第五話 『我は、冥府の剣をたずさえて』 その2


 ゲストハウスから飛び出したオレとリエルの足は速い。鎧をつけていないからな。


 敵の居場所?


 ああ、分かるぜ。派手に酋長の護衛たちと戦っていやがるのか、母屋の方から剣戟と大声が響いていからな、あそこを目指せばいいはずだ。事件現場ってのは、大体うるさい。そういうモンさ。


 しかし、今夜も敵襲か。


 これも、オレにかけられているという『呪い』のせいなのかね……だが、それならば、オレを狙ってくればいいだろうに。


「……あれが、今夜の『敵』か?」


「むう、スケルトン!?死霊責めは、まだ続くか!?」


 リエルが酋長宅の中庭で暴れているスケルトンに矢を射る。見事に、その矢はスケルトンの頭部に命中するが、ヤツは耐えた。


「なんだと!?」


「……よく見ろ、リエル。あれは、普通のスケルトンじゃねえぞ」


 アーレスの魔眼が教えてくれる。ヤツらはただの骨だけのスカスカ野郎じゃねえ。


 人骨製なのは普通のスケルトンと同じだが―――骨と骨のあいだを覆うように、氷が張っていやがる。その分、防御力は激増しているってわけさ。


 氷が付着している分、重量級というわけでもある。


 ディアロス族の槍兵たちも、この頑強なモンスターに手こずっているようだな。槍で打ち払っても、並みのスケルトンとは異なり、一撃でその頭骨が砕けたりはしない。


 しかも、この骸骨野郎どもは槍や剣を持って武装しているな。動きは速くないが、頑丈そうだ。リエルの矢に耐えたほどだからな。


 そんなアイス・スケルトンがそこら中にいて、ディアロスの槍兵たちと戦闘中。なかなかの地獄絵図だが……気になるね。


「……氷と骨か?どこかで見た芸風だぜ」


「昨夜、見たばかりだ」


「偶然かね?」


「ちがうでしょ」


 リエルは立ち止まる。走りながらではなく、体勢を整えて射る気か。たしかに、ヤツらは頑強だからな……リエルは、おっ。歯で矢羽根の一部をかじり取った?


 そして、その矢を弓につがえて、あの繊細な作業をこなす指で引いて、放つ!!


 ザシュウウウ!!


 風を貫くリエルの矢は、骸骨野郎の凍った頭に炸裂する!!今度は、骸骨野郎の頭部は砕け散っていた。


「さすがだな!!矢に回転を加えたってのか!!」


「そうよ」


 矢羽根……つまり、矢の後ろの方にくっついてる鳥の羽はね、意味なくついているわけじゃない。矢に与える回転数を制御するように出来てあるのさ。多いほど、安定して飛距離が出るぜ。


 リエルは、あえてそれをかじり取り、不安定にさせたのさ。


 どういうことか?矢に回転を与えて、射的距離を犠牲にすることで、破壊力を上積みさせたってことだよ。当たった瞬間、『ねじれて』、骸骨野郎どもの頭の氷を砕いたのさ。


 まあ、天才射手のリエルちゃんのことだ、他にもオレに見抜けない弓術の奥義をふんだんに盛り込んでいるんだろうよ。やるね、さすがはオレの子を産む女。


「……うむ。これなら、通じる。だが、走りながらでは撃てん!!先に行ってくれ!!」


「了解!!ディアロスの槍兵たちを、守ってやれよ!!彼らは、オレたちの仲間だ!!こんなところで数を減らされてはたまらんぞ!!」


「了解だ、団長!!」


 そして再び破壊力のある矢をリエルは放っていく。ディアロスの槍兵を囲もうとしていてスケルトンを仕留めた。いいぜ、さすがは優等生のリエルちゃん。さて、オレも暴れるぞ!!


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


 竜太刀を力一杯にアイス・スケルトンへと叩き込む!!


 オレの破壊力を帯びた斬撃は、コイツらに取っては天敵みたいなもんだからな!!刀を持った骸骨野郎は、頭部から胴体にかけてを大きく破壊されて、その動きを止める。


「ふん。昨日の犬よりは強いが……この程度のモンかよ、『ミストラル』め!!」


 舐めてんのか!?


