第四話 『その都は静かに、赤く染まって……』 その5
「はああああああああああああああッ!!」
洗脳状態のロロカ・シャーネルは、オレに対しても容赦がない!!その突きは五月の雨のように激しく、オレの逃げ道をどんどん封鎖していく。
一撃一撃の重さこそ劣るが、槍の穂先の『ファルジオニウム』とやらの性能を考えると、オレのミスリルの竜鱗鎧なんて容易く貫いてきそうだな!!
「……っと!?」
クソ。余計なことを一瞬考えていたら、避け損なった。かすっただけだが、オレの篭手をやはり容易く貫いて、その下の身まで達しやがるな。
『ハハハ!!防戦一方かえ?つまらぬのう。殺し合えよ?』
「勝手なこといいやがるぜ……ッ」
「でやあああああああああああああッ!!」
ロロカ先生の槍のコンボだ!?三段突きからの意表を突いてくるような石突きのかち上げに、間合いを詰めて潰そうとして近づけば、ターンしながらの石突きのカウンターだ。
それを躱しきれずに額にもらう。その衝撃で視界が揺らぎ、彼女はオレの手が届く範囲から離脱してしまう。操られていても賢い。オレがダメージ覚悟で接近していたことを気取ったらしい……っ。
ちくしょう。まいったな、どうにも近寄れんぜ。
近づけさえすれば、槍を奪って、押し倒し。そのまま締め落として無力化……って策もなくはないんだがよ。
『どーした?手を出さないのか?』
「うっせーよ。ロロカに竜太刀なんて振れるかよ」
『ほう。その女を愛しておるのか?あの肉体と夜な夜なまぐわっておると?』
「プライベートな詮索は、しないでもらおうか?こちとら仕事中でね」
『ははは。面白い。昨夜は愛し合った恋人同士が、今宵は殺し合う。わらわは好みじゃぞう、そのような悲劇はな』
「安いハナシだぞ」
『面白いコトは、素直に楽しめ。夜な夜なお前自身で串刺しにしてきた女が振るう槍に、今日はお前が串刺しにされる。面白いだろ?そして、お前が死ねば?その女の術を解いてやろう。お前が揉んで口で吸ったあの巨乳に……抱かれて、泣かれるのも一興だろう?』
……くそ、神さまにセクハラされてるぜ……っ。しかも、実際はそんなことしていないのに、オレはどんなスケベ野郎認識されちまっているんだ。
しかし、コイツ、オレとロロカ先生をそういう関係だと『誤認』したな。
ふむ。心は操れても、心の中までは読めないということか。
情報をひとつ、手に入れた。セクハラも受けてみるもんだ。勉強になったよ……ッ。
「せいッ!はあッ!!とうッ!!」
ロロカ先生の槍は容赦なく、こちらを襲いつづける。竜太刀で穂先の突きを弾きながら、ステップワークでとにかく逃げるのみ……。
情報を集めろ、情報を……っ。
この状況は、どうすれば打破できる?
この洗脳を解除する方法はあるのか……?
そうだな、コレは永続的なわけじゃないはずだぞ。だって、ばあさんの洗脳は解けていたんだからな。操られて自ずと串刺しになったとしても、そこまで深刻な洗脳状態でも、解けていた。
じゃあ、それが解ける条件ってのは何だ?
オレはロロカから逃げ回りながらも、とにかく頭を働かせる。
……数時間すれば、解けるのだろうか?……あり得るな。それならロロカに追いかけられながら、この街を走りつづければいいのか?……しかし、そんなことしているあいだに、他のヤツが操られでもすれば、状況は悪化する。
そうだ、複数を操れるんだ、コイツはね。リエルやミアまで操られたら、手がつけられなくなる。
……しかし、疑問もわいたな。
オレとロロカ先生とジャンがいる。なんでオレじゃなかったんだろうね?見た目からして納得してくれるだろ?このメンツのなかで、戦闘能力が最も高いのはオレだ。
操れるのなら、オレを操ればいいのにね。それを選ばなかった。
つまり。オレには、その洗脳はかからないのか?
