第六話 『ああ、私の愛しき邪悪たちよ』 その2


 ―――戦だ、戦だ!!剣を持て、槍を構えろ!!


 民衆たちは、恐怖と熱狂に包まれる!!


 武具が放つ鉄の臭いと、耳障りな喧騒が街に戦の化粧を施すのさ。


 北からディアロスのユニコーン隊が、南からはルードの弓兵たち。




 ―――総勢で11000、30000の帝国軍とは数で負ける。


 しかし、精強さはどちらだろう?


 寒い北方への遠征疲れと、夜襲してきた死霊騎士の軍勢との戦。


 彼らは疲れつつあったのさ、ノーヴァの策は効いている。




 ―――ルードの強弓を援護にして突撃してくる、ユニコーン騎兵隊。


 その恐ろしい破壊力は、質においては世界屈指に違いない。


 巨人たちに弓は遠くから降り注ぎ、ユニコーンは疾風のように走るから。


 さらには、その上空から、戦闘狂の黒竜と、魔王と呼ばれる剣鬼が来たる。




 ―――クレインシーは分析する、ここで彼らを勢いづかせては?


 ファリス帝国は甚大な被害を被るだろう、それは断じて許されない。


 ゆえに……彼は、密かな援軍を要請する。


 ハヤブサが運ぶ密命により、暗殺騎士の一団が、その軍勢に加わった。




 ―――お互いに、持ちうる策を投入しつくしながら。


 戦の支度は進んでいくぞ、おそらく30時間後には、平原でぶつかるだろう。


 時間はない……それゆえに、魔王にはすべきことがある。


 彼は、その夜、愛しき弓姫を寝室に呼ぶのだ……。




「き、き、来たぞッ!?」


 ドアを力強く開いたと思ったら、リエルは引きつりまくった顔と、動揺を隠しきれない変な口調でオレに宣言した。


 うむ……思いっきり、誤解してくれているようだな。それなら、別にそれでいいさ。


 ―――からかってやろう。


「ああ。入れ」


「う、うむ!!ど、どこに、す、座ればいいのかな!?」


「んー。どうした、オレのとなりに来いよ?」


 ちなみにベッドに座っている。さっきまで、ストレッチしてた。旅の疲れがあるからな。


 別にセックスする気まんまんでここに陣取っていたわけでは無い。


 偶然だろうが、チャンスは活かす。その状況判断能力こそ、経営者スキルだ。


「お、お、お、おお!!そ、そーだな……っ」


 リエルちゃんは処女だから、ムチャクチャ緊張しているなあ。歩行のバランスがガタガタになっている。初めて歩き始めたゴーレムみたいな歪な動作だな。


 なにせ、右手と右脚が同時に前に出てる。ヒトはそういう動作でエレガントさを発揮できないものだ。


 それでも、生まれたてのゴーレムみたいな動きをしている美少女エルフさんは、オレのとなりに着席する。


 いいね、風呂入ってきたか……もう、抱かれる気があるというかな……。


 ―――第二夫人ことロロカ先生がオレに愛情を示してくれているからか?


 負けず嫌いのハートに火が点いて、オレの『一番』になろうと、大胆になっているのかもしれねえな。


 オレとの仲を進めるにはさ、抱かれてしまうなんてのは、手っ取り早いとか考えたのかもしれない。


「お、おい……す、すわったぞ……っ」


「うん。見てるから、分かる」


「あ、あまり……見るな……」


「なんで?かわいいのに?」


「そ、そういうことを、言うんじゃない……ばかっ」


 ……そのつもりで呼んだわけではなかったんだが……いやいや。こんな可愛いツンデレ・エルフさんのデレ・タイムだ。せっかくだから、やっちまおうか?


 ……うん。そうだ、それがいい!


