第四話 『その都は静かに、赤く染まって……』 その1
―――猟兵たちは、浮かれていた。
新たな国の、新たな都。
心がはずむ、雪原の踏破……。
明るく笑うその心が、悲劇の感知を遅らせた。
―――強がりリエルのおかげもあって、その高速の旅は快調だった。
休憩なしに走り抜き、夕暮れが近づく頃には、尖塔並ぶ都にたどり着く。
竜も、人狼も、その都が近づいたときには、気がついた。
むせかえるような血の臭い……。
―――冷え込みと、いたずらに舞う風のせいなのか?
血の臭いは、都のなかへと封じられている。
いいや、そうじゃない。
邪悪な神が、それをさせていたのさ。
―――血の臭いを集めているんだ、なぜかって?
自分だけが、その香りを楽しむためさ。
その『ゼルアガ』は、血肉の香りを好んでいた。
むせかえるほどの血で、その都は赤くなる……。
―――赤く染まった故郷を目にして、ロロカは悲鳴を上げたんだ。
ミアとリエルは怒りに震えて、ジャンは勇気をつくるために奥歯を噛んだ。
ソルジェ・ストラウスは……?
歩いている、血塗られたその赤い都を……。
……これは一体何だ?どういうことだ?
死霊どもに満ちた、今度の旅の終着が、こんな場所だとは……どうなっている?
オレはその血に濡れた道を歩いて行く。
そうだ、雪におおわれたその土地は、乾きもしない血にあふれていた。常識的にはありえないことだ。血は、空気で固まるだろう。黒くなり、乾燥するんだ。でも、違う。この道を染める赤は、雪の上でその鮮やかな赤さを失ってはいない。
魔道の成せる業だ。だが、そうじゃない。フツーの魔術なんてモノじゃない。ここにはオレたちの世界で産まれ、世界を循環する魔力の痕跡は皆無だ。
消去法での選択になるが……それでもこの狂った世界を目の当たりにすることで確信を抱くことは出来るぞ。これは、間違いねえ。『ゼルアガ』だ。
「……おい。ジャン」
「は、はい!!」
オレは背後にいるジャンを呼びつけた。ジャンは走って、オレのそばへとやって来る。その手には、サーベルだ。皆が、武装し、周囲を警戒しながら、オレたちは夕暮れが近づく『バロー・ガーウィック』のなかを歩いている。
ロロカは……気丈だな。数分間、パニックになって叫んでいたが、今では、いつものような冷静さを宿している。そうだ、彼女は偉大な女性だ。でも、オレたちは彼女を支えなくてはならない。出来ることがあるかは分からないが、側にいるぞ。
「……な、なんですか、団長?」
「……『ゼルアガ』の気配はするのか?」
「……い、いいえ。『ミストラル』から感じた気配は、まったくしません」
意外な答えだった。この惨状をもたらしたのは、『ミストラル』の勢力じゃないということか?……別の、『ゼルアガ』か?
「……でも。に、似てます」
「似てる?」
「……ぼ、僕は、『ゼルアガ』や『アガーム』を多く知っているわけじゃありません。それでも……この類似は……とても、『近い』……っ」
「違うけど、似ている……?」
「そ、そんな感じです。すみません……ハッキリと、分からなくて……」
「―――いいえ。それならば、幾つか可能性が浮かびます」
ロロカが発言していた。オレたちの視線が、彼女へと集まった。
「……ロロカ、だいじょうぶか?」
「……はい。おかげさまで、だいぶ落ち着いてきました」
「ムリはするなよ」
「……はい。ソルジェ団長、ありがとう……でも、今は、この惨状の理由を解明したいのです」
彼女はその水色の瞳に強い意志を輝かせていた。オレは、その意志を尊重して、その心に沿うように存在したい。彼女が、この血塗られた道を追うのなら、その前に立ち、彼女の盾と剣になってやろう。
そうだ、リエル、彼女のかたわらにいてやれ。ミアよ、お前の行動は正しい。彼女の手を握っていてやるんだ。
オレたちの副官を泣かせたモノが、神であろうが何であろうが、許されるわけがない。思い知らせてやるさ。さて……それで、ロロカよ、君は何に気がついている?
「ロロカ。可能性というのは、何だ?」
「古来より、『ゼルアガ』の襲撃は無数にありました」
「そうらしいな」
「世界各地に残る伝承のなかには、それほど多くは無いものの、共闘する『ゼルアガ』たちの物語が残っています」
「共闘?『ゼルアガ』同士がかよ?」
「はい。彼らは、二柱以上で行動した。そのため、被害は大きい」
「……悪神同士で連携かよ。厄介だな」
「ええ。そして……ジャンくんの感じた気配が、類似しているというコトから、私は一つの仮説を思い描いています」
「……どんなものだ?」
ロロカは、大きく深呼吸をする。一度だけ、すー、はー、と大きな呼吸だった。そのあとで、オレの瞳をまっすぐと射抜くように見つめてくる。あのうつくしい水色の瞳でね。
「……『双子神』の伝承を、聞いたことがあります」
「双子?……それは、オレたちの知る意味の、双生児?」
「ええ。本当に血が繋がっているのか、同じ親から出産されたのかは分かりません。ですが、行動方針と外見、その能力……それらが全く同じ、あるいは、お互いを補完し合うような存在の侵略神たちの伝承です」
「……今回のも、そうだと?」
「同時期に、そして、隣接する地域への侵略です。考えられなくは、無いと思います」
「……そうか。そうだな」
彼女の分析力や、知識量を信頼すべきだな。ロロカ・シャーネルがそうだと確信を抱くのなら、オレはそれを疑う必要はない。彼女はオレの副官なんだから。
さて。じゃあ、この状況で唯一の情報源に質問せねばな?
