第四話 『その都は静かに、赤く染まって……』 その8


 オレは『ゼルアガ・アグレイアス』の首を回収するつもりだった。記念に剥製にでもして、アジトの床の間にも飾ってやるつもりだったんだよ?悪趣味だって?へへ、上等さ。傭兵団なんて職業は、怖がられてナンボだろ?


 ……でも。残念なことにヤツの頭部は赤い血だまりのなかで、ブクブクと泡になって消えて行く。そうさ、消滅しやがったな。


 もしかして、ヤツは自分の故郷の異界にでも戻っていったのか。それとも、元々がこの世界の存在じゃないんだ。死んで力を失えば、存在を維持する力も失っちまうのかな?


 ……こんなことの『答え』なんて、誰にも分からないことだろうな。だから、オレは気にしないことにした。あきらめが肝心。失恋したときといっしょさ。


「……やりましたね、団長」


 オレの腕のあいだで、ロロカは小さな声でささやいていた。彼女は、壮絶な闘いを見せてくれた。疲れただろう。オレのことを一方的に追いかけてもいたしね……疲れている。打撃を入れられた腹も痛いさ。


 セクハラかもしれないけど?でも、いたわりの心から来た行動だ。ダメージを負っているはずのロロカの腹へと手を当てる。うん、服の下には薄くて軽い鎧が入っている……『ファルジオニウム』の鎧かも。


 そのせいで、オレの指には彼女の肉体の感触は伝わらないし、彼女にオレの手の熱量を伝えることもないだろう。でも、気持ちはきっと……な?


「ああ。よくぞやってくれた、ロロカ」


「……少し、ドジってしまいましたけど。操られて……団長に、傷まで……っ」


「そんなものは些細なことさ。そんなことなんかで、君の勇敢さと勝利の価値は損なわれることはない。今夜の君は、世界の誰よりも優秀だった」


 ロロカはオレのことを、あの青空の色をした瞳で見上げてくる。うん。彼女の瞳は、とても綺麗だ。君には、その自由な色が似合うね。


「……はい。あいがとう。一族と……貴方に、この勝利を、捧げます」


 そして。ロロカはオレの唇を奪っていた。


 オレは驚いた。突然のことだったからな。とても驚いたけど、抵抗は出来ない。そのキスは、すぐに終わっていたしね。


「……どういう意味のキス?」


「あ、あの……その……感情が、昂ぶってのことだと、思っていてください」


「ああ。君が、そう言うのなら」


「リエルには黙っていてあげますから。今の、二人だけの秘密ですよ」


「……おう。大人な二人の秘密な」


 ……そうは言ってみたものの。影が薄いで評判の狼男が、すぐ近くで大変なショックを受けている。


 なんだかオレへの愛が燃え上がっているみたいなロロカちゃんは、一欠片も気づかないみたいだけど、あいつはしっかり見ていたな。後で、口止めしておこう。


 しかし、あいつも散々だなあ。失恋したあげく、恋愛対象のロロカ先生とオレがキスする瞬間を目撃するなんて?


 ……オレのせいだけど、オレは悪くない。だって、ヤツが振られるのは、ヤツのせいだ。ほんと、ジャン・レッドウッドの悲惨な青春日記に、また一ページ分、面白いネタが刻まれた気がするな……。


 まあ、いいか。


 ロロカが、オレの胸に顔を預けてきた。


 デレてる?……いや、それだけじゃなかった。彼女は、泣いていたんだ。


「―――もっと、もっと、早くにここへ戻ってくれば良かったです……っ。そしたら、きっと、もっと……たくさんのヒトを……助けられたはず。私は、いつも、ノロマで……」


「……そうだな。失った命は戻らない。でも、君は、これからも生きていく者として、最高の勤めを果たした。仇討ちは、とても意味のある行為なんだよ」


 オレには分かる。セシルとお袋を殺したクラウリーの首を落としたことで、オレは未来を見ることが出来るようになった……後ろめたさもあるが、だが、セシルはきっと未来へ向かうオレのことを、許してくれていると思う。


 だから、オレには『ゼルアガ・アグレイアス』の見せた悪夢を耐えることが出来た。クラウリーの首を取ったあの夜から、夢で見るのは、オレを、『あにさまー』、と笑いながら呼んでくれるセシルだけだったから。


