第五話 『我は、冥府の剣をたずさえて』 その7



 ―――吹きつける氷のつぶてを、突破して。


 黒き翼は、ブリザードのなかを進撃する。


 その翼は力強く、竜騎士は腕で妹を抱えながら、牙を剥く。


 歓びから来た、その貌だ、翼の成長を、牙で愛でる。




 ―――ミアは、ゴーグル越しの視界の果てを見て。


 好奇心のままに、笑顔になる。


 やがて、最強の女竜騎士になる暗殺者は、嵐の味を舌で舐めた。


 いつか巡り会う、彼女の『翼』は、竜巻さえも切り裂くのさ。




 ―――ジャンには過酷な初飛行、空の怖さを百倍知った。


 うなる風の音は、暴力そのもの。


 わからない、なぜ、この兄妹たちは、爆笑しているのか?


 笑ってみよう、団長に近づくために、覚悟はするも引きつる笑顔。




 ―――ゼファーは挑んでいる、己の翼が、嵐を屈服できるのか?


 ぐもんである、われは、あーれすのまご、くろきえいゆうのかぜ!!


 風に嬲られるほどに、無垢な翼は傷を知り、痛みを上げる。


 だが、そうであるほどに、勝利の味は美味いのだ!!




「ハハハハハハハハハハッ!!いい嵐だなあ、ゼファー!!」


『うん!!たおしがいが、あるッ!!』


 牙を剥いて、翼にさらに力が入ているな。あふれる闘志が熱量に化けて、竜の背中が炎のように熱かった。ロロカのくれた『ネグラーチカ』のコートが最高の仕事をするぜ。ほんと、どんなモンスターなのかね?


「ミア、だいじょうぶか?」


「うん!!雪のおかげでね、風が見えるの!!今なら、なんか、掴めそう!!」


「フフ。やはり、お前は竜乗りの才能がある」


「リエルよりも?」


「ああ。それどころか、竜騎士としての才なら、うちの兄貴たちよりもあるかも」


「そーなの!!よっしゃああああ!!ゼファー!!私の竜を、探し出せえええ!!」


『うん!!いつか、そのうちね!!』


 ……ホント。嵐を『見て』、爆笑するなんてよ?ガチでストラウス的な思考だぜ。ミアは……オレの妹になるべくして、生まれてきたのかもしれないな。


 オレは左腕のなかにいるミアを、ぎゅーっと抱きしめる。


「にゃはは♪セクハラされたあ!!赤ちゃん出来ちゃうー♪」


「人聞きが悪いぜ?家族愛だ」


「……ううッ」


 背後に不穏な気配を感じる。オレは、怖いけど、訊いてみた。


「……ジャン。吐きそうなのか?」


「……す、すみません……ガマンします」


「あ、ああ。もう少し飛べば、平原が見えるはずだ。そこで休憩しよう」


「ええ?まだ、ブリザードと遊びたーい」


「ジャンのゲロの散弾を浴びるのは、オレなんだぜ?」


「ジャン。吐いたら、殺すね。お兄ちゃんを汚していいのは、私とリエルとロロカだけ」


 うおおお。ミアったら、オレへの愛がちょっと病的?……でも、ちょっと感動。オレのために、ジャンを殺すんだって?


 へへ。オレのために、オレの妹が殺しまでやってくれるんだぜ?……最高だな。ああ、ダメだ。オレもヤバイ。『ゼルアガ・アグレイアス』戦の後遺症で、シスコンが加速している―――っ!?


「ぐお……ぅッ」


 チッ。マズいぜ。ジャンのヤツがそろそろ限界っぽい。さすがに、ゲロのシャワーを浴びるのはイヤだ。そのあと、ジャンにナイフを刺すミアとかを目撃するとか?……カオス過ぎるわ。


「ゼファー!!……次の風に乗れ。ジャン、いいモノ見せてやるから、吐くんじゃないぞ。いいな、絶対に吐くなよ?」


 ……クソ、期せずして、フリみたいになっちまったぜ。ただ念を押しただけなのに。頼むから、ギャグのセンス見せつけようとかして、吐くんじゃねえぞ?……オレは、そういう実害のあるギャグは嫌いだからな。


「ゼファー!『風』が、来たよ!!『これ』に、乗って!!」


『……うんっ!!』


 ミアがゼファーの『風読み』を超える。オレは思わず、感嘆の声を漏らす。そうだ、才能を感じたのさ。ミアは、オレという本職の竜騎士と同じように、『風』を読んだ。完璧にね。


