第五話 『我は、冥府の剣をたずさえて』 その11


『なるほどな。ガルフ・コルテス。なかなかに見識の深い男のようだな』


 見識が深いというか、不思議な価値観を持っていたな。亜人種に対する偏見の無さなんて、オレが首をかしげるレベルだ。フツーの人間なのにね。


 まあ、だからこそ、オレとも馬が合ったような気がするんだけどさ。


『偉大な男に思えるが?』


「偉大というか……?ほんと、変なじいさんなんだけどさ、何にも囚われてはいなかったね。亜人種の猟兵を集めようぜって言い出したのも、彼だ」


 これも、『いい絵』を描くぜというハナシなのかもしれない。『パンジャール猟兵団』は、13色と、竜の色で描かれているぜ。多分、毛色の多さじゃ、世界最多だ。


『……うむ。たしかに、お前の師だな。会って、話してみたかったぞ』


「すぐに会えるさ。ガルフも死んで星になってるから」


『……いや、我らは、アリアンロッドに―――』


「―――アンタはオレに『任した』と言っただろう?だったら、『任せとけ』。細かいことは全部、生きているオレが引き継いでやるよ」


 ヴァシリ・ノーヴァはしらばく間を置いて、その死んだ口を動かした。


『……倒すつもりか、アリアンロッドを』


「ああ。必ずな。オレたちは、『パンジャール猟兵団』。オレたちに狩れない『獲物』など、この世にも、そしてあの世にさえも、存在してはいないのだ」


 ヴァシリ・ノーヴァは死者の目を見開いた。オレには分かるぞ、そのよどんだ瞳の奥が、宝石みたいにキラキラと輝いていることが。


 そいつは、希望を見つけたときの光。そして、『面白いヤツがいるぞ』と、ガルフが言い出したときの目の光りだ。


『―――お前たちは、本当に、面白い』


「だろう?なにせ、オレとガルフで『面白いヤツら』を集めまくったからねえ。爆笑の一つや二つ、簡単に取れちまうってわけさ」


『なるほどな。なればこそ……我らの『色』を見物しろ』


「……おう。見せてもらうぜ、自由騎士たちの、『命』が輝く色をな」


 オレの言葉に死者は爆笑する。アゴがギイギイ鳴っている。死後硬直か。


『よりにもよって、死者に『命』ときたか……皮肉にも聞こえるが、そうだなあ、『死んでも生きているヤツ』が、いるのだからなあ』


「ああ。『アレ』になれとは言わんが、マネするのも一興だ」


 あの骸骨野郎にはファンが多いな。まあ、アイツこそ、ヴァシリ・ノーヴァを『主』として仕えているんだが―――ほんと、良好な主従関係ってことだな。


『……では、そろそろだ。我らの脚が腐るより前に、敵軍に強烈な一撃を喰らわせてやらんといけないからな。見ておれ、我らの『命』の輝く色を……』


「ああ。もちろん、オレたちも―――」


『―――ならん。我らの戦を邪魔するな』


「邪魔にはならない」


『お前は竜にも部下にもムチャをさせすぎている。部下を、犬死にさせる気か?』


「……ッ!!」


 自覚は、あるね。北極圏まで旅した後は、ブリザードを突っ切って、たった半日でここまで戻って来た。その間に、『ミストラル』には二度も襲撃されたし、『ゼルアガ・アグレイアス』とも戦っている―――。


 連戦が続いているし、移動も長距離すぎるな。疲労とは、目に見えないヒビ割れ。いつ体を破壊してしまうか、分かったものではない……。


 じいさんは、それを見切り、オレに忠告してくれているのだ。『部下を意味なく死なせるな』―――この場では、あまりにも重たく思い知らされてしまうな……。


『……休め。それも戦略の内だ。お前たちは、今日の戦を見届けるだけでいい。我らの最後の輝きを、ただその瞳に映しておいてくれ』


「……ああ。そうする。偉大な先輩たちの戦を、見ておくよ」


『それでいい。後のことを、頼んだぞ、ソルジェ・ストラウス殿!!』


「おう!!任された!!」


 そして、偉大なる『ヴァシリ・ノーヴァ/ザクロアの死霊王』は、千人の自決した死霊の騎士たちを引き連れて、東へと歩き始めた。


 全員がいた。あの日、オレが砦で出会った友たちの全てが!!