どういうことだ?洗脳しやすいのか、女性の方が?……そして、ディアロス族の方が?考えられるな、町ごと操られていたようだから―――。
「……『水晶の角』か?」
『ん?……何のことだ?』
「どうやっているのかは知らないが、ロロカを洗脳したのは、ディアロス族がお前にとって洗脳しやすい相手だからか?」
『どうであろうな?』
「オレを洗脳していない。明からに、お前を討てる能力を有していそうなオレをね」
『自意識過剰だぞ?』
「そうかい?その内、お前の体で試してやる。この竜太刀で、『ゼルアガ』が斬れるかどうかな」
『……女、それを黙らせろ。不快な声じゃて』
「はあああああああああッ!!」
『魔女』に命じられたままに、ロロカ先生がオレを激しく襲ってくる。いい動きだ。防御と回避一辺倒のせいで、ちょこちょこいいのもらっちまうが……攻撃は出来ねえ。
ロロカを傷つける?男として、それは出来ないことだし―――それこそが、あそこの煙管女の目的だろうしな。
お前が喜ぶようなことは、してやらんぞ?
「……待ってろ、ロロカ。その洗脳を解く術を、見つけてやるからな!」
『分からぬよ、わらわの術を解く術など』
「きっとある。そうでなければ……お前は、もっと多くの街で暴れているだろう。こんな世界の果てのド田舎でしか暴れてねえのは、テメーの能力が知れているからだ」
『……ほざけ』
オレの侮蔑系トーク力によって、あの魔女が切れて飛びかかって来てくれたら楽なんだが、それでもアイツは動こうとしないな。
動かないことが、洗脳を続けるコツ?あるかもしれんが、確証は得られない。そもそも、どうやって洗脳したんだっけ?
いつした?気づけば、ロロカは敵にされていたか?
キッカケは、いつだ?何だった……?
……ふむ。思い当たるアクションは、アレしかねえな。
「……アンタ、ロロカのことを、あの『歌』で洗脳したのかい?」
『さてな』
魔女は否定も肯定もしない。色々と考えさせられる言葉には違いないが、他には無いと思う。ロロカ先生は、あの歌を聴かされて、怒っていたな?……思えば、冷静沈着な彼女にしてはおかしいかもな。
あんなチープな悪口に、乗せられるような安い女じゃないはずだぜ。
あの怒りも、彼女らしくない。彼女の怒りは、もっと静かに燃える怒りさ。まあ、故郷が襲撃されたという特殊な状況が作用しての怒りだと思っていたが……。
―――そうじゃないのなら、あのときの彼女は『洗脳されていた』か、『その準備段階』にいたようだ。通常の精神状態ではないから、彼女らしくない怒りを発露していた?考えられなくはないだろ?
とにかく、歌か。耳から入る情報に、脳が支配されるのか?でも、オレもジャンも平気だったが……そうか?耳だけが、歌を感じられるとは限らんな。歌とは、つまり音、圧波であり振動に過ぎん……空気の揺れならば、肌でも感じるよね。
ロロカには、オレたちにない感覚器官も生えているぞ。
『ちょこまかと、動きおる!!つまらない!!殺し合って、貴様らのなかの赤をさらけ出すんだ!!』
「でやああああああッ!!」
「ヒトが考え中なのに、お嬢さん方、あんまり騒がないでもらえるかね?」
ガギイイイイイイインンッッ!!
