第六話 『ああ、私の愛しき邪悪たちよ』 その4
―――そうだ、戦の準備は仲間たちに任せておこう。
軍略はロロカ、指揮はライチ、罠作りはギンドウ、偵察はミアとゼファー。
ソルジェとリエルはユニコーンの白夜に乗って、ジャンは狼の四足歩行。
ジャンの鼻はアリアンロッドの放つ、死の香りをとらえていた。
―――彼女が老騎士との契約のために、権能を振るったあのときに。
ジャンは確実にその気配を嗅ぎ取った、だから、今では追いかけられる。
どこに、いるのか?
あの森だ、『盗賊王』の隠し財宝の噂のある、あの森なんだよ。
―――狼が疾風に化けて、木々のあいだを走って行く。
ユニコーンはそれを追いかけた、キツネ狩りみたいだな、弓姫は語った。
ジャンは、僕は、狼です、と主張する。
昨夜の暴力が、トラウマとなっていたのだろうね。
―――『ゼルアガ/侵略神』に挑む、三人の勇者たち。
彼らは呪われ、スケルトンの蠢く森を力強く突破していく。
左右から伸びてくる白骨の手を、竜太刀で払い。
矢で骸骨を射抜き、牙で壊し、蹄で大地に沈めていった。
―――ジャンは迷わない、老騎士に、強く生きろと言われたからだ。
倒します、『ゼルアガ・アリアンロッド』を!!
森の最も深い場所にあった、崖に開いた大きな洞窟……。
魔術の灯りが揺らぐ、その魔窟。
……そうだよ、そこが『盗賊王』の隠し砦。そして、アリアンロッドの寝所だよ。
「……ずいぶんと大きな洞穴なのね?」
「天然のモノに、人工的な手が加えられているんだろうな」
「ここが……五百年、誰にも見つからなかったの?」
「いいや、見つけたとしても、宝を独占したくて誰にも言わない。それに、骨になっちまった場合も多いんだろうさ」
オレは白夜の足下に転がる、ヒトの大腿骨を見下ろしながら、感慨深い気持ちになった。
「ヒトの欲望の恐ろしさよ。危ない、殺されるぞ……そんな場所でも、お宝があると聞けば、どんなトコロにでも入っちまう。お前もそうか?」
オレはその骨にそう訊いてみるが、言葉にはしなかったせいだろうか?それとも足の骨はしゃべらないものなのか?
返事はかえってこなかったぜ……死は一般的に静かだ。
「……欲深さは人種を問わないな。あの骨は明らかに巨人族のだし……認めたくはないが、エルフの骨もあるんだろう」
「……オレも本来なら、宝探しに集中したいところだが―――今は、アリアンロッド狩りに集中させてもらおう。ジャン。ヤツは、いるのか?」
『は、はい!!いますよ!!』
狼は自信ありげのようだ。たしかに……オレたちのことを、このダンジョンへと一発で導いてみせたのだからな―――それに。
「そうか……まあ、魔術の『灯り』で誘っているぐらいだから、ご在宅ってカンジなのかね?」
オレたちは歓迎されているのだろうか?このダンジョン内の壁に設置されているトーチには、魔力の青い火が灯っていて、そいつのおかげで内部はまったく昏くない。
リエルの魔術や、白夜の角に光ってもらわなくても、十分な明るさを保っていた。
「……なんだか、丁寧なダンジョンだ……」
うむ。たしかに、その通りだ。魔術トーチが数メートル感覚で設置されている。
みょうに明るい理由のひとつさ。フツーは、経費とか考えて、もっと離すだろ?自然界の魔力を拾って半永久的に光る魔術トーチったって、高純度の魔銀がいるんだぞ。十メートル以上は離して設置しても、そう困るようなことはないはずだ……。
「まあ、盗賊王サマの趣味ってことか?世界中を荒らし回って手に入れた金があるのに……薄暗いダンジョンに別荘を構える?……オレなら、『居住性』を重視したいぜ」
「そういう考えなら、まあ、納得だけど……?」
「……あとは、他にその必要性があるとかかな?」
「たとえば、どんなことかしら?」
「わからん。でも……オレは、このダンジョン、妙に居心地よく感じるんだよな」
「へえ。竜が混じっているからかしら?」
うん?そう……なのかね?たしかに、アーレスやゼファーも、この洞窟を好きだと言ってくれそうだ。
ここは、『魔性の者』からすると、安らぎを感じる作りなのだろうか?……まあ、オレみたいな?『死霊』と話せちまう頭おかしいヤツの感性なんて、どっか変なのだろうけどよ。