「死んだ者たちの分まで、生きるぞ、ロロカ」


 猟兵らしくないセリフ?……いいや、そんなことはないぞ。最後の最後まで、生きることをあきらめない。それが猟兵というモンさ。オレたちは日々、命を危険にさらしている。それが戦士の生き様であり、誇りであると信じて。


 だが、それは生きることを、おざなりにしているという意味ではない。誇りのために戦うことが、オレたちの命の表現なだけだ。いつでも、オレたちは全力で生きている。これからも、それは変わらない。


「……はい。ありがとう、ございます、ソルジェ団長……っ」


 大きなつとめを見事に果たしたロロカは、ちょっとその瞳に涙を浮かべながら、笑ってくれたんだよ。




 ―――はるかな雪の国より来たりし、聖なる槍の乙女。


 故郷に戻り、『ゼルアガ・アグレイアス』を討ち取った。


 慈悲の心と、大いなる知恵。


 彼女は一族の雪辱を果たし、北天に響く歌となる。




 ―――もはや、愛を隠すことはなかった。


 ヒトを愛する心は、空のように自由なものだから。


 伝説を作った彼女は、『魔王』の后のひとり。


 『魔王』の子を産んだ、女のひとり。




「……ん?」


 オレたちの『霊槍』が―――また光に戻る。そして、それはユニコーンの姿へと戻っていた。白夜は、ゼエハアと珍しく呼吸を荒げている……。


 よく分からんが、槍に化けるということは、相当に疲れてしまうことらしい。ジャンに今度、訊いてみようか。


 アイツは、狼とヒトを変身しまくっても、大して苦しんじゃいないように見えるが、考えるためのアイデアぐらいくれそうだ。


 しかし、今は、彼女のことも労ってやろう。


「よし。いい子だったぞ、白夜!」


『ぶひいん!!』


 こちらの言葉に白夜はいつになく感情多く答えてくれた。仲良くなれたね。また、いつか強敵と戦うときは、あの魔法の槍の力を見せてくれ。


「……よし。とりあえず、勝ったぜ!!」


 オレはアーレスの魔眼で、ゼファーに命じる。


 ……ゼファー、勝ち鬨を上げるぜ、歌えッ!!


『GHHAAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHッッ!!』


 壊れた聖廟の壁の向こうから、ゼファーの歌が響いてくる。その歌は、今度は聖廟のなかをほどよい音量で駆け抜けていく。


「……いい歌ですね。亡くなられた魂たちを、見守ってくれるような力強さがある」


「……そうだな」


 ―――『どーじぇ』、『どーじぇ』。


「ん?……どうした、ゼファー?」


 ―――ゆにこーんが、たくさん、こっちにくるよ?


「なんだと?」


「え?どうしたんですか?」


「いや、ユニコーンが来ているそうだ。たくさん」


「も、もしかして!!団長、ゼファーちゃんに、騎兵たちが『赤い旗』を掲げていないか、聞いてみて下さい!!」


 ロロカに迫られるがままに、オレはゼファーへ連絡をする。


 ―――あかいはた、たくさん。


「赤い旗が、たくさんいるそうだぞ?」


「……よ、良かった!!そうだ……ジャンくん!!」


『―――え?あ、は、はい!!なんですか、ロロカ姐さん!?』


 失恋のあげくにボーッとしていた哀れなジャンは、その恋愛対象にパシリにされている。うむ。誰も悪くないけど、なんだか、アイツだけが悲惨だな。


「あの鐘を鳴らして下さい、私の指の合図に従って!!」


『りょ、りょうかいですッ!!』


 ジャンはロロカ先生の命令にいつものように忠実だった。壁を蹴って宙へと舞う。そして、釣り鐘から垂れている、鐘打ち用のロープに噛みついた。準備万端らしい。尻尾を合図代わりにブンブン振っていた。


 ……どういう心境だろう?


 失恋した直後に、こんなアホみたいな作業させられるのは……っ。やばい、笑いそう。ダメだよ、オレ、それは無慈悲が過ぎるってもんだぜ……ッ。


「さあ、ジャンくん。ぶん、ぶん、ぶーぶん!!」


 リン!リン!リーゴン!!


