第五話 『我は、冥府の剣をたずさえて』 その3


「―――ソルジェ団長!!」


 リエルちゃんの声が戦場に響いたぜ。あのカモシカよりも速くかける脚で、オレたちの側へと駆け込んでくる。


 ゼファーの声がオレの心に呼びかけてもいるぜ。


 ―――『どーじぇ』、いつでも、さぽーとにまわれる。


「……へへへ。『ミストラル』よ、完全にオレたちに包囲されちまったな?」


『そのようだな』


 余裕をこいてやがるな。まあ、傭兵としてのキャリアなら、オレたちの何十倍もあるような怪物だからね。今さら命の危険にさらされたところで、慌てるわけもないだろうがな。


 不死の怪物かもしれないが……。


 何十回も殺せば、消えるだろ?


 現に、昨日は、修復する度に魔力が翳っていった。


 10回も殺せば?さすがに消滅してくれるんじゃないかね……バラバラにして、砕いて、ゼファーの炎で焼き払う。それでも死なないでいられるか、試してやってもいい。


「お兄ちゃん。卑怯だけど、全員で瞬殺しちゃう?」


『ほう。『パンジャール猟兵団』の全てを味見させてくれるのか?』


「フン!昨夜は逃してやったが……連日で襲われるのは気に食わん。ソルジェ、私にこの骸骨野郎の頭を射抜かせろ!!」


「討ち取るのであれば、私に!!父を傷つけられて、黙ってはいられません」


 うちの女子ども、闘志全開。ゴー・サインしちまえば、10秒以内に『ミストラル』を八つ裂きにしちまいそうだな。


『おもしろい。楽しませてくれそうだ』


 『ミストラル』が大剣を構え直す。女子どもが不敵に笑ってるわ。ジャンも?『おかあさん』について、何か考えているといったような顔だが、オレの命令には即応するだろうな。


 まったく、どいつもこいつも血の気が荒くて、オレ好みの連中ばかりだな。


 ……だけど、まずは確かめてからだ。


「リエル。死者は出たか?」


「え?……いいえ、ケガ人は大なり小なり見たけど、致命傷をもらったヒトは、私が知る限りではいないけど……?」


「なるほどね。で、ジャン!」


『は、はい!?』


「戦場に、ヒトの血はどれだけあふれている?」


『……え?そ、そうですね……街からは古い血の臭いが漂ってくるんですが……あれ?おかしいな……これだけの戦闘なのに、血の臭いが薄いです』


「そっか。ありがとう。よし、全員、警戒はしたまま、落ち着け」


「……え?殺さないの、お兄ちゃん?」


「そう。団長お兄ちゃんは、そこの骸骨野郎さんとお話があるんだよ。もう、アリアンロッドもいないんだろう、ジャン?」


『は、はい!彼女の気配は、さっきよりも確実に薄まっている……『おかあさん』は、きっと、南に戻っていった』


「薄情な女だな。部下と……妹の仇を放置して撤収か」


『……『ゼルアガ』とは、ヒトでは計り知れない存在だ。我々とは、感性が異なる』


「みたいだな」


「……ソルジェさん?い、いえ、団長!……どういうことですか?」


 ロロカが訊いて来る。リエルがオレの背中をじっと見つめてくるような気がするなあ。でも、今は修羅場よりこっち。大剣背負った達人級のバケモノとお話しなくちゃならないことがある。


「コイツは……本気でここを襲撃しちゃいないのさ」


「……なんだと?どういうことだ、ソルジェ・ストラウス?」


「死者を出していないのが、一つのメッセージだ。こんなあからさまに夜襲をかけておいて、死人が出ていない?……元々、死者を出すような戦い方を命じていないからだ」


『……どうして、そんなことを?』


「それを、訊いてみたいんだよ、『ミストラル』?」


 オレの言葉にどんな反応をするか?この顔の肉がない男は、生粋のポーカーフェイス野郎だ。感情を読むのが難しいね……でも、オレの考えは外れていないはずだ。昨夜、対峙したときと明らかに気配が違う。


「……別口の依頼だと言っていたな?昨日は、アリアンロッドじゃないヤツのために、行動していたんだな?……そして、今夜は……アリアンロッドに命じられて、おそらく仕方なくここを襲撃しただけ」


『……そんなところだ』


「やはりな。今夜の貴様は、昨夜と違って、やる気がなさすぎる。テメー、アリアンロッドが好きじゃないみたいだぜ?」


 妹の仇を置いて、さっさと消えたりするようなヤツ?


