第四話 『その都は静かに、赤く染まって……』 その6


『ヒトごときにか?』


「ああ。だいぶ、分かったぞ?アンタの術の『起点』は、『音』だ。『音』を浴びせてモノを操る。ヒトの心も、物質も。違わないだろ?」


『……フン』


「素直な女は嫌いじゃないよ」


『それが分かったからといって、どうすることも出来まい。『音』の速さを、ヒトは逃れる術を持っていまい』


「耳の穴をふさぐ―――じゃ、効果はないだろう。これは肌や、『角』から入ってくる術だからね」


 沈黙。ほんと、素直な女だこと。


「しかし。万能じゃないようだ。時間切れしちまえば、死にかけのばあさん一人操れねえと来た……アンタにとって、『水晶の角』を持つディアロスは、コントロールしやすいはずなのにね」


『貴様……ッ』


 魔女の顔が歪む。ほんと、『恐怖』は誰にでも有効だね。ロロカ先生に命令することも忘れて、自分の術が暴かれていく恐怖に怯えながらも……耳を貸す。怖いモノほど気になるもんさ。ほんと、能力はスゲーが、戦士としては超一流って程じゃない。


 考えさせたらマズいのなら?とっとと攻撃してくるべきなのにな。


「……しかも。どうやら、操りにくいタイプもいる。ジャンのヤツが、あの程度のダメージでまだ起きやがらないのを見ると、アンタ、ジャンにも術をかけているだろう?」


 また、無言。無言のままオレをその金色の双眸でにらんでいるね。どこまでバレたかが気になってしまっている。そして、行動がおろそかになる。二流戦士め。猟兵団には入れねえな。


「ジャンを洗脳することは出来ていない。ただ、大人しくさせているだけ……能力に限界を感じさせる」


『その狼が異常なだけだ。それは、姉上さまの『力』を帯びてしまっている。それが、わらわの『音』を邪魔しておるのだ』


 開き直りやがったな。なるほど、二流戦士よりはマシだ。弱点を受け入れる度量を持つ戦士は、それなりに油断ならない相手だぞ。


 そして、ロロカ先生ってば大当たり。こいつら『双子神』らしい。姉妹神かもしれないが、どっちも同じ。悪神勢力の構図というか人間関係も、ちょーっと見えてくるね。


『それに……仕組みが分かっても、どうすることも出来ないだろう?』


「いいや?どうにか出来そうだぞ」


『口からでまかせを!!』


「ここを寝床に選んだのは、造りが頑丈なのと……おそらく、『歌』を反響させやすい造りだからだろ」


『……そうだ。だから、どうしたという?』


「お前の能力を向上させるためだろうね。でも、逆手に取られることもある」


『逆手?』


「そう。たとえば、オレが大きな声で歌うとか?」


『……ハハハハハハハ!!やってみるがいい、ヒトの喉で、わらわの術を崩すほどの音など、出せると思うたか!?』


「いいや。オレもさすがにそれは思ってねえよ」


 大声には自信があるけれど、さすがにそこまで途方も無い大声を出せるとは思っていないよ。試してもいいけど、ムダだったら恥ずかしいし、疲れそうだし?


『……貴様は、何を企んでいる?』


「……ヒトの心は操れるのに、ヒトの心は分からない。そこらも、アンタの残念なトコロだよね、神さま」


『わらわを、愚弄するか』


「愚弄しないさ。これから、ぶっ殺す相手を、バカにしたりする趣味はねえ」


『女!!この無礼者を、槍で突き殺せッ!!』


「はああああああああああああッ!!」


「―――来いッ!!ゼファーぁああああああああッッ!!」


 ドガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンッッ!!


 聖廟の壁が破裂して、突撃してきたゼファーがこの空間に顔を出す。


『きたよ、『どーじぇ』?』


「おう!歌えええええええええッッ!!」


『GHAAAAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHッッ!!』


 『バロー・ガーウィック』の聖廟のなかで、竜の歌が響いていく。大音量だぜ、鼓膜どころか、肺の底の横隔膜さえもブルブル震えちまう!!音が反響し合って、そのせいで、いつもの何倍も、うるさい!!


