第六話 『ああ、私の愛しき邪悪たちよ』 その6


 オレは竜太刀を鞘に収めて、もう一度だけ子供たちの墓を見る。


 そこに捧げられたお供え物たちの数が、アリアンロッドの祈りの数かな……そうだとすると、オレはその『ゼルアガ』のことを、あまり嫌いになれそうにない。


 でも。


 斬ることに迷いはないね。ストラウスはそういう残酷な生き物だから?……たしかに、それもあるが、勇敢なるドロシーの『依頼』を達成してやることは、オレの騎士道における慈悲に違いないからだよ。


「さて。行くぞ」


「ええ。ほーら、白夜。方向転換よ?」


『ヒヒン!』


『……白夜、僕のことを踏まないでよ!?わ、わあ!あ、危ないよッ』


 ジャンが踏みつぶされかけたことを除けば、まったくトラブルは起こらなかった。いい寄り道だったぜ。敵がどんな存在なのかを知れて、スッキリしたよ。


 オレたちはその狭めの通路を後戻りする。メインの道に戻ると、オレとリエルは白夜に乗った。ジャンは、こっちです!と尻尾を一度だけ勢いよくブンと振ったあとで、力強く歩き始める。


 ヤツも、何か覚悟を決められたようだ。あの悲惨な子供時代を考えれば、感情移入は避けられまい。似たような立場だからな……。


 それでいて、迷いが消えた。猟兵らしい心構えだぞ、ジャン・レッドウッドよ。


「さて。それでは、もう一度、戦術を確認しておくぞ」


「またか?まあ、いいが」


『念には念を、ですよ、リエル姐さん?』


『ヒヒン!』


「……う。白夜までそう言うのか?べ、べつにいいさ、団長命令だからな!」


「素直な猟兵さんで助かるよ」


 その内、ベッドの中でも従順になるようにしてやるからな……?


「ん?雑念を感じる?」


「気のせいだろう」


 さすがは貞操観念がしっかりしている女エルフさんの勘だ。まあ、冗談はさておいて。


「リエル、『ポゼッション・アクアオーラ』とは、どんな魔術だ?」


「対・アリアンロッド用の封印術だな。これがあれば、本来は『あいまいな存在』であり感知することも干渉することも難しい『ゼルアガ』を、こちらの世界に定着できる」


『えーと……難しい話ですね』


 ジャンは魔術に対する教育など受けたことが無いのだから、当然だろうな。


「アリアンロッドを『異界』から『オレたちの世界』に引きずり出せるということさ」


『それは、魚を、釣るようなものですか?つまり、池から、釣り上げる?』


「……うん。そんなカンジだ」


 言いたいことは分かるが、納得するまでは至らない言葉だ。それで、いいのかな、リエル・ハーヴェル?偉大なる魔術師よ?


「ああ。そのようなものだ。要は、アリアンロッドを我々の『手の届く領域』にまで引きずり出して、対決出来るようにする」


 そうだ。ロロカ先生とリエルちゃんの解説を今朝、宿屋で受けたが、魔術『ポゼッション・アクアオーラ』を用いれば、アリアンロッドの『肉体』をこの世界に『憑依』させられる―――そうすれば、ヤツは一時的に『この世界の住人』となるらしい。


 ああ、そうさ。細かなルールに関しては、複雑すぎてオレにはちょっと理解できなかったよ。ジャンをバカには出来ないな。攻撃魔術と違って、呪術的な傾向が強い術は、理解しにくいものがある……。


「とにかく、リエルちゃんが魔法の言葉を唱えれば?あら不思議、オレたちにもアリアンロッドは目に見えるようになるし、そうなれば、ぶっ殺せるんだということさ!!」


 ちょっとヤケクソ気味な説明だった。オレの低脳ぶりがバレなきゃいいけどな。


 オレだって一応は魔術師の一種じゃあるけど、あくまでも現場担当!使っているのは、伝統的な魔術ばかりで、特殊で専門的な魔術を使っているわけじゃない。シンプルな魔術を、根性と努力で磨いただけのヤツだよ。


 いいさ、どうせ死霊と話せる頭のおかしいヤツだもん。そんなこと出来るヤツがインテリなわけないじゃないか?


