第七話 『決戦前夜の獣たち』 その2
ゼファーの飛翔は静かに、そして確実にその『砦』へと近づく。
要塞化された大昔の貴族サマのお屋敷/シャトーだ。弓兵たちが屋敷を囲んでいる高い防壁の上を、警戒心を強めた顔でうろついている。
「……ミア。出番だぞ」
「うん!リエル、援護ね!でも、一人だけだよ?」
「わかっているわよ。他はあなたの獲物なのよね?」
「そーゆーことー……とうッ!!」
ピョン!
ミアはゼファーの背から夜空へと身を投げる。ロロカ先生が、ひゃあ!と小さく叫ぶ。
「ど、どーにも、落ち着きません」
「この高さなら、ミアは平気さ。風の魔術と体術がある……ケットシーは、風に愛されて守られているからな」
そうだよ。オレの言葉の通りだ。ミアは夜空を落下していく。そして、墜落直前に両腕と両脚を広げて風を掴みながら、魔術で風を呼んで、その落下速度を大きく減速させる。
そして?
うらやましいコトに、帝国の兵士は我が妹の抱擁を受けるんだ。ミアが敵兵の背中に飛びつく。落下の衝撃をそいつの肉体に預けて、背骨と足の骨を骨折させてやりながら、素早く喉もとをナイフで掻き切ってみせた。
弓兵がひとり、その場に倒れる。その音に気づいた弓兵が、ミアのいる方を向こうとしたそのとき―――ツンデレ・エルフの神業が、ヤツの頭を貫いた。
「お見事。眉間かよ」
「まあな!」
「スゴい。さすがは、リエルです!!……でも、二人とも目がいいんですね、この距離で、どこに当たったか分かっちゃうんですねえ……」
メガネで巨乳で角まで生えてる属性満載なオレの第二夫人は、オレたちバカの視力が良いことを褒めてくれた。
「大丈夫。ロロカは、オレたちと違って頭がいいんだし」
「……私を、おバカさんみたく、言うんじゃないぞ?」
アンデッドを笑わせたこともある、夫婦漫才コンビなのだが……まあ、いいさ。誰だって、見栄ぐらい張りたいもんだよね。
「でも、メガネ、コンプレックスなんですよねえ」
「それを外してキスする楽しみもあるぞ」
「……ソルジェさん。作戦行動中ですよ?」
「そうだ。あと、『正妻』も見ているからな?」
「……もちろん。集中してる。オレの目は、ミアの仕事を追跡中だよ」
ミアは、次々と無音の暗殺劇を繰り広げていく。
妖精族の風の隠遁術……そして、高みを目指して錬磨され続ける無音の歩法。『フェアリー・ムーブ』。伝説の暗殺者と同じように、ミアは誰にもその接近を悟られることもないままに、八人の弓兵をナイフで殺してしまった。
リエルのサポートは一本の矢だけだった。
でも……おそらく、ミアは心のなかで、その一本の矢を『口惜しい』と想っているだろうな。
自分の限界を知り、それを克服する手段を、即座に選ぶことが出来る。彼女はそんなプロフェッショナルだ。
しかし……それでも、伸び盛り。
彼女の小さな胸のなかでは、暗殺者としての『誇り』が炎のように燃えているはず。その誇りはあくなき向上心として、伝説を帯びる殺し屋への階段をのぼらせていくだろう。
でも、よくやったぞ、ミア。お前は、お兄ちゃんの誇りだ。
今度、いっしょに風呂入って、お前の歯磨きをオレにさせてくれないか?
……他意はない。オレ、北極圏で『ゼルアガ・アグレイアス』と一戦交えて以来、シスコンが止まらないけど、どうしよう―――。
いつか、ミア・マルー・ストラウスを『第三夫人』とかにしてたら?クソ・ロリコン野郎とか複数の国で歌われてしまいそう。
でも、リエルとロロカとミアは、仲良し女子たちだしな。皆で仲良くオレの子供産んでくれたら?マジで最高、幸せ三倍だ。
……フフ。よし、ロリコンのそしりを受ける覚悟は出来た。今これからは、集中!!
