第四話 『その都は静かに、赤く染まって……』 その7

『僕も!!もう、大丈夫ですッ!!』


 ジャンがそう言った。だが、うん。スマン。ムシさせてくれ。今は、君のターンではない。起き上がった狼は、しばらくその場で勇ましく牙を剥いていたが、オレからもロロカ先生からもリアクションがなかったせいか……悟っていた。


 ゆっくりと、うなだれてしまう。


『……待機してます』


 そうだ。今は、ロロカ先生の活躍の場だぞ?いい子だ、ジャン。お座りして、待ってろ。お前の活躍はお預けだ。オレといっしょに、サポートに回るぞ!


「……さて。それぐらいでは死なないでしょう、『ゼルアガ』ともあろうものが?」


 ロロカ先生は静かに語り、自分が壁に叩きつけるまで吹っ飛ばした魔女へと近づいていく。洗脳……?ああ、大丈夫さ。彼女ぐらい賢いヒトならね、すでに何らかの対策を打っているはずさ。


『……わらわの洗脳を、解いたか?……まさか、ディアロスが?』


「……酷い夢を見せられ、心に隙を作ってしまった。そこを、狙われてしまったようですがね……ですが。もう、大丈夫です」


『なにを、した?』


 それはちょっとオレも気になる。


「『水晶の角』に術で防護をかけました。あなたの音は、もうこの角に響かない」


 なるほどね。洗脳下でありながらも、意識はあったのか。オレと魔女の会話を聞いていたか。そして、打開策を練っていた。うん。この『対応力』こそロロカの力だな。


 ガンダラはあらかじめ予測して準備をしっかりするタイプの副官。事前の準備や情報収集や分析に時間をかける。『策が決まれば完璧』だが、その反面で、不測の事態にはやや弱いところがある。


 ロロカは必要最低限の情報しか集めないし、不要な情報はカットする。準備は少ないため、策の完成度は低いが、策を講じる時間は短くて、こっちに裁量の大きい策をくれるのさ……不測の事態においても、柔軟な対応能力を発揮してくれるのが売りだね。


 ガンダラは攻撃的な作戦立案者であり、ロロカ先生は守備的な作戦立案者ってことさ。


 タイプは違うが、どっちもオレの最高のパートナーたちだ。


『なぜ、そんなことが?他のディアロスには、出来なかったことだぞ?』


「―――その女性は、オレが信頼する副官、『パンジャール猟兵団』のロロカ・シャーネルさまだぞ。他の誰にも出来ないことを、彼女はやれる女だ」


「は、はい。私は、そういう、やれる女です!」


 ん?なんか語弊がある感じの言葉になっていないか?……そうか、デキる女って言うべきだったな。やれる女だと、なんか一回り以上に安っぽくなるわ。


『……ふん。どいつもこいつも、わらわの権能を破りおって……ッ』


「……大した術ですよ。さすがは、異界の神。ですが、もうこれ以上の狼藉は、私が断じて許さない―――今宵、あなたを討ちます」


『……ヒト風情が……ッ』


「名乗りなさい、『ゼルアガ』よ。名前を知らねば、記録にも残せませんよ」


『虫けらごときにッ!!名乗る名前などは、もってはいないのだああああッ!!』


 翼の生えた魔女が、叫び、その肉体から『音』を解放する。


 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!


 おぞましい『音』がヤツからはあふれていき、その身は醜くボコボコと膨らんでいく。


「……なんて、醜い」


『ば、化けてます!?団長、やつは、デカくなってますよ、クマぐらいには!?』


「ああ、そうだな。ロロカ?」


「……まだ、一人でやらせて下さい」


 ふむ。一族の復讐のためか―――そうだな。オレには……とくに、さっきセシルの夢を見てしまったオレには、彼女のことは止められない!!一族の復讐か、見事に果たせよ、ロロカ・シャーネル!!


「よし!!任せた!!討ち取ってみせろ!!邪悪な侵略神の首を、オレに捧げろ!!」


「イエス・サー・ストラウスッッ!!」


 オレの愛しの副官猟兵が好戦的に笑いながら、そう叫んだ。


 いいねえ。冷静な君が見せる、ここぞという時の狂暴に、オレは心を惹かれるぞ!!見せてくれよ、ロロカ・シャーネル。オレの副官よ!!


 君の、復讐の物語をな!!