 これは、悲しい定めでもあり、狂った運命でもあるだろう。だが、それでも、オレは彼らが死霊となっても足並みをそろえて、共に在ろうとすることが、どこか嬉しくもあるんだよ。


 ミアが、叫んでいた、大きく両腕を振りながら!!


「いってらっしゃぁああああああいいッ!!ファイトだぞ!!『西ザクロア鉄血同盟』!!……『ザクロア自由騎士団』、ゴー、ファイトぉおおおおおおおおおッッ!!」


 死霊たちが、ミアの応援に応えてくれた。雄々しく剣や槍を掲げるのさ。


 ……うむ。いい見送りだろう。だけど、完璧じゃねえぞ―――。


「―――……ま、まってくださいッッ!!」


 そうだ。待っていたぞ、お前がそう言い出すのをな、ジャン・レッドウッド。


「……ヴァシリ・ノーヴァさま!!」


 ジャンが走り、ヴァシリのじいさまに追いつく。


 ヴァシリのじいさまは足を止めてやるのさ。ガキにはやさしいじいさまだ。


 オレは、彼らの側に行く。ミアを肩車したままね。通訳してやるつもりだ。死霊の声が聞こえる頭のおかしいヤツは、オレだけだから。


 さて。伝えろ、かつてお前を救ってくれた、偉大なる騎士に。


「あの、その!!たくさんのコトを言わねばなりません!!……でも、やっぱり……僕があなたに伝えたいことは……その、あのですね」


『……安心しろ。さっきの言葉は、全て聞こえておった』


「安心しろだとさ。さっきの言葉は、全て聞こえていたんだと」


「そ、そうですか……それでも、もう一度!!ザクロア自由騎士の代表、ヴァシリ・ノーヴァさま!!本当に、ありがとうございましたああああああああッッ!!」


 狼モードの遠吠えはともかく。ヒト型で、こんなに大きな声を叫んだ姿を見たのは始めてだぞ、ジャン・レッドウッド。


 じいさん、うなずいているぞ。もう、通訳はいらんな。そうだ、じいさん、ジャンの頭に手を伸ばして―――。


『がおおおううううう!?』


「ひいいいいいいいいいいッ!?」


 じいさんがジャンに噛みつこうとした。ジャンはビビって、後ずさりした。オレとミアは大爆笑だ。性格が悪い?違うね、オレたち兄妹の器は大きいのさ。


『ハハハハハ!!十年前に、噛みつかれた分のお返しだ!!強く生きろよ、ジャン!!』


「な、なんて……!?」


 ジャンが泣きそうなというか、涙が少し浮かんだ瞳でオレを見ている。でも、知っている。その涙は、『恐怖』の涙じゃなくて、もっと尊い感情から流れているものさ。


 ヒトとヒトとが分かり合えた時に感じられる『感動』……それによるモノだな、ジャン・レッドウッドよ。


「お前に噛みつかれたときの、『お返し』だとよ」


「あはは……ひどいや。でも、ありがとうございましたあああああああああッッ!!」


 ジャン・レッドウッドの歌に、ヴァシリ・ノーヴァは剣を空に掲げて応えていた。そうだ。生きていることと死んでいること。それを容易く超えられる絆もあるのさ。


 千人の死霊の騎士たちは……最後の戦場を目指して、進撃していく。


 オレたち三人は、彼らが見えなくなってしまうまで、ずっと見送る。


 そして、見えなくなったら?


