第六話 『ああ、私の愛しき邪悪たちよ』 その5


 オレたちは静かにその道を歩く。メインの道とは明らかにサイズが二回りは小さい。だが、それでも白夜がムリに入れるほどには大きい。


「ザハトは、マジに巨人族だったかも?」


『広い、ですよね?白夜も通れています』


 そうだな、ジャン。でも、魔術照明は設置されている間隔が、さっきのメインの道よりも広い。ちょっと薄暗くなっているな……これは、どんな設計思想だ?


 攻撃のためでも、防御のためでも無さそうだ。


 むしろ……ここは、厳かなイメージというか、まるで『寝床』というか……。


 ―――ああ。ガンダラの考察や、ロロカ先生の知識に頼りたいところだが。残念ながら、このパーティの平均IQは低めである。


 オレ、リエル、ジャン、白夜。犬と馬の親戚が半分だし、オレの背中に張り付いている可愛い恋人エルフさんは、今、あまり目を開いていないだろう。それに、この状況を深く思考したりはしていないんじゃないか?


 ゾンビやスケルトンはいいけど、可愛い女の子の幽霊は怖いらしいな……大ざっぱ過ぎるのかね、オレは。可愛いモノの方が、怖いってのは、ちょっと共感しにくいかも。


 でも。怖がるリエル・ハーヴェルも、なかなか新鮮でオレの庇護欲をかき立ててくる。抱きしめてやりたいね―――でも、今は、あの子を優先したい。


「……うう。無言で進むな」


 恋人エルフは注文をつけた。なるほど、いいよ。


「……ジャン。敵の気配はないな?」


『はい。僕は感じていないです。悪意も、『ゼルアガ』や『アガーム』の気配も、この道からは感じません』


「ヒトの気配は?」


『すみません。僕には、分からないです』


「……それはいい。アーレスの目の力だろう……幽霊などではなく、もしかしたら『未練』というモノが、見えてしまっているのかもしれない」


「……幽霊じゃ、ないのか?……未練?……うう、幽霊っぽいじゃないか」


 ……たしかにね。


「……オレは、この魔眼で……かつて敵兵どもに焼かれて死んでいく妹の声を聞いた」


「……っ」


『団長……』


「セシル・ストラウス。オレの妹だ、七才だよ。永遠にね」


 湿っぽくなってしまう。すまんな、重たいハナシをしている。だから、リエルはオレの背中を押す手に、ちょっと力を込めてくれる。


 ありがたいよ、君の質量を感じられたなら、ちょっと勇気が湧いてくる。


「……アーレスの魔眼はさ、そういう『未練』を、見せてくれているのかもしれない。オレに、伝えたいメッセージを……読ませてくれるのかも」


 だとしたら?


「あの子は……オレが知るべき何かを伝えたくて、勇気を出して、オレに会いに来たのかもしれないだろ……」


『……なら。行かないと、ですね?』


「ああ。オレって、シスコンだからね。妹っぽい子には、甘いんだ」


「……別に、それでいいさ。今のお前は、すべきことをしている」


 そして、勇敢なる弓姫は、オレの背中から離れる。


 彼女も強い女だ。


 そして、やはり優しいのさ。


「……赤毛で眼帯している大男よりも、女の私の方が話しやすいこともあるだろう?出て来てもいいぞ!……ここに、お前を攻撃する者は、ひとりとしていない!!」


 リエルの慈愛と勇気にあふれた綺麗な声が、通路の奥まで響いていった。


 でも、返事はない。


 オレの魔眼も、何も見つけられない……。


「……じゃあ、行こうぜ?シャイな子なんだよ、きっとさ」


「……うん」


 そして、オレたちは静かになって、それでも進んだ。


 道は、やや広い空間に出ることで終わりを告げる。


 そこには……『墓』があった。たくさんの、小さな『墓』たちだ。女の子が好きそうなドレスを身につけた人形や、枯れてしまった花が供えられている。そして、朽ちてしまったケーキ?


 ……ギンドウが好きそうな『鳥』のオモチャに、ジャンみたいな犬のぬいぐるみも。


 恐怖を感じるよりも、そこにあるのは切なさだ。


 15の小さな墓石たちには、いくつかの『詩』が刻まれている。




 ―――アルナ、花を愛していた。やさしい子。雨の日に濡れた仔犬を助けたわ。お腹が空いているのに、その仔犬に、最期のゴハンを分けてあげたの。



 ―――ロイ、笑い話をするのが得意。賢い子。誰かのために、バカを演じられるのよ。いつも皆がそばにいて、だから、橋の下で眠る日も、みんなが側にいた。



 ―――ユーリ、騎士になりたかった。頑張り屋さん。剣術の稽古をしていたわ、いつも一生懸命に。でも、山賊はあなたの首を、斬ってしまったわね。



 ―――ドロシー、お料理が得意ね。いつも未来を信じていたの。父親に、娼館に300シエルで売られたわ。首を吊ってしまった、あなたは穢れてなんていないわ。



 ―――フェイ、二つの血を持つ定めの子。両親に守られて、あなたは一度、森へと逃げられた。そこで一人で暮らして……咳をして、泣きながら眠ったわね。




 ほかの石にある『詩』は、石が時の流れのせいで摩耗してしまい、読み取ることは出来なかった。それでも、分かる。この墓の子供たちは、皆、幼くして、そして非業の死を遂げた者たちだということが―――。


