第七話 『決戦前夜の獣たち』 その4


「……ほう。絶対的に数で劣る君らが、勝つ手段?それは、何だね?」


 さすがに、この話題には食い付くよな?アンタだって、指揮官だ。オレの口から出る情報に対して、真偽どちらの判断をするかはさておき―――聞かないという選択肢は無いだろうよ。


「……『策』だ何だと口にしても、けっきょく、頼るところは兵の『強さ』なのさ。ロロカとアンタの知恵比べは、おそらく互角になっちまう。守りが得意な者同士、およその策は対処済み……アンタの熟練も、こちらの地の利で相殺出来そうだ。あとは、アンタの第五師団の『数』が勝つか、うちの同盟軍の『質』勝るかってことだけになる」


「ふむ。たしかに、『質』では、そちらが上かもしれないのう。私たちには、竜もいなければ、ユニコーンもいない」


「だから……短時間のあいだに、そうだな、一時間さ。その時間の内に、アンタらの30%でも削っちまえば?アンタは『引く』だろうよ……ヴァシリ・ノーヴァの死霊騎士団とのあいだで負った兵士の傷は、まだ癒えてはいない」


「あの死霊たち……どこか不自然な出現だとは思っていたが、ヴァシリ・ノーヴァだったのか?」


「分からなくて当然さ。死霊の声は、特別な者にしか聞こえない」


 ―――頭のおかしいオレとかね?


「……彼らは愛国心のために、魔道にまで堕ちた、ザクロアの騎士たちだよ」


「なるほどな。どうしたのかは、まったく分からないが……君は、冥府の力まで振るうのか?」


 それもアンタには興味引かれる場所だろうな?……1000人の死霊で、5000人殺された。負傷者はもっといるだろうね。きっと、君らは最近、『夜』が『怖い』だろうな。


「……ザクロアの夜は、色々と起こるものさ」


 思わせぶりな態度をしてみる。使えるモノは何でもつかう。それが、零細企業の経営者ってものだからね!!


「魔道にまで、頼るのかね?……君のような男が?」


「好きに言えばいい。だが、彼らの愛国心だけは、疑うな。ザクロアの自由のためならば、死霊となって悠久の苦しみさえも受け入れる騎士たちが、この土地にはあふれているぞ」


「異常なことだ……」


「そうかもな。それでも、事実、1000人も『それ』を実行した者がすでにいるのだ。現実からは目を背けない方がいいぞ、将軍?」


「……なるほどね」


 ザック・クレインシーは苦虫を噛みつぶしたような顔になる。そりゃそうだ。自分たちと戦う一万三千の兵士のどれだけが『狂信的な愛国心に突き動かされる戦士』なのか?


 考えるだけで、胃が痛くなりそうだ。不気味で暑苦しくて、実害があることだからね。


「……だが。1000人しか、それを実行しなかったというところに、我々は希望を抱きたいところだな」


「ポジティブなじいさんだなぁ」


 ちょっと感心する。ガルフを思い出すところが、どこかあるな、このジジイは。


「まあね。そうでもないと、帝国の将軍などつとまらんよ」


 どこかその職業を気に入っていないんじゃないかとも取れる発言だ。だったら、やめちまえばいいんだが……でも。この戦のあいだは、引退してくれるな?こうして、魔法をかけてやっている途中なんだからさ。


「とにかく。オレの『勝利の方程式』は、さっきの言った通りさ」


「開戦から一時間の内に、我々の三割……つまり、一万人の兵を殺す?」


「そうだ」


「ふむ。それほどの短い期間で、君らにそれをやれる『力』があるのかね?」


「あるね。アンタは、さっきの1000人の死霊で打ち止めみたいに言っているが?……自分でその言葉を、どれだけ信じているのかね」


「ノーコメントだよ。自分でも、分からんね、あまりに常識離れしたハナシだからな、死霊をヒトが操るだって?」


 たしかにね。常識ではあり得ないことだ。


 だが、実際にアンタは見ているだろう?ザクロア騎士たちの死霊が、襲いかかって来た夜を体験してしまっている。知性のある人間ならば、それを忘れることは出来ないだろう。


 ヴァシリのじいさま。アンタの仕事を、オレは最大限に利用させてもらうぞ。


「やれる『力』があるのさ。だから、言っている。そして?もし、そうなれば?……アンタは撤退するしかなくなるんだよ」


 さて。死霊と話せるこの頭のおかしい竜騎士さんが、とびっきりの魔法にかけてやるぜ、ザック・クレインシーよ?