『ぐっ!!耳が、痛むッ!!』


 魔女が苦しんでやがるぜ。そして、ロロカは?


「……っ」


 立ち止まり、苦しそうな顔をしている。彼女の手が槍を放す。そのメガネの下にある瞳が、紅から水色に戻っていく……いい傾向だ。


 音であやつられているのなら?もっと大きな音で上書きしちゃいましょう。アホな発想だが、有効だったようだな。


「ゼファー。もういいぞ、お前は撤退だ!!持ち場に戻れ!!」


『りょーかい!!』


 ゼファーが顔を引っ込めて、空へと戻っていく。当然だ。もしも、あの魔女にゼファーが音で操られちまったら?オレたち、全滅必至。上空から町ごと火葬されるってのもあるわけだしね。


 さて。オレは魔女よりもロロカのそばに行く。倒れかけるロロカを受け止める。うん。どうにか大丈夫そうだな……。


 ジャンは―――耳が良すぎるせいだろうか?術は破られたらしいが、今度は音に酔って、手足をガクガク震わせているんだけれど。難儀な能力だ。どうして、コイツのポテンシャルの高さは、悪い方へと転がりがちなんだろう?


 こないだリエルが言っていたな。ジャンは『運が悪い』……なんか、開運グッズとかプレゼントしてやろうかな。


 でも。せっかくプレゼントしたら、『ありがとうございます、これ二つ持っています!!』……とか、涙なエピソードになりそうな予感がするけれど……っ。


「まあ、いいさ」


 オレはロロカをその場に寝かす。


 大丈夫そうだな。


 さて……。


 オレは魔女へと振り向いた。


 だが、アイツはなかなか素早く動いていた。一瞬で、オレのそばに立っていた。そして、ヤツの手がオレの頭を左右からつかむ。ヤツの金色の双眸が、オレをのぞき込んでいた。


『……あわてないのだなあ?』


「ああ。近づいていたの、知っていたから」


『……どうしてだ?』


「使えよ、テメーの術。オレにだけ、集中してな」


『もちろんそうするが、何故だ?何故、それを望む?』


「……ちょっとした時間稼ぎ。部下のためにね、体張るのも団長のお仕事。お前を倒すのは、オレじゃなくて、ロロカ・シャーネルであるべきだ」


『面白いぞ、小僧。わらわの『音』を、思い知るがいい―――『眠れ』』


 たしかに、『ゼルアガ』の権能って言うだけのことはある。そんな言葉ひとつで……オレの意識は暗転し、悪夢のなかへと落ちていくのが分かった。


 体がその場に崩れ落ちてしまう。


 崩れ落ちていく最中に、オレはロロカとジャンを見る。うん。あいつらの体が、動く。魔眼が教えてくれたぞ……魔力が、たぎってきている。いいねえ……さて。


 ……あとは、オレがコイツの術とやらに、耐えられるかどうかの問題だな。




 ……気がつけば。オレはガルーナにいた。ふむ。幻覚か?ありがちな異能だが、なかなかリアルなモンだな。そこは、オレの家があった山奥の里さ。ほら、これがオレの家、懐かしの我が家。


 ほんと、完全再現だね。景色も完璧だよ。風車に段々畑。遠くに見えるガルーナ連峰の山々……見知った世界だ。再現されすぎているな。アイツは、ヒトの心を読む力はない神なのに?


 つまり、ヤツに命じられると、心が勝手に動くのか。思い出しなさい。そう言われたから、ヤツが知らない状況でも、再現できるってわけか。


「まあ、いい。どんなことを、してくるんだ?……といっても、ヒトの心を揺さぶるという行為に、それほどパターンはねえよな?」


 もちろん予期している。どうせ、ヒトのトラウマでもえぐる気だろ?