「……この墓に書かれてあることは、真実なのだろうか……」


「こんなに悲しい嘘を、墓石なんかに彫らないさ……」


「……っ!そ、そうだね、すまない……ッ」


 リエルが、泣いている。怖さからではなく、憐れみの涙だ。オレは、彼女の肩を抱き寄せる。そうだ、世の中には……悲しい死があふれている。


 いくらでもある、悲劇的な死。それが、ほんのちょっとだけ、この場所に、身を寄せ合うようにして墓場になっていた。


『……フェイって子は、きっと、ハーフ・エルフか何かだったんだ……そうか、だから『おかあさん』は―――アリアンロッドは、僕に、『力』を……』


「ジャン?」


『……ああ、すみません。でも、そうなんです。この墓を作ったのは……『ゼルアガ・アリアンロッド』です』


「……だろうな」


「……そんな?だ、だって、そいつは、邪悪な『ゼルアガ』だろう?」


「……ヴァシリのじいさまや、『ミストラル』が言っていたぜ?……二人の騎士が、アリアンロッドのことを、『慈悲深い』と……なら、そうなのだろう」


「……そんな……」


 君は、それを伝えなくてはならないと思ったのだろう?……勇気あるドロシー?


 オレは眼帯を外して、左目の力を全開にする。


 うっすらとだが、ドロシーをまた見ることが出来たのさ。彼女の詩が刻まれた小さな墓の上に……金髪で、青い瞳の女の子が、浮かんでいたよ。


『……『おかあさん』は、しんでしまった、わたしたちに……じかんを、すこしだけくれたのよ』


「……時間?」


『……みんなで、あそびなさいって。ごはんをくれて、おもちゃをくれたの。あいしてくれたよ、えがおだったの』


「……そうかい」


『……やさしかったの。でも……『おかあさん』は、あまりにたくさんの、わたしたちとあそびすぎたの』


「……彼女は、どうなった?」


『……こころは、ふたつにさけちゃった。『こわいおかさん』と『やさしいおかあさん』。でも、ほんとうは、『やさしいおかあさん』……』


「そうだね。君たちのママだもんな」


『……うん!だからね、『おうさま』?とっても、つよい、『おうさま』?』


「なんだい?」


 この『魔王』に、何のお願い事だ?オレって、シスコンだから、言ってみな。きっと、聞いちゃうぜ、その『お願い事』をさ。


『……『おかあさん』を、『ねむらせてあげて』……もう、くるしみながら、すくってあげなくて、いいの。もう、じゅうぶん、がんばったんだから』


「……ああ。そうだね。彼女は、たくさんの子供たちに時間をあげたんだ」


『やさしくて!かっこいいの!だから、おわらせてあげてください、『おうさま』』


「うん。任せとけ。オレは、きっと、そうするために、ここに来たのさ」


 オレは、精一杯に笑ってみせる。


 なかなか、ガキんちょに受ける顔になるのは、慣れちゃいないよ。


 それでも……オレは、がんばったぜ?


 なあ、セシル。


 お前で一杯練習していたから、今、それが活かされている。


 見てみな?


 オレの笑顔は、お前と同じ瞳の色をしたドロシーちゃんを、笑顔に出来たぜ?


 勇敢なるドロシーは、笑顔を浮かべて、そして消えて行く。


 消え去りながら、彼女は歌う。


『―――わたしは、いまでも『みらい』をしんじているわ!!』


「―――……奇遇だね、ドロシー。オレもだよ」


 そうさ。


 だから、オレは負けちゃいけない。


 いい『未来』が欲しいんだ。オレの納得できる、世界が欲しい。


 竜太刀を抜いた。そして、それを縦に構える。


 『騎士の誓い』さ。


 見てろ、『ユーリ』?


 君が憧れていたという、ガチの騎士は、カッコいいだろ?


「……君たちのために、君たちの『おかあさん』に、永遠の安らぎを与える」


 そうだ。『ゼルアガ・アリアンロッド』……貴様は、壊れてしまっている。もう、疲れたのだろう?……これ以上、新しい子供たちを『救ってやらなくていい』。


 騎士の誓いは終わり、墓石たちから、全ての気配が消えて行く。


 アーレスよ。ありがとう。お前のおかげで、オレは、また本物の騎士に、近づくことが出来たような気がしている。


「……ソルジェ?子供たちと、話していたのか?」


「ああ、みんな、立派な子たちさ」


「……そうか。そうだな、きっと、そうだ」


『……団長。『おかあさん』は、きっと、疲れてしまっている。あまりに多くの子供たちが死んでしまうから、それに絶望して、きっと、狂った』


「……だろうな。お前を暴走させて、ヒトを殺させる……いや、苦痛ある生から解放させるということか」


「……それが、『救い』と呼べるのなら、この世界は、とても残酷だな」


『……僕は、アリアンロッドは、やさしいと思います。でも、ダメです。街で噂を聞いたんです……『子盗り』の噂を』


「『子盗り』?……なるほど、アリアンロッドは……」


『きっと、虐待されている子供を、殺して……死霊にして、この森で、遊ばせてあげています。もしかしたら、不幸ではない子供もかもしれない……見境が、なくなっている』


「壊れてきているの?」


「ドロシーは、『こわいおかあさん』と『やさしいおかあさん』になっていると、言っていたな。終わらせてくれ、そうお願いされた」


「……そうか。『依頼』を受けたのか。それならば」


『ええ!『パンジャール猟兵団』として―――』


「―――依頼は果たさなくちゃ、沽券に関わるぜ!!」


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