 悪天候時、飛ぶことで必死の竜に、暴れる『風』の情報を渡してやる。それが、竜騎士の仕事のひとつだが……ミアは、竜の背に乗ってせいぜい半月程度だというのに?初めてのブリザードを、『見切った』。


 『風読み』の才能だけならば、ミアはすでに竜騎士と同じレベルに達している。風の魔力に愛される妖精・ケットシー族ならではのことかもしれないな。やがて、風を読む力ならば、オレを超えるかもしれない。


 ゾクゾクさせてくれるぜ、我が妹ミアよ……お前は、やはりどこまでもストラウスに相応しいではないか?お前は、我が先祖たちの生まれ変わりなのかもしれんな。


 ―――ミアの言葉に動かされ、ゼファーが斜め下方から突き上げるように襲いかかってくる風に、乗ってみせる。翼を広げて、その突き上げを我が物とする。掌握した風のおかげで、ゼファーの体はあっという間に天を目指して昇っていく。


 三半規管が刺激されているのだろう。ジャンが、うなるのが聞こえた。


 だが、それよりもゼファーの成長が見物だった。


 風に乗ったゼファーは、今ではほとんど垂直に飛んでいる。風と翼の動きが完璧にシンクロしていなければ、この挑戦的な飛行は失敗しただろう。


 だが、ゼファーは初めてのブリザードのなかを、オレやミアのアドバイスを受けながらではあるものの、見事に天を目指して飛翔していく……ああ、うつくしいねえ。


 もしも、絵描きにこの飛びっぷりを目撃されたら、不眠不休でゼファーの絵を描くに違いない。そして、オレは、ちょっと高くてもその絵を買ってしまうだろう。


 完璧な飛行は、雲を突き破り、フィナーレを迎えた。


 ゼファーの体勢が垂直から、ほぼ水平へと戻っていた。


「……おい、ジャン。目を開けてみろ?」


「え?は、はい!!……って、え!?あ、嵐が、消えている?」


「さすがに消えてはいないさ、嵐の『上』にいるだけだ」


「え?……ほ、ほんとだ……っ。下を見たら、残酷な時の海の波みたいですね」


 うねる灰色の雲を、波と見たか。ふむ、悪くない感性だぜ、ジャン。


「詩的な表現だ。ほら、それに、上空を見ろ?星々と、大きな月が見える」


 そうだ。嵐の上は、静かである。


 そして、夜空には星々の海が広がり、ゼファーが嵐を屈服させた偉業の証人である彼らは、優しげな星の光で、ゼファーを祝ってくれていた。翼よ、氷の嵐を超えるとは!


 ああ、もちろん。


 夜空には月の姿があった。ほとんど欠けることのない球体の月、その光はジャン・レッドウッドへ祝福を与えている……どういうコトかって?まあ、ヤツ自身の言葉で確かめようじゃないか。


「ジャン。体調は?」


「え?あ、はい。月の光のおかげですね。酔いが消えちゃいました」


 人狼の不思議で笑える体質のひとつだな。銀製品に弱いとかと一緒だ。まあ、これに関しては、ヒト以上に損しているワケではなくて……むしろ、得だよな。


 彼らは『月に愛されている』ようだ。理由や理屈は分からんが、月から魔力を供給されるらしい。エルフが森から力をもらったり、あるいは竜騎士が竜から生命力を分けてもらえるのと同じような『特権』だろう。


 ジャンの胃袋は痙攣を治癒し、オレのおろしたばかりの『ネグラーチカ・コート』にゲロを浴びさせるということは無いだろう。


「おい、ジャン。どうだ、空を飛ぶ楽しさを、今なら感じられないか?」


「……は、はい。そうですね。今は、少し……団長とミアが竜の背で笑う理由が、分からなくはないかもしれないです」


「いい進歩だ。まあ、おいおい慣れていけ」


「はい」


「戦場でゼファーと連携を取れるようになれば?お前の索敵範囲は劇的に上がる。お前の武器は何だ?」


「……体力。それだけなら、団でも一番だと……思います」


 団で一番。そうだな、よく、その言葉を言ってくれた。お前も、この旅で磨かれた部分は多いだろう。


「そうだ。全てで一番でなくとも良い。何かで一番になってくれ。そうなれば、お前はより誇りを持って戦えるようになるんだ」


「は、はい!!精進します!!」


 フフフ。いい傾向だぜ。ジャンは最高の偵察兵/スカウトに化けるはずだ。ゼファーを上回る索敵能力を持っているからな。


 足りないのは、戦闘技術か。今度、『ザーラ修道院』にでも、武者修行に出してみるか?体術を極めたモンク/僧兵たちの集団にもまれれば、悪くない結果を得られるかもしれない―――。


