第五話 『我は、冥府の剣をたずさえて』 その6
―――大いなる知恵を持つディアロスの学者は、錬金術の知識を用いるのだ。
秘宝の台座についていた水晶の破片、それを叩いて、溶かして分析する。
科学は秘宝のレシピを解き明かし、術の概念を記述する。
あとは、恋敵に任せよう、ああ、ソルジェ・ストラウス、罪な男。
―――リエルは計算式を描きつつも、女の勘は恐ろしい。
少女は問うのだ、お姉さま、ソルジェを愛しているのですか?
女は、逃げずに答えていたのさ、少女の手をしっかりと握り。
ええ、あのヒトを、愛しているわ、あなたと同じように。
―――二番目の妻になりたいの、ダメかしら?
エルフの少女の愛は強い、闘争からは逃げたりすることはない。
わかったわ、だけど、あいつの一番は、渡さない。
そうして、猟兵女子どもは、不敵に笑い、作業に戻る。
―――恋人が多いなんて、騎士道物語の主役そのもの。
ソルジェ・ストラウスよ、君はそういう意味でも真の騎士。
それでも、君の本質は変わることはない。
竜と共に在るのが、ストラウスの剣鬼、君は、戦場を愛してる。
―――今の君には、愛は無い。
ただただ、その眼は戦場に、流れる悲劇の歌をにらむ。
そうだよ、飛べよ、君の竜の翼で。
君は、新たな『魔王』として、彼らの旅路を識る義務があるのだから。
……そうだ。オレは行かねばならない。ヴァシリのじいさまの覚悟は、彼を主と呼ぶ騎士・『ミストラル』から伝えられた。その覚悟に偽りはないだろう。
ヴァシリ・ノーヴァとその1000人の部下たちは、『ゼルアガ・アリアンロッド』と契約を交わし、『死霊』となって……ザック・クレインシー将軍のファリス帝国軍第五師団、三万五千の兵どもに突撃していく。
その戦力差は35倍だ。
正気の沙汰とは思えないだろうが、彼らは実際にそれをやるのだ。
なぜか?
……このオレに、『勝利』を与えるためだという。
ならば……?オレは彼らを見届ける義務があるじゃないか。
空を見る。オレの左眼は夜でも空を見分けられる。曇天だ。いいや、風の臭いから分かるぞ。嵐が来る。ブリザードだ。死ぬほど冷たく、氷のつぶては怒りを帯びたように残酷な鋭さで、ゼファーの翼を痛めるだろう。
「……ムチャな旅になる。それでも、頼んでいいか、オレのゼファー?」
幼きお前に、こんな質問をするのは……残酷だと思う。お前の無垢につけ込むようなことをして、すまない。
「……これは、オレのエゴだ。こんなことをしても、未来は変わらない。それどころか、お前の翼に新たな傷を負わせることになるだけだろう……それでも―――」
『―――『どーじぇ』は、じーじに、あいたいの?』
ゼファーはその金色の瞳でオレを見つめてくれながら、そう訊いてくれる。オレは、すまないと思いながらも、うなずいていた。
「ああ!!……彼らは、オレに未来を預けてくれるのだ!!オレたちに、勝利をくれるために、とても残酷で、とても苦しい目に遭うのだ!!……邪悪な神と契約して、死霊になるんだ。それは歌われることもなく、むしろ、穢れて不名誉な行いと罵られるかもしれないのに……ッ」
誇り高き騎士たちは、それでも、その誇りを捨ててまで、オレに未来を託したいと願ったようだ。
「……オレは、会わなければならない……彼らの痛みを知り、背負う必要があるんだ。そうでなければ、オレに、これからの日々を、生きていく価値などないッ!!」
『……うん。『どーじぇ』が、そうのぞむなら……ぼくは、とぶ!!』
ゼファーが闇のなかに大きな翼を広げてくれる。その翼は、このあいだの戦で、傷を帯びてしまっている。戦場での痛みを知った、真の竜の翼へとなろうとしているのだ。
オレは、それが誇らしくてたまらない。
ストラウスの本性は、狂戦士だ。戦いに染まっていく翼と共に在るのが、オレの最大の幸福なのだ。竜の翼を見ているだけで、心臓は音楽のように弾み、顔は、大いなる喜びにあふれて笑顔となるのさ。
「……ありがとう。オレのゼファー!!」
『さあ。いこう!!』
「ああ!!」
「ちょーっと、待ったあああああああッッ!!」
我が妹の声が『バロー・ガーウィック』の冷たい夜風を切り裂いて、ダイブして来たその小さな体を、オレの両腕が受け止める。
「……ミア?」
「うん。ソルジェお兄ちゃんの妹のミアだよっ。一人で行こうとしてた?」
「……ああ。これからブリザードの中を突破する。死ぬほど寒い」
「フフフ。そんなお兄ちゃんに、ケットシーの温もりをプレゼント」
「……ん?」
「……にぶいなあ。私も、ついていってあげるんだよう?」
「おいおい。メチャクチャ寒いんだぞ?」
「だから、温め合いながら飛べばいいんだよ!!ほら、ジャン!!遅い!!」
「ああ!!お、お待たせしましたああ!!」
相変わらず下っ端属性の抜けない男だ。ジャンは毛皮を両腕に抱え込んだまま、この場にやって来る。しかし、なんだ、『それ』は?
