第四話 『その都は静かに、赤く染まって……』 その3


 オレたちは手分けして五人の生存者を運んでいった。


 ロロカの案内に従い、生存者たちは近くの学校の講堂に運ばれた。リエルがミアのサポートを受けて、彼らの傷の手当てを開始していた。


 傷口をすぐさま縫い合わせて、消毒液やエルフの秘薬を与えていく。生存者たちは……いや、犠牲者たちもだが、もともと『大きなケガ』なんてモノはさせられてはいないのだ。

 血がゆっくりと垂れるように、手足の関節近くをわずかに切られているだけさ。その状態で鉄の杭みたいなモンに無理やり突き刺して、『まとめちまった』。



 そうだ、『ゼルアガ』のクソ野郎は、『バロー・ガーウィック』の住民たちを、生かしたまま弄び、その生きた肉体で己の『作品』を創りあげていったようだな―――。


 どこまでも、胸くそ悪いヤツだぜ。


 シャーロンのバカがいれば、ヤツの性格をプロファイリングでもしてくれそうだが、いないもんはしょうがねえ。


 それに。もう、することは決まっている。


 ヒトで生きたまま『像』を造るってか?……そんなクソ野郎が、一秒でも生きていることは許せねえだろうが……ッ。


「リエル、ミア。彼らの治療と保護を任せていいか?」


「……ああ。せっかく助け出した命だ、救わなければならないし、守らなくてはな」


 そうだ。この都はどこまでも狂っている。何が起きるか分かったものじゃない。どうやって、彼らを『像』にした?……『ゼルアガ』自身がやったのか?一人じゃ難しそうだがな。それとも、その眷属が大勢いるのかもしれん。


 だとすれば、ここを守るための人員も必要だろう。最悪、オレたちが勝てずに殺されちまった場合は、彼らといっしょにここから脱出してもらわなければならない。


 もちろん『ゼルアガ』ごときに殺されるつもりは毛頭ないが、オレたちはプロだ。どうしたって、保険はかけておかなくちゃな?


「お兄ちゃん」


 ミアがオレの腹に頭を突きつけてくる。


「……どうした。任務が不満なのか?」


「……私は、お兄ちゃんのタメの暗殺者なんだよう……?」


 ミアは自分たちの任務を把握しているな。裏側のほう……オレが負けた場合、生きぬき仲間たちにこの事実を伝え、復讐を果たすメッセンジャーになることも。だから、不満なんだろう。


「生きるのも、死ぬのも、一緒だって言ってくれたのに……」


「ああ。わかってる。その約束は守るさ。今もいっしょにいる。離れると言っても、同じ街の中じゃないか?」


「しってるけど……でも」


「今は、彼らのことを守ってやれ。あのお婆ちゃんたちを、死なせないのも、大きな仕事なんだぞ?」


「……うん。わかってるよ……」


「そんな顔するなって。すーぐに片付けて帰ってくるよ。心配はいらない」


「ほんとう?」


「ああ……本気で怒っているときのオレが、とっても強いの、知っているだろ?……オレを信じろ。オレは、お前のお兄ちゃんだぞ」


 愛情や信頼を利用するような、ズルい言葉?……そうじゃないよ。これは真実の言葉。どんな状況でも信じるべきことを信じる。それが、絆というものの本当の意味だ。


「……うん。信じる!!じゃあ、気をつけてね?ミアは、待っててあげる」


 ミアはいい子だな。オレの胸にあごを押し当てながら、その黒い瞳をかがやかせ、オレのことを見上げながら伝えてくれた。


 でも、その言葉は違うね。


「いいや。待たせないさ。だって、すぐにお前のところに戻ってくるんだからな」


 そう言いながら、オレは妹の黒い髪を撫でてやる。ミアは、うっとりとした表情になりながら、微笑んだ。オレの指になでられるのが好きみたい。この武骨な指がね。兄妹ラブのパワーだ。


