第四話 『その都は静かに、赤く染まって……』 その4
その空間は広く……怒りを帯びた白夜のステップを高く響かせる。天井が高く、ドーム状?いや、塔の内側は空洞で、納骨のためのスペースは、内壁に這うように設置されているのか?
天へとつづく螺旋階段が内壁に沿うように走っている。まるで、そうだな……『天国への階段』?そんな設計思想なのかもしれないな。聖廟らしい発想かもしれない。
ジャンがそれを駆け上っていく。白夜もそれにつづいた。なだらかで一段一段が広い階段ではあるものの……馬が躊躇なく狭い場所を走れるとはな。さすがだぜ、ユニコーン。馬ではない、ユニコーンだ。
敵の気配は、まだ無い。
索敵への意志は緩んじゃいない。魔力も気配も観測不能の『ゼルアガ』……そう言われるがままにあきらめてたまるか。アーレスの魔眼を継承した男だぞ、このオレは?
左目の魔眼を金色に光らせながら、オレはあらゆる情報を識ろうと必死だ。感覚を上げていく。
あらゆる違和感を先取りすれば、観測不能とされた『侵略神』の気配だろうとも、察することは出来るんじゃないだろうか?
ムリでも、チャレンジし、この魔眼を極める訓練になるぜ。やってやる。オレは、ジャンのような若手に、劣っている部分があるのをすんなりと認められるほど、まだまだ年くっちゃいねえ!!
魔眼とその他の感覚が融け合っていき、オレのあらゆる感覚を高まらせていく。そのおかげかね?『ゼルアガ』の鼓動も吐息も聞こえなかったが……この階段が、不思議な音と振動を放っていることに気がついた。
「……この階段、金属……なのか?」
「ええ。さすがの眼力ですね。それに気がつくなんて」
「うん。魔力が、流れてる。どうなっている、ミスリルなのか……?それにしては、この高い音と、風に響くような振動は、一体なんだ?」
「……これは、ミスリルではありません。我々が独自に編みだした錬金魔鉱物……『ファルジオニウム』……羽根のように軽く、刃に加工すれば、鉄をも斬り裂きます」
「なるほど。君の槍の穂先の素材は、コイツなのか」
「……はい。ソルジェ団長がお望みなら、今後は、作って差し上げます」
「いいサービスだが、どうして?ディアロスの伝統か?聖廟の階段の仕組みに気づいた者には、『ファルジオニウム』を差し上げろとか?」
「ちがいます。私が、そうしたいから」
「……オレ、モテモテだ」
「ええ。悪い殿方ですわ」
『……がう』
ジャンが失恋してる。そうだよね、ジャンくんは、ロロカ先生のやさしさと母性に憧れを抱いているものね。だが、失恋ぐらいで戦意を削ぐな。
『ガオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンンッッ!!』
若きジャンが悩みを断ち切るために咆吼を上げる!!そして、今までよりも、ちょっとだけ速くこの階段を駆け上り始めた。
白夜が触発されたかのようにスピードを速める。うむ、負けず嫌いの良いユニコーンだ。やはり、戦場を駆ける軍馬とは、こういう気概がなくてはな!!
