第五話 『我は、冥府の剣をたずさえて』 その9
友よ、オレには分かるぞ。
……お前たちが、昨夜、どれだけ楽しげに笑い、浴びるように酒をあおっていたか。
だってさ?そこら中にワインの樽の破片が飛び散っているんだぞ。大騒ぎしながら、お前たちは最後の夜を満喫したに違いない。
知っているんだ。
君たちは、自由騎士。
領土もなければ、税の徴収権もないのさ。
ストラウス家のような、一応は貴族の類いと違って、ただの自警団とそう変わらない。貧弱な装備。食事さえも寄付頼みだったのではないか?ふだんは、皆、それぞれに他の仕事を持っていたのだろう。
職業戦士は少ない。クラリス陛下から頂いた書類には、君たちのことをそう分析されていたな。そうだろう、君たちは、決して栄光に満ちた騎士たちではない。
君たちの道は、泥にまみれていたはずだ。
苦労しながら、剣を学ぶ。
鎧は古びた錆を落としながら、受け継いだのだろう。
自由なる騎士……聞こえはいいが、君たちは、苦労にまみれた勇者たちだ。
そう、孤児だった者も多いと聞いたぞ、ジュードとエリザベトはそうだろう?
君たちは、家族のいなかったヴァシリのじいさまに拾われたんだ。ジュード・ノーヴァ、エリザベト・ノーヴァ。そうだな、君たちの名前が、オレに物語を伝えてくるよ。
君たちは誇りと意志で繋がれた、真の家族だった。そして……。
「……愛し合ってもいたんだな」
シャトーの庭に……ようやく春の花たちが咲き始めたその庭の、ちいさな丸太のベンチの上で、お互いの胸に短剣を突き刺した彼らは、抱き合うようにして横たわっていた。
「君らの愛が、オレには分かるよ……君らは、ヴァシリのじいさまに拾われてから、ずっと一緒だったんだな……命が終わるそのときも、君らは一緒だった」
冥府の国で、幸せになってくれ。
オレは、君たちのことを覚えておくぞ。
君たちの笑顔と、そのどこまでも鮮烈な愛のことを。
恋人たちの前を、後にする。
そうだ。オレは、彼らを邪魔してはいけない。
歩く。
そう、血と酒にあふれたシャトーの小道をね。
「ロドニー、ラッセルバック……お前たちは、そうか、最後の力比べか」
勝者は、ラッセルバックだったようだな。ロドニーの首が刎ねられていたから。真にどちらが強いのか、人生の最後に決めたかったのだろう……。
通算では、何勝何敗だったのか?
最後の夜に決めようとするぐらいだ、どうせ、ほとんど互角の成績だろうな。騎士らしくて、好きだぜ。オレも欲しいよ、一生のライバル兼親友なんて、得がたい存在がさ。
でも、くやしがることはないぜ、ロドニー?
ラッセルバックも、勝利を祝って、そして、首を掻き切ったのさ。お前のとなりで死ぬことを、選んだ。あの世でも、またすぐに仲良くケンカが出来るってもんだろう。
「マリエリ……君は、酒に毒を入れたのか?そうだな、美しい君の体に、ムダな傷を負うことはないさ―――」
玄関先にある馬の彫像のところで、彼女は死んでいた。ワインの瓶をかたわらにおいて。恋人がいないなら、そう言ってくれよ?君なら、オレはいつでも歓迎だった。
君の細槍と、打ち合ってみたかったよ。
そのシャトーのドアを開いた。
むせかえるようなワインと血の香りに鼻腔がやられそうになる。ハハハ!そうか、ワインをお互いにかけ合ったのかよ!
豪華な大人の遊びだ。
祝いの席は、そうじゃなくちゃな?
いい酒をあけるんだ、そして、惜しみなく使っちまえ!!
「ウッドヘッド。君の馬術は相当なものなのだろう?……ロロカの白夜を借りて、君と競馬をしてみたかった。ズルいか?仕方ねえだろ、負けず嫌いなんだよ、こっちはね」
細くて背の低い彼は喉を切ったのか。なんで、果物ナイフなんだ?まあ、いいけどね。どんな刃物だって、ヒトは殺せる。君は、自分の技術の高さをオレに残してくれたのか。
「ニューカム、シード……槍の腕は互角だったんだな」
お互いの胸を槍で貫き、二人は死んでいた。なるほど……君らの友情は素晴らしい。これは勝負じゃないな。お互いに呼吸を読んで、きっと、笑いながら槍を放った。
お互いが最も苦しまないタイミングで済むように……そう。すまない、これは争いなどではなくて、君らの友情さ。
たくさんの、死が満ちていた。
シャトーの外で、シャトーの中でも。
そりゃそうだ、『ミストラル』は教えてくれたじゃないか?1000人だ。ここには、1000人分の死者がいるのさ……。
血と、酒のにおいで、酔っちまいそうだよ。
クソが……オレも、呑むぜ?