 そうだ。オレたちには結束もだが、更なる個々の能力向上も必要だろう。なぜならば?オレたちに敗北できない理由が……また一つ、これから出来るのだからな。


 南の空の果てを、オレはにらむ。


 ヴァシリ・ノーヴァは……おそらくザクロアの城壁砦を出ているだろう。


 それよりも、ずっと東の『ルルカン』か『ヘッドリー』……かつての貴族統治時代に支配階級の屋敷/シャトーだった場所を要塞化した前哨基地。そのあたりに、精鋭たちと共に潜伏しているのかね。


 ……そこで今ごろ、最後の晩餐でも楽しんでいるのかもしれないな。


 年代物のワインを開けて、浴びるようにアルコールを楽しんでくれていたら、嬉しいぞ。すまないな、友よ。その酒宴に、オレが参加することが出来なくて……。


 ―――そうさ。オレは、彼らが『生きている内』に会えることは、もうないのだろう。


 なぜか?


 ヴァシリのじいさまの騎士である『ミストラル』が、情報を開示したんだぞ?オレがゼファーで飛んでも、間に合わない状況だから、ヤツは教えてくれたに違いない。


 そうでなければ、悪神の奴隷となるその邪悪な儀式を、オレに妨害される危険性だってヴァシリ・ノーヴァたちにはあったんだ……彼らは、オレのそんな介入を喜びはしなかっただろう。


 『死霊』と化してまで……彼らは、第五師団と戦おうとしている。


 だから。


 だから……せめて、オレは彼らの旅立ちを、網膜に焼き付け、心に刻むべきなのだと考えているのだ。


 とんだ自己満足かもしれないが、意味はあるだろう。彼らに対しての、せめてもの弔いではないだろうか?


 ……オレたちはそのまま2時間ほど飛行をつづけ、さすがにミアの小さな体が疲弊し始めた頃、雪原へと着陸していた。


 三人でリエルの持たせてくれた弁当を食べる。魔術のかかった、大きな水筒のなかに入った肉系スープさんだよ。


 ほんと、エルフ族の魔術は芸が細かいな。今まさに鍋から取り出したばかりのような熱を帯びてくれている。


 それを飲めば?手足まで冷え切っていたオレたちの肉体は、温もりに満たされる。


 ああ、例の『ネグラーチカ』の肉は、脂がたっぷりとついていて美味かった。たしかに、牛肉のような弾力もあるが、そこまでではない。鶏肉のように一度歯が通ると、スッと噛み千切れてしまう食感があった……。


 さすがは謎のモンスターの肉だけはあり、食べたことのない味だが、かなりイケる肉だったぞ。いつか、最北の地にいる『ネグラーチカ』を狩ってみるのもいいね。罪悪感を抱くほどの愛らしい見た目でなければいいが……。


 腹を満たしたオレたちは、テントを張ってそこで寝る。時間節約のために、テントは一つだけ。オレは当然ながら、ミアとジャンのあいだに君臨し、狼野郎がマイ・スイート・シスターに指一本でも触れることがないように、護衛となった。


 寝ているとすぐにミアがオレの毛布のなかに入ってくる。お子様であるミアの体重は軽い、その体温は外気に簡単に奪われてしまう。


 だから、オレは彼女を抱きしめて、オレの体温を分けてやったのさ。ミアは、すぐに安心したかのような寝息を立て始める。


 ジャンは……しばらく考え事をしていたようだ。ヴァシリのじいさんのことだろうか?話し始めると、その会話は長くなってしまうように思えて、オレはあえて彼に言葉をかけることはなかった。


 オレたちは疲れている。長距離移動に、『ゼルアガ・アグレイアス』との戦いに、さっきの『ミストラル』の襲撃だからな。そして、この深夜の大飛行。疲れていないはずがないのだ。今は、少しでも睡眠を取って、体力の回復につとめる。それが、猟兵の仕事なんだぞ。


 オレはミアの寝息に誘われるままになって、すぐに眠りの世界へと落ちていった―――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る