 ヤツの知恵深い黒の瞳がオレをじっと観察してくる。


 興味津々か。


 目立ちたがり屋のストラウスさん家の血がザワついてきちまうよ。クレインシーが何かを思索する時を過ごし、あらたまってオレに訊いてきた。


「……どうして、一万の兵を失ったぐらいで、この私が『撤退』すると?」


「それは、ルード王国軍が来るからです」


 ロロカ先生がオレのアシストしてくれる。そうだ。ザック・クレインシー、『よく聞いておけよ』……?さあ、オレの愛しい第二夫人候補よ、彼に語って聞かせてやれ。


「……先のルード会戦での大勝利の結果、第七師団を殲滅させて、完全に帝国と敵対してしまったルード王国軍。彼らは、貴方の第五師団の生存を許しません」


「……どういうことかな?」


 クレインシーは知らないフリをする。賢いヒトには似合わない態度だよね。それが、アンタのやり口かな?とぼけたフリして、思考のための時間を稼ぐ。


 残念。これは、チェスじゃない。考えるための待ち時間を与えてやれるかよ?


 だからこそ、オレとロロカの二人で、タッグ組んでるんだっつーの。


「ザクロアを攻略すれば?……皇帝が指示する、あなた方の次の侵略の相手……それは、ルード王国に決まっているじゃないですか?」


 そうだ。だから、ルード王国軍はアンタらを撃滅する計画を本当に立てている。オレはその尖兵といった要素もあるんだよね―――。


「ザクロアで戦い、疲弊して、人数を減らしたアンタたち。やがて自分たちを襲うお前たちが弱っているんだぞ?……この好機を、精強ぞろいのルード王国軍が逃すかよ」


「……」


 無言かい?だが、感情を『見る』、このオレの魔眼からは逃れられないぞ。心から、不安の紫が漏れているのが分かるぜ。


「疲弊したテメーらは、クラリス陛下にとって格好のエサだよ……ルードは存亡がかかっている。その戦闘意欲は、烈火のごとしさ」


「ええ。必ず、疲弊した貴方たち第五師団を、クラリス陛下は殲滅するでしょう」


 オレたちの語っていることは真実が『多い』。だから、クレインシーも気の利いたコメントでオレたちの夫婦コンビネーション・トークを寸断出来ないのさ。


 しばしの沈黙を与える。オレたち夫婦、ニコニコ。そして、暗闇のミアも、ニコニコ。いつでも殺せるから!右目をまたばきさせて、オレにお知らせしてる。


 ダメだぞ、ミア。ガマンだ。『これ』は、オレたちの『道具』だ。殺しちゃダメだ。


 『岩砦』のザック・クレインシーが、ようやく口を開いてくれる。


「……このザクロアから、我々が撤退する時間ぐらいは―――」


「―――無いね。だろう、ロロカ?将軍は知らないかもしれないが、オレたちが傷つけられ、ユニコーン兵たちが殺されたなら?……『黙っていないヒト』がいるよな」


「誰だね?私の知らない人物の話をしてくれるなよ?」


「ええ、それは―――え?あ、あの……っ」


 ロロカ先生が戸惑いの声を、その唇からもらしていた。オレがいきなり腕で抱き寄せたから、ビックリしているのさ。


「そ、ソルジェさん……ッ!?」


「なあ。いつもみたいにさ。キスさせてくれよ、ロロカ?」


「え?だ、だって……そ、ソルジェさん……ひ、人前……―――っ」


 オレは彼女の柔らかい唇にキスをしていた。


 ロロカは、すぐ近くにクレインシー将軍がいることを、気にするように、顔を赤らめながら彼を見ていた。


 でも、すぐに観念して、瞳を閉じる。そして、オレの舌を受け入れて、やさしい舌づかいで答えてくれる。さらに、胸を触ってきたオレの指の動きも許容する。


 いきなり若い男女がエロいこと始めたもんで、クレインシー将軍の常識が、咳払いをさせていた。


「こ、コホン!……え、えーと。君たち、人前で……その。あまりに、ハレンチだよ?そういうことは、自宅や寝室でしなさい?」


 将軍に当たり前なことを言われたから、オレはその行為をやめることにした。非常識だもんね?でも、これも罠のひとつさ。


 唇と舌を解放されたロロカは、赤くなった顔で、もう、とオレを非難する音をあげる。まったく、そんなに嫌がっちゃいないくせにね?ノリノリで舌を絡めて来たくせに?まあ、仕込みはコレぐらいか。


