第五話 『我は、冥府の剣をたずさえて』 その10
「……へへへ。よう、ヴァシリのじいさま。なんていうか……元気か?」
『死んでおるのだ。元気とは言えまい』
「たしかにな。なんか、おかしいねえ。死んだヒトと会話しているなんて?」
『……ワシもたいがいおかしいが、お前も相当なもののようだぞ?』
「失礼だな。どういうことだ?」
『……見るがいい。ワシの『声』が聞こえているのは、貴様だけらしい』
「はあ?」
じいさん、死んだ拍子にボケやがったのか?こんなにハッキリしゃべっているじゃないか?……なあ、ミア?ジャン?
オレは愛する我が妹と部下の方を振り返った。彼らは……そうだな、微妙な表情をしていた。どういうことかって?ミアは、口を横に伸ばして、んー?って顔さ。微妙だろ?
ジャンはオレのことを心配そうに見ていた。あのジャンに心配されるだって?なんという新鮮な感覚だよ。そして、少し、腹が立ってくる。
なぜ、オレが、こんな若輩ごときに、そんな目で見られないとならないのだ。
「あ、あの……だ、団長?」
「―――どうした?」
「い、いえ……その……死体と、話してます?」
「その通りだが?」
「……そ、その……大丈夫ですか?」
カチンと来たね。後輩に……『パンジャール猟兵団』において最弱のジャン・レッドウッドごときに、オレの精神面の健康さを心配されているだと!?
何という屈辱だ。クソ、ジャンめ。お前が部下だから手を上げていないだけで、もしも初対面だったら、前歯無くなるまでブン殴っているところだぞ。
「ひ、ひいッ!?す、すみません!?ぼ、僕は、その、あの!?」
オレの表情から何かを察したのか?さすがは狼になれるような男は野生の勘が発達しているではないか?そうだ。オレは、今、部下に暴力を振るいたい気持ちになっているのだ、ジャン・レッドウッドよ―――。
「あ!!お兄ちゃん、『左目』で、お話ししているんでしょ!?」
「……ん?」
ミアがオレにそう言ってくれる。一瞬で理解することは出来なかったが、三秒ぐらい時間が過ぎる頃には、オレにもピンと来ていた。なるほど。ジャンは悪くない。むしろ、オレのスペックが高すぎるせいだった。
自尊心を回復したオレは、怒りを忘れることが出来た。そうだ。状況をジャン・レッドウッドにも説明してやらねばなるまい。
「ジャンよ。オレの左目が古竜アーレスの魔力を継いだ『魔眼』だということを、知っているな?」
「え、ええ……お話しは、常々……」
「この『魔眼』は、ときに超常的なモノさえ見えてしまう。今、オレは、『死霊』として蘇ったヴァシリ・ノーヴァと話していたのさ」
「そ、そんなことが……僕には、死体が不気味に痙攣したぐらいにしか……っ」
おいおい、不気味に痙攣とか……なんて言い方してるんだ?ジャンよ、彼は君の恩人なんだろ?……うむ、やはり、コイツは社交性の育ちが悪いな。
ド酷い孤児院なんかで育っちまった後、森で単独生活なんてしていたせいか。
それとも、変人のギンドウなんかとつるみすぎたせいだろうか……どれもあり得るから、複合的な要因かもしれない。
まあ、いい。
とにかく、オレの頭が変になったというワケじゃないことが伝われば、問題は無い。オレの名誉が回復したところで、さーて、じいさんに質問タイムだ。
「……積もる話は色々あるんだが……これから、アンタたちはどうするんだ?」
『むろん。帝国軍に攻撃を仕掛ける。無敵とは言わんが、アンデッドだ。そう簡単にはやられないだろう』
「……アリアンロッドの『権能』か」
『ミストラル』を思い出す。アイツは仕留めても、滅びなかった。何度か殺せば弱体化するとは予想しているが、そうでもしないと滅びないというのであれば、なかなかの脅威には違いない。
『そうだ。彼女は……狂っているが、一種の慈悲深さを持っている』
「慈悲深い?」
『ミストラル』も同じように言っていたな。どんな女なんだ?その死体に似たにおいがするという女神は?
『ああ……人類に絶望しているな。ヒトの業を観測しすぎたせいと言っていた』
「死に魅入られているような『ゼルアガ』だ。悲惨な状況とばかり遭遇するのも仕方があるまい。むしろ、それはアリアンロッド自身の業ではないのか?」
『そうかもしれん。まあ、『ゼルアガ』の哲学など、ワシらには理解が及ばんよ……さてと、名残惜しいが、そろそろ旅立たねばならん……』
「……もう行くのか」
『ああ。移動に時間がかかってしまうだろうからな。馬は街に戻したから、歩きになる。ほれ、体も、固まりつつあるしな』
ぐぎぎぎぎい。死後硬直した肉体が、ゆっくりと動いて、ヴァシリ・ノーヴァがイスから立ち上がる。ジャンが、ひい!?と声を上げる。
いいか、君?そんな失礼な態度はどうかと思うぞ?死体だし、ゾンビの類いだが、君の恩人だろ?
