第七話 『決戦前夜の獣たち』 その3


 オレたちはクレインシーの自室に潜む。ヤツは扉の前で十数秒立ち止まっているが、ベランダに立つ見張りの兵士に声をかけて確認することなく、この部屋に入ってくる。


「……いるんだろう?」


 そう言いながら、老いた将軍は自室に入ってくる。立ち止まることはない。ふむ。面白い年寄りだな。


 オレは影から浮かぶように現れながら、彼の背後へと躍り出る。


「……ん?背後を取られてしまったようだね」


「なかなか勘がいいな」


「それなりに軍隊生活も長いからね。大昔は、バルモア連邦軍の雇われ武将。今は、いつのまにやらファリスの将軍さ」


「そうか。長らく軍人として生きていた。こうやって殺される日が来ることも、覚悟はしていただろう?」


「もちろんね。でも、多分だけど……今夜は死なないようだ」


「……正解だ」


 そうさ。オレは、この将軍を殺すつもりはない。何故か?……彼を殺しても得が無いと分かったからだ。


「こっちを向けよ」


「ああ」


 ザック・クレインシーがオレの方を向く。ふむ……元々は東方出身者ということか。白髪がまじっているが黒髪に、そして、黒目だね。


「……『連邦人』とは、資料には書いていなかったぜ?」


「私は連邦人でもないよ。連邦に侵略された小国の羊飼いの息子さ」


「……それが今では立派な侵略戦争の担い手か。出世だな」


「まあね。無難な戦いが売りのおかげで、死に損ないながらも勝利を重ねてこれた。勇敢でなかったとは思わないし、武芸の腕もまずまず。だが、私の武器は、率いた部隊の消耗率が非常に少ないことだよ。そこが評価された」


「……いいことだ。仲間を死なせないなんてことはな」


 大勢の敵を討ち取ることに比べたら、どうしようもなく地味だが、最高の名誉の一つではあるだろう。リーダーとしては、その生き方は悪くない。彼のもとについた兵士たちは、家族に再会する確率が高くなるのだから。


「ああ。だから、今夜も私は、『殺されない』」


 ザック・クレインシーは、どこか間の抜けた馬面で静かに断言する。そうなんだよな。オレは、彼を殺さないつもりなんだよ。


「……ほんと、賢いということは、厄介だな。こちらの考えが見透かされてしまう」


「いいや。心底、考えなしの男なら、もう私の首は落とされているだろう。君は、私が想像していたよりも、はるかに知的だよ。だから、厄介だ」


「アンタ、ヒトのことを、どんなバカだと考えていたんだ……?」



「命知らずな男と聞いたし、たしかに君の経歴はムチャすぎる。破滅願望を持っているのかね?とにかく、命よりも名誉を重んじるタイプだ。そういう生き様をしている男は、想像がつかない領域もある……だが、君はそんな男たちよりも、偉大な将なのかもしれないね」


「……褒めてもらえるとはな」


「こういう口の上手さも出世の秘訣だ。それに、私は、有能な者が好きだよ」


「シャーリーちゃんには厳しいがな」


「彼女は発展途中だ。甘やかしてやれるほど、完成度が無いからね。彼女は、ヒドい愚策を採ろうとしていたよ。ここに精鋭を集めて、君の犠牲者を増やすなんてね」


「そりゃ、たしかに愚策だな」


 オレとすれば、ここに精鋭を集められて、そいつらを斬りまくり、さらに援軍が来るようなら、最終的にこの屋敷ごとゼファーで焼き払えたら『最高』の結末だったんだがね?


「今は、『最良』を選んでいるよ。被害者は多くても私と、ここの見張りだけ。見張りは、もうずいぶんと殺されたみたいだが」


「すまんね。アンタの売り、部下を殺されないってところを台無しにしちまってるよ」


「仕方が無い。相手が悪いと思うことにするさ」


「……お兄ちゃん。『それ』、殺さなくていいの?」


 闇のなかに身を潜めたまま、ミアの声だけが殺意を語る。


「……これは、すごいな。どこにいるのか、全く分からんな」


「オレの自慢の妹だ。不用意に動くなよ、彼女は殺しを芸術だと感じているタイプだ」


「それは……幼い声だというのに、末恐ろしい」


「レディーに失礼だろ?」


 オレのリトル・スイート・プリンセスに何を言う?彼女の指で殺されるなんて、他のどの死に方よりハッピーだろうが?


「ああ。そうだね。可愛いレディー、彼が私を殺さないのはね、私を殺したって、第五師団の動きは『変わらない』からだよ。決められたシステムで動き続けるように、私がしっかりと仕上げているからさ。むしろ―――」


「―――むしろ、貴方を殺して、戦場にカオス/混沌が生まれた方が、いたずらに死傷者を増やします。だから、殺してはダメですよ、ミア」


「はーい。気が変わったら、言ってね?……二秒で首を落とすよ」


「……三人も潜んでいたのかね?……おや、君は?」


 ロロカがオレのとなりにやって来る。クレインシー将軍に挨拶したいらしいな。


「どうも。ロロカ・シャーネルです。今度の戦では、同盟軍の軍師をつとめさせていただいております」


「おお。そうかね、ふむ……その『角』、ディアロス族なのか……?」


「はい。私は、ディアロスの四大酋長の一人、ギリアムの娘です」


「……なるほどな。ユニコーンを呼んだのは、君かね」


「いいえ。それは、私の『夫』であるソルジェさんの武勲なんです」


 第二夫人はオレを『夫』と紹介する。まあ、別にいいんだけどね。だって、オレはリエルとも君とも結婚するし?三人で愛し合おうぜ。個別でもいいし、同時でもいいだろ?