オレたちがこの巨大な塔の中腹までを登り終えたころ……その『歌』は、唐突に始まりやがった。
『―――その都は静かに、赤く染まって。誇りも力も失った。腰抜けの角どもめ。今はただ静かに、わらわの夢を形作るために在る……』
若い女の声だった。さっき、『像』から助けたばあさんが言っていた言葉を思い出す。あの『魔女』。ばあさんは、ここにいる『ゼルアガ/侵略神』のことを、そう呼んでいたな。
『魔女』ね……つまり、ヤツは女には見える形をしているらしいな。
ばあさんがもう少し健康そうなら情報収集をしていたが、衰弱が著しかったからね。
はあ、未知の敵に無策で挑む。ガンダラがいたら、叱責されそうだが……すまんね。これも性分。
だいたい、今の副官さまは、もう冷静ではいられないさ。
故郷を破壊されたんだからな。だから、サポートはオレがする。
『―――角は、わらわにひれ伏した。獣と語らう卑しきヤツらの剥製だ。肉と内臓からは血を採って……凍った街に赤き命の彩色を、くれてやったのだ。それは慈悲、それは喜び。そうだというのに蛮族め……わらわの寝床に馬で入るか』
「……ディアロスを、私たちを……侮辱する歌を、歌うなああああああッ!!」
ロロカ・シャーネルが激情のままに叫んでいた。だから、オレは彼女に命じる。
「ロロカ。落ち着け。オレの言葉の意味が分かるな?安い挑発には乗るなと言っているんだ。お前は、誇り高きディアロスだぞ。冷静に敵を貫け」
「……ッ。は、はい!!了解です、ソルジェ団長ッ!!」
そうだ。それでいい。君の怒りには、静かに燃える炎が似合う。それは青く激しさはないが、鉄をも容易く溶かす高熱の怒りだ。
「白夜。速度を落としなさい。ジャンくん。敵は目前。歩きなさい。心拍をコントロールするのよ。冷静に動けば、『ゼルアガ』だって怖くないわ」
『―――こわくない?角の娘は、愚かな獣。わらわの力も測れぬか』
「……へへへ」
『―――ほう。笑ったか、赤い髪』
「千里眼か?神さまらしい力だな」
オレは白夜の背でニヤけている。挑発されたから、仕返している。一々反応してきているな。やけに、みみっちい神さまだ。
『―――貴様は……なんだ、混ざっているな?魔物とヒトが』
「……左目には、竜がいるぞ?……お前たち『ゼルアガ』の喉笛を、食い千切った英雄の力が宿っている」
『―――我らを、喰らった?』
「この世界では、古来より、よく起こってきた事件だ。『侵略神』の多くは、退治された」
「ええ。そして……あなたも、これからそうなります」
『―――面白くないことを言うな、絵の具の分際で』
「芸術家気取りかよ?……シンプル過ぎるな。才能が足りねえんじゃねえか?」
『―――なるほど。身の程知らずの愚か者か……よかろう。来い。神とは、どういう存在なのかを、思い知らせてやろう』
「そいつは、楽しみだ。怒りでブチ切れそうな反面な、ちょっとワクワクもしているんだよ。神さまを殺したことは、まだ無くてね」
無言だった。もうオレとのトークはしたくないってか?そうか、残念だな。
しゃべり過ぎて損してる。昔、どっかの酒場の女子に言われたセリフを思い出す。
無口な頃は、死神あつかい、おしゃべりになると、この有り様。
バランスってのは、本当に難しいものだね。
『団長。つ、着きます!!』
「そう緊張するな。いつもの仕事だ。敵を、見つけて?殺すだけ。オレたち猟兵のシンプルな仕事だ。そうだろ?ロロカ?」
「ええ。落ち着きなさい、ジャンくん。焦るほどのことではありません。過去に数百と討ち取られてきた悪神狩りを、私たちがまたするだけです」
『そ、そうですね!お二人とも、さすがです……ッ』
さて。オレたちは歩きながら、聖廟の『最上階』へとたどり着いていた。そこには『魔女』が持ち込ませたのだろう、大きなシルクのベッドがあった。その中に、一人の女が横たわっている。
白い髪に白い肌……全裸?いいや、よく分からないが、体を赤いペイントが走っている。そして……そいつの背中には『翼』があったな。
デカい翼だ。その色は、紅い。その『魔女』は、口に煙管をくわえていた。オレたちを見つけると、その唇を細めて、紫煙を吐き出しやがる。
奇遇なことに、オレの左目と同じような金色の目をしていたな。
「……テメーが『ゼルアガ』か。思ったより小せえな」
『……体の大小などで、神の権能を測れるとでも思うたか?』
「さてね。なにぶん、こっちも初めてのことだからな」
オレは白夜から飛び降りると、そいつの寝転がるベッドに近づいていった。
竜太刀を、その翼を持った異形の『魔女』に向ける。
「このまま一方的に斬りかかるのは、趣味じゃねえ。部下でも何でも呼んで、オレと戦いやがれよ?」
『部下のう?……貴様はふたりも連れていて、ズルいのう?』
「ああ。ズルいのは嫌いだ。騎士道に反する。呼んでいいぞ、何人でもな?」
『いいや。お前のを、一匹、借りるとしようて』
「……何を言っている?」
『……え?ちょ、ちょっとッ!?』
ジャンの慌てる声だ。よく慌てるヤツだが、今のは少し毛色がおかしい。オレは『ゼルアガ』から離したくない視線を仕方なく離して、ジャンを確認する。
「どうした!?」
『そ、その。や、やめて下さい、ロロカ姐さん―――ぎゃんッ!!』
ジャンが、宙を飛んで、壁に叩きつけられる。
そして、殺気を帯びた気配がオレの後頭部へと迫る。
舌打ちする。側方に跳びながら、側転を混ぜる。そうしてやっと、『ロロカの槍』の間合いからは、逃れられていた。
背後から、超一流の槍術の使い手に攻撃されるか。
危ねえところだ。冷や汗がダラダラとあふれてきちまうぜ……ッ。
「……おい。ロロカ?」
オレはいきなりジャンを攻撃し、あげくこのオレにまで襲いかかって来た愛しい部下のことをにらむ。
明らかに、正気じゃなかった。
その瞳は、紅い色に汚染されている。いつものオレが好きな空みたいな水色の瞳は、そこにはいなくなっていた。
『ハハハハハ!!大きいくせに、猿のように、よく動く男じゃのう?』
「テメー。ロロカに、何をしやがった?」
洗脳の類いだろう?識っているけど、訊くぜ!!
