第六話 『ああ、私の愛しき邪悪たちよ』 その8
胴体を切り裂かれた『ミストラル』が、ゆっくりとその場に沈み、片膝を突く。そして、沈黙する……そうだな、フツーの騎士なら即死だな。
だが、『アガーム/忌むべき崇拝者』であるテメーには、致命傷になるとは限らない。
オレは肩で息をしながら、竜太刀を持ち上げる。
「……このまま斬撃の嵐で、粉々になるまで刻んでやるぜ―――」
そうすれば、テメーもあの世に逝っちまうさ……それでも死ななかったとしても、せめてオレたちが『ゼルアガ・アリアンロッド』を討ち取るまでは、大人しくしてやがれよ。
「じゃあな、『ミストラル』―――ッ」
そのとき。オレは何かを『感じた』気がする……その悪寒の正体に身体が反応する直前に、狼がオレの視界を飛び抜けていた。
『あぶない!!団長ッ!!』
ジャンが叫び、オレの背後に『いた』、何かへと飛びついた。
『がるるるるううッ!!』
「なに……ッ!?」
ジャンのヤツが宙に浮かんでいる!?いや、そうだ。アリアンロッドか?『ミストラル』を救助しようと、オレを背後から殺そうとしやがったのかよッ!!恐ろしいな、寸前まで、反応出来なかったぞ……ッ!?
「……クソが、『侵略神』ごときが、調子に乗りやがって!!リエル!!」
「うむ!任せるがいい!!……『真実の知恵の光を宿す水晶よ!今こそ、その光をもちいて、異界のゆらぎを取り払え!!』―――『ポゼッション・アクアオーラ』ッ!!」
森のエルフの弓姫は、その王族の証である絶大な魔性を用いて、ディアロスの祖先たちが生みだした『ゼルアガ対策の秘宝』を、魔術として再現してみせる!!
リエルを中心に、あらゆる謎を解き明かす叡智を秘めた水色に彩られた紋章が生まれて、そいつは床の上を走るように広がっていく。そして、盗賊王ユーキリス・ザハトの練武場を、水色の光が満たしていくのだ。
『がるううううううううう―――ッ!?ぎゃん!?』
「ジャン!!」
殴られるような鈍い音が響いて、その直後、ジャンの体が空中を飛んだ。しかし、ジャンは空中で身を捻ることで、足から床石へと着地してみせる。あれならば、ダメージは皆無であろう。元気に牙を剥き、『ヤツ』をにらんだ。
そうだ。
オレにも、『見える』ぞ。
『ゼルアガ』と接触してもいないのに……ヤツの権能に触れてもいないのに?
ディアロス族の聖なる秘宝。そして、皮肉にも盗賊王ユーキリス・ザハトが求めてやまなかったという『ゼルアガ・キラー』……『憑依の水晶/ポゼッション・アクアオーラ』は、今この盗賊王の拠点にて、その奇跡を再現させていた。
水色の光に照らされて、その影は世界に浮き彫りになる。
そして、エルフ王の血を引くリエル・ハーヴェルの魔力によって、ヤツはこの世界に強制的に『固定』させられてしまうのだ。
「……ぬう。醜い姿だな、『ゼルアガ』よ!!」
少女は感性が思うがままに発言していた。そうだ、たしかに、『ポゼッション・アクアオーラ』によって、オレたちの世界へと引きずり出されたアリアンロッドは、醜い筋肉の塊のような存在であった。
やはり、双子神らしい。
これは『戦闘能力』を解禁した『ゼルアガ・アグレイアス』にそっくりだよ。醜く膨れあがった筋肉と、クマのような巨体―――そして、コイツが特徴的なのは、腕と脚がそれぞれ四本ずつ生えているということか……。
『……あらあら。私の姿を見えるようにしてしまったのね?』
「……ああ。ちょっくら、先人たちの知恵を拝借してね」
『まあ。よく、がんばったのね』
不気味な悪神は、その巨大な口をニイィと開く。うむ。そうだな、確かに、ジャンの言っていた通りだ。死臭がする。
死体の香りのする女神さまだぜ。死霊たちの『母』という印象は、彼女の醜さに適合しているかもしれないな。
ただし、その醜い巨体が放つ声は意外なほどに、やさしくて綺麗だった。ゆっくりと言い聞かせてくるような、包容力を帯びた声色だよ……。
狂っているのかもしれないが、一種の『母性』というモノを、この『ゼルアガ/侵略神』は感じさせて来やがるのさ。
