第五話 『我は、冥府の剣をたずさえて』 その4
「……『ミストラル』。ヴァシリのじいさんは、これからどうするつもりだ?」
『―――鉄血同盟の精鋭1000を選ぶ。そして、彼らだけで、第五師団へと突撃するだろう』
「バカな!!自殺行為だぞッ!!」
「そうです!!たった、1000の軍勢で、ザック・クレインシーの率いる、三万五千の第五師団と戦えるはずがありません!!」
ロロカの知性を頼るまでもないことだ。35倍もの軍勢だぞ!?しかも、正面突破なんて小細工の一つも無いじゃないか!!……いくらなんでも、正気の沙汰とは思えない!!
「ふざけるな!!何を考えているんだ、じいさん!?せめて、オレたちがディアロスの騎馬隊を連れて帰るまで、待てばいいだろうがッ!?」
曇った空にオレは吼える。ここからどんなに叫んでも、ヴァシリ・ノーヴァには届かないことぐらい分かっているが、その叫びが、心からあふれてしまっていた。
「無策のまま、仲間を道連れにするだと!?……そんなものは、アンタの騎士道なんかじゃないだろうがッ!!」
「……ソルジェ。もしかしたら、無策ではないのかもしれない」
「え?」
リエルがあのやわらかな唇に曲げた指を当てながら、何かを考えついていた。
何だ?お前のすぐれたエルフの勘は、何を見つけてくれたんだ!?
たのむよ、教えてくれ。オレは今、感情が先走っていて、頭が上手く回ってくれないんだよ……ッ。
「『ゼルアガ・アリアンロッド』だ。ヴァシリ・ノーヴァ代表は、その侵略神と接触しているのだろう?……それも、十年近く前から」
「……アリアンロッドの、『権能/力』を借りているというのか」
「『ゼルアガ』の力は、常識的な力ではない。精神も肉体も鍛えあげられた一流の騎士たちが、その異能の力を授けられたなら?……『千人のミストラル』が生まれないか」
リエルの言葉に、この場にいる『パンジャール猟兵団』の全員が驚愕する。そうだ、オレたちは一つだけ『ゼルアガ・アリアンロッド』の『権能』を見ているぞ。ヤツは、三世紀以上も昔に、ザクロアの土地にいた騎士……『ミストラル』と契約した。
そいつは三世紀以上もアンデッドとして過ごしながら、不死であり異形の傭兵として存在し続けてきたわけだ。幸か不幸か、ヒトとしての意思を、そこまで失ってはいないように思える……。
ロロカ先生がアリアンロッドに対しての予測を始める。
「妹神の『ゼルアガ・アグレイアス』は、『生者』を意のままに操る『権能』を有していました……姉神の『ゼルアガ・アリアンロッド』は……もしかして、その逆に、『死者』が意のままに動けるようにする『権能』を持っている?」
「……双子神は、似た能力や、お互いを補完し合う力を持っている……そういうことか」
なるほど、ありえそうなハナシだな―――。
『……え?『死者』が意のままに動ける?……じゃあ、僕は?』
ジャンが己の身に起きていることに対して、疑問と恐怖を抱いているようだ。ミアが子供らしく率直な言葉をヤツに捧げていた。
「ジャン、ゾンビ?」
『……えッッ』
狼がその人一倍大きな口を開いていた。己がゾンビかもしれないと告げられたとき、ヒトはあんな衝撃を受けるのか……だが、オレの考えは違うぞ。
「……ジャン。お前の血が『覚醒させられたとき』、お前は死にかけていたのさ」
『……あ。そ、そうかも?……僕たちは、あの孤児院で虐待されていた……ゴハンもろくにもらえなかったし……そうだ……僕は、あのとき、熱病に冒されて……』
「つまり、死にかけていたから『アリアンロッド』の『権能』の対象になったのでしょうね。ジャンくんは、ゾンビじゃありませんよ、そこから人狼の力で生命力を回復させたはずです」
『……そ、そっか。良かった……ッ』
狼は自分のアイデンティティを守れて安心しているようだ。そりゃ、ビックリするよな、ある日いきなり自分がゾンビかもしれないとか言われちまったら。
「しかし……それが、アリアンロッドの『権能』だとすれば……ヴァシリのじいさんたちは『不死の騎士団』となって、帝国軍に襲いかかろうというわけなのか……ッ」
『ミストラル』が1000人いる?……さすがに、それは言いすぎかもしれないが、殺しても死なない騎士が1000人もいて、彼らが帝国軍の軍勢に襲いかかれば?
