第七話 『決戦前夜の獣たち』 その1

 ―――戦の時間が、始まりを告げる。


 敵は、堅守で謳われたザック・クレインシーの帝国軍第五師団の3万。


 こっちは、ザクロア・ディアロス・ルード連合1万3000。


 倍以上の、戦力差……まったく、大帝国との決戦は、いつもこんなもの!




 ―――『ザクロア自由同盟』は、倍働かなくちゃならなくなる。


 しかも、敵は手堅い男だ、隙が無い。


 攻め手の策は、通じない。


 それゆえに?軍師ロロカは、自軍を国境から手前に引き戻す。




 ―――誘っているのさ、カウンターを喰らわせるために。


 でも、クレインシーは国境沿いの砦を占拠し、動かなかった。


 時を待っているのだ、老獪な忍耐さで、ロロカと知恵比べ。


 ならば?ソルジェは仲間を率いて、クレインシーのいるであろう砦へ奇襲をかける。




 ―――敵将の顔を拝むため、そして、わずかにでも、敵の数を減らすため。


 『パンジャール猟兵団』は闇に紛れて、暗殺の烏。


 漆黒の翼から舞い降りる、戦鬼たちは、今宵も大勢を殺すのさ。


 会戦の機会を待ちながら、今夜も星々のあいだに月と竜が浮かぶ……。




 ガマン比べという理屈は理解していても、ストラウスさん家の性分が、なかなかそれを許しちゃくれない。今夜も、オレたちは北と南から帝国軍の豚どもを仕留めるために夜遊びさ。


 さて。今度の『敵』について考えてみようか?


 クレインシーの率いる第五師団3万の、厄介なところは?手堅い。策を使うこともなく、策に引っかかることもなく、その物量に物を言わせた無難な戦をする。


 戦力を上回る能力を発揮しない消極性は弱点とも言えるが、ドジを踏まないゆえに戦力を下回る水準には絶対に落ちないという点では優秀だ。


 単純な物量勝負をされては、半分にも満たないオレたちの方が不利だろう。


 現在のクレインシーは、こちらの国境沿いの砦を占拠している。


 そこで進軍を停止したまま、攻めて来ることもなく様子見を続けているのさ。おそらくは、ユニコーンの騎馬隊の強さを気にしているのだろう。百戦錬磨のクレインシー将軍からすれば、『未知の敵』だからな。


 どれほどの威力があるのか、不安だと感じている。


 分析通りの慎重な男であるようだ。敵軍を前にしても、まったく動きが無い。


 なら?


 好都合ってもんさ。オレたちの挑戦を受けてもらおうじゃないかね?……おそらく、あちらも『待っている』だろうからな。


 第五師団3万の陣形はあらゆる方角に強い正方形の布陣。規則正しく配置され、有事にはそれぞれのユニットが、近接するユニットをサポートする仕組みなのさ。


 ホント、あまりにもシンプル。だからこそ、彼らは惑わされない。『岩の砦』と評されるクレインシーらしいよ。守備力は十分。だからこそ、オレたち『パンジャール猟兵団』の出番が回ってくるさ。


 少数精鋭による、『クレインシーの暗殺』……オレたちにしか出来ないだろ?まあ、そう簡単に上手く行くとはオレだって考えてはいないが、敵の動きが無い今、ヒマでしかたない猟兵どもの血を発散させる場所がいるのは事実だった。


 ゼファーの背には、オレとミアとリエル、そしてロロカが乗っている。ハーレム状態を満喫しながらも、ゼファーの翼は夜の風と一つになるのさ―――。


「……おそらく。この襲撃をクレインシーは想定しているはずです」


 ロロカ先生はオレたちに釘を刺すように、もう一度その言葉を聞かせる。そうさ。クレインシーだってバカじゃない。竜の存在に気づいている以上、この襲撃がある可能性は十分に理解している。


「待ち構えられている可能性は高いです―――だからこそ、作戦時間を守って下さい。焦りは、禁物ですよ、ソルジェ団長」


「ああ。わかっているよ、ロロカ」


「ギンドウちゃんと合わせるんだよねえ?」


 ミアよ、ギンドウのことを慣れ慣れしく呼ぶな。お兄ちゃん、あのアホが君に手を出さないかと心配なんだ。


 もし、あいつの指が君に触れたら?……もう片方の腕も切り落としてやるに違いないし、たぶん、それ以上のヒドいことをする。


「うむ。ヤツの性格はともかく、技術に曲がりはない。この時計もしっかりと合わせているぞ?」


 そうだね。ギンドウってのは、ほんと、技術だけは確かだ。飛行機械への狂った情熱さえ捨てれば、なかなか大した技術屋なのだけど……まあ、『男の憧れ』は死ぬまで揺らがないだろう。