「でやああああああああああああああああああああああッッ!!」


 ロロカは気合いと魔力を解放し、そのまま『ゼルアガ』へと突撃していく。二回り以上も巨大化し、醜い筋肉のカタマリへと化けた『ゼルアガ』にね。


 怯むわけがない。彼女は、偉大なるディアロス。『バロー・ガーウィック』のロロカ・シャーネルさまだぞ!!


『神を、なめるなああ、角女がああああああッ!!』


 魔力?……いや、『音』……そうか、『振動』をまとった『ゼルアガ』の拳が、ロロカの槍とぶつかった。正面衝突だ。お互いの威力が、衝撃となって、この空間を走った。


「……強い。これほどの魔力を込めても、穿てないとういうの?」


『虫けらの槍なんぞがああ、効くかあああああッ!!』


 『ゼルアガ』が反対側の腕でロロカを殴りにかかる。ロロカの表情は冷静なままだ。そうだ、あんな大振り、いくらパワーがあろうとも、うちのロロカに当たるわけがない。


 ロロカは踊る。そして回避と同時に、いつもの槍で打つカウンターだ。技は完璧。ヤツのアゴ先に石突きが叩き込まれていた。ヒトであるなら、脳が揺れされて意識を失うし、アゴの骨も粉砕骨折だ。


 ―――しかし。さすがは、悪神『ゼルアガ』。ヤツは耐えてしまう。


『ひ、ひひひ!!な、なかなかの一撃だが―――』


「一撃なんかじゃありませんよ」


 冷たい怒りは言葉となった。その直後、振り上げられた槍の穂先が『ゼルアガ』を斬り裂いていた。悲鳴があがるが、ロロカは冷静な顔のまま復讐を続行する。当然だ、それこそが猟兵。


「はあッ!!」


 気合いを込めた声といっしょに、破壊力を帯びた槍の打撃で『ゼルアガ』の頭部を打つ。


『ぐうッ!?』


 さらに回転して、再び石突きで『ゼルアガ』のアゴを打っていた。立てつづけに頭部への致死性の破壊技を喰らっては、さしもの『侵略神』サマも脳震とうを発症するらしい。


『げ、ふう……ッ?』


「倒れる余裕は、与えませんよ!!白夜!!」


『ぶひん!!』


『がふうッ!?』


 ドゴン!!


 鈍い音が響いて、『ゼルアガ』の巨体が吹っ飛んでいた。ユニコーンの白夜だ。『彼女』もまたブチ切れしているようだな。神馬の前蹴りが『ゼルアガ』を吹っ飛ばしていたのさ。


 というよりも、押したんだよ。どこに?


 もちろん、ロロカがぐっと握っていた槍の尖端に向かってる。


『なあ!?』


「我が一族の恨みを、知れ」


 ズギャウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッ!!


 『ファルジオニウム』の刃が『ゼルアガ』の腹を貫いていた。


『こ、こんなあ、ば、ばかなあッ!!』


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 ロロカの槍術が炸裂する。槍を乱暴に引き抜いた後は、何十発も続く突きのラッシュだった。『ゼルアガ』は必死にガードを固めるが、槍はその守りの隙を正確無比に突いていき、悪神の肉体を穴だらけにしていった。


『ぐあおおおうううううッ!!』


「このまま!!決めてやりますッ!!」


「―――バカ、焦るな!!ロロカっ!!」


 まったくもって、悪い予感ほど、よく当たる。ロロカが焦って決着を早めようとしていた。強打をお見舞いしよう槍を振り上げたそのとき、『ゼルアガ』の『音』をまとった拳がロロカ目掛けて放たれていた!!