「ジャン。ロロカはそう言っている。お前は、どう感じるんだ?」
「……双子神……はい。そうかもしれません。似ているんです……でも、こっちのは、ハッキリとは感じられない……双子として、わずかに違っているから、僕の感覚が及ばない部分があるのかもしれません」
「なるほど。いい考察だと思う」
似ているという気配。そして、隣接した土地、同時期の出没。ロロカの『双子神説』を否定する材料はなさそうだ。全く無関係の『ゼルアガ』が、このタイミングと場所関係で現れるという方が、おかしいしな……。
しかし……さっきから、この血塗られた道を歩いて、街の中央部に向かっているのだが。おかしな点があるな……。
「みんな、死体を見たか?」
その質問に、誰もイエスとは答えなかった。皆が、口をそろえてノーと言う。
そうだ。オレもだよ。見ていない。これがヒトの血だということは、返り血にまみれることが日常のオレたち猟兵には理解出来ている。
だが、この血があふれたであろうモノは?……死体が、無いのはどういうことだ?これだけの血だぞ?何百人か、それ以上の桁でヒトが殺されていなければ、確保することは出来ないだろうに……。
どうなっている?
おかしいぜ。何もかもがな。『ゼルアガ』に浸食されるというのは、こういうコトなのかもしれない。オレたちの世界の道理や理屈、法則が、この場ではあまりにも意味を持たない。観測につかう『物差し』が異なっていると言うべきなのか?
オレたちは警戒しながらも、この血塗られた道を追う。そうだ、この道の赤の先に、何かがいるのだろう、という確信を抱きながらね。
『ゼルアガ』といえども、無意味なことはしないだろう。
ヤツらのクソみたいな趣味や趣向、あるいは哲学なんかに基づいた、狂った行動であるに違いないはずだ。
血で、道を赤く塗った?
いいだろう。意味は分からんが、貴様の邪悪さだけは認識できた。八つ裂きにしてやろう。この世界を侵略したことを、後悔しながら死ぬがいい……。
「……だ、団長!!みんな!!」
ジャンが、いきなり叫んだ。警戒役のコイツがそんな声を上げるということは?そうさ、決まっている。
「敵か?」
「……ち、ちがうかも?……た、たぶん……その先の、広場?みたいな開けた空間に、そ、その……」
「言って下さい、ジャンくん。私は、平気です」
「……は、はい。ロロカ姐さん……たぶん。いえ、おそらく、この先に、たくさんの死体があります……」
「……そう、ですか……ッ」
ロロカが唇を噛む。見ていられないほどの、悲しみが、彼女の顔を覆うんだ。ミアが、ロロカの手を握る。強くな。そうだ、それがいい。ヒトの温もりは、絶望的な悲しみのなかでも意味を持つのだから。
「ありがとう……ミアちゃん。でも、平気です。私には、皆がついていてくれますから」
「……そうだ。ロロカ姉さま。私たちが、いっしょだ」
「うん。ありがとう、リエル」
女子チームの結束に、オレは助けられているな。彼女たちがいなければ、オレはロロカを励ます手段があまりにも乏しかった。
オレが誓えるのは?君を守る?もしくは、君の敵を必ず殺す。それだけだ。いつもと変わらん言葉では、彼女の苦しみを、減らしてやる特別さを持たない気がした。
それでも、オレは言葉にするんだ。
「……行こう。ロロカ。オレは、君の剣になってやる。君を守る。そして、君の敵を、絶対に斬り裂いて、ぶっ殺してやるぞ」
「……はい。団長、お願いします」
「任された」
そうだ。オレは猟兵。依頼されたなら、必ずその任務を果たすのさ。
悪い神さまをぶっ殺して。
ロロカ・シャーネルにそうお願いされたなら?……もちろん、一シエルもいらねえよ。君の故郷を穢したヤツを殺すだって?とんでもない名誉を、ありがとうよ。
オレたちは結束を確認した。皆が無言のままにお互いの顔を見合わせていく。そうだ。皆が、ロロカのために剣となり盾となる覚悟がある。オレたちの心は、ロロカのために一つになっていた。
「……行くぞ。この先に何があるのか、確認をする。痛みであれども、知らねばなるまい」
そうだ。それが、復讐者の義務だ。
オレがセシルの炎に炙られて、赤くなった骨を拾い上げたときのようにな。
苦しいかもしれない、悲しいだろう。
それでも、オレは現実を知るべきだと思う。それが、死者の声を聞くということじゃないだろうか……それが、残された者と、死んでいった者たちに許されて、最後の会話なのではないかとも思う。
苦しい現実が待ち構えているのを承知の上で、オレたちは、その広場へとたどり着くのさ―――。
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