第六話 『ああ、私の愛しき邪悪たちよ』 その12


『うむ。そうだ……危うく、貴様の竜太刀で破壊されるところだったぞ』


「壊して欲しくなければ、他の場所にしまえばよいだろう」


 体内に持っている貴重品なんか気にして、斬り合いが出来るか。


『我の中が、最も安全な場所だと考えていたからな……まあ、こちらの事情など、どうでもいい。ソルジェ・ストラウスよ』


「なんだ?」


『……ファリス帝国軍との戦、勝ち目はあるのか?』


 ふむふむ、世俗にさといアンデッドさんだな。


「もちろん、勝ち目はあるさ。かなり、死ぬがな」


『……だろうな。ならば、『戦力』が欲しいか?』


「うちに就職してくれるのか」


『ふん。そうではない……我が、子供たちをアリアンロッドさまに届けた行為の『対価』は、その『軍勢』を構築していただくためだ』


「……『軍勢』ね。なるほど」


「ソルジェ、何のことか分かったの?」


「ああ。オレの知っているヒトたちのことだからね」


『……『彼ら』は、まだ戦える。我が、『憑依の水晶』を用いて、『回収』しているのだ』


「回収だと?……そういう力もあるのか?」


『うむ。この水晶は、『侵略神』の肉体と『権能』を現世に固定・保存する秘宝だ……『アガーム』である我ならば、アリアンロッドさまの側にいることと、我が身そのものの呪いの風を『これ』に込めることで、『権能』を擬似的に再現し……一度だけなら、『彼ら』を呼べる』


「なるほど。アリアンロッドに頼むわけにはいかないな……なにせ、彼女は、可能な限り多くの大人たちが死ぬことを望んでいただろうからね」


『うむ……』


 ザクロアが滅びる戦?きっと、アリアンロッドは大歓迎していただろう。死を救いと考えていた彼女ならな。そして、死が作り出す平穏のなかで、ザクロアの全ての子供たちをこの森で遊ばせていたのかもな。


 彼女の価値観からすれば、それほど穏やかな世界は他に無いだろう。まさに、楽園さ。


『……アリアンロッドさまには、ザクロアを救おうとする意志は無かった。むしろ、滅びを願っていたほどだ』


 つまり、ヴァシリのじいさんの『願い』を一度は聞いたとしても、『二度目』を聞いてくれる可能性は無かったんだろうな。


「ここに、ヴァシリのじいさんたちが『いなかった理由』も分かったぜ」


 いたら?


 彼らは帝国軍にまた向かって行ったからだ。それは、アリアンロッドの『大勢死ね』という願いとは相反する行為だ。死者と生者の戦いよりも、生者と生者の方が多く死ぬ。


 だから、じいさんたちはここにいなかった。


 そうだ、アリアンロッドは、『二度目』をしてやるつもりはなかったのさ。愛するヴァシリじいさまを『再生』するのは、ザクロアが滅びた後だったのさ。


 彼女を長らく知る人物たちになら、そいつは十分に想定出来たことだな。だからこそ、『ミストラル』には『憑依の水晶』が必要だった。アリアンロッドの『権能』を『模倣』できるアイテムがな。


「……ふむ。それが、テメーの騎士道か?……いや、愛国心かな」


『外道で魔道の行いだ。つまり、たんなる我の願望に過ぎないものだ』


「……だとしても、そのおかげで、オレたちはザクロアを守れる」


『ああ』


「……なんだか、ズルいぞ?」


 ツンデレ・エルフさんが怒っておられる。オレは首をかしげた。


「はあ?どこが、どうズルいというんだ?」


「お前たち二人しか、状況を把握していないじゃないか?」


「団長サマと敵幹部サンの会話だぞ?……シークレットな臭いが漂っても当然だ」


「だとしても、分からないのは、なんか、イヤだし……?」


「んー。ワガママなレディだぜ。おい、『ミストラル』。話してやってもいいか?」


『好きにすればいい』


「はい。知りたがりのリエルちゃん、耳貸してくれ」


「ああ、こうだな?」


 そして、ツンデレ・エルフの綺麗で長い魅力的な耳が、オレの目の前に現れる。だから?そりゃ、セクハラするに……いや、違う、『愛情を表現』するに決まっているよね?