『洗脳じゃ。どうじゃ、わらわの権能は?……なかなかに、有効じゃろう?』
「……ヒトをいきなり支配できる能力か?」
『そのようなものじゃのう』
「スゴい力じゃないか?……なるほど。そうか、ここにお前の眷属がいない理由が分かったよ」
『本当か?当たっておるかどうか、わらわが答えあわせをしてやるぞ?』
ふざけた神さまだな。クソめ。ロロカが、オレを狙っているな。対峙して分かるね、彼女の強さが。知っていたつもりだが、本気の殺気を浴びせられながらだと、ここまでのプレッシャーになるのか。
ロロカはオレのわずかな予備動作も見逃さない。一ミリでも動けば、彼女もまた一ミリ構えを修正している……ホント。隙がないね。
ジャンでは、持て余すわけだぞ。
『どうした?答えは?』
「……お前は、ディアロス族を操り、彼ら自身で、あのクソみたいなオブジェを作らせていったんだな」
だから、部下なんていない。全員が、コイツの手先にされちまう。クソ女め、ここの民たちに、自ら串刺しになるなんていう、ウルトラ級の自傷行為を強要させたというのか?
この、ド外道め!!
『ああ!!正解じゃあ!!賢いのう、赤毛の猿よ!!』
「じゃあ、ご褒美ついでに、うちの副官さまの呪いを解いてくれねえか」
『そこまでは、してやれん。ほれ、殺し合え。仲間同士でな』
「……おい、やめろ。ロロカ」
「……」
紅い瞳にされちまったロロカ・シャーネルは、無言のままに、あの恐ろしく速い突き技でオレに迫ってきた。
オレは、ギリギリでその殺傷力に満ちた突きを回避する―――が。視界のなかで、槍が回るのを見た。攻撃が連絡変化する。軌道が代わり、突きだったはずの攻撃は、横への薙ぎ払いへと化けていた。
竜太刀をあやつり、その打撃を防ぐ。ガギュインッ!!という甲高い音が響き、オレは腕に重量を感じる―――重いぜ。さすがは、ロロカ先生の……って!?
ブオン!!
槍の石突きが、下からオレのアゴ目掛けて打ち上げられていた。それを首の運動とバックステップの合わせ技で、どうにか回避してみせた……油断していたワケじゃない。
全力で集中していても、ロロカの槍術をいつまでも躱せそうにないね。
しかも。
ワザと背後に隙を作ってやっているのに、あの『魔女』め、オレへ攻撃してこない。そういうカウンターを狙っているのにな。
あいつが怠惰なせいなのか、それとも、神としての勘とやらが働いて、オレを警戒しているのか?……ベッドに寝転んだままだぜ?まったく、近づいて来ねえぞ。
悪い状況だ。
ロロカ先生にダメージを与えずに、状況を解決したいところだ。クソ。ジャン。いつまで伸びている?……お前が、あの『魔女』をぶっ殺せば、手っ取り早そうなんだがよ!?
紅い瞳のロロカ・シャーネルが、ジリジリと間合いを詰めてくる。
まずいぜ……どうする?殺さずに、気絶させるほどのダメージを入れるか?……達人相手だと、そういう力の調整は、なかなか上手く行かねえモンだぜ。
……これは、ガチ目の勝負でもしねえといけないのか……。
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