるまいな!!んー……どういうのが、いいのだろう?男であれば強い名前がいいな。女であれば、うつくしい名でなくてはならない!!……ミア!!」


「うん!!私も、お兄ちゃんの赤ちゃんの名前を考える!!そーだねー、『グレイト』!!男の子だったら、グレイトがいい!!カッコいいよね、グレイト!!」


「悪くはないな。強そうだ」


「―――あ、あのね、二人とも」


「ロロカ。良かったな、君の義妹たちは、とてもやさしいぞ」


「え?そ、そうですけど……って、ソルジェさん!!あなたまで―――」


「―――そ、それとだな!!」


「な、なにかしら、リエル……?」


「だ……」


「だ?」


「抱かれ方を、教えてもらえるとありがたい」


「へ……っ!?」


 オレは笑いをこらえている。酔っ払いだからね、笑いの閾値が下がってる。すぐに爆笑しちまうな。ジャンの困った顔を見るだけで、たぶん、今のオレなら笑えるよ。


 ロロカ先生は、きっと顔を赤くしているね。心臓の音が、とても早いよ?


「そ、そのね……リエル?」


「……異種間での子作りは、妊娠の確率が高いわけではないという……どういう風にされたら、そんなに早く出来たのだろうか?……知っておきたい」


「勉強熱心な正妻サマで、オレは嬉しいぜ、リエル?……ていうか、オレには訊かないのかよ?当事者は、ロロカだけじゃないんだぜ?」


 そうさ!子作りは夫婦の共同作業。どうやって孕ませたかって?孕んだヒトに訊くのも有りだけど。孕ませたヒトに訊くのも有りなんじゃね?


「お、お前は……なにか、私の純情なる質問を利用して、無意味にエッチなことを教えてきそうな気がするから」


 なるほど。


 さすがは正妻サマだ。オレの考えをよく読む。たしかに、利用するつもりだよ?妊娠の確率を上げるとは限らない行為を教えれば?マジメでオレを愛する君は従順にそれをしてくれそう。


 サイコーだ!!


 その繊細な指や、あのやわらかな唇と、火が点けば情熱に燃えるあのピンク色の小さな舌で?……オレの口からはとても言い出しにくいところを楽しませてくれないか?


 疑問に思いながらも、オレへの愛のために、一生懸命に奉仕してくれる君を想像するだけで……心の底から、楽しいんだが?ああ!オレ、酔っ払いだ!!


「だから!!ロロカ姉さま、どんな風にされたのか、教えてくれると助かるぞ?」


 ほんと。積極的な恋人エルフさんだよ。


 なんて、からかいがいがあるんだ……?


「ミアも聞きたーい!!そして日記に書くの!!」


 ちょっと、ミア!?君の日記、お兄ちゃん、保護者の目線でチェックしておきたい気持ちが高まってるよ!?ディープキスとか子作りとか、オレの何を記録しているんだい、その怖いカンジの日記!?


 ああ。妹よ、やはりお前はヤンデレ属性なのだな……?いいよ。オレ、全然オッケー。どうせ、死霊と話せる頭のおかしいヤツだもん。ヨメが三人になっても、むしろフツーじゃないか?


「うむ。ミアにも関係があることだからな!!」


「3年経ったら、私も産むもん!!」


 誰の子を!?―――お兄ちゃん、ミアがヨメに行くなんて許さないんだからなッ!?くそ。どこのどいつだ!?オレのミアに手を出そうとしているヤツよ……竜の炎で焼き払い、ストラウスの剣で切り刻んでやるぜッ!!


「あのね!!ちょっと、私のハナシを聞きなさーいっっ!!」


 ロロカ先生が顔を赤くしながら叫んでいた。うむ。なるほどな。そろそろ、ツンデレ・エルフさんのツッコミが炸裂するのかもしれない。そう。罰を受けるトコロまでが、ふざけるということだよね?


「いいですか!?まず、将軍に聞かせたハナシの半分ぐらいは、嘘なんですから!!」


「え……お腹のなかにあるの、脂肪だけ」


「ひ、ヒドい!?ふ、太ってませんからあ!?」


「ミア。デリケートな質問だ。気をつけろ」


「うん。めんご」


「うう。いいのよ、ミアちゃん。私が妊婦並みに太っているのが悪いんだもの」


「さ、さすがにそんなことはないぞ、ロロカ姉さま」


「さすがにって、どういうコト!?……私、その道のプロなの!?」


 どの道のプロだろう。高度な知性を持つロロカ先生の天然は、ときどき解釈が難しいレベルに至る。オレの頭じゃ、彼女がどんな道を走っているのか、分からんね。


「お、落ち着くのだ、ロロカ姉さま……で。本当に、子を孕んでいるわけではないのか?」


 リエルちゃんが狩人みたいな口調でそう訊いた。もう少し、可愛い言葉で聞くべきじゃないかね?子を孕むて?……もう少しオブラートに包むと、より可愛いんじゃない?