 ……ありえんね、シスコン野郎のオレからすれば、絶対に好きになれないクソ女だぞ、そんな悪神はよ?


『……彼女とは、腐れ縁ではある。しかし、我に、この不死を約束してくれた神だ。信仰しているわけではないが、借りはあるからな』


「……お父さまを傷つけたのは、不本意だったと?」


『……槍の乙女よ、君の父上は相当な手練れだ。すまないな、制圧するには、負傷させるほかになかったのだ』


「……なぜ、そんなことを?」


 『ゼルアガ』と『アガーム』……主従の関係よりも強い契約でもあるんだろ?不本意だろうが何だろうが、従う他ないのかもしれんな……まあ、それよりも肝心なことは……。


「もう、お前の行動を見張っているアリアンロッドはいないんだろう?……話せよ、お前のもう一人の『主』のことをよ。そいつのためにこそ、お前は本気で動いている。そいつは、お前と……オレたちに何をさせたいんだ?」


『勝利のためにさ。あの方が望むのは、もはやそれのみ』


「……そいつは、どっちだ?『ジュリアン・ライチ』か?それとも、『ヴァシリ・ノーヴァ』なのか?」


 それとも、他の騎士やオレの知らない政治家どもか……?


 ザクロアの指導者層にいるんじゃないかとは、思うんだがね。


「お前の言う勝利とは……帝国軍第五師団との戦についてのことだろう?」


『その通り。あの方は、祖国を滅ぼされまいと……フェイザー殿の意志を継いでおられる』


「フェイザー?」


 浅学なオレは知らない名前。そういうことは、オレの副官に視線を向けてみればいい。なあ、ロロカ先生、どこのどいつだろう?


「……おそらく、『バイオーラ・フェイザー』。三世紀ほど昔に、宗主国への抵抗活動を実らせて、ザクロアの都市たちを独立させた女性政治家……いえ、革命家でしょうか?」


「ザクロアの『母』ということかい」


『そうだ。そして、我がかつて、心と剣を捧げた最愛の主君』


「……アーレスよりも年寄りとはね」


 それだけ長く生きていれば、肉も腐り落ちてしまうな。骨が鎧と一体化するのは、ちょっとおかしいと思うけれどね。闘争意欲の賜物か?……謎だな。


「……フェイザーの意志を継ぎ、ザクロアの自治を守ろうとする……ライチ氏の発想ではありませんよ、団長」


 ロロカがオレに諭す。


 うむ。いいケアだよ。オレは、『西ザクロア鉄血同盟』を親友だと今でも思っているからね。副官殿、すまんね、嫌われ役をさせちまって。


 でも、安心しろ。オレの心を想ってのことだと理解している……君を尊敬するよ、ロロカ。ありがとう。


「……そうだな。『ミストラル』よ、お前が『主』と認めているのは、『西ザクロア鉄血同盟』の首魁、『ヴァシリ・ノーヴァ』のじいさまだな」


 ……親父の名前を天に叫びながら、その老いた腕で、オレを抱きしめて歓迎してくれた、あの元気な老騎士の笑顔を思い出す……そうさ、一瞬で、オレはあのじいさまの心に惹かれていた。オレたち騎士が、至るべき老人だからだろう……。


 若者たちを受け入れ、指導し……老いてなお己の正義のために進む。騎士道の体現者だ。今この瞬間でさえも、オレの心は、彼を嫌うことは出来ていない。


「……オレに『期待している』と言ってくれたのか、ヴァシリのじいさまは?」


『―――そうだ。あの方は、ただ祖国のために強くあろうとしている。人生をかけて貫いてきた正義や、命よりも重いと考えていた騎士道さえも捨て去る覚悟で、魔道を歩むつもりでおられる』