「―――悪いね、将軍。オレたち、新婚なものでね?ヒマさえあれば、いつもしてるから、ついついね?」


「そういうものかね?最近の若い者は……まったく……っ」


 じいさん呆れてるな。たしかに、オレたち新婚夫婦のラブラブっぷりは相当なものだからな。


 人前で?ていうか、敵の将軍の前でディープキスしながら胸揉む?どんなアホだというハナシだ。


 さならが、シャーロンの書いた官能小説の登場人物みたいな、ドがつくエロ野郎さ。


「ロロカとオレがどれだけ愛し合っているか、アピールしておきたくてな?」


「そ、ソルジェさんったら……っ」


「昨夜も、たっぷりと愛し合ったんだぜ」


「ちょ、ちょっと、ソルジェさん!?」


「……なあ。将軍に、教えてやれよ、ロロカ?一体どんな風に、オレにされたのかをさ?喜んでたじゃん?後ろからされて?オレの指も、嫌いじゃないんだろ?」


「……や、やですよ。ソルジェさん……は、恥ずかしいですからぁ……っ」


「ハハハ。ちょっと、年甲斐もなく興味がわかなくもないですぞ?」


 じいさんになっても男は男だね。


 いいことだ。オレも、そんな老人になりたい!


 さて、冗談はともかく。


 ……そろそろ、『肝心なこと』を伝えておかなくちゃね。


「なあ、将軍?祝ってくれよ?……オレのロロカのさ、このやわらかな腹には?……『北方の王』になるガキが育っているんだよ」


 オレの言葉にクレインシーの馬面が反応する。ピクリと眉毛が動いて、オレの手がやさしく撫でているロロカの腹に、じいっと見入った。


「ふむ……『北方の王』とな?……つまり、ガルーナ貴族である竜騎士ストラウスと、ディアロス族の酋長の娘の……?ふむ……たしかに、この地方を制する『王』となるには、良い血統だ」


「そうだ。ギリアムの親父が、異種族であるオレにロロカをくれて、ユニコーンを3000も貸し与えてくれたのは、そのためさ」


「なに?」


「ギリアム酋長はな、領土を拡大するために南進しようとしている。アンタがオレを倒せば?彼は侵略戦争の建前を得られるというものさ。ほかの四大部族の長たちも、内戦をやめて、アンタへの復讐を果たそうとするだろう。ディアロスの盟約はな、内戦よりも強い」


「はい。我々が戦で傷つき、あるいは死亡したら?……我が父、ギリアム・シャーネルは四大部族を率いて、第五師団を襲うでしょう。そうなれば?」


 さあ、シンキング・タイムだ。


 ザック・クレインシー、アンタは何秒で『分かりきった答え』を口にする?オレは数えているぞ、5秒、6秒、7秒……。


「北からはユニコーン兵の群れ、南からはルードか」


「ええ。最悪、ルードは国土を捨て、この地に軍隊ごとクラリス陛下を入城させる手段もある。帝国に占拠された都市を奪い返して、亡命政府をこの地に創る。そして、ディアロス、ザクロア、ルードの同盟は、この北方の地に、巨大な戦力を編成します」


「その『王』を、オレのロロカが産むのさ」


「王権の奪取だと?……そう上手く行くものかね?」


「ギリアム酋長を知らぬ男は、そう言うだろうな。だが、考えてくれ、ザック・クレインシーよ。閉鎖的な部族であるディアロスの大酋長の娘を、ガルーナの竜騎士に渡す?……準備された野心が成せる行いだよ」


 知らないヒトのハナシって『怖い』よね。未知であることが、想像力を悪い方に導いてしまうことは多いもんだよ。


 とくに、戦時下で、自分と部下の命がかかっているようなストレスを浴びているときは、なおさらだろうな。


「……そうかもしれんな。酋長が、『異種族の婿』を許すか……きな臭さを感じるね」


 将軍はにらむような視線で、ロロカの金髪と、そこから生える『水晶の角』をなで回すオレの指を見つめていた。ククク。いい傾向だな。


 インテリで年寄り……そして、北方遠征中の彼なら知っているかな?『恐怖のディアロス文化』をな?思い人以外が『水晶の角』に触れると、『殺される』んだよ?