とはいえ、この居住性……気になるぜ。
「ジャン!」
『は、はい!?』
「……ここに、他のヤツはいるのか?」
『他のヤツ?……ですか?』
「そうだ。たとえば、まずは『ミストラル』だな」
『……いますね。アリアンロッドの気配が強すぎて、それに隠れていますけど』
「ジャン。そういうことは、もっと早くに気づきなさい」
『す、すみません、リエル姐さん!!以後、努力します!!』
哀れな人狼だ。リエルの左ハイキックを食らってからは、何故か彼女のことを『姐さん』とか呼び出している。あの瞬間に、ジャンの中にあるランキングが入れ替わったんだろうな―――。
実力ではともかく、年齢では21才と17才。ジャンのほうが大人じゃあるしね。はあ、一過性のモノだろうか?……まあ、リエルはオレの『正妻』なわけだから、下っ端のジャンからは敬われても当然な立場ですけどね。
苦労のたえない狼の鼻を頼りに、オレたちはそのダンジョンを進む。
……しかし。まったく、イージーなダンジョンだぜ。
これが盗賊王サマの財宝の隠し場所なのか?たしかに、豪勢な造りだ。トーチの設置箇所は多いし、何より道幅はデカいし天井も高い。白夜から降りずに、奥までどんどん進めてしまう。
巨人の仲間でもいたのかね、盗賊王ユーキリス・ザハトには?……別にいてもおかしくはないし、下手すれば、『本人が巨人族』という可能性もあるわけだしな。
それに、魔眼と人狼の鼻の二段構えで『罠』を探しつつ進んでいるワケだが、今のところ罠そのものはおろか、痕跡さえ見つかりはしない。ここは、財宝を隠すような場所には思えないぜ。
「……ひょっとして」
「なんだ、団長?」
「……ここは、『砦』として使っていたのかもしれないな」
騎馬が走り抜けられるサイズの通路……それならば、説明がつかないだろうか。
『そ、そうですね。鼻で分かるんですけど、ここには大きな空洞がいくつかあります。入り組んではいますが……この、右や左にムリに曲げている設計は、いつか潜入した帝国軍の砦とそっくりです』
「そうさ。砦の通路というのは、大きく……しかし、曲げられている」
「曲がっているのか?不便そうだな」
「そうだよ。不便にしてある」
「どういうことだ?」
「一気に駆け抜けられなくしているし……曲がり角では『死角』を作れる。敵に攻められたときは、そういう点が『防御』に有利だ」
「なるほど。物知りだな、私の男は」
……この様子だと、リエルちゃんは知ってて訊いてくれたのかも?こういう雑談もさ、パーティ内を明るく保つ冒険のコツじゃあるよね。
「でも。本当に、ここは静かね……それに、敵意を感じない」
「油断を誘っているにしては、たしかにな……」
竜混じりのオレは、きっとここで暮らせるね。ベッドを持ち込めば、オレの素敵な別荘に早変わり。洞窟愛のヒト、ユーキリス・ザハトとはハナシが合うかもしれん。
敵もいない。罠もない。
そんな明るくて広い道を、オレたちは進む。
ときおり、曲がり道があり、警戒しながら通過したものの……やっぱり、何も起きなかったんだよね。
悪いことではないが、拍子抜け過ぎる―――『ミストラル』め、オレが来ているんだぞ?さっさと出て来てケンカの一つでもしようじゃないか……。
そんな愚痴をこぼしかけた時だった。
オレは、小さな女の子を見つけていた。
十数メートル先の、『側路』から、金色の髪をした十才ぐらいの女の子が、顔を出してこちらを見つめていた。どこか、不安そうに。
「おい!君、どうして、こんなところに!」
「え!?」
『だ、団長!?』
オレたちの声に怯えてしまったのだろうか、かわいそうに、彼女は道の奥へとその小さな頭を引っ込めてしまっていた。
「……しまった。大声を出したからな」
「あ、あの。ソルジェ団長、どうかしたのか?」
「はあ?」
『そ、そうですよ、団長?僕は、何も見えなかったんですけど?』
「バカな?いただろ、十才ぐらいの金髪の女の子が?不安そうに、怯えた顔でこっちを」
「ば、ば、ば、バカなこと、い、言うんじゃない」
リエルちゃんがガタガタ震えている。どうした?