 オレもきっと、剣を振らない日は、死ぬまで来ないだろうしな。あの『ミストラル』名誉団員さんのようにね。それも、ひとつの男らしさじゃないか?……まったく、女子受けしなさそうだけど。うん、もちろん、モテないぜ、ギンドウはな。アホ過ぎるしね。


「はい。ギンドウさんの『偽ドラゴン・ブレス攻撃』に乗じれば、こちらへの意識は減るはずです。シンプルな即応、それがクレインシーの得意。ならば―――」


「―――ベタな陽動も、よく効くってことだな」


「はい!きっと、効果ありますよ。『守り』は、リアクションのパターンや役割分担がキッチリしているほど、有能。逆に言えば、どんな揺さぶりにも反応を示してくれるでしょうから」


 ロロカ先生の勘が外れたコトはない。女の勘を知識で磨いているからだろうな。オレたちは彼女を信じて動けばいい。


 第五師団の連中が国境を越えてから34時間。ロロカの、『きっと深追いせずに、停止するでしょう』という予言の言葉は一ミリも外れていない。


「……フフ。オレたちを待ってくれているのか」


「ええ、見極めたいのでしょう。ゼファーちゃんの機動力を。私なら、そうですもの」


 守備的作戦立案者のロロカ先生としては、なかなかクレインシーとハナシが合いそうだな。ゼファーの機動力と、破壊力……先のルード会戦で、ヤツらもその威力を十二分に知ってしまった。警戒されるということは、名誉だな、ゼファー。


『……みえてきたよ。あの『おやしき』だよね』


「おう。シャトーを改築した、国境警備用の要塞さ」


 居住性は最高。古くて高い岩の壁は、馬での攻略を阻むだろう。かがり火を設置し、竜を警戒してか、弓兵が豊富にいるな。魔眼に夜の闇は通じない。我が妹ミアが、ゼファーの背中を指でつつきながら質問した。


「ゼファー。敵ちゃんはー、どれぐらい、いちゃうのかなー?」


『……よんじゅうにんぐらい』


「余裕だね。この五人でなら、五分もいらない」


「そうね。でも、それだけに怪しい」


「ああ。そもそも、あそこにいないかもな」


 慎重派の将軍さまだ。いかにも『襲撃されそうな砦』で、すやすやと寝息を立てているかは分からない。竜の襲撃を警戒して、他の陣地に潜んでいるかもしれないだろ?……そんな単純なコトされたら、オレたち破壊力はスカされちまう。


 戦術ってのは、単純でも効果があるものさ。


 そう。オレたちの単純な戦術も、そこそこ意味を持ってくれるだろう。


「……『偽ドラゴン・ブレス作戦』ね。バカバカしいけど、効果はありそうだ」


『……ぼく、『あんなの』に、にていないよね……?』


 ゼファーが不満げな声で言った。気持ちは分かるぜ?オレは愛しいゼファーのうろこを撫でてやりながら語る。


「おう。似ちゃいないさ、あんな『ハリボテ』と美形のお前が同じモノかよ?」


 だが、お前のうつくしさを知らない帝国の豚どもになら有効だ。気を悪くするなよ、ゼファー?『空を飛んで来る、巨大な物体が、炎を吐けば?』―――帝国の兵隊さんたちは、竜だと叫び、伝言ゲームがスタート。


 きっと、この本陣まで数分以内に届くだろう。敵の反応速度。それを観察するのも、今夜のミッションだぜ。


「……あと、10秒だぞ……7、6、5―――」


 ツンデレ・エルフさんの綺麗な声で、『偽ドラゴン・ブレス作戦』の始まりは告げられる。オレとミアはニンマリと笑いながら、南西の方角を、じーっと見つめる。さすがはストラウスの兄妹、きっと同じ貌しちゃってるよね?


 ストラウス家って、花火とか、炎系魔術とか、爆弾とか。そういうハデなものが当然ながら、大好物なのさ。


「―――2、1……今だ」


 まずは、光!


