第七話 『決戦前夜の獣たち』 その5

「……なかなかに、野心的な男のようだね。『北方の王』の父親になるか?」


 ザック・クレインシー将軍はオレのことを褒めてくれている。


 でも、きっと誤解しているな。


 オレの全てを知り得ているわけじゃない。


 オレは、アンタが思っているよりも、邪悪な存在だよ。


「―――手始めにだがな」


「おいおい?まだ、足りないのかね?ザクロアと北極圏を支配するなんて、史上、誰も成し遂げていないことだぞ?……権力欲があるとは、思ってはいなかったが?」


 黒い瞳でオレを識ろうと見つめてくる。どこか犬に似ているな、と思う。ああ、悪い意味じゃないよ。人なつっこい目をしているのさ。これが、将軍の器かね。『怖い』と認識している存在にも、好奇心を抱ける。偉大な趣味だな。


「ああ。権力への欲求?そんなもの、オレにはないぜ」


 そうさ。権力なんて、どうでもいい。


 むしろ、逆だな―――。


 あらゆる権力が、消えちまえばいいとさえも思っているぜ。


「オレが作りあげないといけないのは……『国』なんてサイズじゃない」


「……ふむ。ユアンダートのように『帝国』を築き、『皇帝』になりたいのか?」


 ロロカ先生が、将軍閣下の言葉に、クスクスと笑ってしまう。そうだよな?オレのロロカよ、このじいさんは大きな勘違いをしている。


「ソルジェ・ストラウスよ、君は、どんな『夢』を見ているのだ?」


「『夢』……いい言葉だ。最近、話をした死霊のガキんちょも、似たようなコトを言っていたな」


「死霊と話せるのかね?」


 うん。オレ、変わり者だから。


「ああ。竜の魔力が宿った、この瞳でね」


 眼帯をずらして、オレはクレインシー将軍に、そのこの世ならざる者さえ見る『魔眼』を見せつけるのさ。夜の闇を、金色の魔性の光が打ち破る。どうかね、『怖い』かな?


「……恐ろしい存在だな」


「そうです。私のソルジェ・ストラウス団長が目指しているのは、『国』とか『帝国』とか、そういう『小さなモノ』じゃありません!」


 さすがはオレの第二夫人。オレのことを、よく理解してくれているじゃないか。


「―――『帝国』が、『小さい』、だって?」


「そんな考えをしたことがない。そういう顔をしているな、将軍殿よ」


「ああ。それは、そうだろう?……常識的じゃない。あまりにも、君は―――」


「―――オレが欲しいのは、『世界』だ」


「……ッ!!」


 将軍殿の黒い瞳が、大きく見開かれる。こんな変なことを話す成人男性を見たことがないのかもしれないな。変わり者あつかいかね?


 屈辱だな。でも、いいのさ。オレは死霊のガキんちょどもの笑顔を見れてしまう、おかしな瞳のイケメン竜騎士サンだから。


「ひとつだけでいい。『世界』が欲しいんだ。誰もが、自由でいられるな」


 それ以外の世界なんぞいらねえ。ぶっ壊してやるぜ!!アリアンロッドの子供たちに、オレは約束しちまったんだからな。


「……自由?」


「そうさ。なあ、インテリのじっさまよ?『狭間』の血を持つガキどもが、この世界でどんな目に遭うか知っているよな?」


「……むろんな。迫害の対象となる。帝国においては、『血狩り』などが顕著な例だな」


 そう。クソみたいな政策、『血狩り』。


 人間族と亜人種の『混血児』を、片っ端から処刑していったという、帝国の人種浄化政策の一つさ―――。


「オレはよう、それがなあ、なんだか、死ぬほど許せねえんだわ」


「……義憤かね」


「いいや。たぶん、そんな可愛い言葉ではない。絶望と、激怒と、屈辱と、祈りもかな」


「祈り、かね……それらの言葉と、それを、君は同列に並べてまで……それほどまでに、心が強く、望むのか」


「ああ。そういう心が一つに混ざって、オレの心のなかに、まっ黒な一つをつくるのさ。そいつの名を、何て呼ぶのかは知らない。でも、オレはその心を体現する者の名前を知っているんだ」


「聞きたいね。とても興味がある」


「―――『魔王』って、いうんだよ」


 そうさ、それこそが『狂った世界』を力で破壊して、望んだ世界を築く者の名。


「……ハハハ。君は、『魔王』を目指し……その力で、世界を……?」


「神さまはくれなかったからな。オレが創りたい。じいさんよ、このザクロアにはな、死霊になった不幸な子供たちが、自由に遊べる森があったんだ」


 狂った聖母のアリアンロッドと、その偉大なる騎士、『ミストラル』が守り続けた昏くて冷たくて、とても温かい森がな。


「まるで……おとぎ話のようだが―――嘘だとは、思えないな」


 ザクロアの死霊に触れたクレインシーの想像力が、その切ない愛に満ちた白い森を心に描いていく。でも、じいさんは理解している。


 ファンタジーを描く力は、大人になると落ちていく。自分の心が、その『自由な森』を作れないと気づき、彼は、物語のつづきをねだった。子供のときにある好奇心のままに。


「……どんな森だったのかな?」


「そこには、おっかなくてやさしい女神さまがいてな。彼女は、不幸な目に遭って死んでしまった子供たちを、あわれんでいた」


「ふむ、慈悲深く、尊い心の女神さまであるな」


 ああ、とても、うつくしい女神さ。心がな?