「専門的な用語を使わない、シンプルで雑な解説だな。でも。おおむね、そんなところだ。私が術を使えば、『ヤツを殺せるようになる』。そこが肝心だな」


『……わかりました。では、僕が……彼女を討ちます』


「ん?お前だけでは勝てんだろう?お前は、とても弱いじゃないか?」


『そ、それは、そうかもしれませんが……?』


「……対話はしっかりしておけ、リエル、ジャン。おそらくは、お前たちと白夜で組み、アリアンロッドと戦ってもらうことになるだろうから」


「……うむ。お前と『アレ』は、なかなか因縁深い相手となったな」


『……『冥府の風』、『ミストラル』……ッ』


 そうだ。あの男は、アリアンロッドの側にいるだろう。アリアンロッドへ反旗をひるがえすつもりかと思ったが、それはあまり期待できないかもしれない。ならば、『憑依の水晶』なんてモノを、どうして盗んだ?


 『ゼルアガ』をこの世界に固定して、こちらの戦場に引きずり込むためだけのアイテムではないのか……?


 くそ、ひとりぐらいIQ高いメンバーを連れて来れば良かったぜ。


 リエルには、まだ先を読むような経験値はない。魔術師としての技術はあれど、その大いなる叡智に応用を持たせられるような熟練はないんだ。他は、動物系だしな。


 まあいい。


 考えてもどうにもならないことは、考えない。それが複雑な状況に対応するときのコツってもんだろ。


 分かっていることは、一つだけさ。


「『ミストラル』は強い。ヤツと戦えるのは、接近戦の達人だけだ。リエルだけではムリだし、ジャンだけでもムリ。これは、能力以前に相性の問題だ」


「……うむ。くやしいが、弓矢とナイフだけで、アレと戦うのは私には厳しい」


『は、はい。パワーとスピードはともかく、剣術では、僕に勝ち目はない』


「……だから、ヤツとはオレが戦う。そして、お前たちが、『ゼルアガ/侵略神』と戦うしかないんだよ」


「ロロカ姉さまは、ヤツの姉妹神である『ゼルアガ・アグレイアス』に勝てた……」


「そうだ。相性として最悪の敵にな」


『なら。僕たち二人がかりで負けるわけにはいきませんね、リエル姐さん』


「フフ。そうだな。おい、ソルジェ・ストラウス」


「なんだ?」


「仕留めてくるぞ。見ていろ、お前の『正妻』の力を」


『……あ、あと。僕もがんばります……』


「気をつけろよ?……ジャン。あくまでも、この戦略はこちらの理想像だ」


『理想?』


「うむ。私もロロカ姉さまも、不安はある。たしかに理論では完璧だが、その理論がアリアンロッドの『質』に有効かどうかは、試してみないと分からない」


『そ、そういうことですか……ッ』


「もしも、オレたちの予想が外れて、『ポゼッション・アクアオーラ』が、想定していた効果を発揮することが出来なければ……『ゼルアガ』と戦えるのは、ヤツの『権能』を浴びた者だけだ」


 そうさ。だから、『ゼルアガ・アグレイアス』の『音』を聴いたオレたちは、ヤツとも戦えた。ジャンと、とくにオレには、効果は薄かったようだがね―――。


「困ったことに、アリアンロッドの権能は『死者にのみ有効』のようだ。オレもリエルも生きているからな、ヤツと戦うほどの縁が無いのさ。そうなれば、かつて彼女の『権能』を浴びているお前に頼るほかない」


『は、はい!!必ず、仕留めます!!』


「……行為としての形は歪んでいても、お前を助けようとした女だ。今度は、お前がその力で『救ってやれ』」


『はい!……それが、僕の猟兵としての正義ですし。あのとき、僕たちをあわれんでくれた『おかあさん』の正義でもありますから!!』


「そうだ。『最終手段』の解禁も許す」


『……ッ!!はい、アリアンロッドの首を、団長、貴方に捧げます!!』


「ああ。今度こそ、『ゼルアガ』の首を、オレたちの家に飾りたいんだ」


『イエス・サー・ストラウスッ!!』


 ジャンは集中している。


 うむ、ようやく一人前になりつつあるな。ガルフが見ていたら、喜んだと思うぜ。彼も君のことを心配していたぞ、気が弱すぎるし、依存性が高いから。


 だが、杞憂だったようだ。


 お前は『恩人』のような存在にも、正義のために殺意を抱けるようになった。そうだ、憎しみもいらない、怒りもいらない。ヒトが誰かを殺す動機で、最も尊い美学は?己の信念と哲学にもとづく『正義』だよ。正しいからこそ残酷も許容できる。それこそが、猟兵なのさ。


