第五話 『我は、冥府の剣をたずさえて』 その1


 ―――バロー・ガーウィックに弔いの宴が開かれていた。


 火葬にされた人々は、夜空に火の粉で語るのだ。


 生者へ告げる最後の言葉は、赤くて、熱くて。


 心に刻め、私のことを忘れるな……そう語っている。




 ―――命だったものは炎と融け合い、言葉になった。


 闇のなかで、それは赤くて、熱く。


 氷の世界の凍てつく風に舞いながら、ゆっくりと最期の言葉になっていく。


 さようなら、輪廻のえにしがあるのなら、また、いつか―――。




 ―――酒を呑み、歌を歌い、勝利も祝う。


 偉大なる魔王よ、ソルジェ・ストラウスよ。


 悪神さえも殺した、狂暴無双の『パンジャール猟兵団』よ。


 死者の名前とともに、その名前も星空に捧げられる……。




 ―――星が動き、皆はついに寝静まる。


 ジャンは夢のなかで、悪夢と対峙していた。


 彼は怯えることはもうないが、恐怖を知ろうと夢へと集中する。


 誰だ?……あのとき、僕のそばにいたのは、『誰』だ?




 ―――いっしょに育った友達を喰らいながら、ジャンは待つ。


 あのとき、訪れた者を……自分を見て、叫んだ『男』を。


 邪悪な神に、魅入られていた、ひとりの『男』を。


 それが……団長に『期待している人』のはず……。




 ―――ジャンは、暗い影を見る。


 見つめて、どうにか知ろうとする。


 男だ……そして、『剣』を持っている?


 ……顔は……見えない……夢は、ゆっくり崩れていった……。




 ……ジャンのヤツめ、どうせ今ごろ悪夢とか見てうなされてるのかもね。なんていったって、失恋した夜だ。ロロカ先生のことを考えながら、マクラを噛んでいるんだろう。


 スマンね、オレの第二夫人が?いいや、これも仕方のないことだ。オレがイケメンなのが悪い。


 ……悪夢から醒めたら?今夜だけなら、オレのロロカ先生のことオカズにして劣情を晴らす行為をしてもいいぞ。


 我々は、それぞれの個室にいるんだからね。今夜は、存分に、お前の好きなことして過ごせ。失恋したときは、気晴らしするのが一番だ。


「……えらく、上機嫌だな、ソルジェ・ストラウス」


 オレの正妻を狙う女が……リエルちゃんがニヤけるオレの顔を見下ろしていた。そこはオレの寝室。デッケー部屋!!VIP対応だね!!ロロカの親父さんであるディアロス族の酋長、ギリアム・シャーネル氏は、オレたちを大歓迎してくれているのさ。


「こんなに寝心地のいいベッドにありつければ、最高の気持ちだろ?……それに、一緒に寝てくれるかもしれない君もいれば?」


「……そ、そういう日じゃないぞ。お前、傷だらけだ。今夜は、ゆっくりしておけ」


「……こんな傷ぐらい……と、強がれる程は、軽くないか」


 そうだ。操られたロロカにつけられた傷というよりも……昨夜の『ミストラル』との戦いで負った傷の方が酷い。


 二日連続で達人級の相手と斬り結んじまえば、竜の加護とエルフの秘薬がついているオレの体だって、ダメージがたまる。


 そんなズタボロのオレの体を、リエルはこんな夜遅くまで薬を塗ってくれているというわけさ。包帯を新鮮なものへと取り替えて、傷口にあの細い指をそろえて秘薬を塗り込んでくれている―――。


「……っ」


「あ。悪い、痛かったか?」


「いや。いいさ。君の指がくれる痛みなら、大歓迎」


「なんだ、それ?口説いてるのか?」


「どうだろう。間違いないのは、オレは酔っ払っていることだな」


「そうだな。いつもながら、今夜も酒臭い。痛ければ、言えよ?ガマンすることはないんだからな?」


「ああ。ありがとうよ……」


 本当に真剣な顔をして、この治療行為に集中しているんだよね、オレのリエルちゃんってば。


 だから、セクハラに持ち込む隙はどこにもないよ。リエルの献身的な愛の治療は、神聖な行いのように思える。まあ、今夜はちゃんと治療を受けよう。


 酋長にかなり酒も呑まされてるから、あんまり『いい動き』出来そうにないしね?


「……あちこち、傷だらけだぞ」


「猟兵にとっちゃ勲章……でも、たしかに連戦つづきでキツかった」


「お前にしては、ずいぶんとやられてしまっているな?」


「ああ。厄介な敵だったよ」


 ロロカ先生の槍術ってば、超がつくほど一流なもんでね。


「『ゼルアガ』か……街一つを、単体で制圧してしまっていたな」


「……ギリアム酋長たちにとっては、あまりにも相性が悪い敵だったということさ」


 そう。『水晶の角』を持つディアロスたちにとって、『ゼルアガ・アグレイアス』は、まさに天敵の中の天敵と呼べる存在だからな―――いくら勇敢な彼らであっても、ヤツの『音』から逃れることは出来なかった。


 あの角は、音に対する感応が優れているのだろう。聴覚というよりは、もしかしたら振動を感知するものなのかもしれないが。とにかく、アグレイアスに対して、ディアロス族は完全に無力だったのだろう。


 ロロカが対応出来たのは、アグレイアスの権能の『仕掛け』に気がつけたから。でも、ディアロス族だらけだと、アグレイアスの『音』に気がついたところで、どうにもならなかったはずだ。


 何故かって?