……35倍の敵と言えども……勝ち目が無いとは言いがたい。
『そういうことだ』
「なんてことをするッ!?……それで勝利が得られたとしても、彼らはッ!?」
『我と同様、未来永劫をアリアンロッドさまの下僕として過ごすだろう。ときおり、彼女の気まぐれな命令に従わされるという苦痛を除けば、そう不便なモノではないぞ』
「テメーの価値観なんて、聞いちゃいねえよ……ふざけんな、そんな悲惨な生き方、ヒトとして間違っているぞ!?ヴァシリ・ノーヴァ、暴挙が過ぎる!!」
『……ソルジェ・ストラウスよ。彼がお前の言う『暴挙』を選んだのは、皮肉なことにお前の存在も関与しているのだ』
「……なんだと?」
コイツ、今、何を言いやがったんだ?……怒れるオレの感情から逃れることはなく、『ミストラル』は静かに語り始めた。
『十日前のことか。アリアンロッドさまの『誘い』を断り続けてきた我が主、ヴァシリ・ノーヴァは、ルードという名も無き小国が、竜騎士に導かれて帝国軍を撃破したという報告を耳にした』
「……ルード会戦での勝利のことだな」
リエルが眉間を寄せながら語る。
彼女は機嫌が悪そうだ。
そりゃそうだ、オレたちの栄誉ある勝利と、ヴァシリのじいさまが悪神と契約したあげく、仲間たちをゾンビ騎士にしちまうってことと、どこでどうつながりがあるというんだ?
「私たちの名誉を傷つけるつもりか、骸骨野郎?」
激怒しているエルフの弓姫が、弓に矢をつがえる。だが、オレは……聞かねばならないだろう。今、ザクロアで……『西ザクロア鉄血同盟』には、一体何が起きようとしているのかをな。
「待て、リエル。腹は立つが、そいつのハナシを聞こう」
「……了解。団長命令だ、今少し、貴様を殺すのを待ってやる」
『……うむ。ありがたいな。我が口火を切ったこと、せめて語り終えてから、刃を交えることになるのが望ましい』
「……言いやがれ」
オレたちが第七師団を破った戦が、ザクロアに何をもたらしたと言うのだ?
『貴様たちの勝利を聞いて、主はとても喜んでおった。ガルーナの翼将の息子が生きていたことを知り、その竜騎士が、ルード王国軍を勝利に導いたことに感動した』
「……そうかい。ザクロアも、帝国軍の侵略にさらされていたから、感情移入はひとしおだろうな」
『そうだ。それゆえに、彼は『奇跡』に頼ることにした』
「……アリアンロッドの権能か」
『ルードが自分たちに同盟を持ちかけることを主はもちろん予測していた。そのことは彼にとって有り難い申し出だ。だが、ザクロアの意志は一つではない。ザクロアの市民たちは、かつてと異なり、自由よりも支配されることを選ぼうとしていた』
「ジュリアン・ライチ……」
『それも一つの判断だ。主は、それを否定はしない。生き様を、自ら選ぶ。それがザクロアの哲学であるからな』
「……だが、彼は、それでも戦いを選んだ」
『違うな』
「……そうだな、ヴァシリ・ノーヴァは『勝利』を望んだ」
『ああ。同盟を望むお前たちと戦列を組んで、帝国の大軍勢に挑むのは、彼の騎士道や哲学そのものだったろう。無謀な戦いを挑み、死んで戦場の伝説となるのは、騎士としての誉れではあるからな』
「……ああ。分かるよ。オレも、そうしてやるつもりだった―――」
ルード王国とザクロアが同盟を結ぶのならば?たとえ、討ち死にしたとして、ザクロアを守って帝国の大軍と戦ってやる覚悟はしていたぞ。
だが、ヴァシリ・ノーヴァはそれでは不十分だと思ってしまったのか。
『勝利しなければ……たとえ美しい伝説になろうとも、価値はないのだ。ザクロア騎士が守るベき民草の自由……それを失ってしまえば、騎士の伝説に価値などない。ただの自己満足では、ヒトは救えん』
「……『ミストラル』」
その言葉はあまりにも厳しいが、たしかに真実ではある。負け戦では、本当に守りたいものなんて、守れやしないじゃないか。オレは、数時間前にアグレイアスに見せられた燃える故郷を思い出す。
セシルの悲鳴をな―――ッ!!