 だから、一度だけ深呼吸して心を落ち着ける。そして……。


「さて、トラウマちゃんと向き合いますか」


 オレはそこを見るために、足と首を動かしていた。どこかだと?……そんなもの、決まっている。うちの里の竜教会だよ。


「……ほらな」


 燃えている。あの教会が、燃えている。バルモアとファリスの兵士どもに、あの小さな場所へと村の全員が押し込まれて、火をかけられていた。


 悲鳴があがる。悲鳴がね。


 オレがガキの頃から知っているヒトたちの、断末魔だ。熱い、助けて、苦しいよう、竜よ、竜騎士よ、わたしたちを、たすけて―――。


 奥歯を噛みしめる。奥歯が割れちまいそうなぐらい、揺れているのが自分でも分かるさ。そして……予想通りの声を聞く。


「あにさまあああああああああああああ!!あにさまあああああああああああ!!あついようううううううううッ!!あにさまああああああああああああッ!!」


 オレのセシルが……オレの妹が、炎に焼かれていきながら、最期まで……オレを、呼んで……ッ。オレに……ッ。くそが……ッ。『ゼルアガ』め……ッ。


 顔が、怒りと悲しみで歪み。涙が、あふれてしまう。


 分かっていたが、予測していたことなのに……ッ。オレは、その場に膝から崩れ堕ちた。


 そして……。


 気がつけば、雨が降っている。


 とても冷たい涙雨だ。9年前の涙雨。


 オレは、両手のなかを見る。


 アーレスの力で見つけることが出来たんだ、セシルの骨をさ。


 焼けちまって、手のひらに乗せられるぐらいに、7才のセシルは、ちいさくなっていた。炎に焼かれたせいで、まだ、熱くて……その白いはずの骨は、赤くなっていたんだ。


 手のひらが、焦げていく。


 それでも、かまわない。


 泣きながら、すべての指でお前を包む。雨の降る空へと叫び声をあげながら、オレは、セシルの骨を握りしめるんだ―――。




 たくさん泣いて、大きく叫んで、そして……気がつけば。


 オレは、また家の前に立っていた。


 そして……また、炎の焦げたにおいがして、叫び声が聞こえてくる。


 ……そうか。『ルール』は読めたぞ。コイツは、ずいぶんとエグいことをしてきやがるな。『エンドレスで、繰り返す』のかよ。このトラウマを……ッ。




『……ふふ。たやすいのう、ヒトの心を壊すことなど?わらわが一言、命じれば良いのだからな。最も辛い記憶を、繰り返し見せれば……このような蛮勇さえも、壊れて―――』


「―――そうでもないぞ」


『なッ!?』


 オレは悪夢のなかから戻って来ていた。


 魔女が、オレから跳び退く。


 だから、竜太刀は『外れてくれた』……そうだ。当てて殺しちゃいけねえよなあ。コイツはオレの獲物じゃあ、ないんだから。


『……な、なんだと!?どうなっているんだ!?』


「……オレの心が壊れないことが、不思議なのかい?」


『そうだ……ヒトは、己が身に起きた最大の不幸に、耐えられない。それを無限に見せられたなら、追体験を強いたならば……心は、圧壊するはずだぞッ!?』


「……君は、勘違いしているぞ」


『……何をだ?』


「オレの心が壊れていない?……バカをいえ。もう、9年前のあの日から、ずっと、壊れっぱなしなだけだ」


 だから。これ以上は、壊れねえんだよ、クソ魔女よ。


『……ど、どうなっているッ!?き、貴様は、なんだ!?何なんだッ!?』


「この世界で、いちばん怖いヤツさ」


『こ、怖いヤツ……ッ!?』


「そうだよ、この世界の新しい『魔王』……ソルジェ・ストラウスだ」


 その言葉を放った唇が、歪んでいくのが分かる。そうだ、オレは笑っている。そうだ、この『ゼルアガ』ちゃんにお礼を言わないとなあ?


