第五話 『我は、冥府の剣をたずさえて』 その5
世界のひとつぐらい、帝国から守ってみせろだと?……まったく、アーレスといい『ミストラル』といい、三世紀前に生まれたような連中は、とんでもない要求をさらりとして来やがるぜ。
だが……そうだな。ファリス帝国に勝利する。それが、オレの最終的な目標であることには変わらない。オレたちは、そうだ、勝利せねばならない。誇りを捨てたとしても、だ。
しかし―――だからといって、このまま『鉄血同盟』の友たちが、未来永劫のオモチャにされるのを見過ごすわけにはいかない。
「……おい、『ミストラル』よ」
『なんだ、ソルジェ・ストラウス』
「……お前に訊くのは、いろいろとおかしいことじゃあるんだが……」
『ならば訊くのをやめればいい』
「ハナシの腰を折るんじゃねえよ。なあ、教えてくれないか、『ミストラル』。『ゼルアガ・アリアンロッド』は、どうしたら倒せるんだよ?」
このアホみたいな質問に、この死霊の騎士はどう答えるんだろうか?……待っていたのは沈黙。
うむ。空気が冷え込むな……正妻候補の顔も、第二夫人候補の顔も見るのが、なんだか怖い。すっごい呆れた顔しているんじゃないかって思う。だから、見ないぞ。
よし、ミアの顔を見てみよう。うん、目が合った。今夜も大きな黒目が可愛いな。ああ、ニッコリとスマイルをくれる。うん、お兄ちゃん、妹成分チャージ完了だぜ。
『……貴様、本気で、我にアリアンロッドさまを倒す術など、訊いたのか?』
「ああ。お前が一番詳しそうだからな」
『バカな。我が、アリアンロッドさまの弱点を、そう素直に教えるとでも?』
「……いいや。でも、今ので分かったこともある」
『……何?』
オレは口元をニヤリと歪ませる。視界のすみでは、ミアもオレの顔まねしてニヤリとしているぜ。フハハ!どうだい、この牙。ストラウス兄妹のスマイルは、凶悪だろ?
「……あるんだな、『弱点』―――」
『……ぬうッ』
「おお、ソルジェ、やるな!!」
「ええ!さすが、ソルジェさん!!」
「お兄ちゃん、クール!インテリだあ!!」
どうだ、オレの子を産む女たちよ?バカを利用した巧妙な話術を?ダテに、経営者やってませんからね?尊敬してくれ、この知性を。
『教えんぞッ!!』
「だろうね。まあ、弱点がある。それだけでも分かったのならいいさ。おい、『ミストラル』」
『なんだ……我は機嫌が良くはないのだぞ』
そりゃそうだろうな。言葉遊びにハメられたら、大人ってフツー怒るもんね。からかわれたような気持ちになるさ。だから、サービスしてやる。
「剣を抜けよ」
『……ほう。面白い。ここで決着つけようというのか?』
「いいや。一撃だけ、勝負してやる。アリアンロッドを倒せるってコトを教えてくれた礼にな」
『……ふむ。一撃だけか、まあ、いい。お前の技量は知っている』
「オレも、テメーの技量は知っているけどな」
『……後悔しても、遅いぞ』
「すると思うか?ストラウスの辞書に、勝負事へ関する後悔なんて無いんだよ」
『……だろうな』
『ミストラル』がその大剣をブオンと振って構え直した。うん、さすがは三世紀も悪霊やりながら剣術の高みを目指し続けている男……まったくの隙は無い。
オレも、竜太刀を抜くのさ。
「これは一種の力比べだ……お互い全力で一撃だけぶつける。それでいいな?」
『了解だ』
「そして……オレが勝ったら、アンタは一つだけ答えて欲しい」
『アリアンロッドさまの弱点についてなら―――』
「そんなクソみたいなことは、どうでもいいんだよ」
『……っ!?』
「……お前は、この三百年のあいだ守り続けた『騎士道』を……捨てるのか、それとも、捨てないのか。それだけでいいから教えやがれ」
『……ああ』
そして―――オレと『ミストラル』はお互いをにらみつけながら集中していく。時間の流れが遅く感じられるほどに集中する。お互いを、監視し合う。探り合う。知り得る限りの全てをね。
構えた剣に雪が落ちる。オレのにも、ヤツのにも。オレの炎のように赤い髪にも、雪が触れて……そのとき、オレたちは始めるのさッ!!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
『ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』
大地を踏み抜き、オレたちは加速する。全身を把握している。そうだ、攻撃する前からすでにオレたちは察知し合っている。これは、ただの全力を乗せただけの斬撃だ、どんなにそれが速かろうが、どんなにそれが強かろうが―――読むのは容易い。
技巧を用いない、裏表のない、ただただ純粋な力勝負なのさ。
竜太刀と死霊の大剣が夜空を走り、お互い目掛けて衝突するッ!!
ガギュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンッッ!!
鋼が歌い、刃がこすれて火花が散る。
そして、静止状態が訪れる?いいや、ごくわずかにだが、振動し合っている。オレと『ミストラル』の腕力が、今そのとき、よりどちらが強いのかを証明しようと必死だった。
そうだ。
お互いチャンスは一度限り。
そういう約束だからね、だからこそ、この瞬間に、もう一度、力を込めるッ!!
「おらあああああああああああああああああああああッッ!!」
『ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!』
力は拮抗し―――それゆえに、剣の強さが結末を決めていた。
『―――ぬうッ!?』
バキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンンッッ!!
アーレスの竜太刀が、『ミストラル』の大剣を、昨夜に続いてへし折っていた。
折られた刃の尖端が、夜空にくるくるとした軌跡を描いて、やがて大地を白く包む雪へと落下していく。
「フン……力と技術だけなら、互角だったが―――」
『否。より強い武具を用意しておけるかも、武人の強さの内だ』
「ああ。知っているさ、そんなことはな。つまり、勝者は、オレだ。答えろ?さっきの質問の答えをな?」
『……己の騎士道は、最期まで貫く……それは、変えるつもりはない』
「そうか。ならば、いいさ」
そしてオレは竜太刀を背中の鞘に収める。
「……仲間の死霊どもを率いて、今夜は引け」
『……我を、討たないのか?』
「テメーには、まだすることがあるだろ?……『バイオーラ・フェイザー』のためにな」
『……ッ!!』
「違うか?テメーは、そのために、今まで死霊になっても『生きてきたんだろう』?」
『……ああ。まあな』
「だから、逃してやる。色々と教えてもらった礼だ」
『……うむ。では、ザクロアで再び』
「ああ。そのときに……テメーの騎士道を示してみせろ。『ミストラル』、お前が本当に今でも自由のために剣を振るうザクロアの騎士なのかを、オレに見せてくれ」
『……言われなくとも、そうするさ―――では、『パンジャール猟兵団』の諸君。さらばだ』
ヤツはそう言い終わると口笛を吹いた。
氷の猟犬やアイス・スケルトンどもの動きが、ピタリと止まっていく。そして、『ミストラル』が歩き出すと、猟犬たちは彼の周りを護衛するように取り囲み、彼の歩みのままに南へと向かってゆっくりと歩いて行く。
ディアロスの戦士たちが、ヤツらを追いかけるかどうかを迷っていたが、酋長の娘であるロロカお嬢さまが、彼らに命じていた。
「行かせなさい!!疲弊し、戦を控えた今、これ以上、魔物相手に不必要なケガをすることもありません!!」
「は、はい!!」
「了解です、ロロカお嬢さま!!」
「よろしい!……では、すぐに負傷者の手当を開始してください」
「ハッ!!」
ロロカ先生の命令に従って、ディアロスの戦士たちは負傷者を救助するために、右へ左へと散開していった。
「……ヤツは、敵だと思うのだが、これで良いのか?」
リエルちゃんがオレに質問をぶつけてくる。当然な言葉だね。オレと互角の戦闘能力を持つようなモンスターを、野放しに?……しかも、彼は二晩連続で襲ってきたようなヤツだしね。
「でも、全員で剣を失ったヤツを倒しちまうのも、どこか卑怯だし、つまらない」
「そんなことを言っている場合か?」
「……それに。あいつは……『奥の手』を持っているしな」