オレの指が抱いた、あの熱く赤くなった小さな骨。セシルの骨。あれが、敗北の結果ではないか。勝利無くしては、悲劇など回避できないのだ。
『あの戦の後、やがてお前が来るだろうと主は予想していたよ。主の傍らに常に寄り添っていたアリアンロッドさまもな』
「……だから、オレの行く先々に、バケモノが出た?」
『スケルトンの群れとレイスの群れは、アリアンロッドさまの目論見だ。お前らの強さを測りたかったのだろうよ』
「あんな雑魚の群れで、オレたちの何を測ろうというんだ」
『凡庸な者ならば、それで死ぬだろう。死なねば、それなりに価値がある。お前たちは見事にアリアンロッドさまの興味を引いたよ。主も、その強さに感動していた』
「……ならば、オレたちを頼れよ、『ゼルアガ/侵略神』などではなく……ッ」
「ソルジェさん……きっと、ノーヴァ代表は、ソルジェさんに、この戦の『後』を託したかったのだと思います」
オレの副官ロロカ・シャーネルがそう語る。それは、光栄なことだが、オレにとってはプレッシャーでもあるな。
『そうだ。第五師団との戦でお前と死ぬのも一興だが……それでは、ザクロアの未来は守れない。それどころか、お前のいなくなったルードも守れないだろう。それが、主にとって最悪の結末だ。悪神の奴隷になるよりも、はるかに悲惨なことだ』
「じいさん……」
『主は、お前が起こした勝利を見て、未来に大きな希望を抱いたのだ。歪んだ価値観を押し付けてくるファリス帝国。あのクズどもが世界を支配していく未来……その絶望的な結末を変えるために、主は騎士道と誇りを捨て去り、貴様に未来を預けた』
「……オレに?」
『そうだ。その力を試すために、我と戦わせた。そして、貴様は、我に勝った。貴様は、強い。やはり!!ガルーナの竜騎士は強かったぞ!!……貴様は、赤い髪と共に、その強さをも継いだ!!いや、ヤツよりも、はるかに強くなっていたッ!!』
「……『ミストラル』。まさか……貴様が、50年前に戦ったのは……」
『赤毛の剣鬼ストラウス。黒竜アーレスを駆る男……お前の祖父か?』
「……ああ。ザード・ストラウス。うちのじいさんさ」
なんて、懐かしい気持ちにさせるハナシだ。アーレスと、うちのじいさんとも戦ったことのあるのか、この骸骨野郎はよ。
『お前が死ぬのは、この戦場などではない。ゆえに、主は……志を同じくする騎士たちと共に、アリアンロッドさまの『権能』を受けることを選んだ。『ザクロアの死霊王』として、おぞましくみじめな姿と成り果てて……同胞たちと共に、帝国軍へと挑む。その過酷な選択をされたのだ』
「オレの、せいかよ……」
『そ、そうじゃありませんよッ!!』
ジャンが、オレの言葉に反論したのは、初めてだったかもしれない。
狼が、その茶色い瞳に力をあふれさせて、オレへと叫ぶのだ。
『団長は、託されただけです!!全ては、そ、その、彼らが自分の意志に従って選んだことです!!貴方に落ち度はありませんッ!!絶対に、そうですよッ!!』
「……そうだぞ、ソルジェ・ストラウス」
リエルがオレの頬に手をそえて来る。体温を伝えようとするのだろう。厳寒の『バロー・ガーウィック』においては、彼女の指がくれる熱量は、いつにも増して尊く感じられた。
「悪くなんてない。むしろ、それは光栄なことだ。悲しいことでもあるが、お前は、ゼファーの背で『友』と呼んでいた騎士たちに、未来を託されたのだ。選ばれたのだぞ、生きて、戦い、未来を救えと……」
「そうです。ソルジェさん。だから、泣く必要なんて、無いですよ……っ」
泣きながら、ロロカはオレにそう告げる。なんて、説得力が無いんだ?……泣きながら、言うんじゃないよ、そんなことを……でも、そうだ。君の言葉は、間違ってはいない。
「……ああ。そうだ。『鉄血同盟』の騎士たちの自由意志による選択だ。あとは、オレがそれを受け止められるかどうかなだけだな」
『そういうことだ。我を超えたのだ、世界のひとつぐらい、帝国から守ってみせろ』
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