第六話 『ああ、私の愛しき邪悪たちよ』 その7


 抜き放った竜太刀を肩に担いで、オレは歩いて行く。


 『ミストラル』、あの骸骨と鎧が一体化しつつある魔人野郎も、こちらに向かって来やかったよ。


 そうだ、剣を構えた騎士が二人してお互いを睨んでいるのなら、することなんて一つさ。


 でも、まったくの疑問がないわけではない。どうして、『憑依の水晶』を壊さずに回収したのかね?一応、訊いとこうか?


「……テメー、結局、何がしたかったんだ?」


『……傭兵としての義務。そして、騎士としての誇りゆえにさ』


「もちっと具体的に言えば、分かりやすいんだが」


『これから死んでいく貴様に、詳細を話す意味はない』


「殺したオレで、二番目のテメーを作るのか?」


『……アリアンロッドさまは、そうお望みだ』


「だから、オレを斬る?」


『その理由もあるが―――三度も負けた。これ以上は、負けられない』


「いいね。その剣……」


『気づいたか?……アリアンロッドさまの祝福をいただいた。もう打ち負けんぞ』


「……準備は万全か。テメーの負けは、武器の差のせいが、二回はある」


『ああ。なまくらばかりで済まなかった。今回は、そうはならない』


「なるほどね。じゃあ―――」


『―――始めようか』


 間合いが狭まったその瞬間。オレたちはまったく同時に強敵目掛けて踏み込んだ。床石を砕いちまうほどの力さ。その加速は、殺気を威力に変換しながら、お互いへと迫る!!


「はああああああああああああああああああああああッッ!!」


『せやあああああああああああああああああああああッッ!!』


 アーレスの竜太刀と、アリアンロッドの術を帯びた魔剣が練武場の聖なる静けさを切り裂いて疾風を帯びる!!全霊を込めた初手が、威力を破壊の音に化けさせながら衝突したッ!!


 ガキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンンッッ!!


 剣戟!これほど戦場に馴染む鉄の歌は、他にはあるまい!!


 オレたちの意志と、オレたちの鍛錬。そして最高の刃たちが融けて奏でる、この音楽!!


 その至高の音を浴びながら、戦場に棲む獣たちは唇を歪ませて、笑うのさッ!!


「やるじゃねえかあッ!!」


『うむ!!貴様もなあッ!!この一撃で、叩き折ってやるつもりだったが―――』


「―――それは、こっちのセリフだっつーのッ!!」


 火花と言葉を散らしながら、オレたちの刃はお互いから離れ、その直後にはまたぶつかる。そうだ、もうオレとこの骸骨野郎の差は、無い。


 元々、技量の差なんて、わずかなものに過ぎなかったが―――剣の性能差という絶対的なアドバンテージが消えた今、オレと『ミストラル』の差は、消えたと言っていい!!


 ガギン!ガギュン!!ゴギイインンッッ!!


 燃えるように熱い火花が、練武の場に散るのさ!剣たちが、『血』を流している。古竜アーレスの角が、そして、アリアンロッドの『祈り』が、魔剣の身からほとばしり、互いの強さを称えている!!


「ククク!!いい剣だッ!!」


『当然ッ!!この剣は、私の三百年と、アリアンロッドさまの心が重なっている!!』


 『ミストラル』が踏み込んでいた。ヤツの足は、雪原での戦い以上に、重いのさ。そうだな、理由は明白。この練武の場こそ、ヤツのホームだからだ。


 貴様は……ここで技を磨いてきた。ここの床石のすり減りの一つ一つが、貴様の歩んだ強さへの渇望の証。


 かつて、オレは貴様の剣を孤独だと感じた。孤独ゆえの『軽さ』があると。だが、今は、違うぜ!!分かる!!貴様の振るう剣を見て、死霊となった子供たちは、あこがれを抱いたのだろう……ッ!?


 死霊さえも朽ちてしまう時間が過ぎる中で、貴様だけが歩き続けた。狂ってる?邪道?魔道?……ククク!関係ないね、貴様ほど強ければ、まちがいなく子供たちの心を鷲づかみにする!!男の子ってのは……とくに騎士に憧れる男の子ってのは、そういうもんだろうがッ!!


『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!』


 ―――『ユーリ』が憧れた騎士は、雄叫びを上げて、オレのことを押し崩していた!!


「くうッ!!」


 あの鉄臭い谷で、ゼファーとやり合って以来じゃねえか?……ここまで、単純な力でオレを崩しちまうなんてよッ!!