 ぺろり。


「うひゃあああああ!?」


 ツンデレ・エルフが悲鳴を上げながら、オレから遠ざかってしまう。


「な、なぜ、なぜ、舐めたあああああッ!?」


「なぜ?魅力的で、おいしそうだから」


「え、エルフは食べ物ではないのだぞッ!?」


 ツンデレ・エルフが弓を構えて矢を射るのさ。オレは、持ち前の反射神経で矢を左手の指たちで掴み取る。ふむ、さすがは戦場にいるツンデレだな、鏃はついている。


「実戦用の矢で、恋人を射抜こうとするなよ」


「く、くそう。お、覚えていろ!!いつか、反撃してやるからなあ!?」


「ほほう。君に、舐めて欲しいところは色々あるぞ」


「お、お前は!!かなりの大バカ野郎だッ!!ハレンチ糞野郎ッ!!ド変態だッ!!」


 くくく。そのド変態に愛されて、お前は、その腹にオレの子を宿すのだよ、ツンデレ・エルフくん……。


『―――お前たちは、何だ?』


 300才も生きているヒトに、短い言葉で質問された。これって、もしかして哲学的な質問かな?……いいや、これはオレの勘だが、もっと低次元の質問に違いない。


「オレたちは、『パンジャール猟兵団』だよ」


『……そうではない。恋仲なのかと聞いている』


「恋仲……古い言葉だね。ああ、そうだ。オレたち、愛し合ってるぞ?なあ、リエル?」


「う、うるさいッ!!しゃべるな、ぶっ殺すぞッ!!」


「……聞いての通りだ」


『なるほど。愛し合っているんだな』


「あ、愛し合っているとか、言うなあああッ!?」


 ツンデレは何だか照れまくってパニックだ。他人の前でオレたちの関係を言われると恥ずかしがって、あんな態度を取るのか?面白いな。今度、大勢の他人がいる前で、熱い告白でもして、からかってみるかね?


『―――面白い』


「そう。よく言われるよ?オレたちの夫婦コント」


『そうではない。お前たちが、自然に愛し合っているからだ』


「はあ?」


『……『血の混ざった子供たち』。我は、そのような不幸な子供らを、大勢、ここで見守ってきたぞ』


「……つまり、不幸な死に方をした子供たちね。ハーフ・エルフの子供らか」


「む……」


 リエルの表情が曇る。そう。リエルちゃんはその内、人間からもエルフからも疎まれる子供を産むことになるわけだ。他人事じゃないね。


 でも。


「……私は、自分の子供を守るぞ。孤独な思いもさせんし、幸せにしてやるさ。そうだろう?ソルジェ・ストラウス」


「ああ。パパとして、とーぜん」


「ぼ、僕たち『パンジャール猟兵団』の誇りにかけても、守りますよ!!リエル姐さんが生む団長の子供―――がふッ!?」


 リエルの左ハイキックが再びジャンの頭に命中していた。そして、『ゼルアガ』さえも倒した男は、痛む顔面を押さえて、そのまま床の上をイモムシみたいに転がっちまう……この男は、とんでもない英雄なんだがなあ……侵略神を殺したんだぜ?


「そ、ソルジェの子を、う、生むとか言うなッ!?」


「なんだよ、オレの子供を生んでくれないのか?」


「そ、そーじゃなくてだなあ!?」


『ハハハハハハハッ!!』


 アンデッドにうちの夫婦漫才が受けてる?やったな、おい。オレたちのコント芸も、何か一つの境地に達してしまったようだな。


 しかし……そうか、心に届いたのかよ、オレたちの作る『色彩』が。


「……『ミストラル』よ。お前は、かわいそうなハーフ・エルフの子供たちを、たくさん見てきたんだな」


『ああ。そうだぞ、ソルジェ・ストラウス……皆が、『狭間』の立場に呑まれて、苦しんでいた。だが、どうだろうか?お前らが作る子供が、この『自由な森』で遊ぶ必要はない気がするのだ』


 ―――『自由な森』。なるほど、とても重たく心に響くぜ。ハーフ・エルフのガキには、ここ以外には……現世で自由に遊べる場所なんて、無かったということかよ?


 ……世界の現実ってのは、そんなもんさ。でも。だからこそだ。だからこそ、オレは『魔王』になろう。力で、世界を変えてやるんだよ。


『……お前たちの子なら、きっと、この世界に祝福もされるだろう―――』


「―――いいや。うちの子を『特別』にはさせないさ」


『なに?』


「ハーフ・エルフのガキだろうが何だろうが、どこの森でも好きに遊べる。そういう『未来』を作るのさ」


『……なるほど。それは……とても……とても、いい『未来』だな』


 300年も剣の道に生きる男が、そのとき、とてもやさしい言葉を口にしていた。彼は想像しているのだ。オレが言葉にした世界の『色彩』を。そして、それを褒めてくれた。


 そうだよ、そこには、お前の守った全ての『狭間』のガキどもが、笑ってるはずだぞ。


「そのために、『力』がいるんだよ?……なあ、お前も一緒に、うちで働かないか?オレの面白いセクハラ・コントも、最前線で堪能できるぜ?」


『……フフフ。気に入った』


「オレのスケベで面白いところがかよ?」


『そうではないさ。お前から吹く、『自由』の風がだッ!!』


「なら―――」


 マジで、うちに来て欲しいぞ、『ミストラル』。ガルフがいたら同じことを言う。いいや、ガルフはこのさい関係ないぞ!!オレが、現団長のオレが言う。テメーの剣が欲しいぜ、喉から手が出るほどに!!


