第三話 『氷獄のバロー・ガーウィック』 その10


「あははは!!サイコー!!」


 ミアが大はしゃぎだった。まあ、その気持ちは分かる。コレはサイコーに楽しいじゃねえかよ!!


『GHAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHッッ!!』


 ゼファーが空で歌う。あいつにとっても、この『新しい運動』はなかなか楽しいものらしい。


 オレたちは、今、とても面白いことをしているぞ?


 雪原の上を『滑走』しているんだ!!


「ハハハハハハッ!!」


「アハハハハハッ!!」


 ミアと一緒に、大笑いだぜ。楽しくて、仕方がねえからなあ。


「ジャン!!いい発明だぜ!!」


「……あ、ありがとうございます。で、でも、アイデアは、ギンドウさんのヤツなんですけれどね」


「ギンドウの?」


「ええ。僕……そ、その、ギンドウさんが飛行機械を作るとき、手伝ってまして……」


 そうだな。いつも、先輩風吹かせているギンドウに、お前はパシリ扱いだよなあ。お前、イヤならイヤだと言うんだぞ?ギンドウは、ちょっとおかしいから、ヒトの心を気遣ってくれるようなタイプじゃない。ハッキリと拒絶しないと、一生たかられるぞ?


「ギンドウ、ナイス・ジョブぅ!!でも、コレを作ったのは、ジャンだから、ジャンの勝ち!!」


 ミアがジャンを勝者と断定する。ジャンは、泣きそうなぐらい喜んでいやがる。コイツ、不憫なレベルで褒められ慣れていない……っ。


「あ、ありがとう、ミア!」


「うんうん!今後も、がんばるよーに!!」


「う、うん!!」


 13才のガキんちょに、下っ端あつかいされてるぞ。そういうとき、喜ぶなって?まあ、ミアはオレの妹だから?もちろん、ジャンくん。君は彼女よりは『下』の存在なのは確かなんだけどな……?


 でも。ほんと、ジャンはいい仕事したよ。


 何かって?コレさ、コレ!!


 オレたちが乗っている、デケー丸太船!!……っていうか、ジャンボサイズの『ソリ』だな!!


 ジャンが朝から木を倒して、それを歯で加工していたのは、コイツを作るためさ。木の皮を剥いで滑りをよくした丸太を何本もつなげてよ?そいつと、ゼファーを鎖でつなぐ!!


 そして、この『犬ぞり』ならぬ、『竜ぞり』が完成したというわけだ!!


 飛竜のパワーでガンガン進むぞ!!ロロカを乗せていない白夜と、同じスピードを出せている。つまり、とんでもなく速く進めるってことさ?ミアやリエルを乗せていると、ゼファーだってパワーを抑えて飛ばないといけないが、これなら問題ない。


「ガンガン飛ばせ、ゼファー!!」


『うん!!びゃくやを、おいかけて、とぶね!!』


「そうだ。あいつが岩を避けて最適なコースを誘導してくれている。あいつを頼れば、何の問題もない!!」


『わかった!!』


「よし!!たのんだぞ、白夜!!」


『ぶるる!!』


 白夜がオレの言葉に反応して鳴いてくれたぞ!!なんか、感動的だぜ……っ。昨日の竜太刀と角をぶつける儀式が、オレたちの心をつないだのかね?


「……え?団長、白夜と話してます?」


 ロロカは驚いていた。ユニコーンが飼い主以外と話すのは珍しいことなのだろう。


「その、どうして急に?」


「昨日の晩、ちょっとね!!男同士の秘密さ!!」


「白夜は、メスですよ?」


「そーなのか。凜々しいから、オスかと思っていた」


「もう。女性のディアロスのユニコーンは女の子なんですよ?」


 また、ディアロスの謎文化があきらかになったな。


「じゃあ、男の飼ってるユニコーンは、みんなオスってわけか?」


「いいえ。そっちは、そうとは限らないんですが」


 ……難しいな、ディアロス文化。引っかけ問題まで潜んでいやがるのかよ。でも、いいや。とにかく触らない。ディアロス文化への基本マニュアルはそれで良いはずだ。


「うう。きゃあっ!!」


 ―――これだけ人数がいれば、アトラクションを楽しめないヒトも一人ぐらいはいるもんだ。それが、まさかリエルちゃんだったとはな。ゼファーの背中がへっちゃらなのに、この『竜そり』はダメなのかい?


