第四話 『その都は静かに、赤く染まって……』 その2
広場へと入ろうとした直前に感じたのは、とんでもなく濃い血の臭いだった。思わず、表情が歪むほどの濃さだ。今までよりも、はるかに生臭いぞ。
まるで血が蒸発してあふれている?……あるいは、鉄の霧のなかにでも迷い込んだような不快さだよ。
女子チームも普段は綺麗なお顔を歪めちまっている。そりゃそうだな……。
しかしよ。嗅覚の良いジャンは、この何百倍の濃度で嗅いでいることになるのか?……チラリと視線をやる。不安そうな顔はいつものことだが、不快感は無いようだ。人狼の特徴か?ヒトの血の臭いには、無頓着でいられるのかもしれない。
ギンドウとジャンがいつも一緒にいられるのは、ヒトから虐待を受けている過去が同じなのと……ヒトの血や死体に、異常なまでに興味なく過ごせるという変な共通項があるからだろうか?
心を歪めるほどの深い傷痕。同じような傷を持つ者にしか、わからんシンパシーがあるのかもしれんな。
そんな友情があってもいいと思うぜ、オレはね?……まあ、ギンドウよ、ちょっとはジャンをパシリ扱いするのはやめてやれ。コイツは、腕っ節なら、お前よりも強くなれるかもしれないんだから……いつか、ぶっ殺されちまうかもよ?
ぬちゃり。
オレの鉄靴の底が、赤い水たまりを踏んじまう。戦場で血を吸った地面は何度も歩いてきたが、これはそういうのとは違うな。固まっていない。なんだか、『きれい過ぎる』といえばいいのか?
何を考えているんだ……これをやった『ゼルアガ』は―――なんというか、血を、ある意味では『大切にあつかっている』のか?……血が乾いたり、黒や茶色く変色することをイヤがって、こんなに血の鮮度を保っているのか?
新鮮な血?
その意味ってのは、なんだ?……輸血?……それとも、『食事』か?それならば、鮮度を保つ理由は大いにあるな。ありすぎるほどだ。でも、そうだとうすると我々の感覚とは合わないものがある。
『食べ物』を地面に置くかね?……いや、血だから液体、飲み物か?オレの感性から言わせてもらえれば、床に撒いた飲み物を啜るなんてコト、したくねえ行為の上位にはランクインするんだけどな……。
エサじゃない?ならば、吸血鬼サンの親戚説の線は潰えたのだろうか?
それとも、どこかの異界では、地面をコップ代わりにして液体を啜ることを『良し』とする謎世界があるのかね?……まあ、別にそんな壮大な食事文化を持つ世界があってもおかしくはないが……。
まったく、どういった思想の持ち主なんだよ、ここにいる『ゼルアガ』は?
クソ、戦士の習性なのか。こんな風に、敵を知ろうと分析して、想像力を働かせちまうのは?……ヒトではない存在……『侵略神/ゼルアガ』、一体、どんなクソバカ野郎なんだよ。こんな広場のどまんなかに……『柱』なんて、立てやがっ……て……?
「―――……え」
オレがこの奇妙な形に、この都を弄くりやがった異界の悪しき神の趣向を解き明かそうとか考えていた矢先だった。
『それ』は……オレたちの前にそそり立っていた。
全員が、足を止めて、それに見入ってしまった。
オレは、かつてゼファーに語って聞かせたことがある。ヒトは『怖いモノ』が好きなんだよ。どうしても、本能がそれを求めちまうのさ……否定できんのだよ、本能だからね。このときのオレたちを律していたのも本能だよ。
オレたちの心の奥底に位置する、精神の骨格となる柱。その一本が、オレたちの肉体に命令をしていた。足を止めさせて、首を動かし、そこにそびえ立つ『それ』に、じいっと見入らせてしまうんだよ。
「……な、なによ、これ……っ」
勇猛果敢で知られるうちの弓姫が、その声を震わせながらつぶやいていた。なんて共感できる言葉なんだろうか?……全くその通りだ、何だよ、これは!?
「……ひ、ヒトで、出来ているんですか、こ、これ……っ」
分かりきったことをジャンが訊いて来る。自信を持っていいぞ、ジャン。お前は正確な判断を下している。これは、ヒトで造られている。
だからといって、何なのかは分からない。
そうだな、ただ客観的に見たままコレを語ってみれば……この物体は、敷石が施された大きな広場の中央にあるんだ。そして、柱みたいに高い。高さは十メートル近くあるんじゃないか?