 オレは即断即決の男。決めたなら、行動は早い。


 恋人エルフさんであるリエル・ハーヴェルの肩に腕を回すと、そのまま力ずくでベッドの上に押し倒していた。


「きゃ、きゃあ!」


 普段のクールな君の口からは、考えられないぐらい愛らしい悲鳴がこぼれてくれる。


 その声を聞けるのが、オレは何だかとても誇らしいんだと!!オレだけに、君の可愛い言葉を堪能させてくれよ……リエル。


「……ま、また、急に押し倒してくるとか、ひどいぞ……っ。ムードが、ないぞっ」


「でも、今度は屋内。君の大好きなベッドの上でだ」


「べ、ベッドで何かするのが、だ、大好きとか、言っていないだろう……っ!?」


 リエルちゃんは文句言っている。でも、顔が赤いし、魔眼の力で心臓の鼓動が早くなっているのが、よく分かる。


 あと両腕の下にいる君の服装は……こんな寒い夜なのに、薄着だよね?すぐに、裸に出来ちゃいそうだけど。


「……寒そうな格好してるな」


「そ、そんなことないし……っ?ほ、北極圏近くまで行って帰って来たばかりで、そ、その、あ、暑いぐらいだもん?」


「そっか、暑いのか?」


「う、うん……そーだ。『バロー・ガーウィック』に比べたら、こっちは暑いもん」


「じゃあ、もっと薄着にしてやるよ」


「……えっ!?」


 リエルがオレの邪な感情に気がついたようだ。胸元を腕で隠したし、警戒するように膝をちょっと曲げているな。


 ホント、覚悟してここに来たくせに、いざ裸にされるかと思うと、ビビるのか?可愛いじゃねえか、そういう初々しい反応は、オレ、大好物だぞ。


「リエルは、オレから脱がしてやるほうが、好きなわけだ」


「す、好きとか、い、言うな!!わ、私を、そんなハレンチな女だと、お、思っているとしたら、そ、それは、とても心外なことであるのだからなッ!?」


「ああ。ハレンチな子だなんて、思っちゃいないさ」


「そ、そうか」


 こんな初心な子は、他に知らないぐらいだ。ていうか、何度も直前でお預けしちまってるからか?……リエルちゃんも、変な形で『こんなこと』されるのに慣れ始めているような気がする。


 多分、一度でも抱いてやってたら、もっと恥ずかしがらずにオレの前で、その美しい肌をさらせるようになっていたのかも……?


 なれては来ているよな。もう、部族以外の男としちゃダメだとかいう下らない掟を持ち出すこともなくなったし。


「私は、そんなにエッチな子じゃないからな?ぬ、脱がして欲しいとか、思っているわけじゃないぞ?」


「だろうな。君は、とてもマジメな女の子だもんな」


「そ、そのとうりだ。森のエルフは、とてもマジメで、かわいいんだ……た、ただ……」


「ただ、どうなんだ?」


「……じ、自分で脱ぐのは、は、恥ずかしすぎるからで……っ!そ、それぐらいなら、ソルジェの指で、は、裸にされたほうが……が、がんばれるような気がするだけだからっ」


 リエルがベッドに横たわらせた頭を右に向ける。オレの顔を見て話すのが出来ないぐらい、羞恥心が高まってくれているのかね?


 ……ほんと、オレの恋人エルフさんは、可愛くてしかたがない……。


 男の欲望に怯える君の可愛い戸惑いを、ずっと見ておきたい気持ちもあるんだけどさ。その先の君を、見たくもあるよ。


 オレので女になっちまう君を、見たいな。


 どんな風にオレを受け入れてくれるんだ?痛がりながら?それとも、意外とノリノリで?


 興味を引かれて、ほんと仕方ないよ。


 オレの指が、ツンデレ・エルフさんの顔に触れる。彼女はイヤがらない。オレの指なら、そうされてもいいと許しているのさ。顔を、力で正面に向かせる。エメラルド色の瞳が、オレの欲望に笑う顔を見てしまう。


「……あ、あんまり、はげしく、す、するなよ……」


「うん。だから、どんな風にして欲しいのか、リエル。キスで教えてくれよ」


「ええ!?な、なんだ、それ!?ど、どういうことだ!?」


「分からないのか?」


「分かるわけがないだろう!?そ、そんな仕組みがあるのか、キスには!?」


「そうだよ」


 うそだよ。


「う、嘘だろ?……そ、そんな、キスぐらいなら……一人前に出来ていると思っていたのに……私の、未熟者め……ッ。情報収集が、甘すぎるじゃないか……ッ」


 なんだかマジメなオレのツンデレちゃんは、反省しているぞ。よく分からんが、口惜しそうだな?……うん、じゃあ雪辱の機会をくれてやろう、負けず嫌いの君にな。


「それじゃあ、してみようか?」


「し、してみるってッ!?」


「どんな風に愛されたいか、今からキスでオレに表現してくれ。それを参考に、お前のことを抱いてやるんだよ」


「そ、そんな!?む、難しいぞ!?わ、わからないぞ、ぜんぜん、わからない!!」


 ああ。オレにもかなり分からない。でも、面白いから続行だ。愛に戸惑う君の姿を見ていると、意地悪したくなっちまう。だって、可愛いんだぜ、そういうときの君はさ?


「分からないなら、努力して自分で見つけろ。何でも経験だぞ、オレのリエル」


「オレのとか、あらためて……いうな。自分でも、わかってるんだから……」


 ……ヤバいな。男の征服欲を満たしてくれるぜ、その従順さがな。君は、普段はあんなに強気でクールな女性なのに。オレにだけ、こんな甘えた姿をさらしてくれる。


 君を独占できている気持ちになれて、オレは嬉しくてたまらないぞ。


「そうだよな。それじゃあ、キスで伝えてくれるか?お前の愛をさ」


「……そういう言い方、ズルいぞ……っ」


 たしかに、ズルいかもしれない。リエルがオレのこと愛してくれているの、知っているもんね。だからこそさ、愛し合う男女にしか出来ない、エッチな遊びを楽しみたくなるってものじゃないか。


 こういうのは、恋人同士の特権だろ……?