「大丈夫か、リエル?もっと遅い方が良いか?」


「い、いいや、だいじょーぶだぞ!?こ、こんなの、ぜんぜん、まったく、へっちゃらだあああああッ!?」


 半泣きで、丸太に抱きついているのだが……森のエルフの美徳、勇敢たれ、が悪い方に作用しちまっているなあ。


『ねえ……『まーじぇ』、だいじょうぶ?』


「だ、だいじょーぶだぞおおお!!もっと、速く飛んで欲しいぐらいだああッ!!」


「おい。やめとけって、リエル?」


 見ていて辛いぞ、やせ我慢。お前、手足ガタガタしまくってるじゃねえか?


「はああ!?ど、どーした、ソルジェ!?ま、まさか、ビビっているんじゃないだろうなああああ!?」


「いや、オレはへっちゃらだけど?」


「そ、そーだろう!?普段、ゼファーの背に乗っているんだ、こんな低速、ぜんぜん、へっちゃら。むしろ、遅すぎて、腹が立っているぞ、ジャン!!」


「ひいいいっ!!」


 ジャンに、あたっている。そうか、ジャンが、コレを作っちまったからか。


「いいか、ジャン!!覚えていろ!!貴様の、功績をな!!」


「は、はい。すみません……っ」


「なぜ、あやまるんだあ?ほ、ほめてるだろうッ!?」


 とても、そうは聞こえやしねえんだよ……実際、褒めてねえだろうし。ジャンは、すみません、すみません、と繰り返しているぜ……っ。


「ゼファー、リエルがー、遅いって言ってるよー!!もっと、ガンガン、スピード出そうよっ!!」


 スピード狂体質のミアが、そう叫んでいた。うおお、素直な子めえ。ヒトの言葉をそのままの意味で受け止める君は、いい子だけど。ちょっと、今は許してやったらいいんじゃねえのか?


「お、おい……リエル。もう、お前の言葉しか、この状況からお前自身を救えそうに無いんだが……?」


「ははははははっ!?そ、そのとーりだぞ、ゼファーよッ!!か、風よりも速く、飛ぶがいい!!」


「本気か、リエル?」


『りょうかい!!『まーじぇ』!!』


 『マージェ』の言葉には絶対服従。それが、うちの可愛い竜、ゼファーの行動方針だ。こちらの幼子もリエルの言葉をそのままの意味で受け止めてしまい、翼を大きく羽ばたかせた。


 ぐおう!!と風が鳴り、リエルも、また、うおう!!と、普段は絶対に発しない声を出していた。爪が割れちまうのではないかと不安になるほどに、リエルは強く丸太にしがみついている……。


「すみません、すみません、ゆるしてください、こんなことになるとは……」


 内向的なオレの部下が、また自虐的な言葉を口ずさんでいるんだけど?


 オレ、だんだん、この『地獄そり』が楽しめなくなっている。ロロカ先生、アドバイスはねえか?


「ああ。楽しいですねえ。こういうの、子供の頃を思い出しますよう」


 和んでいる。そうか、彼女は知性が高いが天然だったな。まいったぜ。しかし、ディアロス文化的には、こんなソリで子供のときに遊んでいるのかな?崖とかから、丸太に乗って飛んで遊んだりしてるのか?……面白そうだな。リエルは絶対にやらなそうだが。