 『女を孕ませた』と、『赤ちゃんが出来た』は同じ意味をもつ言葉だけど。受ける印象は前者の方が、かーなり悪い。なんか、性犯罪者みたいだもの。


「うう。妊娠とか、まださせてもらってませんよう」


「そうなのか……」


「将軍を、焚きつけるためについた嘘ですからね?」


「そうだ。ロロカはまだ妊娠しちゃいない」


 まだね?そのうち、オレが仕込むけど。


「ロロカを娶ったことを強調することで、オレはディアロスの『大酋長』であるギリアムとの関係性を強調したのさ」


 それは上手く機能したさ。


「そうです。我々、夫婦が彼の前でいちゃついたのも作戦……」


「いちゃついたのか?」


「いちゃついてましたー!!キスして、おっぱいを揉まれてましたー!!」


 ミアがハナシの腰を折る。リエルが、オレの耳の近くで、何か意味のある、ほう、という小さな声を吐き出していた。嫉妬かな?……うん。手荒くするなよ、明日は大勢と殺し合わなければならないんだから。


「そ、そうです。いちゃついたのも作戦です!……私たちが本物の夫婦であると確信したザック・クレインシー将軍は、ソルジェさんの言葉をも信じたはず」


「どんなことを言ったのだ?」


「ディアロス族のギリアム酋長が、南進して支配地域の拡大を望んでいるとね」


「ほー。あのヒトの良さそうな御仁が?」


「彼を知らない将軍は、騙せるぞ」


「はい。父を誤解して警戒するクレインシー将軍は、ディアロスの騎馬隊を警戒しなくてはならなくなった―――彼は、自分たち第五師団が生き残るための条件を模索しているはずですよ」


「ふむ?」


「将軍の心の中に設定されている、ザクロアでの『勝利条件』を、より厳しくしたというわけさ。彼は、一万人以上の被害を出してしまえば、撤退しようとするはずだ。彼の騎士道である、部下を無意味に死なせない。それを実践するためにな」


 それをすれば、オレは彼らを不必要に追わない。逃がしてやるさ。この戦は殲滅が目的ではない。ザクロアを守れればそれでいい。


 オレと将軍はお互いの納得できる形を知ったのさ。だから、彼と彼の指揮する帝国第五師団は全滅するより先に撤退できる。オレたちはそれを許すと知ったから。彼らはある程度の損害で撤退する。


 ―――そう。『彼らは』ね……。


 『撤退しないかもしれない連中』がいるのは気がかりだがな……まあ、それは仕方がない。いざとなれば、やるしかないだけだ。


「つまり、この戦は一万人の敵を殺せば、帝国軍を撤退させられる?」


「そゆことー」


 その場にいたはずのミアがそう叫ぶ。うん!お兄ちゃんには分かっている。きっと、君はよく状況を理解していないよね?でも、いいんだよ、この世界にある相づちの大半なんて、そんなものさ。


「部下を生き残させることに心血を注ぐクレインシー将軍のことです。彼は、私たちが思い込ませた条件を履行するでしょう。そう、『彼は』……」


 ロロカ先生にもオレが抱いているものと、まったく同じ懸念があるのだろう。そうだな。おそらく、ザック・クレインシー将軍は、『自分の弱点』を補強するために、連中を呼んだのだろう。まあ、いいさ。本隊が引いてくれるのなら、問題は無い。


「ふむ。とにかく、殺しまくればいいわけだな」


 オレの正妻らしい言葉だね。


「そうだ。それが戦争の本質だ。することは、原始時代から同じような行為さ」


「うむ。了解だ。戦略は、理解したぞ。とにかく殺せばどうにかなる。いつものことだよな」


「いつものことだよねー」


 そうだけど。でも、そうなるように持っていくプロセスも評価してね?


「さて。あとの問題は」


「まさか、リエルも気づいているのか?」


 ちょっと驚きだ。でも、違った。オレは彼女に感心する必要はなかった。


「ああ。気づいているとも、お前が私をからかっていたということにな―――」


 不思議だ。オレの背中にいる彼女のことを、見ているわけでもないのに。なぜだか彼女が冷たい表情で怒っているのが分かるんだ。


 そうだな。これぞ以心伝心?


 夫婦レベルが上がっているんだろうね、オレたちは!!


「宿に戻ったら、後悔させてやるからな?」


「……り、リエル?明日もあるのだから、そ、その、お手柔らかに」


『……『どーじぇ』。『まーじぇ』、きれてる』


「おお。そーだな。でもな、ゼファー?ふざけるって行為は、怒られるまでが一連なんだよ」




 ―――そうして、獣たちの夜は更けていく。


 ソルジェの悲鳴が、宿に響き。


 星座が空を走り抜けたころに……。


 戦の日の朝焼けが、東の空から始まるのさ。


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