 こんな雑魚で、オレを、オレたち『パンジャール猟兵団』を殺せるわけがないだろう!!


 プライドを傷つけられた気持ちだぜ。オレはこの怒りを手近なところにいるスケルトンどもを、片っ端から破壊することで癒やしていく。八つ当たりさ。怒りの解消には、手っ取り早いだろう?


「あ、ありがとうございます、サー・ストラウス!!」


 オレが助けた形になった若い戦士が、礼を言ってくれる。いいね、尊敬を感じる。だから、ちょっと戦士としては先輩のオレが、未熟な君にアドバイスをしてやろう。


「頭や胴体をいきなり狙う必要はない。まずは、こいつらの武器や、腕を破壊しろ!!」


 教材に適しているね。オレへ襲いかかって来たアイス・スケルトンの振り上げた腕を、竜太刀の斬撃が破壊してみせた。


『があああ!?』


「攻撃力を奪ってから、確実に、仕留めればいい!!」


 竜太刀を振り抜き、スケルトンの頭部を刎ねるのさ。


「分かったな。仲間は多いんだ。焦ることはない、確実に、一体ずつ仕留めていけ」


「サー・イエス・サー!!」


「じゃあな。死ぬなよ」


 そして、オレは戦場の嵐になる。スケルトンの群れに飛び込んで、縦横無尽に竜太刀で刻みまくった!!


「なんという、強さだ!!」


「おお、なんと頼りになることか!!」


「さすが、『婿殿』!!」


 ……ん?婿殿?……リエルがピクリと反応しているのが、魔眼の力で分かった。そうだな、アーレス。ここは、聞かなかったフリをして、母屋へと向かうぞ!!


 オレは斬撃でスケルトンどもを蹴散らしながら、ひときわ大きな建物である酋長の家へと向かう。そこには、スケルトンに加えて、昨日の氷の猟犬どもまでいやがった。


 確信はますます強まるぞ。一体、テメーは何しに来やがったんだ、『ミストラル』よ?そっちは、オレの部屋じゃないってことぐらい、『呪い』のせいでお前には分かるんじゃないのか?


 いや……分かっていて、そっちを襲った?


 ホント、お前が崇拝している『ゼルアガ』は、ディアロス族に恨みでもあるのか?


 あるいは―――何かを、警戒しているのか?


 『妹』に襲わせた上に、お前まで使うのか?


 どんな都合の悪いモノがあるというんだ、ディアロス族に……。


「……何にせよ、会って直接聞くのが早いッ!!来い、ゼファー!!」


『GHAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHッ!!』


 竜の歌が響き、空からゼファーが降臨する。戦場に降りたゼファーは、闘志を剥き出しにして、敵の群れへと突撃していく。


 スケルトンだろうが氷の猟犬だろうが、竜の突撃に耐えれられるほどの強度など持ち合わせてはいないのだ。


 十数匹ものモンスターどもが、ゼファーの突撃で砕け散っていた。


『みちは、ひらいたよ、『どーじぇ』!!』


「おう。後は、一匹ずつ仕留めろ!!仲間を攻撃に巻き込むなよ!!ロロカっぽい連中は絶対に襲うんじゃない!!」


『りょーかい!!きをつける!!』


 ゼファーが猟犬を尻尾で打ちながら返事してくれる。いい子だぜ、ゼファー。慎重にな、ディアロス族の戦士たちに、お前が仲間だと教え込んでくれ!!


『だ、団長っ!!遅れました!!』


 狼モードのジャンがオレに追いついてきた。


 うん。コイツ、長旅で疲れているのだろうな、敵の察知に遅れを取るのは珍しい。深く寝入っていたのだろか?


 ……そう言えば、コイツだけ皆と違って、『自分の足で走りまくっている』わけだしな……オレ、何させてんの?悪魔か?


 それに、ロロカ先生の槍術をモロに喰らっちまっていたな。


「疲れているところをすまないが、今夜も頼むぞ」


『は、はい!!お任せを!!団長の、ぎ、義理のお父さんを、死なせません!!』


「……お、おお」


 第二夫人よ。君は外堀から埋めていくタイプなのかね?