 泥酔したガルフ・コルテス曰く。


 ―――オレたちは、美しくて残酷な、獣さ。


 ジャン・レッドウッドよ。人狼を超えて、真の『獣/猟兵』になる日が来たな。


「……ハナシの腰を折るようですまないが」


「どうした、リエル?」


「……『最終手段』とは、何だ?」


『……『人狼』の呪われた血を活性化させて、暴走します』


「暴走?……ほう、どうなるというのだ、狼よ?」


『……もう一段階、変身します』


「なるほどな。で、正気でいられるのか?私を襲おうとしたら、殺すぞ」


『……大丈夫』


 大丈夫。ときに信用ならない、『男の言葉』だ。


 だが、今日のそれは信用してよさそうだ。


 本気の男は、面構えってものが違うのさ。


『―――僕は、『家族』を殺したりしませんから。二度とね』


「……わかった。信じてやる。そのときがくれば、存分に使うといい」


『はい!!リエル姐さん!!』


 フフ。さて、いい連携が見られそうだね―――ん?


「……壁に……これは、『落書き』か?」


「え?」


『あ。ほんとうだ……この低さは、子供たちの絵ですね』


 子供の絵。そうだろうな、輪郭を描くその線はグチャグチャだし、頭がデカすぎたり、体が無くて、頭から手足が生えていたり。


 ほんと、下手クソな絵だが、それらは皆、とてもカラフルだ。色彩が豊かで、なんというか、心のなかに生まれたままの色づかいで、その花畑とかを書いてあるのだろうな。


 シャーロン・ドーチェがここにいたら、この絵を千の言葉で褒めるんじゃないかな。オレには、そこまで芸術は理解できないのだけれど、これが心を反映している作品だってことぐらいなら分かる。


 ―――たくさんの腕で、たくさんの子供たちを抱きかかえている、笑顔の『バケモノ』はピンク色とか黄色だな。ああ、知っている。魔眼の使い手である、オレには分かるぜ、その色たちの意味が。


 ここの子供たちは、『たくさんの腕を持つバケモノ/アリアンロッド』を、大好きだったということさ。


 オレたちは、その家族愛に彩られた通路を進んでいく。


 そして……ひときわ、開けた空間へと躍り出ていた。


 ここはおそらく練武の空間。ここで、盗賊王の部下たちは、剣や槍を打ち鳴らして、より上等な略奪者になるために汗を流したのだろう―――そして、その壁にも子供たちの絵が描いてある。


 その落書きを、聖なる鍛錬場に描くことを許容したのか?……だとすると、オレはやっぱりテメーのことを嫌いになれんな……『ミストラル』よ。


『―――待ちわびたぞ、ソルジェ・ストラウス』


 練武場の奥に、ひとりの死霊騎士が仁王立ちしてオレたちを待ち構えていた。だから、オレは馬の背から降りるのさ。


「待たせちまったか、すまないな。お前が、どんな道を選んだのか、最後までよく分からなくてな」


『我の心を知れたのか?』


「いいや?……でも、こうして、この場所にいて、お前が剣を抜いている。その意味は、分かるさ」


 そうだ、オレも竜太刀を抜く。


「ジャン!アリアンロッドは?」


『……いますよ、『ミストラル』の傍らに、立っています……ッ』


 そうなのか?……クソ、やはり、オレには見ることも、感じることも不可能なのか。魔眼の使い手としては、なかなか屈辱だ。『ミストラル』の隣には、何も感じられねえぞ!!


 ドロシーたちみたいに、こちらへ干渉しようとしてくれなければ、見ることも叶わないのか……ホント、厄介な敵ではあるな。


「……ソルジェ団長、どうする?」


 ふむ。アリアンロッドが干渉して来ないのであれば、まだ『ポゼッション・アクアオーラ』を放つタイミングじゃないのかもな。


 一体ずつ片付けられるのなら、幸いだ。オレも、アリアンロッドの首を刎ねる栄誉に未練がゼロだというワケではない。


 アグレイアスと同格程度なら……『ミストラル』のはるかに下の実力だが、それでも『ゼルアガ/侵略神』だ……何をするか分からんからな。


「どうする、使うか?」


「……いや。一騎討ちをさせてもらえるというのなら……『ミストラル』を倒した上で、オレたち三人でアリアンロッドと戦うのが最良だろう。ジャン、見張ってろ。動きがあればリエルに知らせるんだ」


『了解!!』


「……さて、前哨戦だ。まずは、オレとアイツの決着をつけちまうとするか」


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