 もちろん、コレがなくちゃ、しまらない。


「おい、ゼファー!!歌えええええええええええええええええええええッッ!!」


『GHHAAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHッッ!!』




 ―――竜の歌を背中に浴びて、死霊の騎士たちは戦場を目指す。


 たとえ死した肉体であろうとも、その『命』は尊く輝いた。


 彼らは一日歩き抜き、やがて帝国の軍勢へと襲いかかった。


 『ザクロアの死霊王』は、戦場で歌うのだ。




 ―――さあ、行くぞ!!我らは、『ザクロア自由騎士団』!!


 自由のために、冥府より舞い戻った!!


 さあ、侵略者よ、我らの前に恐怖せよ!!


 我らは、貴様らの侵略を、絶対に許すことはない!!




 ―――勇猛果敢は、死んでもなおらない。


 自由の騎士たちは、三万五千に特攻していく。


 まるで、どこかの竜騎士みたいだ。


 『ザクロアの死霊王』なんて、まったく似たような顔で笑っている!!




 ―――我は、冥府の剣をたずさえて、この戦場へと挑む者!!


 どうだ、この一千の剣の冴えを!!


 ファリスの豚どもよ、その身でとくと味わうといい!!


 彼らは戦う、殺されても、蘇り、また襲いかかる!!




 ―――それでも……死霊たちの肉体は、どんどん崩れていった。


 35倍の敵を前にしては、さしもの不死者も分が悪い。


 手足を千切られ、火にくべられる。


 炎で焼き払われて、灰になってしまえば、さすがに滅びる。




 ―――ザクロアの騎士たちが、敵を道連れに、どんどん消滅していった。


 七時間の戦闘で、およそ5000の敵を喰らったころに……。


 『ザクロアの死霊王』は八つ裂きにされ、燃やされていった。


 炎に焼かれていきながら、彼は笑い、歌うのだ。




 ……我らの『命』のかがやきは、どうだ、あざやかな『赤』だぞ!!




 ―――魔王は夜空のなかにいた、竜の背に乗り、戦場を見ている。


 その『色』を見て、彼の心の絵には、また一つの『色』が増えていた。


 それは、熱く、そして、猛々しく。


 ソルジェ・ストラウスは、また一つ、大きなモノを背負ったのさ。




 ―――そして……アリアンロッドも、見つめている。


 深い森の奥の、盗賊王の隠れ家で。


 愛しい騎士の終わりを、見つめていた。


 だが、彼女は愛の多い女神さま。




 ―――見つけていたよ、新たな愛しい騎士のことを。


 それは、竜に乗り、怒りの眼をした、赤毛の男。


 すばらしい、彼は、多くの『死』を生むわ!!


 ああ、いつか、あの方の『死体』と契約したいものです。




 ―――慈悲を与えましょう、母なるやさしさをもって。


 ヒトよ、慈悲をもってヒトを殺しなさい。


 それだけが、この狂った世界において。


 愚かなあなたたちが救われる、ただ一つの方法なのだから。




 ―――『ゼルアガ・アリアンロッド』、その傍らには騎士がいた。


 『冥府の風/ミストラル』……三百年前に、悪神と契ったザクロアの騎士。


 彼の魂は、もはやその肉と同じく朽ちているのか?


 それとも……『騎士道』は、腐ることの無いものなのか?




 ―――夜が明けて、魔王は向かう、約束の地に。


 そこはザクロアの街である、ディアロスの騎馬隊が到着しようとしているぞ。


 決断を聞かねばならない、ジュリアン・ライチに。


 もし、彼がノーヴァの心を裏切れば?斬るだろう、まったくの躊躇もなく。




 ―――もはや、女王陛下の意志ではなく、魔王個人の闘争だった。


 この戦から、逃げることは許さない。


 だから、どうか……自由なるザクロアよ。


 ……オレを失望させたりは、しないでくれよ?

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