 コイツの前でキスしたのって、この忠犬属性のコイツを、君の婚活要員に変えるためか?……君の知能を考えると、ありえなくもないよね。


 ちょっと背中に寒気が走ったぞ。まあ、いいんだけどな!!君もリエルも、オレが娶って面倒見てやるぜッ!!


「突破するぞ、ジャン!!」


『アオオオオオオオオオオオオオオオンンンッ!!』


 斬撃と、狼の高速の体当たりが、氷の怪物どもを打ち砕いていく!!


 そうだ!!経験を積め、ジャン!!お前はまだ未熟だが、それゆえに、戦うほどに伸びるのだ!!呪われた力と悲観するな、お前の力は、使い方次第では、ヒトを護ることも出来ているだろう!!


「ジャン、いいぞ!!火力は十分すぎるほどにある。だから、ステップをもっと刻んで、ムダな威力を削ぎ落とし、攻撃の回数を増やしてみせろッ!!効率を考えて、立ち回るんだッ!!」


『はい!!了解です!!』


 ジャンはオレのアドバイスを実行する。ステップのピッチを上げることで、突撃の速さを控え、さっきよりは遅いがそれでも十分な破壊力で敵を仕留めていく。


 そうだ、過剰な加速は体力と時間のムダだ。


 お前の力は十分過ぎる。だからこそ不必要な分は抑制し、スタミナを温存することも覚えてみろ。そうすれば、お前のただでさえ無尽蔵な体力は、より大きなアドバンテージとなって、戦場での武器になる!!


「その調子だ!!今度は、オレが突撃する!!背中を頼むぞッ!!」


『アオオオオオオオオオオオオオオオンンンッッ!!』


 狼に背中を預け、オレは敵の群れを斬り裂いていく!!


 ハハハ!!


 楽しいねえ、やっぱり戦いってのは、こう血肉が踊る喜びがあるもんだ!!


 戦闘への喜びを感じながら、オレとジャンはついに母屋へとたどり着くのさ。


 そこでは、オレの妹と第二夫人が戦っていやがる!!


 誰と?―――もちろん、あの野郎だ!!じゃないと、ミアとロロカが二人がかりで挑んでいるのに、瞬殺出来ない戦士など、そうはいない!!


「おい!!『ミストラル』!!」


 オレの声が戦場の動きを停止させる。ミアとロロカも止まり、そいつがゆっくりと振り返ってくる。巨大な骸骨と鎧が融合したような姿。


 そして、肉の無い顔の眼窩で燃える蒼い炎。竜太刀に負けないほどの大剣を振るう魔人。


 こんな特徴満載のヤツが、さすがに別人なんてことはない。昨日見たばかりの、骸骨野郎だよ!!


『……ほう。遅かったな』


「テメーが、凍った雑魚軍団なんざ、連れ込みやがるからだろうが?」


『うむ。また奇襲させてもらった。だが、これも仕事のためだ、悪く思うな』


「オレを試すんじゃなかったのか」


『その仕事とは、別口だ』


「なに?」


『我にも事情があるのだ。そこそこ多忙でな』


「こっちこそと言いたいところだ。昨日は、テメー。今日は『ゼルアガ』。どうなっている」


『強き光は影もまた強く呼ぶ。お前は、戦乱の申し子なのだろう』


「猟兵冥利に尽きる呼び名だが……そろそろ、事情を聞かせちゃくれないかね?」


『何が聞きたい?モノによるが、答えてやってもいいぞ』


「ほう。素直じゃないか。別口からの依頼は、果たしたのか……」


『当然な。だからこそ、無駄話に応じてやっている』


 何をしでかしている?……オレはロロカに一瞬、視線をやった。彼女なら、状況を理解しているはずだぞ。現場にいたようだからな。


「……団長。ヤツは、お父さまから『ポゼッション・アクアオーラ/憑依の水晶』を奪ったのです!!」


「……親父さんは無事か?」


「はい!手傷は負いましたが、命に別状はありません!!」


 それを聞いて安心したぜ。しかし、『憑依の水晶』―――たしか、盗賊王が狙っていたとかいう、ディアロスの秘宝だったよな?