ビジネス・モードになろう。
「ゼファー、ギリギリまで低く飛べ。リエル、ゼファーの背から援護を頼むぞ」
「ああ。任せておけ!ロロカ姉さま、気をつけて」
「ええ。ロープの下降ぐらい、大丈夫よ」
「先に降りる。ロロカ、つづけ!!」
「はい。ソルジェさん!!」
『いってらっしゃい、『どーじぇ』』
「ああ。見張りを頼む。敵の動きを観察し、能力を値踏みしたいからな」
そう言い残して、プロの傭兵団の団長サンであるオレは、ゼファーの口がくわえたロープを伝って、敵の『砦』の城壁の上へと降りていく。
城壁に降り立ったオレは、すぐに上を向く。ロロカ先生がロープをつたって降りてくる。うん。巨乳と縄か。爆音響く夜に見上げるには、悪くない組み合わせだ。
しかし、降下速度がやや速い。ケガはしないだろうが、それでも騎士道のもとに、彼女をオレは受け止める。セクハラではない、紳士の道だ。オレを何だと思っているんだ?
「ありがとう、ソルジェさん。私、ちょっと、重たいのかしら?」
「適正体重だ。降下装置の握り方が甘いのさ。今度、特訓してやるよ」
「はい」
「ねえねえ、お兄ちゃん。敵の気配が集まっているよ」
音も無く走ってきたミアが、オレにそんな報告をくれる。オレとロロカ先生の目が合った。考えていることは、同じようだな。
「……ミーティングしているんですね。敵将の顔を確認するチャンスかも?」
「そして、その首を持って帰るチャンスかもしれない。さて、行動開始だ……ミア。先行してくれ」
「了解……っ。猫さんみたいに、静かに歩いてね、ロロカ」
「あう。私だけ、名指しっ……うう。やせてやりますよぅ」
おっぱいが魅力なんだから、別にやせてくれなくてもいいんだけど、足音は立てないでくれよ。
せっかくのチャンスだ……ここまで来て、ザック・クレインシーを『殺すだけ』ならイージー過ぎる。出来ることなら、それ以上の収穫を得たい。
敵の作戦を知りたいね。オレは、どんな世界の神秘よりも、今夜はアンタの頭の中が気になっているんだぜ、ザック・クレインシーよ?
オレたちはミアの後につづく。オレは風の魔術、『インビジブル』を自分とロロカ先生にかけている。周囲に風の『膜』を張り、それで音を遮断し無音を実現する魔術だよ。
だが、足音まで完全に遮断されるわけではない。あくまでも、潜入スキルがあってこそだ。
だから、慎重に動くしかない。
まあ、しょせんはシャトーだ。デカい城というわけではなく、冒険の旅もすぐに節目へとたどり着く。敵の見張りはすでに皆殺し状態だしな、かなり快適な旅だったよ。
オレたちの忍び足は、すぐに城壁からつづく屋敷の屋根へと到着する。そして、そこへ飛び移り、オレたちは屋根の上の猫に化けた。
「……古い建物だ。振動で、ほこりが落ちやすい。慎重にな」
「らじゃー……っ」
「はい……っ」
オレたちは慎重に歩き、ベランダへと向かう。ベランダには、槍を持った見張りの兵士が一人いる。ここで、コンビネーション。オレは『インビジブル』を兵士にかける。
そして?次の瞬間には影のように飛んだミアが、そいつの首に飛びつきながら、即座にへし折って殺すのさ。
命を失ったその男はもちろん重力に呑まれて崩れ落ちるが、『インビジブル』とミアの背中がクッションとなって、音はほぼ無音だ。床に転がりそうになった槍も、ミアの指が掴まえて、甲高い音を立てないようにしている。
ほんと、オレたちストラウス兄妹のテクニックってば、最高だ。