 でも。ロロカはオレに本当に惚れてるから、むしろ、ウットリとした表情になるのさ。だから、オレとロロカが本当の恋人なのだろうと将軍が考えてしまう材料が一つ増える。オレの語ることに真実味が増すというものさ。


 今夜ばかりは、ディアロスのアンタッチャブル・カルチャーに感謝だな?


 おかげで、虚実混じったオレの言葉が、インテリな将軍さまの心のなかで、いい感じの『恐怖』へと組み立てられていく。


「……オレたちのあいだにある愛は本物さ。だが、親父さんは、オレもロロカも野心の道具にしている側面がある―――怖い男だよ、ギリアム・シャーネルはな」


「娘である私からすると、やさしい父なのですが……怖いところもありますね」


「……ソルジェ・ストラウス」


 大物ぶるためにも、そして、ヤツに知的好奇心を惹起させるためにも、あえて名乗らなかったのだが……オレの名前も、なかなか知られてきたものだな。


 名乗らずとも、名前を言い当てられるようになったのは、名誉を重んじる騎士としては、かなり嬉しいことだよ?


「なんだい、ザック・クレインシー将軍?」


「……どうして、そんなことを私に聞かせる?……言わない方が、君の子供は『北方の王』とやらに、させやすくなったのではないか?私が、帝国上層部に、君らの野心を報告すれば、君は色々な形で妨害を受けるぞ?」


 いい傾向だ。オレたちに興味を持ってくれると助かるね。アンタは、ちょっとオレが『怖く』なって来ている。いい傾向だよ。もっと、食い付け、クレインシー。


「もちろん、アンタを『想定通りに動かすため』さ。まだロロカの腹から産まれてもいないガキに『未来』を任せきりにするのは、パパとして出来ないだろう?」


「……なるほどね。つまり、君の『勝利の方程式』を機能させるためか」


 30%……つまり一万殺せば、アンタは戦況ではなく、生存を気にしなくてはならなくなる。逃げられないユニコーン隊に追い回されながら、北上してきたルード王国軍の残存部隊に挟撃されるんだからな……。


「ああ。アンタは話せる男だからね?……この戦争の隠しルールを教えておいてやれば、どうしたって行動の幅が狭まって、オレたちに有利になる」


「私が、君の思惑通りに動くと?」


「思惑通りにしか動けないのさ。こうして、オレたちは出会い、お互いがどんなヤツなのかを知ってしまったからな」


「ぬう……っ」


「アンタが考えている通り、オレは攻撃となれば容赦はしない。この戦争だけなら、まあ、アンタは勝てるかもしれないが―――オレは自分のガキが支配する国家が誕生するかもしれないのなら……喜んで、一万を道連れにするよ」


「……撤退させたいのかね、私たちを」


「当然そうさ。一万も削れば、アンタらは『絶対に生き残れなくなる』。それが理解出来ているのなら?……君たちを追い払うことは、難しいような気がしないね。こちらは君たちに対して、『質』で勝る兵士が一万三千いるのだからね……」


 どうだ?


 少しは『怖がって』くれるかね、ザック・クレインシー。お前の『誇り』は、お前の『騎士道』は、兵士をムダに殺さないことなのだろう?


 ……この『裏事情』を知れば、ムシ出来なくなるんじゃないかね。


「まあ……お互いが接触し、ハナシをしてしまった以上、もうすることは決まっちゃいるんだけどね?」


「……うむ。朝一番での、突撃―――それが、最も君のイヤなことではないか、ソルジェ・ストラウス?」


「うん。そうだよ。でも?それは、そっくりそのままお返し出来る言葉じゃないか?」


「ええ。そうですね。ザック・クレインシー。朝陽と共に、我々はぶつかる。それは、もう決められた定めなのですよ?」


 ロロカ先生の怖い笑顔が、決まった……と思う。口に出しては言わないけどね。


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