テーブルに置いてあったフタのあいていないワインの瓶をぶんどる。オレは、そうだゲストだもん。招待状は無かったけど、気にするな、オレたちの仲じゃないか?
「フン!」
モテなくなるのを承知で、オレは今日もワインの先端を手刀で落とす。いいさ、流行らなくても?……ワインの味は落ちやしねえ。
「……乾杯だッ!!『西ザクロア鉄血同盟』にッ!!君らの故郷にッ!!」
ひとりぼっちでそう叫ぶ。
ミアは、無言でオレを見守り。
ジャンのヤツは、だらしなく涙とか鼻水とかヨダレとか、鼻血以外の顔面から出る体液のオールスターって感じで、ド酷い顔をしていやがった。
飲めと強要するのは良くないと聞くが……いいさ?パワハラ?上等!!
オレはそのワインを半分ほどラッパで飲んだ後、ジャンに向かって投げ渡した。あんな汁まみれの顔をしていても、ジャンの反射神経は完璧だ。
若者の指は、力強く素早く動いて……ワインの瓶をキャッチする。ちょっとだけ切られた瓶の先から、ワインが踊るようにあふれて、ジャンの顔とか上半身にかかっちまったけど、ワザとじゃないから許してくれよ。
「呑め!!ジャン!!」
「は、はい!!い、いただきますぅ……っ!!」
毒には強いが、アルコールには大して強くもないジャンが、グビグビとワインを飲む。いいさ、今日ぐらい。いいに決まっている。
そりゃあ、そうさ。
オレが許す。
神々が許さなくても、オレと『西ザクロア鉄血同盟』の自由騎士たちが、許すんだ。
オレは、ジャンがワインを飲み終わるのを見届け、その瓶が空になると、笑った。
「そうだ!!いい呑みっぷりだ!!どうだ、自由騎士諸君!!うちの若手も、けっこうやるだろう!!ハハハハハハッ!!」
「……うう。だ、団長……っ」
「どうした、ジャン?」
「……その先に……ヴァシリ・ノーヴァさまが……おられます」
ジャンが、オレの目の前にあるドアを指差していた。なるほど、コイツの鼻が本気を出せば、アリアンロッドの臭いが強いであろう彼のことぐらい、気取れるよな。
「そうか。それならば、ゲストとして……この宴の主催者にご挨拶しなければなるまい。そうだよなあ、ジャン・レッドウッド?」
「はい……そうに、ちがいないです」
「そうか、よーし、ジャン!そして、ミア!!……オレの知るなかでも、とびっきりカッコいいじいさんにさ、紹介してやるぞ!!」
「うん!」
「はいッ!!」
オレはドアノブを回したあとで、手のひらを使ってゆっくりとそれを押していく。
「さあて、入るぜ、ヴァシリのじいさまよ?……うちの若手を二人、顔見せてやりに来たぜ」
じいさまにそう伝えながら、オレはその書斎のドアを開いたんだ。
ヴァシリ・ノーヴァは書斎のイスに座ったままだった。その偉大なる哲学が宿った心臓に、鋭く光るナイフを一突きしたまま、目をうっすらと開けて、イスに座したまま息絶えていたのさ―――。
「……よう。じいさん。アンタらしい、潔さだぜ」
「このおじいちゃんが、騎士さんたちのリーダーなの?」
「ああ。いいじいさんだ。騎士道の体現者だよ……」
「そっか。カッコいいんだね」
「そうだ。ミアのことを、きっと可愛がってくれたよ……」
「うん。はじめまして、ヴァシリ・ノーヴァさん。ミア・マルー・ストラウスです。お兄ちゃんの、妹です」
ミアがオレの茶番じみたノリに付き合ってくれている。お前のその慈悲が、オレにはたまらなく誇らしいし、うれしかったよ……。
ジャンは、ゆっくりとその老人のもとに歩き、彼のそばで泣き崩れていた。
「……ああ!!あ、あのときは……ッ!!あのときは……あ、あなたの腕を、噛んでしまって、もうしわけありませんでした……ッ」
「……ジャン」
「なんて、お礼を申したらいいか……礼儀も知らない僕には、ほんと……分からないんですけど、あなたの、おかげです!!あの夜に、あ、あなたが……ぼ、僕を許してくれたから……救ってくれたから……おかげで……僕は……生きられました……ッ」