 そして、八秒遅れて、爆音が夜空を駆け抜けていった!


 ドオオオオオオオオオオオンンンンンッッ!!


 火柱が、闇のなかに赤くて美しい輝きを放つ。


「たーまやー!!」


 ミアが満足げに月へと叫ぶ。だから?シスコン野郎のオレ、もちろん伝統に則り、彼女に続いて叫ぶんだよ!!


「かーぎやー!!」


 ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンッッ!!


 二発目だぜ!!おお、今度は、さっきのよりも火薬が違う。油と、たぶん、ハーフ・エルフのギンドウくんの火炎魔術も同時に使ったのかね。


『いまのほうが、ぼくのに、にてる!!』


 ゼファーが鼻息を、ふん!と吹き出しながらそう語る。ああ、たしかに今のは、ゼファーっぽい。大地を炎が焼き払うように走りやがったぜ。そして……魔眼が燃えて焦げる大地のなかを動く、巨大な物体を見つける。


 デカい『翼』を持った、ハリボテのゼファーだよ……。


 うん。やっぱり、月の下でも不細工だ。


 あの七メートルもあるハリボテの中には、帝国兵の鎧を装備したギンドウと、その相棒のジャンが入っている。ギンドウの爆弾と火炎魔術が大地を焼いて、『フェンリル・モード』のジャンは、そのハリボテを背負って動かしているのさ。


 まあ、竜っぽいだろ?爆炎に乗じて、現れた。ほんとは折りたたんで地面を這うように引きずられていたものが、立体的に『立ち上がった』だけだが……あの『翼』のような左右への広がりを見れば?……ヒトは、翼だと思うし、空から来たとさえ発想するだろう。


 その証拠に、兵士たちが、竜だ!竜だ!と反応してやがる。


 ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンッッ!!


 再び、夜の闇に大地を焦がして走る炎が生まれた。


 ムチャクチャな火力だな、ギンドウの『魔術』……ヤツは、ハーフ・エルフ。本当に魔力が強い。しかも、ギンドウは人間に対して、根深い何かを持っている。


 腕を切られちまったことへの憎しみかね?その炎は、残酷なまでの威力を帯びるのさ。


「……うむ。いい魔術だ。アレなら、兵士たちも殺到するだろう」


「だろうな。あとは、ジャンがあの『ゼファー・みこし』を、どれだけ素早く引っ張れるかで、時間稼ぎが決まる……」


「うむ。それに……あれだけ仕掛けた地雷に、誰かが引っかかれば……」


 ドオオンン!!


「やったわ。引っかかったぞ、ソルジェ!!」


 リエルちゃんはうれしそう。そうだよ、ギンドウとジャンに殺到していた兵士たちは、地雷原に迷い込む。リエルの魔術地雷と、ギンドウの火薬地雷があるんだよね。


 マジメな猟兵のリエルちゃんは、二時間前、ほふく全身で、戦場を蛇のように這って、コソコソと魔術地雷を敷設していた。ギンドウとジャンも火薬式地雷を設置していたな。


 うちの三人の蛇さんたち、いい仕事。ほんと、お疲れ様。


「……地雷もあると思えば、敵兵たちの足も止まる。そして、これに乗じて……うちの騎馬隊が北側に姿を見せれば……」


 ブオオオオオオオオオオオオオオオッ!!


 角笛が鳴らされる。北の方角からだ。


「うん。『バレてくれた』ようだな」


「はい!順調ですね……陽動としては、これだけやれば……騙せるかはともかく、組織として守備を徹底されている組織であるのなら……反応はします」


『……とりでから、ひとがでてきてる』


「ああ。いい傾向だ。素早いな、200秒以内に、指揮所がリアクションしやがった。それだけ、備えていたということか」


「私の地雷たちが、アホどもの命をしばし守るだろう。偽ゼファーも、しばらくは本物のように見られるかもしれない―――」


「―――つまり!砦を襲っちゃうチャンスだあああああああ!!」


「ああ。そうだぜ、ミア。お前の好きな、暗殺大作戦スタートだよ」


「お兄ちゃんに、将軍さんの首をプレゼントしてあげるね!!」


「期待してる」


 ほんと、兄貴想いのいい妹だぜ、オレのミアは!!

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