「いいぞー!!ゼファー、『レッドウッド号』を、もっと加速させるんだああ!!」


 興奮してるミアが、猫耳をパタつかせながら叫んだ。


 ジャンが、顔を上げる。その真っ青に染まった顔色をオレに見せる。オレは、思わずあいつの顔から目を背けてしまう。だって、笑っちまいそうだったから……ッ。


「こ、このソリに、名前を、つ、つけたの、ミア?」


「そだよー!!『レッドウッド号』!!ジャンの功績を称えて、『ジャン・レッドウッド号』だよ!!うれしいでしょう!!」


「……そ、その、あ、あの……っ」


「そうかああ!!こ、この……こ、このっ。素敵なソリは、ジャン!!ジャン!!レットウッド……と、言うのかあ!!」


 激怒しているリエルが、丸太にしがみついたままジャンを威嚇していた。


「ち、ちがうよ、リエル!!『ジャン・レッドウッド号』!!……ジャンじゃない。ジャンは、僕です」


「知っているさ!!ジャン・レッドウッド……号!!……覚えておくぞ、ジャン・レッドウッド……号よ!!」


「ひいいいいいいッ!!」


 だ、ダメだ。爆笑しちまいそう。で、でも。今それをやると命の危険がある。リエルがブチ切れして、オレと……あと、ジャンのことを、こ、この……『ジャン・レッドウッド……号』から、蹴り落としちまうかもしれねえ!!


「団長。楽しそうですねえ」


「そ、そう?」


「私もソリって好きですよう」


「そ、そっかー」


 天然を発揮するロロカ先生は、ほんとに和やかな笑顔だ。魅力的だが、今は、爆笑をこらえるのに必死で、彼女のうつくしい微笑みを堪能できやしない。


「ゼファー!!斜面が、キツくなるぞおおおおお!!」


「えええっ!?」


 ミアの叫びにリエルが反応する。もう、認めちまえばいいのに。怖いって?そしたら、きっとリエルにやさしい世界が訪れるぞ?


「走れええ!!加速だあああ!!そーだよねえ、リエル!!」


「……と」


 と?


「とうぜんだあああああああああ!!私の矢のように、風を貫き疾走させろおお!!このジャン・レッドウッド……号をなあああああああああッ!!」


『りょうかい、『まーじぇ』!!』


 ゼファーがさらに羽ばたきを強くして、風を打つ!!おお、先導する白夜に迫らんとする勢いだ。白夜が、反応し、さらに加速する。あいつも負けず嫌いかよ。やはり、愛せる動物だな。


「お、おのれえええッ!!ゆ、ゆるさんぞおお!!」


 リエルが何かに激怒してる。何にだろうなあ……。


 その候補の一人のジャン・レッドウッドが、ガクガクと震えている。


「リエル!!たのしんでる!?」


 ミアが無邪気な顔で訊いてくる。リエルが、コルテス式指サインで応えていた。拳を握って、親指だけ上げる。『うむ、たのしんでいるぞ』。そんな意味である。


 ……まったく、ムチャしやがって。


 でも、いいや。


 もう、オレもガマンの限界だああッ!!


「ははは……ははははははははははははははははははッ!!」


「何が、おかしい!!ソルジェ・ストラウス!!」


「い、いや。べ、べつに?」


「そうか……だ、だが。覚えていろよ?こ、この、素晴らしいジャン・レッドウッド……号が、停止したそのときが……『貴様たち』が、裁かれる時だということをなッ」


「な、なんで、複数形なんだよっ」


 お、おもしろすぎる。


 だって、ジャンのヤツの顔が、真っ青なんだからよ!!


「ジャン。いっしょに、死のうな!!」


「だ、団長といっしょなら、本望ですう」


 想像以上に重たい言葉が返ってくる。あはは、ほんと。最高の仕事をしてくれたな、ジャン!!オレは、この楽しい一時を、このメンツで過ごせて、マジでうれしいぜ!!




 ―――ああ、その旅は高速を得た。


 竜の翼に引かれるソリだ、そりゃ速い。


 あっという間に、目的地、『バロー・ガーウィック』が見えて来た。


 その巨大な六つの尖塔が、天にそびえる不思議な都。




 ―――素敵な旅は……ここで、おしまい。


 ここから先にあるのはね、とても激しい物語。


 バロー・ガーウィックでは、死が待つよ……。


 たくさんの、死が……。




 ―――ソルジェ・ストラウス、君は、初めて『ゼルアガ』の『本体』と出会う。


 試練の時だよ、悪神との、対決が待っている。


 人生において、多くの神を殺して回った君の物語が……。


 この、氷の地獄で始まるのさ。


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