「ぐううッ!!」


 ロロカはその致命的な一撃を、とっさに槍の柄で受ける。しかし、次の瞬間に槍の柄は弾け飛び、ロロカの胴体に打撃が入ってしまう。


「きゃあ!!」


 ロロカの体が吹っ飛ばされる。だから?当然、このオレが受け止めるのさ。


「……大丈夫か、ロロカ?」


「は、はい。すみません……ッ。ドジっちゃいました」


「いいのさ。それより、よく回避した」


 そう。命中する直前に、彼女は自分で後ろに飛んだ。だから、槍を折るほどの威力は、半分以上減衰されたというわけさ。


「避けなきゃ死んでたぞ。上出来だ」


「……あまりにも、未熟です。貴方に、ヤツの首を捧げろと言われたのに……ッ」


「いいさ。アイツだって、もう限界。よくやった」


『がははあ……ッ』


 『ゼルアガ』が赤い血を吐いていた。穴だらけにされた体からは、もう出血が止まらない。腹なんて、もうグチャグチャにえぐられちまっている。ヤツも、もうすぐ死ぬさ。


『……こんな、こんなことが……わらわは、神だというのに……ッ』


「……貴様は、何がしたかったんだい、名無しの『ゼルアガ』?」


『……ふ、ふふふ……わらわは……ただ、芸術を……そうだ。この白い、氷と雪の世界に……臓物と、肉から……あふれた、ヒトの血の赤を……飾りたい……ッ』


「狂ってやがるな。他人さまに迷惑かけるようなモノは、芸術じゃない。ただの無価値な害悪でしかないよ」


『凡庸な……ヒトの子……風情が―――』


「待ってろ。ぶっ殺してやるから。一応、テメーも女だ、ムダに苦しめるのは騎士道に反するってもんさ」


 オレは拳を握って骨を鳴らして、殺意と握力を連動させる。竜太刀であのクソ野郎の首を叩き切ってやるつもりだ。神さまだって、首を落とされれば死ぬだろ?


 すでに瀕死の悪神は、オレの動きに、己の滅びを予測しているのか、わずかに後ずさりする。逃がしはしねえけどな……だが、彼女の指が、オレの服を引っ張った。


「……団長。私も」


「だが。もう槍は―――」


「あります。とっておきのが……白夜!!お願いっ!!」


 ロロカ・シャーネルが愛馬ユニコーン・白夜にお願いしていた。


 その願いに応えるべく、白夜はいななきながら、その身を光に変えていた。白くてまばゆい光は、ロロカとオレの目の前にやって来る。


 そして、光は形を成すのだ。


『……光の、『槍』だ……ッ』


 うちの狼野郎が、見たままのコトをつぶやいていた。そうさ、オレとロロカの前で、白夜は『槍』へと化けたのだ。ディアロス文化の謎が、また一つオレの前で輝いている。


「こいつは、スゲーな」


「はい。とっておき……『霊槍・白夜』……あの子の、もう一つの姿です」


『う、うう……や、やめろおお!!』


 悪神が後ずさりする……だが、内臓を破壊されたヤツの足取りは悪く、怯えきった双眸は『白夜』を見てしまっている。


 ははは。ヤツは、もう自分を殺すその兵器からは、目を背けることは出来やしないのさ。恐怖に呑まれる。そう、ヒトも神も、本能はしょせん同レベルだな


「団長、手を貸して下さい。この槍、とても重たくて」


「いいぜ。やっぱり、とどめはアレか?」


「はい。もちろん、アレです」


 オレとロロカはそれぞれの指で『霊槍・白夜』を握りしめる。温かいね。そうか、これは彼女の……白夜の命の温もりか。


「いきましょう!!」


「おうよ!!」


『や、やめろおおおおおおお、くるなああああああああッ!!』


「でやああああああああああああああああああああああッッ!!」


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


 オレとロロカが槍を構えて、走って行く。そうだな、ディアロス族の騎兵の『誇り』!!正面突破だよッッ!!―――ディアロスを虐殺した貴様を始末するのに、これほど相応しい技はあるまいッッ!!


『い、いやだああああああああああああああああああああああッッ!!』


 ザギュシュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッ!!


 悪神の胸を穿ち、その奥にある心臓をも『霊槍・白夜』は貫き破壊していた。心臓に突き刺さったそのとき、白夜はいななきと衝撃を解き放つ!!


『ヒヒイイイイイイイイイイイイイイイインンンンッッ!!』


『がはあううう……ッッ!?』


 槍の身から放たれた衝撃が、悪神の中身をさらに破壊してしまった……悪神は、砕け散りそうな肉体を、ふらつかせ、その槍から己の身を抜いた。


 ヤツの目には、もう命の光はわずかだけだ。最後の慈悲をくれてやろう、選ぶのは、貴様次第だが?


「……おい。『芸術家気取り』?無名のままに死ぬのかよ?」


『……わ、わらわは……『あぐれいあす』……ッ』


「そうかい。じゃあな!!ロロカ、首を落とすぞ!!」


「はい、ソルジェ!!」


 オレたちは霊槍を振り抜いて、『ゼルアガ・アグレイアス』の首を、刎ねて討ち取った。大量の赤が、悪神の体から解き放たれていく……ヤツも満足だろう。


 これだけ盛大に好きな色に染まって、その血だまりのなかに、デケー頭を転がしたんだからよ。

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