「彼女は、死んだ子供たちに自分がしてやれることはないかと考えた。そして、自分には彼らを死霊として、よみがえらせる力があることに気づいた」


 その事実に気がついたとき。きっと、よろこんでいたのだろな、アリアンロッドは。


 そして、彼女の旅は始まる。10047人を、そのたくさんの腕で抱きしめる旅がな。


 愛に満ちて、絶望に終わり……それでも救いと慈悲を体現しつづける旅がね―――。


「女神さまは、死霊にした子供たちを、その森で遊ばせてやったのさ」


「それは、子供たちは、よろこんでいただろうな……」


「ああ。その死霊の子供たちは、生前には、そこまで愛されることは無かったからね。そして、そこには、もちろん『狭間』のガキどもがいたんだよ」


「―――そうだろうな、彼らは、この世界から、祝福されていない……」


「ああ。オレさ、そういう子供たちにさあ、こないだ約束しちゃったんだよ。言っちまったんだよねえ、『未来』を信じてるってさ―――」


「……なるほど。君の、大いなる怒りと……『力』の源が、理解できた気がするよ」


 そうかい、クレインシー?


 分かってくれるかな。


「だから?……世界一カッコいい竜騎士サンになりたくてしかたがねえ、ストラウスさん家の四男坊はよ……その約束を破りたくない。その約束に反する行いをすれば?オレの騎士道は、腐り落ちちまう」


「……ふむ。それが、君の生き様……『魔王』の生き様かね」


「そうだよ、ザック・クレインシー将軍。オレは、『魔王』になって、この『世界』の『未来』を変えるのさ―――」


「―――だから。君の周りには、全てが集まってくるのか」


「そんなに集まっちゃいないよ」


「ルード会戦では、帝国の戦闘奴隷であった巨人族を味方につけたとか?そして、今度はディアロスの妻に、ユニコーンの大部隊……果ては、死霊に女神……君は、たしかに魔王じみているよ」


 悪口っぽい言葉のはず。『魔王じみている』。でも、なぜだか、その言葉がオレには誇らしい。知っているからかな?この老人が、オレの生き様を褒めてくれているってことを。


 ザック・クレインシーは、歩いた。


 ミアはクレインシーを殺さなかった。ちゃんと空気が読めるいい妹だからな。


 将軍が手を伸ばしたのは、暖炉の上に置いてあった酒瓶。


「……いい酒が手に入ってね。でも、高くて貴重だから、この三年間のあいだ、誰とも呑まずに戦場の連れとして持ち歩いてきたんだよ」


「そうかい。くれるのか?」


 好きだぞ、金目のモノ。そして、アルコールも。


「いいや、君に独り占めはさせないよ。なにせ、私が買った酒だ」


「コレクション自慢かよ?」


「欲しければ、戦で勝って略奪するのだ―――と言いたいところだが。私は、君と二人で呑んでみたい。いいかね?」


「ああ。お酒、死ぬほど大好きだからね」


「そうかね。じゃあ、この古い酒を呑もうか。ビンテージなワインだよ」


「美味そうだ」


「赤ワイン。君の髪みたいに赤い」


「きっと、オレのために職人がつくった」


「そうではない。肉料理を楽しむためにだ」


「アルコールを差別してはいけない。どの料理にも、酒は合うもんだ」


「……この杯を交わすと、明日、私と殺し合いをしにくくなるかね?」


「まさか?ストラウスさん家は、そんな軟弱な教育はしてない」


 オレのお袋、よく言ってたぜ?『戦場で死んで、歌になりなさい』ってよ?


「無慈悲に殺すよ、アンタのことを。いたぶるのは趣味じゃない」


「私も、君に習って同じようにしよう。ムダな苦しみを与えるのは、悪趣味だ」


「ああ。このワインには、合わないよね?」


「もちろん。私たちの戦は、全てを尽くし―――」


「―――生き残るのは、どちらか一人」


「だからこそ、この酒は―――」


「―――美味いに決まってら」





 ―――それは、歴史に残らない秘密の杯。


 酸味が強いその美酒を、魔王と賢き老将は飲み交わす。


 敵と味方に流れついたが、彼らの心は似ているのさ。


 ソルジェ・ストラウス……君の心は、彼に響いた。




 ―――この戦の終わりが来たとき、君たちは悲しむだろう。


 そして、喜ぶだろうね、勝利を。


 我々は、戦に巣くう、邪悪な獣。


 それでも美学は輝いて、敵とすら、杯交わす度量がある。




 ―――それは、獣たちの血。


 赤いアルコールが、老いた獣と若き獣の喉を落ちる。


 おいしいね、と、牙を剥いて笑うのさ。


 ああ、いい月夜だからと、獣は歌い……それぞれの巣へと戻るのさ。

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