「……すまんな、じいさん。うちの部下は、小心者でな」
『かまわんよ。むしろ、死霊などと平気で話す、お前の方が少々変わっておるさ』
「そ、そうか?」
「だ、団長ッ。騎士さまは、なんとおっしゃられているのですか!?」
「…………ちょっと待て」
言えるか、死体に変人呼ばわりされたなんてッ!?……シャーロンとかギンドウに知られたら?国境を越えて噂を広げられてしまうっつーの。
『ハハハ!!』
「爆笑するな、グロいぞ」
『おお、すまんすまん。いやいや、面白い連中だ』
「そりゃ、どうも」
「お兄ちゃん、ゾンビじい、何て言ったの?」
「えーと。『いい猟兵団だな』って、褒められた」
嘘はついちゃいない。
「そっか。うん、ミア、いい子だぞ、ゾンビじい」
『ハハハ。可愛い子だな。ケットシーの……『妹』か?』
「そうだ。オレの妹、ミア・マルー・ストラウス」
宇宙一可愛いだろ?
『……うむ。それでこそ、ガルーナの竜騎士だ。我々、ザクロア騎士以上に、自由の風を感じさせてくれる。だからこそ、お主たちが好きだぞ……』
「……アンタにそう言ってもらえると、うれしいわ」
『第五師団を消耗させてやる。後は、任せた』
「ああ。任せろ。だが……」
『ん?……ふむ。何か懸念があるのか?』
そうだ。一つだけある。じいさんたち1000人の『死霊騎士』の襲撃と、北から到着するロロカとギリアム酋長率いる3000のユニコーン騎馬兵たち。
これは、第五師団からすれば全く予想もしていない上に、相当な効果のある策だ。
だが……肝心の、ザクロア市民は?
「……ジュリアン・ライチは、どんな決断をするのだろうか?」
『フン。心配しなくてもいいぞ、ソルジェ・ストラウス殿』
「どういうことだ?」
死体の顔が、唇を歪ませて、白い歯をこちらに見せつけてくる。不敵に笑うゾンビの顔か、なかなか迫力があるじゃねえか。でも、ジャン。ちょっとビビり過ぎだ。ひいい!とか言うなって。
『……ザクロア市民の、『自由』を求める心を、疑う必要はないのだ』
「……『自由』を求める心?……バイオーラ・フェイザーの哲学か」
『そうさ。彼女の遺した価値観さ……『誰にも支配されることなく、誰も支配することもない』。それこそが、我ら自由騎士たちが守るべき、唯一にして絶対の価値観……最後の決断を選ばされたとき……我が故郷の民たちは、必ずや、自由のための戦いを選び取る』
「……わかった。アンタの言葉を信じる」
『……その決断の早さは、強さだぞ。愚かさだと言われても、曲げずに持っていろ』
「ああ」
『フフフ……ガルーナの竜騎士は皆、自由だったが……お前は、その中でも特別だな』
「そうだろうか?……まあ、国が滅びちまってから、色々あったからね」
若い頃の苦労はヒトを磨く?それなら、オレ、磨かれまくってるよ。キラキラしてるか、ツルツルしてるか……オレの魂はどっちなんだろうか。
『色々か……部下たちから伝え聞いていたことよりも、お前の冒険は多くあったのだろう。不思議な成長をしたものだ。貴殿は、何にも囚われていないように思える』
「心のなかは、帝国への復讐心で一杯だけどな」
そうだ、憎しみと怒りは消えちゃいない。どうにもコントロールが効かないほどに、暴れてしまうこともあるんだよ。でも、ね―――。
「……それでも」
『それでも?』
「……ガルフ・コルテス。変わり者のじいさんに、色々と教わっちまってね」
『ほう?』
「人生において、『怒り』を持つことは上等なことなんだとよ。感情の持つ『色』は、人生に意味を与えて、鮮やかにするから。『だけど、その一色だけじゃあ、つまらん絵だろう?』……そう言われた」
言われたときは、意味がよく分からなかったが―――今は、少しだけ理解できているような気がしてる。囚われすぎると、失うモノもある……失われるモノが、取り返しもつかないほど貴重なことだってあるのさ。
「……オレは、今では、昔より、『いい絵』に近づいた気がしてる。そして、それが、嫌いじゃないんだよ」
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