第六話 『ああ、私の愛しき邪悪たちよ』 その3
―――そして。
笑いの神はこの死霊だらけのザクロアに舞い降りやがるのさ。
ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンッッ!!
「んッ!?」
「な、なんだ、今の……襲撃なのか?」
反射的にリエルを腕で守る。守りながら、様子をうかがう。敵意は感じないが……なんだよ、今の爆発音は?そして……なんだ?火薬の臭いだと?……しかも、この火薬の臭いは、何度も嗅いだことがあるぞ……。
「……ソルジェよ。嗅いだことのある臭いがするな」
「ああ。まちがいない、ギンドウの火薬だ」
「ハハハハハハハハハハハッ!!大成功!!どーだ、この火力!!」
「すごいですよ、ギンドウさん!これで手投げ爆弾作ったら、魔術とか使えない僕たちでも、何人もの敵を制圧できます!!」
「だろう!?よーし、レシピ書いてやるから、職人どもに伝えて、量産体制だ!!ドンドンつくれ!!そして、買うんだ、オレの火薬を!!その軍資金で、オレは、空へと飛ぶ飛行機械を開発するのだあああああッ!!」
……アホが爆弾で遊んで、叫んでいただけか。
なんというタイミングで?リエルは……すでにオレの腕のなかから抜け出していた。彼女は窓を開け放ち、アホを叱りつけるのだ!!
「おい、このアホどもがあああああッッ!!夜中に、宿屋の庭で、爆弾なんぞ破裂させてどーするつもりだあああああああッッ!!あらゆるヒトに対して、迷惑だろうがあああああああッッ!!」
純度100%の正論を用いて、リエルちゃんのお説教タイムが始まる。
オレは、彼女の乳房を揉んでやる予定だった指で、後頭部を掻きながら、彼女と並んで窓から庭のアホどもを見下ろした。
「うお。知らないヒトがいっぱいいるぞ?」
「ああ!!団長、この人たちは、ザクロアの職人たちです!!ギンドウさんが新型爆弾をついさっき完成させまして!今、そのお披露目と、情報共有をしているんです!!」
ギンドウと共に庭にいるジャンが、ニコニコしながらそう言った。
うむ。たしかに、戦術的に大きくこの戦に貢献してくれそうな発明ではある。だが……。
「それはいい!!しかし、宿屋の庭で、そんなことをするな!!街の外でやらんか!!」
リエルの正論2号が放たれていた。だが、反省しないアホであるギンドウ・アーヴィングには通じちゃいない。
「ええ?だって、外とか寒いじゃないすっかあ?……宿屋でも限界だ。もう、寒いと、義手と生腕の接合部が痛くて仕方ないっす」
「そ、そうだとしてもだな!?」
ああ。リエルちゃんってば優しいから。ちがうんだよ、ギンドウはそんなヤツじゃないんだよ。あいつの同情を買う言葉なんて、全部嘘っぱちに決まってるんだよ。
幻肢痛なんて感じるようなヤツじゃないんだ、あったとしても、アイツ気にしたりしねえよ。
「……あれれ?」
ギンドウが何かに気がついたようだ。あいつは目ざといクソ野郎だぞ。マジメなリエルちゃんの失態にでも気がついたのか?
「んー、リエルぅう」
「ど、どうした、ギンドウ?」
「お前さん、団長とセックスしてたのか」
「せ……っとか、言うなあッ!!」
ダメだぞ、リエル。ギンドウはクズ野郎だから、弱点見せると、つけあがれるだけ、つけあがってくるんだぞ?