「……ん。お兄ちゃん成分、チャージ完了。ねえ!速攻で、ぶっ倒してきてね!!」


「もちろん、ミアのためにそうする」


 ミアは納得してくれたようで、オレから頭を離す。そして、その光景を年上のお姉さんらしい表情で見守っていてくれたオレの恋人エルフちゃんを見た。


 食事と発声とオレとキスするために存在している唇が、おいしそうに動いてる。


「……ソルジェ。敵は『ゼルアガ』だ、油断はするなよ?」


「ああ。リエル……こっちは任せたぞ」


「うん。任された……ッ」


 こういうタイミングでいきなりキスしても、歯がぶつかりそうにならなくなったな。オレのためのキスを、覚え始めてくれているんだな?……そう実感させてもらえると、嬉しくてたまらねえよ。


 オレの行為を受け入れて、舌も入れても怒らない。いいね。そろそろ、マジでガキ仕込んでやるからな?


 ミアが、おお、と唸った。


「でぃーぷきすだあ!!日記に書こう!!」


 妹よ、そんなにガン見するんじゃねえよ……ていうか、なんて日記を書いてるんだ?いつか、お兄ちゃん、チェックしなくちゃいけない気持ちだ。


 うん。なんだか、お兄ちゃんとして恥ずかしくなって来たので、恋人エルフさんの唇を解放してやる。リエルが、ちょっと名残惜しそうに見えたのは気のせいだろうか?


 舌に残ったリエルの感触のせいで、オレも少しは……いや、かーなり名残惜しさを感じてる。だが、そういうのがいい。


 もっと欲しい。そういう欲求があると、男は生き抜いて女を抱きたいって思うんだよ。


 たぶん、リエルはそういうことを戦士として理解してくれているのさ。


 オレの性欲さえも、強さに混ぜて『武器』にさせるために、ちょっとサービスしてくれてるんだろう。猟兵女子なオレの恋人さんらしいぜ。


「……行ってくる」


「うん。がんばれ」


 ツンデレ弓姫は短い言葉で伝えてくれた。オレを信じてるってことだね。本当に、いい子だ。いつか子供産んでくれ。三人ぐらい欲しい。


 リエルとミアにこの場を任せて、オレはその校舎から出た。


 夕暮れが、静かに『バロー・ガーウィック』の不思議な街並みを赤く染めていく。そして……この土地を流れる血に、異変が起きていた。


 そうだ、夕暮れを反射して、よりその赤を深く、映えさせる。うっすらと光っていやがるんだよ。


「おいおい、血が光ってるぜ?……これが、ここの『ゼルアガ』の美意識か?」


「……おぞましいものですね」


 『ゼルアガ』討伐班には、ロロカ先生が欠かせない。彼女の怒り、オレはそれを邪魔するほど無粋じゃないよ。だからチームに選抜してる。君がいなくちゃ、物語の主人公がいないと同じだもんな。


「我が一族の無念を、晴らします」


 白夜に乗った彼女は、いつもの三倍はうつくしい。覚悟と闘志が、君を輝かせている。猟兵としての腕を、証明してくれるだろう。もちろん、オレも全霊でサポートさせてもらう。


 オレは君の剣、君の盾。そして、君の所属する『パンジャール猟兵団』の団長だ。


『じゃ、じゃあ、い、行きましょう!!』


 ジャンはすでに狼モードだ。こっちの方が嗅覚やスピードは上がるらしい。パワーはヒト型の方があるんだがな。両立出来ないものなのかね?……そういう訓練も追々していくか。


 ふむ……奇しくも、あの日、『ロス・ヒガンテス』と戦ったメンバーだな。


 『アガーム』につづき、『ゼルアガ』をも討ち取ることになるとは、なかなか名誉なことだ。みんなで酒場で語られる伝説を作るとしようぜ?


「……ゼファー。オレの命令に従い、場合によれば突撃してくれ」


『りょうかい。そらをとびながら、みはってる』


 そして、ゼファーの翼は羽ばたいて、その巨体を空へと運んでいった。頼りになるね。竜が上空から見守ってくれるんだぜ?サイコーのサポートだ。


 もしも、この建物が襲撃されたら、リエルとミアとほかの生存者たちを背負って、退避するんだぞ?