「リエル。してやるぞ」


「……うん」


 オレが近づくと、リエルはあの長いまつげの瞳をピタリと閉じて、歯がぶつからないように唇をちょっと前に出してくる。そして、オレは欲望と愛情の混じった唇で、彼女の唇を奪うんだ。


 やわらかくて、温かい。愛しさと欲望の割合が、オレのなかでもせめぎ合う。こんな駆け引きなんてすぐにやめて、君を貪りたいとも思うし、君の愛情を感じて、心を癒やしたいとも思うんだ。


 オレは……1000人の友が死ぬのを見たぞ。彼らの戦いを、見ていただけだった。ヴァシリのじいさまに命令されたコトだったとはいえ……なんだか卑怯者になっちまったような気分だ。


 そうだな。さみしいぜ。彼らのことを誇りに思うけれど、それでも、オレにはもっとしてやれたことがあったんじゃないかって、思うんだよ。


 リエルの舌が、ゆっくりと動いてくれる。恐る恐るだけど、オレの舌と唇に触れてくれるのさ。温かくて、唾液があって、やさしいけど……エロかった。


 少女はオレのためにしばらくそれを続けてくれた。オレは、リエル・ハーヴェルが愛おしくてたまらなくなり、その唇を解放してやる。


 そのキスが終わると、リエルは恥ずかしそうな顔をしていた。そして、呼吸がちょっと荒くなっている。そうか、息を止めてまで、オレを楽しませてくれようとしていたのか?


「……つ、伝えられたかは、分からないが……分かったことも、あるよ」


「なにが、分かったんだ?」


「……ソルジェは、今、ちょっとさみしいんだな」


 アーレスの魔眼を持っているわけでもないのに、オレの恋人エルフさんは、そう言ってくれていた。そして、それは大当たりだ。


「……ああ。うん、ごめんな。君としている最中なのに、ヴァシリのじいさんたちのことが、頭によぎっていた。もっと、彼らのために、してやれることがあったはずだし……オレは、彼らの隣で戦っても、やれなかった」


「……でも、見届けただろ?」


「うん。見ていたよ、戦場の全てを」


「だから、クレインシーの戦術を、お前は見れたんだ。その保守的な戦術家は、きっと私たちとの戦でも、同じように動くだろう」


「おそらくな。とても整然とした動きだった。訓練と哲学に裏打ちされてしまった動き。悪く言えば、パターンに縛られ過ぎている―――いい動きだが、次は読めるよ」


 そうだ。それを知らせるためにも、じいさんはオレに見ていろと言ったのさ。戦術家だからね、分かるよ。ひとつの言葉に含まれる、語られないたくさんの意味が、オレにはちゃんと伝わっていたんだ。


 敵の陣容も観察していたよ。どんなときに、どう動くか。オレは夜空の中から彼らの動きの全てを把握していたのさ。それをロロカに話して、彼女は今、軍略を練っているところだ。


 ゼファーも眼とその知性を用いて、敵の装備と人数を完全に把握しているし、ジャンは嗅覚と聴覚で、敵の作戦時の号令を聞き分けている―――オレたちは、あの戦で、多くの情報を持ち帰ったんだよ。


 ミアは?もちろん、オレの腕のなかで寝息を立てていた。仕事をしていたのさ。何かって?子供はよく寝て、大きく育つのが仕事に決まってるだろーが?


「……ムダじゃないぞ。お前の行動は、必ず勝利に貢献する」


「うん。ありがとうな……リエル」


 けっきょく、オレはリエルに甘えたかっただけか。なんだか、なさけない。オレは、リエルを解放してやり、ベッドの端に腰を下ろしていた。


「……どうした?」


「いや。君を抱く資格がないように思えてね。今夜のオレは、君のことだけを考えているわけじゃないからな」


「……ほんとうに、バカだな」


「え?」


 振り向くと、リエルにキスをされる。油断してたね、不意打ちもらっちまった。この子は、猟兵。凄腕の戦士だってこと、思い知らされる。


「……私が好きな男は、自分の欲望だけを考えているような男ではない。いいのだ、それで。お前は、そういうときが、カッコいいし……お前の子を、欲しくなる」


「……それは、光栄だね」


 こんなに綺麗でカッコいい君の腹に、オレの子供を宿らせる?人生で最高の仕事の一つじゃないか。


「……いいぞ。お前の子供なら、妊娠してやる……だ、だから、その……きゃ、きゃあ!」


 お返しだ。今度は、オレのターン。リエルをベッドに押し倒して、オレは笑うんだ。


「……仕込んでやるよ、オレの子供をな」


「う、うん。で、でも……やさしくだぞ?」


「ああ。君のキスみたいに、やさしくしてやるよ。それでも、ちゃんと、しっかりと愛は伝えられるからな」


「……うん。わかった、あとは……ま、まかせるからな……っ」


 リエルが完全に抵抗しなくなった。


 そして―――。



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