「ハハハハ!!そうか、そうか!!おーい!!みんなー!!聞いてくれえええええ!!うちのリエルちゃんがさあああ、団長とセックスしていたぞおおおおおおおおお!!」
アホが夜のザクロアに響き渡るような大声で叫んでいた。
リエルが顔を赤くする。
「だ、だまれえええええええええ!!ギンドウ、このクソ野郎があああああ!!」
「なんだい。いいじゃないか?今日はリエルの初セックス記念日だあああ!!みんなに、この素晴らしい事実を知ってもらおうじゃないかッ!!」
「ま、まだ、未遂だ!!」
「はは!そんなしょうもない嘘で誤魔化せるのは、子供だけっす。ほら、オレの時計を見てよ?真夜中よ?若い男女が、ひとつの部屋にいるんだぞ?発情期の動物みたいにやりまくってるに、決まっているじゃねええええかああああああああああああああッッ!!」
「叫ぶな、このアホ・ハーフ・エルフがああああああああッッ!!ゆ、弓は、弓はないのかッッ!!」
君の弓は君の部屋にあるよね。男の部屋に武装して抱かれに来るとかないもん。それ、暗殺のスタイルだしな。
……まあ、弓なんて持っていたら、暗殺なんて生易しいモンじゃねえ。凶器も殺意も剥き出しだよ。ソルジャー過ぎるよ、そんな訪問者。
「おお、リエルちゃーん!!弓が無いのかよおおお!!チャンスだぜえ!!」
「い、いや、ある!!こ、ここにあるからなああ!!」
「無いね。リエルちゃんの、嘘つきドスケベ」
「ぶっ殺すぞッ!!ギンドウッ!!」
「ハハハハハハッ!!こないだの、お返しっすよ。頭、かち割られたもんね」
「そ、それは、私にも非があるが―――」
だから、マジメにギンドウの言葉なんて聞いてちゃダメなんだって。
「ハハハ!!そうだ、これは、正当な復讐なんすよ!!リエル・ハーヴェルが、ソルジェ団長とおおおおおおおおお!!セックスしまくってるぞおおおおおおおおおおおッ!!」
闇に向かって、アホが叫ぶ。
野良犬なんかが、ギンドウの声に反応したのか、ザクロアの路地裏で遠吠えを上げる。地獄絵図だ。笑えるけど、オレの恋人エルフちゃんは、笑っちゃいなかった。
落ち着け、そう言えるほど、オレはギンドウの行為を正しいとは思ってはいない。ギンドウはハーフ・エルフとして迫害された過去を持つ男。悲惨な幼少期と、元々の変人気質が合わさって……対人関係における『さじ加減』を知らない。
そうだ。ギャグと……悲劇の境目が分かっていない。
愚か者め。ヤツは、リエルの許容範囲を超えたのだ。
「―――……すまんが、行ってくる」
「うん。いいけど、戦の前だ、殺すな」
「努力しよう」
そして、オレの恋人エルフさんは、窓から華麗に飛び降りた。四階だけど問題ない。彼女は庭の木に飛び移ると、スルスルと下降する。
リエルが弓矢を持っていなかったから調子に乗っていたギンドウの顔が、青くなる。
「……ちょっと、じょ、冗談っすよ?オレ、反省してるっす」
「知ったことか。死ね」
殺すなと二十秒前にオレが言ったはずだが、もう彼女は忘れているようだ。そして、制裁が始まる。
ドガシイイッ!!
「ぶおごぉッ」
ギンドウの顔面が破壊的な音を立てながら、リエルの正拳によって大きく歪んでいた。血まみれだった。一瞬で意識を失ったギンドウが、バタリと受け身要素ゼロの転倒をしていた。だが、慈悲は得られない。
「気を失ったぐらいで、許されると思っているのか?」
怖い。オレの最愛のエルフさんが、部下の失態を責める覇王みたいだ。そして、彼女はギンドウを踏みつける。何度も、何度も。痛みで気絶から目覚めてしまったギンドウの顔面に、リエルはかかとを振り落とす。
ああ、ひでええ。気絶から醒めて二秒後に気絶しちまったぞ!?
あまりの凄惨な暴力を見せつけられて、この場に集まった職人たちの心を、恐怖が支配していた。悲鳴を上げながら、オッサンたちが逃げていく……ちゃんと、爆弾つくってくれるのかな?だったら、いいんだけど?
すっかりとボロ雑巾のようになったギンドウに、覇王リエルは興味を失ったようだ。
あの微動だにしないギンドウが、気絶の演技をしていたとすれば、なかなかの技巧派っぷりだが……魔眼から伝わるのは、彼の重傷具合ばかりだった―――。
そして、まだ怒りが収まらないリエルさまは、己の視界にいる一人の男を捕捉していた。愛するオレじゃない。恐怖で腰を抜かしていた狼男だ。
どうしてだ?
ジャンよ、お前は『巨大白蜘蛛/ロス・ヒガンテス』にさえも怯えなかった男だろ?……どうなってんの?そんなに、オレの愛する女性が怖いの?巨大モンスターよりも?