ロロカ先生の突きを、竜太刀で防いで、いなし。そして、コソコソとステップ刻んで間合いを取った。
『ちっ。また逃げるか。卑怯者め』
「魔女サンにそれを言う資格は無いんだけどね」
……やっぱり、『ゼルアガ』の思考回路は歪んでいるね。さすがは異界からの侵略者だ、オレたちの常識が通じない。
そう。連中は、『ゼルアガ』というのは、色々と変わっている。ヤツらはオレたちが体内にもつ魔力、それを使って発現させる能力―――いわゆる魔術を使わない。それを使うのであれば、オレたちでも気配に感づけるからな。
さて、この魔女さんの力。『魔力じゃないモノで操る』ね―――いやいや、既視感のある発想だぞ。
そうさ、『ユニコーンとディアロス』。彼らは心をつなげているようだが、魔術によるものじゃないよな。魔力由来の現象なら、オレたちにも気づけるし。
……似ているね、この魔女と、ディアロス族は……魔術じゃない仕組みで、他者を操る。ふむ。だから、ここを狙ったのかな、この魔女サンは?ディアロス族なら、とくに汚染しやすいのか、あの歌で。
さーて。確認しないとね?……白夜は、今、沈黙し、微動だにしていない。
様子は変だな。つまりは、大なり小なり、洗脳されている状態にあるのか?……それでいて、ロロカほど露骨に敵対して来ないのは、『洗脳』が『薄い』から?
……つまり、『水晶の角』が『一本しか無いから』、あの歌に潜む『何か』を『拾い切れない』のかね。
うんうん。悪くねえカンジ。
「……へへへ。なーんか、どーにか、なりそうな気がしてきたわ」
『防戦一方なのにか?そこそこ突きももらったな?血が流れておる』
「考えながら、うちのロロカ先生の攻撃を、完全には避けられるワケねーだろ?」
こんぐらい覚悟しているよ、オレのケガなんて、いくらでも許容してやるさ。彼女を傷つけたくない。大切な仲間だし、女性だし……それに。
この復讐劇の主人公は、彼女でなくてはらないからな。テメーを殺すのは、オレじゃない。ロロカ・シャーネルこそが相応しい。戦いに差し支えるほどのケガをさせては、申し訳が立たないさ。
「まあ、流した血に見合うだけの収穫はありそうだぜ、魔女サンよ?」
『……ふん。バカの血に、それほどの価値があるとは思わんがな』
「手厳しいねえ―――っと!!」
「はああああああああああああッ!!」
槍の振り下ろしが来る。ほう。どーした?ロロカ先生にしては、お粗末だな。このリズムは、彼女のリズムじゃない―――焦ってるのか、魔女サンよ?
テメー、今、ロロカを無理やり動かしたな?攻撃しろと、オレを黙らせろと?これ以上、考えさせるなと?
「はあッ!!」
オレは竜太刀を横に振るい、ロロカ先生が振り下ろしてきた槍を叩き折ってやる。彼女には、もちろん傷一つつけちゃいないよ。
「くっ!!」
ロロカ先生が素早く動き、オレから距離を取っていた。追いついて押し倒して拘束することが出来たタイミングだが……オレはそれをしない。魔女の動きを観察したいからな、このアーレスのくれた魔眼でね。
『……無様な。槍を斬られるとはな。ほれ、サービスだ。修復してやろう』
翼を持つ魔女はそう語り、パチンと指を鳴らした。鳴らしたな。『音』を使った。そうすると?オレが叩き切った槍の一部が浮かび、ロロカ先生の握る、途中で切断された槍に向かっていき、くっついてしまう。
どの段階においても魔力は感じない。なるほど、これが『ゼルアガ』の権能か。
「大したもんだな。物質を修復することも出来るのか?」
『まあな。わらわは、神である。貴様らとは異なる領域の存在だ』
「ついでに穴だらけにされてるオレの鎧も直してくれないかい、神さま」
『ほざけ』
「怒らせちまった。だが、確かに術を見せびらかすのは、良くねえよなあ」
『はあ?』
「……あまり、ヒョイヒョイと力を使うべきじゃないな。どんな理屈か、見破られるぞ」
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