ジャン・レッドウッド。『ゼルアガ・アリアンロッド』により、その身に流れる呪われた『人狼』の血を、発現させられた男。
捨て子だったのか、孤児だったのか。
出自は本人さえも知らぬままに、物心ついたころには孤児院にいたそうだ。
その孤児院は、悲惨な場所だったらしい。暴力、性的虐待、人身売買……悪い噂の付きまとう、クソみたいな施設なのさ。
そこで、ジャンの人生は始まってしまった。悲惨なことのオンパレードであっただろう幼少期の終わりに待ち受けていたのは……悪神に『人狼』として覚醒を強いられるという悪夢だった。
そして、呪いを覚醒させたジャンは、同じような境遇であろう孤児たちと、善悪どちらの要素も持つ親代わりのスタッフたちを全員食い殺してしまった。
そのとき……ヴァシリ・ノーヴァが現れた。きっと、悲鳴に満ちた孤児院へ、鎧をガチャガチャさせながら、走ったんのさ。貧しい孤児を二人も引き取るような男だ。孤児たちの悲鳴を……聞き逃せるような男であるはずがない。
彼は、腕に噛みついてきたジャンを……許してくれた。
「……ヴァシリ・ノーヴァ代表。オレの部下を救って下さり、ありがとうございました」
「団長ぅ……っ」
「ほらほら、ジャン。おじいちゃんにね、謝ってばかりいても、喜んではもらえないんだよう?」
「み、ミア……?」
「お世話になったときは、ありがとう、でいいんだよ!だよね、お兄ちゃん!」
「……ああ。そうだな、賢いぞ、ミア?……なあ、ジャン!」
「は、はい!!」
そして、狼男は立ち上がる。
かつて、あまりにも不幸でみじめで世界でいちばん泣いていたガキは、やせっぽっちじゃあるが、一人前の男になった。ヤツは、大人であることを証明するために、そでで涙をぬぐうんだ。
そうさ、大人の男には、涙は似合わねえ。とくに、十年ぶりに会う『恩人』に礼を言うときぐらいは、カッコつけて言うべきものさ!!
「ありがとうございました!!あなたに、あのとき救っていただいたおかげで、僕は生きています!!……おかげで、僕は、また『家族』に会えました!!僕は、この『家族』のために……貴方のように、命がけで、戦ってみせます!!」
うん。
そうさ。
それで……いいんだ。
ジャンよ、その言葉こそが、ヴァシリ・ノーヴァの耳を通り、魂の奥底にまで届くに相応しい言葉に間違いねえぞ……。
―――そして。
そして、『ゼルアガ・アリアンロッド』の呪いは始まるのさ。世界がゆっくりと昏くなる。窓の外を見れば分かる……太陽を、灰色の雲がおおっていく。これが、ヤツの『権能』かよ……。
「ああ、呪いがシャトーの全てを覆っていく……ッ」
アリアンロッドの気配に気づけるジャンが、この現象を説明してくれた。そうだ、想像していた通りのことが起きているらしいな。
「……アリアンロッドはいるのか?」
「いいえ。遠くにいるみたいです。ここにはいない……警戒しているみたいです」
「なるほど。用心深い性格か。変人すぎてアホだった妹よりは、厄介みてえだな」
しかし。なるほど、アリアンロッドが近くにいなくても、『権能』の力は発揮されているようだな―――?
ならば……きっと。
オレは、どこか期待を込めながら、ヴァシリ・ノーヴァの死に顔を見つめる。
そして、彼の死体に語りかけるのさ。
「……おい、ヴァシリのじいさま?」
死人の口元が、ニヤリと歪む。
にごった死人の瞳がギョロリと動いて、オレと目があったのさ。
『……フフフ。やはり……北の地より、戻ったな、若き竜騎士よ……』
老騎士ヴァシリ・ノーヴァが、青ざめた死人の唇を動かしながら、そう言ったのさ。
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