 なんでも……『ゼルアガ』を封じる力を持っていて、ディアロス族の聖地とやらに奉ぜられているはずの錬金術のアイテムか。


 そうか、なるほど予想がつくハナシだな。アグレイアスに都を占拠された彼らは、『それ』を取りに行っていたのだろう。


 『憑依の水晶』を用いて、ギリアムのオッサンはアグレイアスを討つつもりだった。だが、帰って来たときには、オレとロロカがヤツを倒してしまっていた。


 なるほどね。一族の秘宝だからこそ、それの存在をオレにも伝えちゃくれなかった。それは、まあいいさ。ヨソさまの事情だからね―――問題は。


「そいつを、どうするつもりだ、『ミストラル』?……アグレイアスの『姉』に奉納するっていうのか?」


『そうだ、『アリアンロッド』さまからの依頼だな』


「『アリアンロッド』……それが、お前の仕える『ゼルアガ』か」


『そういうことだな』


 ……ちょっと、すっきりしたぜ。正体こそ分からんが、とりあえず固有名詞が出て来てくれたおかげで、考えがまとまりやすくなりそうだ。


「で。そのアリアンロッドは、『憑依の水晶』をどうするつもりなんだ?」


『壊せ。ただ、その一言を命ぜられた』


「……『妹』を『エサ』にしてまで、アリアンロッドは『それ』の破壊を望んだ?」


『さあな。アグレイアスさまの行動までは、我は知らんよ』


「そうか」


『納得するのか?』


「アンタは嘘はつかないだろう。大事なコトは、黙っているかもしれないが」


『そうだな』


 あっさりと言い切るか。なかなか、嫌いになれんヤツだな、やはり。


 しかし、『妹』を『エサ』にしてまで、アリアンロッドとやらが望んだ『憑依の水晶』の破壊。ヤツにとっては、それほどの脅威ということなのか……?是非とも、確保しておきたいところだな。


「……そんなに大切なアイテムなら、盗られるわけにはいかんな」


『ほう。どうする?』


「決まっている。貴様を殺してでも、回収する」


『なるほど。納得できる答えではある。だが……手遅れだ』


「なに?」


「お兄ちゃん」


 ミア・マルー・ストラウスがオレを呼んだ。


「どうした、ミア?」


「そいつ……ナントカの水晶、『食べちゃった』」


 ……ん?


「おい、ミア。今、何て言った?」


「だからね、そいつ。水晶を食べちゃったの。ロロカ・パパから奪ったらねえ、すーぐに呑み込んじゃったんだ。だよね、ロロカ?」


「ええ。残念ながら……っ」


 ロロカはうつむきつつ口惜しそうに語っていた。


「そ、そうか……」


『残念だったな。すでに、消化済みだぞ』


「……アリアンロッドへの『切り札』だと思ったんだがな……ッ」


 目的の読めない『ゼルアガ』に、いつまでも絡まれるのはゴメンだからな。殺せる機会があるのなら、是が非でも仕留めて起きたかったんだが……。


『そうだな。いいか、よく聞け、ソルジェ・ストラウス。『この水晶は、あの方の術さえ破るだろう』……』


 変な言い方をするな。ふむ……。


「ジャン。近くに、アリアンロッドの気配はするのか?」


 お前なら、感知出来るはずだよな?お前の運命を狂わした『ゼルアガ』を……。


『……え?……『おかあさん』のですか?』


「おい。ジャン。大丈夫か?」


 こ、コイツ、さらっと怖いコトを口走っていたな。『ゼルアガ』を母だと?


 ……孤児のコイツにとっては、力を覚醒させたアリアンロッドは、母親みたいなポジションにいたのか?ちょっと、怖い考え方だな、ジャン。そんなヤツを母親呼ばわりするのは変だぞ。


『あ、ああ!!す、すみません……アイツの気配は……そうですね、うっすらとしています。『ミストラル』と、あと『アンデッドどもの気配に紛れていて』、分からなかった』


 なるほど。アリアンロッドさんとやらは、死臭みたいな香りがする女神さまかい?なかなかに不快なヤツじゃねえか。


『でも……今は、そうだ……これは、『残り香』だ。『おかあさん』は、もういなくなっています……』


 自然と『おかあさん』と呼んでるな、女子たち引いてるぞ?まあ、女子たちだけでなくて、オレもいくらか引いちまってるけどさ?


 ―――だが、少し読めてきたぞ。


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