第四話 『その都は静かに、赤く染まって……』 その9
「ど、どーした、ミア!!」
「お兄ちゃん成分を、チャージ中っ」
夏の木にたかっているクマゼミさんみたい。ミアはオレの脇に足を差し込んで、締めながら、額にキスしてくれる。そこ、ちょっと前にロロカ槍の石突きで殴打されてるから、ちょっと痛い。
ああ、そうか。魔法のキスで治療してくれてるのかも?戦士の傷痕を見て興奮してくるなんて、ミアも猟兵女子らしくなってるな。
それは、いいが……。
「そ、そーか。あまり密着すると、息がしにくいぞ?」
「ガマンすればいい。お兄ちゃんなら、無呼吸9分の壁に挑める」
……そ、そうかもしれんが?今夜、そんなことをしなくちゃいけない理由は、オレにはまったく見当たらないんだけど?
あと、呼吸をこらえると、体中の傷口から血液が、じんわりとあふれていくような気もするんだよね。分かるよ、これ、きっと健康に良くない行いさ。
「はいはい。ミア、解放してやれ」
オレの『正妻』ことリエル・ハーヴェルさんが、ミアのことを引きはがしてくれる。助かったよ。さっきの夢のせいで妹を拒絶する気持ちが、いつにも増して起きなかったもん。
まちがいない。失血性ショックで意識を消失しても、絶対にミアのことを離せなかっただろうさ―――。
うん。きっと、『ゼルアガ』との精神世界でのバトルの後遺症だな。オレのシスコンに磨きがかかっちまったぜ。神さまパワーで補強されたこのシスコン、一生治らなかったらどうしよう?
ミアを誰のヨメにもしたくない気持ちが、まったく止まらないんだが……オレのミアに、触れる男がいる?
……そんなヤツの指、全部へし折ってしまいそうだ。小指からな。一本ずつ切り落として、そいつの絶望を楽しみたい。
……ヤバイぞ、『ゼルアガ病』だ、これ。シスコンが深まっている。
オレから引き離されたケットシーのマイ・スイート・アイドル、ミア・マルー・ストラウスが、その宇宙で一番かわいいホッペタを膨らませていた。
「むー……お兄ちゃん成分のチャージが、まだ未完了なのにーっ」
「だよな?」
いくらでも抱きしめろ。お兄ちゃんは、ミアのためなら百回だって死んでやるぞ。オレとミアは、見つめ合いながら、お互いを求めるように腕を伸ばし合う……っ。
「あとにしなさい。ソルジェ、救護施設に―――あの講堂に、客が来ているぞ」
「客?君らが、ゼファーに乗って、大急ぎでここに来るほど大事なお客さまか?」
心当たりは、なくはないが……このタイミングで現れてくれるなら、オレの『仕事』も楽になりそうだ……。
そうだよ、わざわざ、こんなクソ寒い土地にまで北上して来たのは、ロロカの『この北の大地に、帝国と戦える力を構築する』、その『策』を実現するためだ―――そうさ、その言葉の意味は、そのまんまだよ。
オレたちは、ディアロス族を頼るのさ。
最強のユニコーンの騎馬隊を持つ、北の勇者たちをね。
ファリス帝国との戦いに、彼らを巻き込む……彼らにはメリットの少ない同盟だったが……オレたちは彼らの都を襲った『ゼルアガ』を討伐した。
……この功績を『利用』する……?
素晴らしい行いではないかもしれないし、彼らがどれだけの犠牲を払ってくれるかは不透明だ―――。
だが、これに政治的な価値はある。
極北の雄、ディアロス族の騎馬軍がオレたちに手を貸してくれる。その事実は、ファリス帝国には大なり小なりのプレッシャーになるだろう。
なにせ、今まで帝国が侵略出来なかった土地の猛者どもが、この戦に参戦することになるんだからな。
帝国軍の守らなければならない地域は拡大して……人材物資の面で、大きな負担となるって寸法さ。帝国軍のランニング・コストが上がる……いい打撃だよ。
欲深いファリスの豚どもには、敵の数が多少増えるよりも、金銭面の負担が増える方が、効果的だ。豚どもの皇帝、ユアンダートは、金銭にまつわる欲望を利用して、侵略戦争を組み立てた男だからね。
ヤツの支持者どもは、ヤツ以上に、金に汚かろう。帝国の財政を攻撃することは、本当に大きな意味を持つんだよ。
そして……ユニコーンの騎馬隊は、ジュリアン・ライチを説得する材料にもなるはずさ。
……そうなれば?
―――そうなれば、ザクロア都市連盟とルード王国の軍事同盟は成り立つ。ファリス帝国軍、『岩砦』のクレインシー将軍が率いる第五師団と『決戦』になるだろう。
勝てるぜ。
ユニコーンの騎馬隊がいれば……もちろん、大きな犠牲を伴うだろうがな……。
オレは……やはり、女にモテない死神のままなんじゃないだろうか?
ガルフ・コルテス。オレはアンタの口調を真似て、アンタの心を真似ようとしている。でも、憎しみは消えない。誰も憎んでいなかったアンタとは、決定的に違う……。
だが。
そうだとしても、オレはアーレスとの約束を果たすぞ。
名誉などいらない。復讐の果てに、全てを失ってもいい。
罪にまみれて、痛みと苦痛の道を進もう。
どんなことでもしてやるさ。
そして、ガルーナと同じ風が吹く、あのルードの地を、守ってみせるぞ。
……いつか、作ってみせる。
二度と、オレの故郷みたいな場所が焼かれない世の中を―――『全ての種族が生きていて良い世界』に、オレの子供たちを託すんだ。
―――ディアロス族は、南から訪れた魔王たちを褒め称えた。
勇猛なる彼らは、魔王の言葉に応えてくれる。
酋長のギリアム・シャーネルは、ロロカの父親。
彼はクラリスではなくて、ソルジェ・ストラウスに力を与える。
―――魔王は、ついに『軍』を得た。
北の雄、3000のユニコーンの軍馬隊さ。
数ではともかく、質なれば?
大陸最強の騎馬兵団であることを、疑うことは難しい。
―――竜の翼に、13鬼の猟兵ども。
3000の最強騎馬団……これにガンダラ率いるルードの精鋭が加われば?
難攻不落の『砦』……クレインシーの三万五千人を倒せるかも?
未来の魔王は、そう考える……しかし、野生の勘が、不安を嗅ぐのさ。
―――ロロカも考えていた、ヒトの戦だけのことじゃない。
この北の大地で暗躍している、『ゼルアガ』の双子神ども。
違和感だ、妹神と、姉の神……そこは連動しているのかもしれないけれど?
……『ミストラル』と、その『依頼主』の思惑は?
―――『ゼルアガ』に逆らう、『アガーム』は時にいる。
小狡く、契約した神の力を借りて、自由に生きる。
『ゼルアガ』は、気まぐれだ、それを許す者も過去にはいた。
……何かを企む者がいる、主たる侵略神を出し抜き、死霊たちを操る、影の『王』。
……『ザクロアの死霊王』が。
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