 ロロカのように『音』へ対応する防護を角にまとわさせるなんていう、高度な魔術は誰にでも使えるわけじゃないからさ。


 集団の大多数が支配されて仲間に襲いかかれば?人質が攻撃してくる最悪のパターンだな。ディアロスだけでは、解決は難しかっただろう。


 もちろん、なにかスペシャルな策があれば別だけど……。


「……けっきょく、ヤツは何が目的だったのだ?」


「芸術家気取りだったよ……ディアロスの血を『絵の具』の代わりにして、この街を赤く染めたかっただけらしい」


「そんなバカげた理由があるか」


「ごもっともだが、アイツは自分でそう言っていた」


「まったく。『ゼルアガ』とは、迷惑な存在だな!!」


「ああ。侵略者ってのは、ヒトでも神でも、ロクでもねえってことだよ」


 アグレイアスが現れたのは三日前のことだったらしい。ふらりと突然に、どこからともなく現れたあのバケモノは、街中で歌い、『音』で市民たちを瞬く間に洗脳してしまったそうだ。


 あとは、オレの想像していた通り、洗脳された彼らは自分自身を傷つけて、アグレイアスの思いの通りに街を赤く染めていったようだ。彼らはアグレイアスの『絵の具』であり、『筆』でもあったのさ。


 ほんと、死ぬべきヤツだったな、アグレイアスは。ロロカの手で止め刺させてやれて良かったぜ―――。


「……この旅は、厄介な敵ばかりと巡り会うな」


「猟兵稼業にはつきものだが……今回のオレは『ゼルアガ』の『眷属』に、呪われているらしいからな」


 そう。『ミストラル』の言葉を信じれば、だけど。


 ザクロアにいる『誰か』は、おそらくアグレイアスの『姉』とやらの契約者だ。そいつは『姉』を信仰でもして、異能の力を借りているのだろうな……その力で、オレたちには感知することも出来ない『呪い』をオレにかけた。


 なんのために?


 そこは、サッパリ分からない。


 情報が少なすぎて、分析しようもないしね。


「……お前、体調は……その、悪くないか?」


「ん。心配してくれるのか?」


「と、当然だろ」


 そりゃ、そうだね。君は、オレの正妻ポジション狙っているんだもの。夫の健康面は、気になるよね?


「お、おい。な、なにをニヤついているんだ!?」


「こっちのことさ、気にするな。ああ、体の方も、異常は無い」


「そ、それは、良かったな」


「うん。『ミストラル』のハナシじゃ、『そいつ』は、オレが憎いわけじゃないらしい。試した……ということらしいが?」


 さて。誰だろうね?


 最近、評価がうなぎ登りしているだけはあり、オレに期待してくれている容疑者の数も増えまくっている。


「……この旅に起きた色んなことの、どれが偶然で、どれが仕組まれていたモノだったのか。まったく分からん」


「……はあ。分からないことだけだということしか、分からないのは、もどかしいな」


「そうだな。だが、『妹』を、ぶっ殺されたんだ。『姉』の方にも動きがあるかもしれん」


「フフフ。『ゼルアガ』の二柱目か。今度は、私を連れて行けよ」


 さすがは猟兵女子のリエルちゃん。オレのツンデレ弓姫は、ほんとうに勇猛果敢で頼りになる。そうだな、今度は君と一緒に神を殺そうか?……と、言いたいところだが。


「……そいつに借りがあるのは、ジャンだ。あいつの手で殺させてやりたいね」


 そうだ、『姉』の方は、ジャンの血を覚醒させて、孤児院での虐殺を招いた。やはり、ジャンがその手で討つべき相手のように思えるね。


 だが、リエルの表情は明るくはなかった。


「気持ちは、分からなくもないが。ジャンに勝てるような相手なのか?」


 ……さすがは女子。男よりも、夢は見ないね。


「……状況次第だな」


「アレに期待をかけるのは自由だ。たしかに、身体能力はずば抜けている。だが、まだまだ戦士としては未熟なところが多すぎる」


 手厳しいが、真実だな。ポテンシャルが高いだけでは、ヒト相手ならともかく、何をしてくるか全く分からない『ゼルアガ/侵略神』を敵に回すのは、難しいかもしれない。だけど。


「……それでも、ヤツの力を信じたいぜ」


「……団長の命令なら、私は従うまでだ。サポートはしてやる」


「ありがとよ」


「どういたしまして。ほら、今度は、背中の方の傷を―――」


 リエルの言葉に従って、ベッドの上で体をひっくり返そうとしたその時だった。


 その報告が、オレたちの耳に届いていた。


「敵だああああああああああああああッ!!お館さまの屋敷に、賊が入ったぞおおおおおおおおおおおッ!!」


 オレはその声を聞いて、あわててベッドから飛び起きていた。


「ほら!上着と、竜太刀だ!!」


 正妻候補がオレにそれらを渡してくれる。いいね、以心伝心。いいパートナーシップじゃないかね、リエル・ハーヴェル。


「おう!!行くぞ、敵は、あっちだな!!」


 さて。『誰』だ?……こんな夜中に、ヒトん家に上がり込む、礼儀知らずはよ!!

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