「おい。見えなかったのか?警戒して見ていただろう?」
「……わ、わ、わ、私には、み、見えなかったぞ……ッ」
「そんな、お前たち二人のどちらもが見逃すなんて?」
かくれんぼの達人かよ?……そんな風に一瞬だけ、考えた。だが、そんな可能性は少ないね。この明るい通路で、視力の良いエルフの射手と、人狼から隠れられる技術を持った少女だって?
いるわけがない。ミアでもムリだろ、あんな風に、顔を出していて、オレたちに悟られないなんてことは。
つまり。オレはその結論に達していた。
「―――あれは、『幽霊』か」
「そ、そ、そ、そんなの、いるかああああああああああッ!!」
ぽかり!リエルの握られた拳が、オレの頭を叩いていた。
「痛いな、何をするんだ?」
「お、お前が、へ、変なコトを言うからだ!!」
「変なコトって、二人には見えずに、オレだけ見えたんだろ?」
『……た、たしかに、『死霊』と対話出来たのは、団長だけでしたよね……?』
そうだよ。頭のおかしいオレだけが、ヴァシリのじいさまと会話出来ていた。
「つまり、オレには……というか、アーレスの魔眼には、霊感があるんだろ?」
「ない!!断じてないぞ!!」
ツンデレ・エルフは新たな属性を獲得しているようだ。ああ、そんなに怖がらなくてもいいさ。良かったな、ギンドウのアホとかシャーロンのバカがこの場にいなくて。歌にされているところだぜ?
『……リエル姐さん、幽霊苦手なんですね』
「う、う、うるさい!!」
「バカ、矢を撃とうとするな!!」
「このまま、飼い犬にバカにされてたまるかあああああ!!躾けてやるッッ!!」
『ひ、ひいいいいいっ!?』
「おいおい。とにかく、落ち着けよ、リエル?」
……どうしてレイスとかは平気なのに、十才ぐらいの金髪の青い目をした女の子の幽霊はダメなんだろう?レイスの方が、はるかにグロいんだぜ。
「……とにかく。ちょっと行ってみるぞ」
オレは白夜の背から降りる。そして、オレが離れて不安がっている恋人エルフに、手を差し出した。騎士道を歩く者として、怖がっている美少女エルフを置いてはいかない。
半泣きのリエルは、オレの手を握ってくれる。それを引いて、抱き留めるように白夜の背から下ろしてやった。
「……確認しに行こうぜ?オレの『見間違い』なら、問題はない。でも、本当に小さな女の子がここにいるのなら?」
「……もちろん、助けてやらないとな」
そう言ってくれるリエルのやさしさは好きだぞ。
「ジャン。白夜。お前たちもついてこい。団体行動だ。人数を割く敵の策かもしれんからな」
『なるほど、わかりました!!』
「白夜も頭を屈めれば、あの脇の道も入ってこれるだろう?」
『ヒヒン!』
了解って顔してるよね?……さて。『見間違い』……というか、オレにしか見えない『幽霊』サンよ?君は、どうしてここにいるんだい?
オレの中の『お兄ちゃん』が機能している。
それが、『幽霊』であっても?
兄貴として生まれてしまった男の定めとして、あの子に問わねばならんだろう。なあ、セシル、ミア?その行動は、兄貴として間違っていないよな?
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