『……ソルジェ・ストラウス』
「なんだ?」
『あなたは、どうして、私の邪魔をしようとするの?いったい何が、不満なのかしら?』
「……元々は、ヴァシリのじいさまたちを救済するのが目的だった」
『あら、私の愛するヴァシリを?よい子ね、ソルジェ・ストラウス』
「まあね。アンタは、ヴァシリのじいさまたちの魂を、虜にしているんだろ?」
『彼らが、そう誓ったのよ?……私の『権能』を借りるために。正当な取引だわ』
「それさ、悪いけど、解除してくれねえ?」
『なぜ?ヴァシリは、永遠を手に入れたわ』
「永遠の苦しみだろ?死霊となって、永遠の地獄を生きる」
『そうかしら?この砦を作った、ザハトくんは、私と出会うためにディアロスの秘宝を求めたというのに?』
「なに?」
つまり、ユーキリス・ザハトは……『ゼルアガ』を倒したかったわけじゃなく、アリアンロッドとこうして出会うために、それを探していたのかよ?……おそらく、自分を『死霊』にしてもらい、永遠を過ごすために―――欲深い男だ。
『死霊は確かに、臭くて、痛くて、辛いのかもしれないわ。でもね、もう殺されることはないのよ?……残酷でしかないヒトの世からも、自由になれるでしょう?』
「だが、お前に縛られてしまう」
『そうね。このザクロアからはそう遠くに離れられなくなるわ。私の命令にイヤでも従わなければならないこともある。たまにはだけどね?でも、それが問題かしら?……彼らは、私との契約を、ぜんぜん嫌がったりしなかったわよ』
「故郷を守るための犠牲だ。彼らは、それを誇りに思ったのだろうさ」
『そうよ。そこまで分かっていて、なぜ、貴方は私を殺したがっているの?』
アリアンロッドの巨大で醜い頭部が、くるりと横に倒れていた。ユーモラスだね。感情が豊かだ。不気味な怪物だが、アンタは―――やけに人なつっこいね。
「……ヴァシリのじいさんに、彼の魂をアンタから解放してやると誓ったからさ」
『まあ!ヴァシリのことを考えてくれたのね、本当に、ありがとう』
悪神に感謝される……ね。ほんと、調子狂うわ。
「なあ、アリアンロッドよ。ヒトの魂は、自由であるべきなんだ」
『自由?孤独ということ?』
「ちがう。それは違うぞ、アリアンロッド。権能で縛り、存在を維持する。それは、ヒトの死を冒涜している行いだ」
『……そうかもしれないわ。でも、貴方は?』
「ん?」
『貴方の大切な……そして、亡くなってしまった魂に、死霊としての生活を与える。私がそう言えば、貴方は、なんて答えるのかしら?―――そう。今、貴方が心に想ったヒトよ』
「……心を読むのか?」
オレは、セシルのことを考えてしまっていた。そうだ。セシル。彼女のことを……七才で死んでしまった、オレの妹のことをだ。
『いいえ。そんな力はない。貴方の目を見て、そんな子がいるのだと、私は悟っただけ。外れてはいないのでしょう?……いるのね?この残酷な世界の犠牲になった、哀れな小さな魂が―――貴方にも。ウフフフフ』
慈愛に満ちた声。そんな風に聞こえるし、たぶん、それは間違いでもない。この悪しき女神は、たしかに母性と慈愛を有している。そして……その『権能』があれば、オレの妹をこの世界に死霊として『呼んで』くれるのかもしれない―――。
なんて魅力的なことだろうか?
だからこそ、多くのヤツが彼女を求める。
彼女との取引は、耐えがたいほどの強い苦しみを、あっさりと解決してくれるものだ。
たとえば、死への恐怖?
そういうものさえ無くすという。だから、ザハトくんは求めたんだろう。
そして、オレにとっては、こっちの方が魅力的なんだが……失われた命との『再会』さえ叶うと来たもんだ。
オレは、セシルとまた暮らせるのなら、『それ』が死霊であったとしても、おそらく拒絶することは出来ないだろう。
ヒトとヒトとを分かつ、生と死の境界線。アリアンロッドの下僕となるのなら、それは消えてなくなるのさ―――それを拒絶する?ヒトによれば、難しい誘いだった。
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