第六話 『ああ、私の愛しき邪悪たちよ』 その11


「うああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」


 返り血に染まったジャン・レッドウッドが泣いて、叫んで、わめいていた。かれこれ十五分にもなる。オレは、それを見守り続けてきたが。経営者として、そろそろ出番だろ。


 ヤツのそばに歩いて行き、しゃがむ。


「だ、だんちょおおおおおおっ」


「泣くな、ジャン。強く生きろと言われたばかりだろ?」


「は、はいいッ!!す、すみ、すみません……ッ」


「謝らんでもいいさ。お前は、偉大な仕事をしてくれた。母親と、そして、恩人であるヴァシリのじいさまの魂を解放したんだからよ」


 そうだ。もう、『ゼルアガ・アリアンロッド』に我が友たち、『ザクロア自由騎士団』の魂が囚われることはない。彼らは死霊として、永遠の地獄を生きなくてもいい。あの恐ろしくも愛情深い聖母と共に、星に還ったのだろう―――。


 ジャンが、どうにか泣き止もうとしている。鼻水も、どうにかして欲しいな。オレはルード王国の商人から、大量にもらった例のハンカチをジャンへと渡した。


「ほら、コレをやるから、涙を拭いてろ」


「だ、団長……っ。あ、ありがとうございますぅ……っ」


 まったく。これが『ゼルアガ/侵略神』を屠った男の姿かね?……まあ、あんまり、しっかりしてもらっても、ジャンらしくないか。


「……ソルジェ団長」


「どうした、リエル?」


「……ヤツが、消えないのだが」


「……みたいだな」


 リエルは弓に矢をつがえている。彼女は狙い続けているぞ、アリアンロッドの『アガーム』である、『ミストラル』のことを。


 そうだ。『ミストラル』、この男はまだ滅びてはいなかった。アリアンロッドが滅び、その権能は解除されるのでは?コイツにだけ、呪いは強くかかっていたのか?あり得るな。明らかに、『ミストラル』は他の死霊よりも桁違いに強かった。


「おい。そろそろ、気絶したフリはやめろよ?」


『―――気絶したフリをしていたワケではない。ただ、彼女の冥福を祈っていただけだ』


 骸骨野郎が語り始める。リエルの表情が険しくなり、ハンカチで鼻をすすりながらジャンも立ち上がる。でも、オレの腕が若手どもの戦意を削ぐように遮っていた。


「……コイツはオレの獲物だ。そして、どうやら敵意を持っていない」


「……分かった。でも、油断するなよ?」


「おうよ。さて、『ミストラル』……これから、お前はどうするつもりだ?」


『……二人の主を失ったばかりだ、今後のことなど頭にはない。それに―――』


「―――ならよ?お前、オレたちの猟兵団に来ねえか?」


「はあああああああああッ!?」


「だ、団長っ!?」


 若手たちが叫ぶ。ああ、まあ想定の範囲内だけどな。そして、彼らよりも驚いているのは、『ミストラル』本人だったね。これも、想像していたよ。


『……バカな?我は、死霊だぞ?』


「ああ。知ってるよ」


『なのに、何故!?』


「死霊を雇っちゃいけないとか?誰が決めた、そんなこと?」


『……貴様。常識が、無いのか?』


「ハハハハハハッ!!」


『なぜ、笑うのだ?』


 笑わずにいられるか?常識だと?