で。ジャンが口走った通りに、これはヒトで造られているんだよ。
ヒトの死体たちが、無残に折り曲げられて、力ずくで結びつけられている。形を整えるためなのか、どこから持ち出してきたのか、ムダに長い鉄の杭が、まるで釘代わりといった形で死体たちを貫き、結びつけてもいた。
そうだな、うん。こう言えば早いのだろうか。
オレたちの目の前には、『ヒトの死体で造られた柱がそびえ立っていた』……と。
「……ヒトで造った、柱?……これ、飾り?」
子供の感性はスゴいな。我が妹ミアよ、この猟奇死体の集合体を『飾り』と評したのか?……そんなわけ……いや。待てよ。
「どの死体も、私の同胞たち……ああ、そんな、なんて酷い……し、死者を、こんな『無意味に弄ぶ』なんて……っ」
……ああ。そうさ。そうだ、こんなものには意味なんて無いんだ。いや、もっと正確に言えば、『必要性がない』。地面にあふれている血が、果たして新鮮であろうが無かろうが、どちらでもいいんだよ。
この柱だって、意味がない。こんなことをする必要性もない。
それでも……こんなことを、していやがるのは……ッ。
「―――芸術として、見せてやがるのさ」
「え……?ソルジェ、団長?」
ロロカがオレの言葉を聞いて、あの水色の瞳で見つめてくる。もしかして、オレの言葉で傷ついたのかもしれない。そうならば、謝りたいが……オレが気づいたことを言ってから、否定してくれ。
「……意味がないことや、必然性がないことをしている。だが、明らかなのはメッセージ性が強いということだな」
こういうモノを、シャーロンはかつて言っていたぞ。
「……芸術ならば、意味もいらない。必然性さえ排除してもよい。ただ、訴える感情がそこに宿っているのなら。あるいは、ただ見た目が哲学により形を整えられているのなら……それは、芸術活動に他ならん……」
誰かが否定してくれるんじゃないかな。そう期待しながら、オレは己の推理を口走っていたんだ。
でも。困ったことに。皆、黙り込んじまう。
……皆、心のどこかで思ってしまっているようだな……これは何かを支えるための柱でもないし、物見やぐらにするための塔でもない。これは、ヒトの死体で造りあげている、この狂気の物体は……ただの『像』―――いや、『モニュメント/記念碑』さ。
ディアロスを蹂躙したことを功績として記録する。あるいは、その事実を見せびらかせて自慢するために、この先にいる『ゼルアガ/侵略神』はコレを造って『展示』しているんだよ。
ここからあふれ出る血が、新鮮なのは……この作品を一日でも長く腐敗から守るためだろう。厳寒の地といえども、いつかは朽ちてしまう。そのことを、ワガママな『ゼルアガ』は許せなかったのか……?
「くそがあああああああああああッッ!!」
自分で至った考えだというのに、あまりにも腹が立つもんだから、オレは叫んでしまっていた。
こんなにムカつくことはない。どこまで、ヒトの尊厳を踏みにじっていやがる?殺すだけでは足らずに、こんな形に弄び、下らん自己表現のために、オレたちヒトの命も死体も弄びやがって……ッ!!
リエルもミアも、もちろんこの狂った芸術の部品とされた被害者たちの身内であるロロカも、激しい怒りと憎悪に染められる。しかしジャンだけは……いやに冷静で、オレたちが気づけないことに、気がついていた。
「……ま、まって下さい!!みんな、あ、あれを見てよ!!」
「あれ、だと?」
ジャンが震える指で『モニュメント』を示す。オレの視線はその指に誘われるがままに、それを見て―――魔眼が、見つけていた。
「生存者だ!!彼女は、生きているぞ!!」
「え?うそ……っ!!」
「ほんとだよ!!あのお婆ちゃんは、生きているよ!!」
「は、はやく!!たすけてあげないと!!」
「ジャン、肩を貸せ!!踏み台になれ!!」
「は、はい!!団長、どうぞ!!」
ジャンがしゃがみ、突き出した両手を交差させる。オレはそれを踏み台にして、『モニュメント』へとよじ登る。柱の側面に、鉄柱で串刺しにされていた老婆に手をかける。
「ばあさん、しっかりしろ!!死ぬな!!」
「た、たすけて……おくれぇ……っ」
高齢のディアロス女性が、オレを見た。オレは、うなずく。彼女の肩に手を置いて、任せろと言って聞かせた。そして、オレはアーレスの竜太刀で彼女の肩を貫いていた鉄柱を叩き切る。
自由になったばあさんの体を、オレは『モニュメント』から外すと、そのまま彼女を抱えて地面へと飛んだ。
ロロカが駆け寄ってくる。
「シドニーさん!!シドニーお婆さんでは!?」
「……君の知り合いか?」
「ええ!!ま、まちがいないです!!ご近所だった、シドニーお婆さん。子供好きで、私に楽器を教えてくれていました……だ、だいじょうぶですか!?」
「……あ、ああ。おじょうさま……?お館さまが……お戻りに……?」
「お父さまは、どこかに……?」
「……あの魔女めを……あの悪神めを、追い……そのまま……まだ、帰って、いないのですか?ああ……大変です……お館さまは……きっと……もう……っ」
「ばあさん、喋るな。リエル!!傷口を縫ってくれ!!止血さえすれば、助かる!!」
「わ、わかったわ!!ミアも手伝いなさい!!」
「はい!!」
「ジャン!!他にも探せ!!……致命傷の無い体も多い。『造るとき』に生きたまま、串刺しにされてるだけだ。生き残っているヤツが、必ず、ほかにもいるはずだ!!」
「わ、わかりました!!……ほ、ほんとだ、いました!!心臓の音が、聞こえる!!」
「でかした!!……ロロカ!!近くに救護所代わりの施設はあるか?」
「は、はい!!すぐ近くに、学校があります!!そこの講堂なら、きっと!!」
「運ぶぞ!!来い!!ゼファー!!」
『GHAAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHッッ!!』
街の外で待機させていたゼファーを、オレは呼び寄せる!!
そうだ。敵にバレても構わん。いや。宣戦布告だよ。
来るなら来い。いや、来なくてもいいがな。すぐに、こちらから行ってやる。
どーせ、芸術家気取りのバカは高いところにいるに決まってるんだ。
オレはこの不思議の都にある、六つの尖塔……それの中央部にして最も巨大な塔をにらみつけていた。シャーロンなら、絶対にあそこにいる。芸術家気取りのアホなんざ、行動パターンは同じに違いねえっつーの!!
それはともかく!!
「ジャン!!」
「はい!!ど、どうぞ!!」
オレはジャンの手を借りて、その『モニュメント』へと取りつき、どんどん生存者を引きはがしていった。けっきょく、そこには5人の生存者がいた。残念ながら、ほかの数十人は、もう生きてくれてはいなかったがな……ッ。
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