「ほう。君らはそういう仲なのかね」


「悪いか?」


「いいや。美人をヨメにもらうなんてうらやましい」


「フフフ。ありがとうございます」


「……ロロカさんは、なかなか頭もいいようで。面白い『策』だった。わざと後退したよね?……あのまま進んでいれば、何かが待っていたのではないか?」


「策はバラしてしまっては、つまらないですよ、将軍」


 軍略家同士の腹の探り合いか。なかなか、面白い状況だな。ザック・クレインシーは、白いあご髭を指で揉みながらニヤリと笑う。


「たしかにね」


「でも。このまま何も話さないでは、つまらないものです」


「そうだね。戦の最中にこうして敵対する指揮官同士が語らう機会は、貴重だ」


「せっかくです、仮定のハナシをして遊びませんか?」


「そりゃあ、面白い」


「……将軍は、私が、どんな『策』を仕掛けていたと思います?」


「あのまま、不用意に追いかけてしまっては、森にでも潜ませていそうなユニコーンたちに、横からなぎ払われていたかも。そう考えると、今でもゾッとするよ」


 ふむ。ロロカがあのとき考えていた策まで読んでしまうのかよ。大当たりだぜ?さて、どう返す、オレのロロカ先生?


「フフ。当たりですわ。そうなれば、貴方は当然、両翼に展開しつつあった弓兵隊でユニコーンたちを迎え撃ったはず」


 当たっているのかな?ニンマリと笑っているけど、どうなのだろうか?


「うむ。そうすることも想定していた。君もだろ?」


「ええ。だから、3000の内の1000は、中央に残しておきましたのよ」


「ハハハ。正面を突き破ると?出来ますかな?」


「ユニコーンは、かなり『強い』ですので……貫けますわ」


「それほどか。なるほど、たしかに、その突撃のさいには、君の旦那さまと竜が援護しただろうしねえ……?」


「ええ。そうすれば―――」


「―――うむ。私のいる本陣を落とし、この首を取られただろうな」


「はい。そうなる予定でしたの。でも……問題は、そこから」


「うむ。私の首を取っても、第五師団は、動き続けるからね。そこから先は、血みどろの地獄だ。双方にとって、最も大きな被害が出る形になっただろう」


「……ええ。さすがは『岩の砦』と評される帝国軍第五師団。各隊にしっかりと緊急時の対策が練り込まれている……まるで、『植物』のようですわ」


 植物?オレにはロロカ先生のたとえ話が分からなかった。そりゃ、そうだろう?戦のハナシしているのに、草木のことが出てくるとはね?ザック・クレインシーもキョトンとしているじゃないか?


「……我らは『植物』、ですかな?」


「ああ。すみません……たとえば、草木は、想定された条件でのみ発芽したり、その固いはずの葉っぱや幹を動かしたりもするじゃないですか?」


 ヒマワリが太陽を追いかけるってハナシの延長線にある考えかな?……よくわからない。


「ああ。なるほど、なるほど。たしかに、私は、部隊の末端にまで細かな『条件』を教え込んでいる。たしかに、植物のようだ。私という頭がいなくなっても、普段と同じように機能する。日を追いかける葉っぱに、太陽の高さに応じて開く花のようにな」


「―――徹底された役割分担と、優先事項の遵守……強いというよりも、負けることは無さそうという印象です」


「ああ。3万を5万には出来ないが、君らの策がどれだけ機能しようとも、3万の戦力は揺るがない―――戦えば、消耗戦必死。そうなれば、数が倍以上いる私たちに敗北はないと思うよ」


 厄介な年寄りだ。この男は想像していた以上の難敵だろう。でも、それ以上に疑問が出たな。


「そんなに読みが冴えているのなら、もっと攻撃的な策を採りたくならないのか?アンタなら、もっと多くの戦で、華々しく勝てたんじゃ?」


「奇策は嫌いだね。不確定な要素が増えてしまうと、戦場が『見えなくなる』から」


「……欲の少ない爺さんだ」


「舐めた世渡りをしていて、足下すくわれた男は、いくらでも見てきたからね。慎重に、そして無難な道をゆっくりと歩く……それが、私の哲学さ。地味だけどね」


「いいや。悪くないぞ。おかげで……アンタからこのザクロアを守る術が見えてきた」


 クレインシーはその黒い瞳でオレを見つめる。冷静な瞳だね。オレの内面を覗こうとでもしているのかもな。そこまで気にしてもらえたなら、嬉しいよ。

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