「ん?昨日の、アレか?変身?」
「え?ああ……そうか、リエルは聞いていなかったな。アイツの腹の中には―――」
「―――『憑依の水晶』があります」
うちの副官がつづきを言ってくれた。そうだ、ロロカも悟っている。オレは魔眼で見えてしまったが、彼女には『水晶の角』があるからね。
水晶同士、こうピンと来るもんがあるんじゃないか?……いや、冗談じゃなくて、彼女たちの一族に伝わる秘宝だしね、オレよりは詳しいだろう。たとえば、砕けたかどうかぐらいは、『音』で知れるんじゃないか。
そうさ、オレには魔眼で見えたぞ、ヤツの腹の中で、『憑依の水晶』は、まったく砕けちゃいない、『健在』だ―――。
「ふむ?……そいつは、何をする道具だ?」
「詳細は知らないが、『ゼルアガ』を殺すためのアイテムだ。全ての『ゼルアガ』に効くのかは知らない。でも、アリアンロッド自身が破壊しようと『ミストラル』を送り込んだということは、少なくともヤツにはかなり有効なモノなのだろう……」
……それに、『ミストラル』の野郎、『これはあの方の術さえ破るだろう』。突拍子もなく、そんなことを言ってきていたからな?……あの変な言葉は、不器用なヤツがオレにくれたメッセージなのだろう。
『憑依の水晶』は、アリアンロッドに『有効』である。
そして、それをアイツが持っている意味?
……かーなり面白いよね。
「……そんなアイテムを、アイツが持っているだと?……なのに、何故、逃がす?殺して回収しないのか?」
「ヤツは、アリアンロッドには『壊せ』と命じられていたはずなのに、壊さずに回収している。つまり反乱の意志があるということさ」
「……こちらに寝返るつもりなのか?」
「いいや、オレたちの敵の敵になってくれそうなだけ」
「最近、どこかで聞いたハナシだな」
第七師団との戦いで、将軍に化けたオレが『ヴァイレイト』の反乱を招いたことを言っているのかな?……でも、それなら知っているだろ?敵を『仲間割れ』させるということは、とんでもなく有効な破壊工作だ。
「アリアンロッドとの戦い方は、オレたちには分からない。でも、アイツが教えてくれたことは多い……『憑依の水晶』は有効そうだとな。ロロカ、アレを複製出来るか?」
「……希少な物質で作られていますから、製造するには時間がかかります」
「そうか、対策は?」
「はい―――『憑依の水晶』を製造することが出来なくても、『術』として再現する……森のエルフの王族であるリエルがいれば、おそらく可能です」
「私が?……『ゼルアガ』対策の魔術をつくる?」
「ええ。物質ではなく、『ポゼッション・アクアオーラ』を……『術』として再現すればいいだけです」
さすが、ロロカ。秘宝の『仕組み』だけを、模倣するっていうのか?
なるほど、ディアロス族の魔力では不可能でも、リエルの魔力ならば、そういったことも可能なのか。やっぱり、『パンジャール猟兵団』は優秀だぜ。
「なるほどな。その『憑依の水晶』とやらに込められていた『術』……それを、私が使えるようになればいいだけか」
「言うのは簡単だが、その作業は難しくないのか?」
「私はリエル・ハーヴェルだぞ?……ロロカ姉さま、魔術の構造を教えてくれ!!十二時間もあれば、再現して撃てるようにするぞ、『ポゼッション・アクアオーラ』を!!」
うちの『マージェ』が本気になってる。これなら、リエルとロロカに任せておけば、アリアンロッド対策は出来てきそうだぜ―――あとは。
「……やはり、行かねばなるまいな」
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