「……魔道?」


『……だ、団長……ッ』


 ジャンが、オレの足下に近寄り、オレを揺れる不安げな茶色い瞳で見上げてくる。


「どうした?なにを、混乱しているんだ?」


『……ぼ、僕、思い出しました……あのとき、あそこにいたのは……初老の騎士』


「あのときとは、いつだ?」


『僕が、『おかあさん』に……いや、『ゼルアガ・アリアンロッド』の『声』で、血が暴走してしまい、みんなを食べているとき……騎士が駆けつけた』


「初老の騎士……それから十年近く経っているな……つまり、そいつは」


『―――我が主と、アリアンロッドさまが初めて接触したのは、そのときだ』


『……やっぱり、そうか』


「……そのとき、何があったんだ、ジャン?」


『あのヒトは、僕を止めようとして、僕と戦ってくれた。手傷を負いながら、それでも僕が人狼だということを察してくれていて……ッ』


「落ち着け。ゆっくりでいいんだ」


『……は、はい……そ、そうだ、僕は、彼の腕に噛みついたのに、彼は……あのヒトは、ぼ、僕を、『許す』と、言ってくれたんだ……ッ。ぼ、僕が、み、みんなを、殺したのは、ぼ、僕のせいじゃないって……っ』


「……ヴァシリのじいさま」


 さすがは騎士道の体現者だ。彼は、そのとき、この哀れな狼男を救おうとしたのだろうな……子供たちや孤児院のスタッフを食い殺していた……家族を喰らってしまったこの哀れな狼を。


 ジャンよ、お前に訊くことはしないが……。


 お前は、そのとき、泣きながら家族の肉を喰らっていたのではないか?


 泣きながら、本能に呑まれて、苦しみと絶望の涙をあふれさせながら、お前はアリアンロッドに弄ばれていた。


 だから、じいさんは、腕に噛みついてくる、お前のことを『許す』と言ったのではないか?……そして、アリアンロッドは―――ッ。


『アリアンロッドさまは、強い魂を好まれる。彼女は、ヒトに対して絶望しているが、ある意味ではやさしく寛大だ』


「やさしくて、寛大だと?」


『そう。あくまでも彼女の価値観だがな』


「どういうことだよ?『ゼルアガ』は狂っているようだからな、説明が欲しいぜ」


『彼女はヒトがヒトを殺すことを、救いだと考えておられる。ヒトに絶望しておられるのだよ。ゆえに……『慈悲の名のもとに、ヒトを死に至らせる存在』に惹かれるのさ』


『そ、そうだ……ぼ、僕は、そうなんです、団長』


「あわてなくていいぞ、ジャン、落ち着け。ゆっくりでいいから、伝えたいことを話してくれ」


『は、はい―――僕は、あの夜、彼に言ったんです。僕のことを、殺して下さい、騎士さまって……だって。だって、僕は、死んで……みんなに……謝りに行かないと、いけないじゃないですかッ!?』


「ジャン……っ」


 この気の弱い男の背負っている絶望は、深い。


 そうだ、子供の心に、それが耐えられるワケがなかったんだ。


 血が繋がっていないとはいえ、いや、そんなことはどうでもいい、『家族』を喰らったんだぞ?……死にたいと考えることは、不思議じゃない。


 あまりにも、その罪は……深くて重くて、耐えられるはずがないことだ。


『でも、あの方は……逃してくれた。生きろと言ってくれた。力が制御できるようになるまで、人里から離れていれば……殺さないと……そして、いつか、償えばいいって。そうすれば、僕の魂だって、きっと救われると……ッ』


 狼が大粒の涙を流す。声を震わして、熱い涙を流している。


『ぼ、僕は弱いから……ッ。そんな、た、大切の言葉さえ、忘れてしまって……ッ』


「いいんだ、ジャン。お前の苦しみは、深い。誰もお前を責められはしない。何よりも、ヴァシリのじいさま自体が、お前を責めやしないんだ」


 そうだ、そうだろう?そいつが、その慈悲こそが、アンタやオレが信じる『騎士道』ってモノの在り方のはずだ……ッ。


『そうだ。狼よ、主は貴様を許すだろう。貴様が、あのとき喰らった幼子たちのために、その瞳から涙を流すのならば』


 『ミストラル』は、ヴァシリ・ノーヴァに代わって、ジャンに彼の騎士道を伝えているように思える。


 そうだな、じいさん。アンタは、そんなまっすぐな男だ。オレを歓迎して、その腕で、オレを抱きしめたアンタの瞳にも、涙が少し浮かんでいたぜ。


 オレが生きていてくれたことが、そんなにも嬉しかったんだよな?


 ……ありがとうな、オレのために泣いてくれて。


 オレのことを抱きしめて、歌ってくれて。


 そして、何よりも、オレの大切で気弱な部下が、人生で最も泣いているときに、そばにいてやり、温かい言葉を与えてくれて。


 ……でも。そのとき、アンタのその誰よりも尊い生き様は……悪しき神、アリアンロッドをも魅了してしまっていたというのか―――。


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