 ……だけど。


 残念ながら、猟兵の予感がささやいている。


 テメーとは、多分、いっしょに働けないんだろう……『ミストラル』?


『―――いつか、そういう時が来れば、面白い。だが、今は、我が祖国への愛を貫くときなのだ!!……うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!』


 『ミストラル』が吼えた!!


 歌った!!


 ヤツの騎士道の結実を!!


『見ていろ!!覚えておいてくれ!!これが、我の愛国の熱量ッ!!我の、バイオーラさまへの、愛であるッ!!』


 そして、ヤツの右手が、ヤツの胸郭を砕く。そうだ、胸の骨だ。肋骨を打ち砕いて、あいつの拳が、あいつの指が……ヒトならば『心臓』が納められている場所へと深く入る。


『がふううッ!?……く、くくく!!うおおおおおおおおおお!!』


 そして、ヤツは己自身を大きく破壊しながら、『憑依の水晶』をその手で胸の深奥から取り出していた……。


 リエルとジャンは、そのあまりの痛ましさに、目を反らしそうになるが、それでも二人とも、歯を噛んで、そいつの『死に様』を見守るのさ。


 300年、不幸な子供たちの死霊を守って来た、ウルトラ・カッコいい騎士サマはよ、さっき言ったじゃないか?


 『見てろと、覚えていろと』。だから、オレは見ているぞ。お前を、一生忘れないためにな、我が友、『ミストラル』よ!!


 ヤツの手が、『憑依の水晶』を、オレに差し出す。


 そいつは、思ったよりも小さな秘宝だ。リンゴを一回り小さくしたほどの大きさだ。水色のまばゆい光を、その水晶は放っている。


 オレの指が、それを掴む。


 ほらな?


 剣士なんて単純さ。三度も殺し合いをしたら?……絆が出来ている。


「こいつが、あれば『彼ら』を呼べるのかい?」


『うむ。アリアンロッドさまの力が、想像以上よりも失われてしまったゆえに……我自身をも生け贄にして、呪いの風を、これに……込めてやった』


「いい仕事をする。さすがは、ストラウス家の50年来のライバルだ」


『ああ!!……これならば……もう一度だけ……『彼ら』を、呼べる……使え……』


 『ミストラル』が、崩れていく。骨が、白い粉になっていくのさ。300年の戦いは、ここに終焉を刻もうとしている。いい死に様だ、だから、オレは微笑むのさ。


「見事だぞ、『ミストラル』よ……」


『戦場で……我らの愛する自由なるザクロアを……そして……我が愛した子供たちが、あきらめていないという、『未来』を……守ってくれよ……ソルジェ・ストラウス?』


「……おうよ。任せとけ。オレは、ウルトラ・カッコいいアンタに、勝った男だぞ?」


『……うむ』


 そして、崩れていく白骨の騎士は、水晶から指を離した。オレの指が、水色に輝く水晶を受け止め、その質量を知るんだよ。へへへ。ヤツの心は、熱くて重いぜ。


『……さて……そろそろ……行ってくれるか……』


「ああ。そうだな、アンタはきっと、これから―――」


『―――うむ。我は、剣の、修行を……せねばな……――――』


 その言葉をオレの耳に遺して、『ミストラル』は、風へと戻った。




 ―――その騎士は、強さと、力と、『自由』を求めた。


 始まりの自由騎士、『ミストラル』。


 自由のために生き、自由のために死に。


 死後も、自由のために冥府の道を駆け抜けた。




 ―――その魂は、ディアロスの秘宝とひとつとなって。


 聖なる邪悪なアリアンロッド、その権能とひとつとなって。


 バイオーラ・フェイザーへの愛と、ひとつとなって。


 きっと……子供たちと約束した『未来』を守る、君ともひとつとなった。




 ―――そうだよ、ソルジェ。


 僕たちは、多くを背負って歩いて行くんだ。


 僕らの色彩は、きっと風のように世界を包む。


 全ての色が混じった、魔王の『黒』で、世界に『未来』を刻むのさ。




 ―――我らは、無敵の『パンジャール猟兵団』。


 13人と一翼の悪鬼で羅刹、永久欠番はふたりだけ。


 『0』の、ガルフ・コルテス。


 『10047』の、『ミストラル』。




 ……僕らはね、黒き竜の翼と共に、『未来』を創るために在る。

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