「なんだ、その毛皮?……見たことないぞ、白と赤が混じっている?」
「―――それは、『ネグラーチカ』の毛皮なんですよ、ソルジェさん」
ロロカ先生がオレのところにやって来る。ジャンから『ネグラーチカ』とやらの毛皮を奪って、オレにそれを着せていく。
「おお。ムチャクチャ温かい」
「『ネグラーチカ』は、ここよりも更に寒い土地に生息する、モンスターの一種なんですよ。白い毛色に、赤が混じっている、可愛いモンスターです」
なるほど、その可愛いモンスターさんの毛皮を剥いで、コイツを作るってわけかよ。
「うむ。いい感じだ。これなら、ブリザードも耐えられそうだ」
「ミア。あなたの分もあるわ!!こっち来なさい!!全身を覆うのよ、凍傷になったら大変なんだから!!」
「はい!!ロロカ、着っせてッ!!」
ミアがロロカ先生に甘えているぜ。ロロカは母性的な笑みを浮かべながら、オレの妹に『ネグラーチカ』の毛皮の防寒装備を着せていく。
うむ!すぐに、白くて赤くてフワフワにデコレートされた、オレのマイ・スイート・シスターが完成するぜ!!
「お兄ちゃん、変身完了だぞッ!!」
「おう!!温かいよな、コレ!!」
「うん!!まちがいない、この確かな実感!!絶対に、ブリザードとか、ウルトラ余裕ッ!!」
「……ま、まあ、ムチャしないでね?本当に、寒いのよ。あと―――リエル?」
「うむ。弁当を作っておいたぞ?」
オレの恋人エルフさんが、なんだかドヤ顔で包みを持ってきてくれたぞ。
「ほら。魔術の保温つきだ。氷河につけても、この水筒の中身は五時間は熱湯のままだろうな?」
「本気出すと、スゲー器用だな。肉は?」
「もちろん、入れてあるぞ。肉のシチューだ。脂もたっぷりの、『ネグラーチカ』の肉だぞ!!」
うん。また『ネグラーチカ』が有効利用されているな。しかし、どんな生物だ?