「……『ジャン・レッドウッド……号』ッ」
「ひい!?ち、ちがうよ、リエル!!ぼ、僕は、ジャンだよ!!」
オレは爆笑をこらえるのに必死であった。
そうだ、怒りの波動が心からあふれているリエルは、数日前の怒りを思い出していたのであろう。
ああ、ジャンが必死に製作した『竜ぞり』のことだ。ゼファーに牽引させて、大雪原を瞬く間に横断して見せたあの旅のMVPアイテムだ。
その功績を称えて、我が妹ミアが『ジャン・レッドウッド号』と名付けていたのさ―――。
他の全員にとっては楽しくて仕方のないアトラクションだったけれど。なぜか、リエルだけが楽しめていなかったのだ。死ぬほど、ビビっていたなあ。
彼女は、思い出したのだ。あの日の屈辱を。
「……『ジャン・レッドウッド……号』よ」
「僕は、そりじゃないです!!」
人生で初めて聞いた否定の言葉だった。『僕はそりじゃないです!!』だと?文法的にはきっと正解だ、破綻してない。そりゃそうだ、言ってるとおり、ジャンは『そり』ではありません。
だからといって、笑いのツボを刺激しないかと言えば嘘になる。そ、その、た、正しい言葉は、お、オレを爆笑させようとしてきやがるぜッ!!
「いいや、貴様は、そりだ」
くくく!!何を言っているんだ、リエル?ちがうよ、それ、目の前のそれは、狼男だよ、人狼だよ!!ジャンくんだよッ!!
「ちがうよ。ぼ、僕は、ほら、人狼だよ!?』
ボボン!
マヌケな音を立てながら、ジャンが駄犬へと化けていた。ヤツの髪の色に似た、赤茶色の毛皮の大きな犬だ。もう、あれは狼じゃない、犬だ。
だって、大地に伏せたその姿からは、ワイルドさの一欠片もない。完全服従だよ。
『見て、僕は、そりじゃない。『ジャン・レッドウッド号』じゃ、ないんだよ?』
「だから、どうした?」
『……え』
それは絶句するしかない。一連のアホなやり取りの全てが、今、全てどうでもよくされてしまった。だからどうした?便利な言葉だ。
「……貴様の功績を、称えてやるぞ。拳でな」
『そ、そんな……じゃ、じゃあ、せめて、ちょっと待って」
ボボン!
また間抜けな音をまき散らしながら、今度は犬からヒト型にジャンが化けた。そうか。うん、ヒト型のほうが、防御力に優れているのだ―――不憫な男だな。なぜ、走って逃げないのだ?
……まさか、オレが毎回リエルの折檻を甘んじて受けているからか?だから、君もマネしないといけないと考えてしまっているのだろうか?
ちょっと、怖い考えだな。お前は、オレを尊敬してくれているのはいいが、ときどき、その尊敬の想いの深さが……気持ち悪い。
「は、はい!この状態なら、パンチぐらいな―――ッ」
リエルの左ハイキックが、ジャンの顔面を破壊していた。
まさかの蹴りに、ジャンは対応出来ずに、そのまま鼻血を噴き出しながら、大地へと沈んだ。見事なKOである。オレは……リエルへのセクハラの頻度を改めるべきではないのか?
大暴れして、怒りを発散させたマイ・スイート・ハニーが部屋に戻ってきた。なんか、こう……居心地悪いのは、お互いかな?
「……そ、ソルジェ。なんか、すまない」
「いや、君は悪くない。悪いのはギンドウだ」
「ああ。『ヤツら』のせいだ」
ジャンは……弁護してやるために口を開こうか迷ったが、やめておこう。火に油を注ぐ結果になってはイケないもんね。
「……ほんと、今夜も雰囲気ぶちこわしだ。このまま、お前に抱かれるのは……なんか、イヤだ」
「でしょうね」
そうだ。オレも引いている。
スゴいことだよ?生首転がる戦場でも、レイスの群れの側でも性欲損なわないような男なのにさ?
きっと、リエルの寝間着に付着している、メッセージ性の強すぎる返り血のせいだろうな。
あの血を見る度に、オレは、先ほどの爆笑劇場を思い出してしまい、腹が痛いんだ。ギンドウとジャンの怯えた顔が、その返り血から見えるんですけど?
すっかりセックスとかしちゃえる雰囲気じゃなくなった。けど―――。
……まあ、だからこそ、『本来』の目的に集中出来るってもんだ。
「……リエル。ひとつ聞いていいか?仕事のハナシだ」
「ん。ええ。もちろん、いいわよ、団長?」
「……『ポゼッション・アクアオーラ』は?」
「フフ。もちろん、完成している」
「……明日、あの『ソリ野郎』を使って、『ゼルアガ・アリアンロッド』を仕留めに行こうと考えているんだが……ついてきてくれるか?」
「……ああ。もちろんだ、ソルジェ・ストラウス!!『ゼルアガ』を、射抜くチャンスに恵まれたかったからな!!」
「……いい子だ。明日、ヤツの首を取るぞ?」
「ああ!!」
リエル・ハーヴェルは不敵に笑う。そう。オレの恋人は、こんな素敵な猟兵女子さ。
部下には不運な狼男と、アホなハーフ・エルフもいるよ。
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