そして……オレもベランダに降り立ち、屋根から降りてくる巨乳が重たい猫ちゃんのことを、やさしく受け止めてやる。
……彼女の名誉のために言っておくが、重くはないぞ?一般的な巨乳女の体重と変わらない。それに、彼女だって、無音でなければ、これぐらいの段差はヒョイと移動できるさ。
潜入ってのは、それだけ特殊なスキルがいるということだよ。
彼女は接近戦のエキスパート。今夜は、短めの槍を背負っているね。屋内戦闘用の装備だよ。オレも竜太刀を背負っちゃいないし、鎧も身につけてはいない。状況に合わせて装備を選べるのも、一流の戦士の証ってもんさ。
さて。
泥棒ゴッコは継続だ。オレたちは、ヤツらの情報を盗みたいからね。
……ベランダから『誰か』の部屋に入り、そのまま忍び足をつづけて、ドアの隣にオレはしゃがむ。そして、そのドアに耳を当てる……。
誰かの話し声が聞こえてくるな。うん、まず最初に聞こえたのは若い女の声だ。強気で凜とした声……慰安用の娼婦じゃなくて、これは女軍人か?
「……竜が出たんですよ!?それに、北からはディアロスの騎馬隊が現れた!!もう攻撃に移るべきです!!」
なるほど、せっかちな女子だ。攻撃的で、有能そう。そして、若い。貴族の生まれのエリート軍人かな?……若さとここいるという事実から、かなり有能な成績で士官学校を卒業したようだな。
だが、トップじゃない。
君より座学では有能なヤツがいたんだろ?……君は、オレたちの策にハマっているからな。経験が少ないことを考慮しても、甘いな。
そして自信過剰だぞ。ザック・クレインシーに意見しようとしている。その出世欲の高さは認めるが―――現状では、中の上の獲物でしかない。
君じゃない。オレの獲物は、君ではないぞ、悪いがな。
何人もの士官がそれぞれの意見を述べていく。皆、そこそこフツーのコトを口にしているな。慎重に動くべき、偵察をすべき。軍を南に動かして、弓兵の配置を密かに変えよう?ディアロス騎馬隊を誘い込んで、矢で殲滅したがっているな。
うむ。フツーだ。当たり前過ぎることを、当たり前に口にしている。悪くは無いが、『アンタ』は、そういうヤツではないのだろう?
オレが思うに……アンタは、もっと年寄りの声で―――っ!
「―――まだ、動かんでもええぞ」
落ち着いた声。分かるぜ、他のヤツとは違い、アンタの声は落ち着き払っている。その言葉で、周りの士官どもの声が消える。ザック・クレインシー。アンタの声を、オレは初めて聞いたな。
「……これは陽動。おそらく、竜もニセモノだろう」
「な、なんですって!?ほ、ほんとうでありますか!?」
―――ハハハ。バレてるぜ、まいったな。
「うむ。あまりにも聞いていたハナシと被害が合わない。竜とストラウスの剣鬼ならば、もっと激しいよ。それに、地雷で足止め?……追いかけた直後に爆発?……おかしいねえ、竜に近づいて欲しくないようだ。能力と性格に違和感がある。そして地雷?……その竜はニセモノだろう」
……怖っ。バレてるぜ、ほとんど。
「そ、それでは、竜は、どこに?」
「来るとすれば、ここだろう……あるいは、中央部に配置してある囮のテントの方かもしれない……大きな拠点に私は潜んでいると考えるだろうからね」
「将軍閣下の命を狙って?」
「そうだろう。まあ、命よりも、こちらの行動を読みたいだろうけどね」
なんというか、絶句モンだね。ここまで予測されてるとは、オレたちシンプル過ぎたかな?