 ―――りょうかい、『どーじぇ』。


 ならいいさ。うむ……さて。とりあえず、攻略ルートの確認といこうか。


「ジャン。オレの読みでは、あの塔が怪しいが?お前は、どう感じる?」


『ぼ、僕も、あそこだと思います!!直感ですけど、あそこが一番、イヤです!!』


 イヤ、か。感覚的で、実にいい答えだな。ジャンは……経験を積ますことで、もしかしたら他の『ゼルアガ』も認識出来るようになるんじゃないか?


 ……『ゼルアガ』専用の猟犬の誕生か。いいね。ワクワクする。そんなのがいれば、神さまを殺し放題に出来るな。さすが、オレが期待してやまない若手だよ、ジャン・レッドウッド。


「じゃあ、十中八九あれだが。しかし、ロロカよ、あの塔は何だ?」


「あれは、聖廟です」


「聖廟?……つまり、その一種の『墓』のことか?」


「はい。私たちは、祖先よりあの聖廟に納骨して来たのです。私たちは死んだとき、この『水晶の角』を回収し、錬金術で再錬成し……子孫に託します」


 ディアロス文化の不思議がまた語られているな。


「じゃあ、その『角』は、先天性のモノじゃないのか?」


「はい。産まれた時に移植されます


「……なるほど。なかなか不思議な文化だ」


「ええ。私たちの部族以外では、このような風習は聞きませんね」


 オレはロロカ先生の金髪のあいだから、斜め後ろに向かって伸びているその水色の角を改めて見つめた。彼女の両耳の上からそれら二本の角は生えている。竜の角みたいだから、好きなんだ。


 いつか、オレも生やしてみたいという願望が無くはない。竜騎士として進化した感じだし?まあ、ロロカと子供でも作らないと、そういうヤツは産まれてこないか。


「で。それを受け継ぐことで、何が得られるんだ?」


「……知識と戦闘技術。そして、ユニコーンとの感応能力」


「感応能力?」


「そうですね。心を通わせられるんです。私と、私の角が生え替わったときに抜けた角を移植している白夜とは、心が繋がっているんですよ」


「そっか。オレとゼファーの関係と同じだな」


「……はい。そうですね!」


『じゃ、じゃあ!いきましょう!!その、納骨堂に!!』


 ほう。犬が納骨堂に行きたがっている。なんか、不穏で不謹慎な印象を受けてしまうが、いいや。その意気だ。


「ジャン。先頭は任せるぞ。お前の運命を弄んだのは、この『ゼルアガ』の双子かもしれない。見せてやれ、お前の怒りを」


『はい!!もちろんです!!』


「そして……私たち、ディアロス族の都を穢した罰も、受けさせます」


「ああ。行こうぜ、オレたち三人で、悪い神さまをぶっ殺しちまおうじゃないか!!」


 オレは竜太刀を鞘から抜いて、肩に担ぐ。


 そして、白夜の背に飛び乗った。


「きゃ!……団長、あたりましたよ、角に」


「そりゃ、スマン。罰は後で受ける」


「罰にはなりません」


「なるほど。それなら、行こうぜ、ロロカ、白夜!ジャン!先導しやがれ!!」


『アオオオオオオオオオオオオンンンッッ!!』


 狼が吠えて、オレたちを導くように走って行く。


 白夜もいななき、怒りを爆発させるように故郷の都を駆け抜ける。敷石を叩く、蹄鉄の音が、白夜の怒りの歌なのさ!!


「……敵がいませんね」


「何も出て来ない。それは、ある種、おかしなことだ」


「無警戒すぎる……」


「つまり、罠だろう」


「そうですね」


「罠の破り方を知っているか?」


「いろいろあります」


「今日はどれを選ぶ、君の復讐劇だ。君が選んでいいぞ?」


「正面突破。ディアロス族の騎馬兵の、誇りの在り方がそれです!!」


「いいぜ!!気に入った!!」


『ワオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンッ!!』


 先行するジャンが歌いながら、その巨体を加速させて、リエルが放つ矢のような勢いで聖廟の扉に体当たりして、その豪華な細工が施されたそれを粉砕してしまう!!


 見事に粉々だ!!……よし、請求書が来たら、ジャン、お前が払うんだぜ!!


「はあ!!」


 ロロカが気合いを帯びた声で白夜に命じる。白夜に乗った、オレとロロカは、その聖なる納骨の巨塔のなかへと突撃していた。

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