『負けないッ!!我は、この場所では、負けられんのだああああああああッッ!!』


 『ミストラル』の魂が爆ぜ、剛剣の土砂降りが降り注ぐ!!


 ハハハッ!!……防戦一方にまで押し込んで来やがるとは、さすがだぜッ!!そうだ、テメーは、『守護者』だからなあ……ッ!!守るべき『家族』のために振るう剣が、孤独な『軽さ』を持っているワケがないッ!!


 ……そうだよ。


 コイツ。この骸骨野郎は、三百年……この砦を守って来やがった。ここで、アリアンロッドが遊ばせる、哀れな死霊のガキんちょどもを、その剣で、その不屈の魂で、骨に成り果てても守ってきたんだろ……?


 なんだよ……死ぬほど、カッコいいじゃねえかよッ!!『ミストラル』ッッ!!


『笑っている場合か!!ソルジェ・ストラウスぅううううううッッ!!』


「……オレは、笑いてえ時には、いつだって笑うんだよッ!!」


『ならば、刎ねられた首で、我を称えて、笑うがいいッッ!!』


 ガギュン!!ゴギャン!!ガキイイイイイインンッッ!!


 魔人が踊る。アホみてえに重たい三連撃!!分かるぜ、アーレスの竜太刀から『血/火花』が噴き上がってる。テメーの剣からもな。これは、封じていた技だな。


 この技の威力に剣が耐えられないから、今まで、温存してやがったかッ!!


「くっ!!」


 バランスが崩されちまう、足取りがままならねえ。大きな隙を作られた、直後に横になぎ払われた一撃を躱せたのは……半分ぐらいは運だよ。


 アゴ先に入った斬撃が、出血を招いていた―――剣が鋭すぎだおかげだな、なまくらだったら、肉が切れるより先に、頭を振られて脳震とうってところだぜ。


 足が、ふらつく―――そうか、なら、これしかねえ……。


「そ、ソルジェっ!!」


『そ、そんな、あの団長が、お、押されてるッ!?』


 ―――へへへ。


 まあ、心配するなよ?……たとえ、コイツの剣が、死霊となった子供たちを背負っていようとも―――オレだってよ、大陸最強の、『パンジャール猟兵団』を、背負っているんだよッ!!


『このまま、落ちろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!』


 ふらつく足で、ステップ、刻み、オレはその身を躍らせる。


 1、2、3、4……5ッ!!


 ガギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンンンッッ!!


『なにぃッ!?』


「ソルジェ!!やったわ!!」


『さすが、団長!!あの体勢から、受け止めましたよッ!!』


『―――ぬう!?これは―――ッ』


 そうだ。甘いぜ、ジャン。受け止めただけじゃねえ。受け流してる。あの酔っ払ったステップは、9割、ガチのふらつきだが、1割は、オレの技巧によるもんだ。


 うちのじいさんが、作ったステップさ。もしも、強敵に打ち負けて、いい技を一撃もらっちまったら?恥ずべきコトだが、それに反省して命まで捧げていては、ストラウスの名折れ。


 揺れちまうなら?

 揺れちまえ。



 そして、一瞬でも早く、体勢を整えるんだ。やられても、倒されても、即座にまた立ち上がれば、剣鬼は死なねえよッ!!


 6ッ!!


 踏み込むのさ、床石を爆砕するほどの剛力を持ってなッ!!


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


『これは、間違いないッ!!『剣鬼・ザード』の―――ッ!?』


「そうさ、じいさん発明の、ストラウスのステップ!!」


 『千鳥』。


 揺れちまうなら、あえて揺れちまい、その揺れのなかに反撃の舞いを仕込むのさ。負けず嫌いのストラウスさん家のじいちゃんが作った、起死回生の剣の舞踏さッ!!


 そこからのおおおおおッ!!


「五連撃ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッ!!」


 ガギ!ガギュ!ギュリン!!ゲギイイン!!ゴガンッ!!


 アーレスの竜太刀から血を吹かせながら、それでもオレたちは進むのさ!!


 竜と剣鬼だぜ!?


 血まみれ上等に決まってらあッ!!


『―――すさまじい勢いだ。だが、かつて、コレは、見ているぞッ!!』


 五連撃を受けきった『ミストラル』は、オレへの反撃を企てようとする。まあ、負けかけ寸前からのスピード重視の軽い剣舞だ。コイツほどの強敵を、そのまま殺せるほどの威力はねえよな―――。


 『ミストラル』が大上段に大剣を振り上げながらオレへと迫る。


『我は、あれから50年、剣を鍛え続けてきたのだッ!!『ザード』の孫よッ!!』


「そうだろうなぁ……だがよッ!!」


『―――ッ!?』


 ガギュイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンッッ!!