「それを、ずっと繰り返して下さい!!」


 ジャンは泣きながら尻尾を振っていた。失恋、ああ、青春の痛みだなあ……。



 オレは失恋したことだって、たくさんあるけど?その直後にロープに噛みついて、こんなアホみたいな作業はしたことがない。


 泣けてくる。今度、あいつに高い酒をおごってやろう。何か良いことが無いと、ジャンのヤツ、悲惨すぎるってもんだぜ。


「はい。もう一度!!」


 リン!リン!リーゴン!!


「……で。この結婚式の鐘みたいな音は?オレと君の愛を誓うディアロスの文化かい?」


 狼が大粒の涙を垂らしていた。スマン、配慮に欠けていたかもしれないな。小粋な大人トークのつもりだったんだが……。


 ロロカ先生ってば、真っ赤な顔になっていた。こっちはこっちで舞い上がってるな。キスの後遺症だね。


「ち、ちがいますよう!?……こ、これは、その……っ。仲間への合図です。勝利の鐘ですよ、勝利の!!」


「愛の勝利だな!!」


「も、もう!!からかわないで下さい!!」


「ハハハ。すまんね。なかなかモテねえんで、こういう機会に恵まれると、オレだって調子に乗っちゃうのさ」


 そう。だから、許してくれ。オレは、本当にモテねえんだ。好意を寄せてくれる女性とか、リエル以外にはマジでいなくて―――。


「……え?団長、けっこう、モテてますけど?」


「―――いつ、どこで?誰にだい?」


 真剣に問いたいことだ。そんな実感はオレには全くないんだが?


 ガッツキ過ぎたか?大いなる謎の答えを知る女、賢者ロロカは苦笑い。きっと、こういうところがオレの女子受けを損なっているところなのだろうな。


「あ、あまり詳しくは言えないですけど……私、四人は知っていますよ、ソルジェさんの……その、あ、赤ちゃん、産んでもいいって思っている方……っ」


「……嘘だろ?そんなにいるのか?どこだよ?」


「ひ、ひとりは……ソルジェさんの目の前にいますけど……?」


 ロロカさんが顔を赤らめながら、オレに告白してきた。うおー!!モテてる!!


「マジか!!で、でも、リエルに殺されそう……ッ!?」


「ああ。大丈夫ですよ。私が狙っているのは、ソルジェさんの『第二夫人』です」


「え?」


「リエルは『正妻』を狙っているんですから。だから、三人でも幸せになれますよ」


「なに、そのシステム?……斬新」


「えーと。じつは、森のエルフは、一夫多妻が基本なのですよ?」


 初耳!ロロカ先生ってば、さすがに博学。


「なんでも知っているね」


「森のエルフ族は男性が生まれにくく、戦乱で男性が死んでしまうことが多いから……だから、だいじょうぶ。浮気じゃないですよ、私たち」


「……なんて、男に都合の良いシステムなんだよ……良かった。ありがとう、森のエルフたちよ!!オレも、そのシステムに参加します!!」


 やったあああ!!ハーレムだ!!オレ、ハーレムの主になれるかも、ストラウス一族の再興がハイペースで進みそうだよね!!


「……でも。あまり、皆の前では、イチャイチャするのはダメですから、ね?」


「あ、ああ……もちろん。節度は持つよ、第二夫人。オレは堅実な世渡りを志すタイプだしね」


「……もう調子に乗っていませんか?」


 ああ。何だろう。オレ、『ゼルアガ』を倒して女運が良くなってきたかも?


 なあ、空のお袋よ、聞いてくれ!!女賢者サマが言うには、オレのガキを産んでくれそうな女が、この広い世界には四人もいるんだってよ?リエルとロロカ先生と……あと、誰だ!?


「なあ、ロロカ。三人目と四人目って―――」


「お兄ちゃああああああああああああああああああああああんんんッッ!!」


 ミアが叫びながらオレの顔面に飛びついて来た。さすがの跳躍力!お兄ちゃんは、その運動能力が誇らしいけど、ちょっとビックリしているぞ!?

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