「いい行動力だよ。シンプルだからこそ、我々のような規律重視の組織には有効だ。我々はちゃんと、彼らの行動に反応する……分析されているだろうね、どう動くか?どれぐらいの時間で動くか?……まあ、読まれているのはお互いさまということだ」
「……見張りを増強します!!」
「……いいや?その必要はないさ。サー・ストラウスだよ?……翼将殿の子だ。命を狙ってくるのなら、この砦のサイズで防衛することは難しい。暗殺騎士団の若手である、君でも、止められないだろう?」
「……止めてみせます」
「根拠は?……アレは、君の師匠も殺したようだぞ?」
……師匠?誰だ?多くを殺していると、そういうことにも気づけなくなるな……自分の罪深さを自覚する瞬間だ。まあ、ファリスの軍人をいくら殺しても、オレの心に痛みは発生しない。貴様ら豚野郎どもは、オレの故郷とベリウス陛下を裏切り、殺したクズどもだからな―――。
「師匠は……『父さん』は……ヤツの片目を奪ったんです……ッ。負けてない。きっと、竜の炎に、やられたのよ……ッ」
―――ああ。誰だか、分かった。オレの目玉を奪った男は今のところ一人だけ。9年前の戦、バルモア連邦とガルーナの戦の最終局面。偉大な竜、アーレスが歌になった戦場。そこで、オレの本来の左目を斬り裂いた、バルモア三剣士の一人。
「シャーリー・『カイエン』……感情的になるなよ。心を濁せば、その父上ゆずりの剣も濁るだろう。敵を認めろ、帝国が9年かけても殺せなかった男だ。そいつが持つ伝説の大半は、おそらく真実だろうさ」
老将軍の言葉は、さっきから一度も外れていない。不気味なぐらい勘がいい?……なかなか、イヤな敵だな、この年寄りは。そして、カイエンの娘がいるのかよ。
なんとも、因縁深い戦場になって来たな。
「……父さんの伝説は、私が、ヤツから取り戻します!!周辺の警戒を強めて!!ヤツが来たら、必ず私に連絡をしろ!!この軍団で、最も剣の腕がいいのは、私だぞ!!」
「ハッ!!」
「……やれやれ。カイエンが生きていたら、頭を抱えそうだよ、君の蛮勇ぶりは」
「バルモアの剣士は、女であれど、勇敢さを誇ります。それに殉ずることになったとしても……私は後悔なんてしません」
「……命をムダにするなよ?……戦などで、死ぬ者は、少ない方が良いのだ。それに、分かっているか?」
「何を、でしょうか?」
「ここの見張りを多くすれば、私がここにいることを敵に教えるようなものだろう?あまり兵士の数を増員してくれなくともいい。現状を維持したまえ、そちらの方が、いくらか安全だ」
「……ッ!!わ、わかりました……ッ」
「分かったのなら、文句はないよ」
「し、失礼します……ッ」
あーあ、じいさま。シャーリーちゃんに恥をかかせて怒らせちまったよ。可愛い声だし、マジメでキュートな青二才なのに?……オレならもっと可愛がると思うけどな。
「さてと……君らも、持ち場に戻りたまえ。そろそろ―――」
「―――伝令!!北の騎馬隊は、撤退しました!!そして、竜は……ッ」
「……竜は、どうしたんだい?」
「爆発し、炎上……ニセモノのようであります!!」
チッ。ギンドウの『作品』め。もう下手こきやがったのかよ。今回は、自爆でもしやがったか?……ありがちなハナシだぜ。
「やっぱりね。じゃあ、皆、持ち場へ戻れ。我々は、揺らがない。たとえ、この私が今夜ストラウスの剣鬼に殺されてもね?……我々の作戦は、不変なのさ」
クレインシーは、くくく、と笑い。部下を解散させる。
そして、ヤツが階段を上がってくる。ここは、まさかヤツの部屋かよ?……誘導されていたというワケか?……じゃあ。ここで待とう。
興味がわいたぞ、クレインシー。お前は、どうやら『殺さない方が良さそうだな』。
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