 断頭の一撃……オレの、『六連撃』を、『ミストラル』は反射的な防御で受け止める。ヤツは攻撃に使っていた姿勢を崩し、大剣の刃を用いることで、ギリギリ防ぎやがったのさ!!いい動きだ!!さすが、この森で遊ぶガキどもを守ってきた、ヒーローさまだぜッ!!


『……これは、あの日の、五連撃では―――』


「―――歩き続けてきたのは、テメーだけじゃねえぞ」


 そうさ。


 これはオレたちガルーナの剣鬼ストラウス一族が引き継ぎ、進化させつづけた技巧だよ。


 『ミストラル』よ、オレたちには、お前のような300年を生きる命は無かった。それどころか?その多くが、戦場で若くして命を散らしてきたぜ。


 うちの赤毛は、どいつもこいつも、命知らずのバカばっかりだからよ?


 でもなあ。


 敵を斬る度に、その剣と髪は赤く染まり。


 敵に斬られる度に、オレたちの歌は赤さを増した。


 ……二番目の兄貴は、一番目の兄貴にボコボコにされていた。なにせ、二才も離れていたからな、ほんとボコボコにされる宿命だったよ。でも、それだからこそ……二番目の兄貴はストラウスの剣の歌を進化させちまった。


 じいさんから引き継がれた、その勝負に対する執念の歌。『千鳥』。そいつを更に深くさせたのさ―――起死回生のステップからの『五連撃』……。


 二番目の兄貴は、そいつに、さっきの一撃を加えて『六連撃』にしちまったんだよ?


『―――貴様、ザードを、超えたのか……ッ!?』


 ギリギリギギギと剣同士をわめかせながら、骸骨野郎はうちのじいちゃんのことを思い出してか、あの蒼い炎の目を揺らす。


 まさか、この技で負けてたりしていたのかな?だったら、運命的だけど、違うかも。まあ、訊かねえよ。じじいのことは、もう見るな。今ここにいる新しいストラウスを見ろよ。


「……どうだ?やるだろ……ッ」


『あ、ああ!!素晴らしいぞ、ソルジェ・ストラウスッ!!』


「いやいや、コレに関しちゃ、オレじゃないさ」


『なに!?』


「うちの兄貴の技巧……ストラウスの血に、ストラウスの歌に、引き継がれてきた、執念が、この一撃を付け足したのさ」


 言ったよな?


「―――この50年、歩き続けたのは、テメーだけじゃねえ。ストラウスさん家も、代替わりしながら……血と、技と、歌を、継いで、来た……ッ。ん!だ、よ……ッ!!」


『な、なにッ!?こ、こんな姿勢から、力を、引き出せるのかッ!?』


 ここからは、オレの番さ。


 性格のクソ悪い、三人の鬼のような強さの兄貴どもと、あと手加減知らずの黒い年寄り竜に、たっぷり黒星の海を作らされた、この可愛そうなオレ。


 負けっ放しはイヤなんだと叫び……アホみたいな鍛錬と、天性の素質で磨きに磨いた、この『腕力』ッ!!


 超えるぜ―――ジジイの五連撃と!!兄貴の六連撃をッ!!


 力ずくでなああああああああああああああッ!!


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


 歌え!!雄々しき竜のごとく!!


 血を爆発させ、竜太刀へと力を伝えて満たして行くんだッ!!


『ぬ、ぬぐおおおおおおおおおおおおおッッ!?』


「でやあああああああああああああああああああああああッッ!!」


 ギュウウウオオオオオウウンンンンンッッ!!


 剣たちが熱い血潮を輝かせ、お互いの鋼を赤く彩り―――オレの馬鹿力は、『ミストラル』の大剣を弾いていた。ヤツの足が、千鳥になる。だが、そのステップは技巧ではなく、ただの崩壊。


 ……ゆえに、オレは、兄貴をも超えるッ!!


 床石を鉄靴で蹴り砕いて、竜のように空へと舞う。そうだよ、これが、オレの歌ッ!!


「―――『七連・千鳥』いいいいいいいいいいいいいいいいいッッ!!」


『が、はああああああああああああああああああああああああッッ!?』


 ザシュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッ!!


 空から振り落とされたアーレスの竜太刀は、崩れた『ミストラル』の剣でのガードを押しのけながら、ヤツの胴体を、深々と切り裂いたのさッ!!


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