「……テメーみたいな死霊で騎士で、300才のドがつくシニアに?常識がどうとか言われる筋合いは、さすがにねえだろ?」


『それは、まあ、確かにな……』


「ククク!」


『なぜ、笑う?』


「お前が自分の存在がどれだけ非常識なのかを、認めたから。なんか、面白いだろ?」


『分からんな』


 オレの笑いのツボがかね?……そうじゃないか。


 『ミストラル』は、ゆっくりと立ち上がる。そして、その蒼い炎の揺らぐ目で、オレのことを見てくる。顔の肉がないけど、なんとなく分かる。コイツ、ちょっと呆れてるな。


『お前という男が、よく分からん……どうなっている?』


「腕が立つ。面白い男がいるとする。じゃあ?『パンジャール猟兵団』は、そういうヤツに粉かけとくのが営業方針」


「あ、ああ。だから、僕のところにも?」


「ああ。世にも貴重な人狼だ。戦力になるのは、見ての通り。『ゼルアガ』さえも、倒したぜ」


『強ければ、何でもいいのか?』


「強いのは必須条件。あと、人道に反しないということも必要かな?」


『―――ならば、我は不適格だ』


「お前、オレと同じぐらい強いぞ?」


『そちらではない』


「性格も悪いとは思わんがな」


 ギンドウとかに比べれば、聖人に近いレベルだ。おそらく、ガンダラとかとも合うんじゃないかね、『ミストラル』新入団員は?


『……我は、罪深いぞ。アリアンロッドさまに、子供たちを届けた』


「……ほう」


「……『子盗り』の実行犯は、この男か」


 リエルの表情が厳しくなり、彼女はまた弓矢を構える。


 なるほど。それは罪深い行いだろうな。でも、事情を聞いてやるべきだろう?この朽ち果てぬ騎士道を持つ骸骨野郎は、どうしてそんなことをした?


「どうしてだ?」


『……答える義務はないだろう』


「まあね。でも、予想はつくかな」


『バカな』


「アリアンロッドは不幸な子供だけを殺していた。お前がさらった子も、虐待死寸前の子供たちばかりだったんだろう?あとは、病死寸前とか餓死寸前の孤児とかか……そういう子供たちだろ?……それに、殺してもいないかもな」


「え?」


「死体を盗んだだけかもしれん」


「それでは、墓荒らしではないのか?」


「いいや、墓に入れるまで待ってたら、腐敗が進むだろ?……『より新鮮な脚』の方が、この森で元気よく駆け回れるからさ?……死んだ子が、葬式に出されるより先に……あるいは親が気づくよりも先に、連れ去ったんだろうな、コイツはよ」


 この性格の良い骸骨野郎のことだ。ガキを殺せたとは思えない。オレの魔眼は見逃してはいない。クレヨンで、カッコ良く描かれていたぜ、巨大な剣を持った子供たちの騎士サンは。


「なあ、『ミストラル』。お前、意外と、死霊のガキんちょどもと仲良しだったろ?」


 返事は無かった。本当に分かりやすい男だな。練武場の壁に、クレヨンの絵がたくさんあるんだぜ?……リエルは、葛藤を抱えながらも、弓を下ろしていた。


「まったく!!私の敵なら、敵らしくしておけというのに!!」


「ムチャクチャ言うなよ?……コイツは、アリアンロッドとの契約に縛られてるんだ。そもそも逆らえないんだろう?」


『―――逆らえないのではない。我が、目的のために、アリアンロッドさまの『権能』を借りるためにしたまでのことだ』


「ほう。目的か。やっぱり理由があるんじゃねえか?」


『ぬ、ぬうッ!?』


 まったくマジメが過ぎている男だな。


「で。何なんだよ?……オレとお前の仲なんだ、素直に話せよ?」


『貴様と我が、どんな仲だという?』


「三度も殺し合いをしたんだぜ?すっかり、友だろ?」


『やはり、常識が無い男だな……』


「―――たしかに、ソルジェ・ストラウス。お前の言ってるコトは、変だぞ?」


 エルフとスケルトンにダメ出しされちまった。狼男はイエスマンだから、心にも無いことでも『有りですよ』って言ってくれそう。でも、甘いフォローには頼らない。


「じゃあ、四度目の殺し合いをしてやるからよ、オレが勝ったら教えてくれるとか?」


『その手には乗らん……それに。残念だが、我にもせねばならんことがある』


「なんだ、つまらんな。で?何をするんだ?」


『……どうやら、思いのほか、アリアンロッドさまの『権能』の消失が早くてな……このままでは、せっかくの『コレ』も役に立たなくなりそうだ』


 『ミストラル』がその白骨化した指で自身の胸を指差していた。リエルもジャンも首を捻っている。そうか、コイツらは忘れているんだろうな。


 オレも正直ちょっと忘れかけていたからな―――コイツ。まだ、体のなかに入れていたんだな。


「『憑依の水晶』か」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る