「うんうん!『ねぐねぐ』に捨てるとこなんて、ないねえ!!」
「ミアはくわしいのか?」
「うん!さっき、食した。リエルが作っているのを、つまみ食いしたら、美味しかった」
「どんな肉なんだ?」
「鶏肉と牛肉のあいだみたい。でも、脂の付き方は、ポーク?」
「……美味そうな肉ってことしか伝わらないな」
「それが伝われば十分だろう。ほら、落とすなよ?」
「ああ、君の愛妻弁当だ。落とさないよ」
「うむ。そうだぞ、お前の『一番』は、私だからな?」
リエルがニコニコしたまま、どこか迫力を帯びた声で言った。『ネグラーチカ』の毛皮のコートの下で、オレの体から汗が浮かぶ。
「……お、おう?」
「でも。『二番目』は、絶対に私ですから」
ロロカがニコニコしたまま、どこか迫力を帯びた声で……って、何だ?これ?リエルとロロカが左右から笑ったまま近づいてくる。
オレは、知っているんだぞ?笑顔って、攻撃のために獲得した表情だって、ガンダラが読めと進めた本には書いてあった。
「……どうした?」
「いいや?愛する恋人の顔を近くで見たいだけだ」
「ええ。愛するヒトの顔を近くで見たいだけです」
「……そうかい。それじゃあ!!」
「え?」
「きゃあ!?」
オレはリエルとロロカの二人を左右の腕で抱き寄せていた。
「ちょ、ちょっと、こら、やめろ!?ミアが見ているんだぞ!?」
「そ、そうです、子供の前で、三人でなんて!?」
「バカ言え、ハグしてるだけだ」
君らは、オレをどんな変態野郎だと思っているんだ?……ロロカ先生ってば、大人女子だけあって、発言にちょっとパンチがあったな。『三人で』?ナイス・アイデアだ。
それは、そのうちやってみるとして、今は、ちょっと家族ごっこしようぜ。
「……援護は任せるぜ、リエル、ロロカ?」
「うん。任せておけ、姉さまとアリアンロッド対策の魔術は、完成させる」
「はい。ユニコーン部隊で、南下していきます。合流は、二日後……ムチャはしないで」
「ムチャしない。ミアもゼファーも、オレが守るさ」
「なら、いいんだ。信じている。見て来るんだ、お前に未来を託した勇者たちの歌を」
「ええ。後の細かなことは、こっちにお任せ下さい」
「……ありがたいぜ。なあ、二人とも?」
「なんだ?」
「なんですか?」
「この戦が終わったら、子作りしようぜ」
リエルとロロカの顔が、ゼファーの舌みたいに真っ赤になっていく。でも、拒否の声は聞こえないし、その態度もない。なら、約束できたんだろうな。
「ハハハハ!!よーし、色んな意味でやる気が出て来たぞッ!!ゼファー!!歌え!!」
『GHAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHッ!!』
「こ、こら、そんなタイミングで歌わせるな!?」
「そ、そーです、なんですか、子作り大宣伝みたいな感じですが!?」
「さて!!行くぜ!!ミア!!ゼファー!!」
「ラジャー!!」
『うん。のって!!』
ゼファーが首を下げて、オレは飛び乗り、ミアも「合体!!」と言いながら飛び乗った。さあて、それじゃあ―――。
「す、すみません!!」
「ん?……どうした、ジャン?」
そこには『ネグラーチカ』の毛皮を着込んだ、細身の男が立っていた。
「あ、あの、団長。ラブラブなところ、申し訳ないのですが……」
……バカだな。知っているさ。
「来い!!ジャン!!お前が恩人の最期を見ないで、誰が見るというんだ?……お前はオレの背中にくっつけ!!」
「は、はいッ!!」
そして、ジャンが初めて竜の背に乗った。
「あ。うろこ、固い。でも、温かいんだ、ゼファーって」
『じゃん。おちるなよ?』
「う、うん。だいじょうぶ、団長にしがみついておくから」
……まあ、いいんだが。ホント、ゲイじゃないよね?オレは完全に君の性癖を信用しているワケじゃないことを覚えておけ。
変なトコロを触ろうとしたり、オレのケツに謎の固い物体を押し当てようとすれば、オレは容赦なく雪原に君を投下するぞ。
「ミアも、お兄ちゃんとドッキングしてるから、大丈夫!!」
おお。マイ・スイート・シスターがオレの胸に顔を埋めてくるぜ。よし、お前はそれでいい。君がもしも落ちそうになったら?お兄ちゃん、大蛇より強く、君のことを腕で締めるよ。
「よし!作戦は完全にして無欠だぜッ!!ゼファー!!離陸だッ!!」
『うん!!とぶよー、みんな!!』
ゼファーが羽ばたいて、夜空へと舞い上がる。
冷たい風が、まつげを凍らしそうになる。だが、瞬きすれば、氷は溶けたし。『ネグラーチカ』の毛皮のおかげで、寒さは全くない。
ミアはいつもの爆笑で、ゼファーの飛翔を称えている。
ジャンは……震えているな。
「こわくない、こわくないよ。だ、だって、落ちても、これぐらいなら、僕、死なないし。危なくなったら、団長にしがみつけばいいし」
「ああ。まあ、そんなに危ない飛び方はしねえから、不安がるな。お前なら、大丈夫」
「は、はい!!」
……フフ。死霊に絡まれまくりのクソみたいな旅だったが、収穫は大きい旅立ったかもな。オレたちの結束は、また強まっている。
いいか?群れの強さは、それで決まるんだ。
オレたちの最強っぷりは、日々、強まっているぜ……ッ。
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