『……ま、魔王、ソルジェ・ストラウス……ッ!?』


「そうだよ。逃げるな、オレは、殺さない。むしろ、礼を言いたいのさ」


『礼……だと?』


「そう。ありがとう。おかげさまで、久しぶりに妹の声を、『たくさん聞けた』よ」


 そうだ。セシルの声を、たくさん、たくさんね。


『……それなのに、なぜ、貴様は、笑う……ッ!?』


「猟兵ってのはな、絶望を知り尽くしているんだ。自前のも、他人のも。この乱世を生きぬいてきたオレたちは、あらゆる絶望の味を知っている」


『それなのに、何故、膝を屈せぬ!?』


「……絶望を糧に変えるのさ」


『なに……!?』


「知らないのか?絶望を喰らって、オレたちは何度でも立ち上がる。だからこそ、オレたちは強い。オレたちは、絶望などに負けたりはしない」


『ヒトは、それほど強くはないはずだ』


「オレたちは、ヒトである前に猟兵だ」


『……猟兵?』


「そうさ。無限の苦しみを味わう度に、それでも、オレたちはより強くあろうとあがきつづけたから、猟兵になった。この世界で、最も強く、狂暴な戦士にな」


 魔女が、後ずさりする。恐怖に呑まれたような表情で?いいや、実際、そうなんだろうよ。世界を侵略しに来た悪神『ゼルアガ』サマに怖がって頂けるなんて、うれしいね。


『し、知らんぞ……わらわは、貴様らのようなヤツは、知らんッ!!』


「だったら、覚えておけ。世間勉強になるよ。我らは、猟兵。我らは『パンジャール猟兵団』。そして、オレはその団長さ……もう一度、言うぞ?我が名は、ソルジェ・ストラウス。この世界の、新たな『魔王』だ」


『ふ、ふざけるなああああああああああッッ!!』


 魔女が、指を鳴らして大鎌を両手に召喚する。そして、ヤツはその鎌をオレに目掛けて振り下ろしてくる。死神の鎌を持つ、天使サマ?


 いいね。悪い神さまっぽい。でも、残念。そんな攻撃は、もうオレには通じない。いいや、届きもしないさ。


 なぜならば?


『わらわの前から、消え去れ、魔王よ!!ソルジェ・ストラウスよおおおおおおお!!』


「―――『虎風』ッ」


 そうさ。オレには猟兵の仲間がいるのさ。


 ロロカ・シャーネルが、オレのそばを駆け抜けて、全霊を注いだ槍の突き技を見せつける。足で加速し、体を前傾させてなお加速、最後には頭を傾けながら前傾加速し、広背筋の力を使って、槍を突く!!


 なるほど、『虎風』。名前負けしねえ、素晴らしい威力の突きだ!!


『ぬ、おおッ!?』


 ガギュウウウウウウウウウウンンンッ!!


 魔女め、反応し、ロロカの突きを止めやがった。だが、ダメだ。パワーが違う。今のロロカ・シャーネルは、普段の三倍は強い。故郷を破壊され、同胞を殺された。さらに、貴様なんぞに操られるという屈辱を浴びた。そりゃもう、ブチ切れてるさ。


「―――悪神よ。私の突きを、止められると思うな」


 青く冷静なる怒り。それを全身から放ちながら、ロロカはさらに突きに力を込める。


『ぐ、ぐおおおおおおおおおおッ!!』


 魔女が粘るが、もう限界だ。槍の穂先を受けていた大鎌が砕かれる。だが、砕かれる瞬間に技巧をつかって、ロロカの槍をいなした?……いいや。ロロカは踊ったんだ。ほら、横から貴様の頭を、ブン殴っちまうぞ。


 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンッッ!!


『が、は……ッ!?』


 ロロカの槍の打撃を浴びて、翼の生えた魔女は吹っ飛んでいた。ロロカが槍を構えなおしながら、語った。


「―――ディアロスの槍は、変幻自在の天衣無縫。一度それを止めたぐらいで、しのいだと思われては……心外ですね」


 オレの愛しの副官サマ、完・全・復・活っ!!いい意味で、ウルトラ怖えぜ!!


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