第三話 『氷獄のバロー・ガーウィック』 その9


 ドシイイイイイイイイイイインンンンッッ!!


「んッ!?」


 昨日の朝とは、ずいぶんと大きな違いであったな。オレはイエスズメの鳴き声なんかじゃなくて、地響きと振動で目を覚ましていた。しかし。なんて音だ?ギンドウのアホが飛行機械の実験に失敗したときみたいな音を立てやがって……?まだ、朝早くだってのによ?


 オレは機嫌悪げに懐中時計をまさぐった。


 ……うん?


 午前10時直前だとッ!?


 あ、あと、30秒しかねえじゃないかッ!!


「しまったッ!!完全に、寝過ごしたッ!!」


 オレはテントのなかで起きる。うむ、ジャンめ、いない!!く、くそ、しまったぞ!!


 オレは毛布を放り投げて、あわててテントの外へと這いずり出た。ほんと、間抜けな動きのムシみたい。必死すぎると、見た目なんて気にしていられないよね!?


「あはは!!お兄ちゃん、ギリギリ・セーフっ!!」


 テントを出て、積もった雪のなかに顔面突っ込んだ直後のことだった。我が妹、ミアが大笑いしながらも、そう言ってくれた。顔を雪から上げる。ニコニコしているミアを見上げながら訊いてみた。


「そ、そうか……お兄ちゃん、セーフか!?」


「うん!!ギリギリぃ。でも、セーフ!!……だよね、リエル!!」


「……うむ。そうだな。ほんとうにギリギリだが、許してやろう」


 リエル・ハーヴェルがギンドウ製の高精度な懐中時計をにらみながら、オレが『寝坊』しなかったことを認めた。


 そうだ。これも我が団のルール……というより、リエルちゃんのルールだよね?起床時間は厳守すべし。とくに、朝食の時間に遅れた者は、『おかず一品マイナス』。


 時間に細かい森のエルフらしいというか……?


 それとも、自分の作った朝食に遅れてくる者を認めないというか……?


 これも一種、オレへのツンデレなのかねえ。



「……まあ。ギリギリだろうとも、セーフなら問題はねえ!!あー!!腹減ってるぞおおおおおおおッ!!結構、血ぃ出たから、タンパク質が欲しい、タンパク質がああ!!」


「朝から騒ぐな、うるさいぞ?」


「いいじゃん。君の手料理を死ぬほど食べたかっただけさ?」


「……そ、それは、当然だなッ!!」


 ちょろい。


「……ん。なんだ、そのニヤニヤした顔は?何か、私に対して失礼なことを考えておるだろう?」


「んなことねえよ。さっさと、リエルの手作り朝ご飯、食べさせてくれーッ!!」


 オレはリエルちゃんのご機嫌を回復するために、スキンシップ作戦を実行するのだ。リエルの腰へとガシッと抱きつく。


「こ、こら。な、なにをするんだ!?」


「……腹減った。メシ寄越せー……寄越さねえなら、リエルを食べちゃうぞお」


「え、エルフは朝ゴハンではないッ!?」


「おー!なんか、楽しそう!!ミアもやるーっ!!」


 ミアまでリエルにタックルしていた。想定外のその突撃に、リエルとオレは突き飛ばされるようにして雪のなかへと転がっていた。


「つ、つめたいっ!!」


 リエルちゃんが悲鳴をあげていた。可愛い声でね。ああ、朝から耳が癒やされるぜ。君の声を聞くと、心が幸せになるよ。


「あはははは!!ふたりとも、雪まみれ!!」


 いたずらっ子サンめ。オレは君のそういうトコ、愛してるぜ、ミア!!


「……まったく!!この、おバカ兄妹!!ゴハンの後で、みっちり、ペナルティを与えてやるんだから!!覚悟しておきなさい!!」


『あはは。『まーじぇ』が、おこってる。『どーじぇ』、あとからたいへん』


「いいんだよ、ゼファー。こんなに可愛いリエルにセクハラ出来たんだ。ペナルティを支払っても、おつりが来るってもんだ」


「か、可愛いとか、言うな……そう言って、お前、罰を軽くしてもらうつもりだろ?」


 ツンデレ弓姫は、オレへの傾向と対策を十分に研究してきているな。うん。そうだよ、君のことを褒めて、許してもらうつもりだった。浅知恵がバレちまった。ああ、そうか頭にエネルギーが回ってねえ。腹と背中がくっつきそうだぞ。


「はいはい。みなさーん、ゴハンの時間ですよ!!パンも焼けましたので、食べ始めましょーう!!」


 ロロカ先生が、ガキっ気まる出しのオレたちへ、やさしく命じる。ホント、頼るになる副官さまだ。オレたちだけだと、このまま三十分近く、バカなコントしちまって、せっかくの焼きたてパンを冷ましてしまうところだったよ。


 この厳寒の地では、やはり温かいモノを口にしたいからな……。


「……あれ?ジャンは?」


「ああ。ジャン。彼なら、あそこよ?」


 オレの腕のなかにいるリエルが、その長い指をゆっくりと動かした。オレの右目が彼女の指の軌道を追いかけていった。そして、オレは働き者のジャンの姿を見つめるのだ。


『ぐるるるるるるううううううううッ!!』


 狼に化けたジャンが、倒れた大木の皮に噛みついていた。その強靱なアゴの力を用いて、樹皮を引きはがしているようだな。なかなか、ワイルドでいい感じだぜ?


 そうか。さっきの音は、あの大樹を倒した音か!!いいねえ、パワーだけで倒したのか?いい根性だ、カッコいいぜ、ジャン―――。


「……まったく、暑苦しい。道具を使って欲しいものだ」


「そ、そうですね。その方が、早いような気がいたします」


「ジャン。犬みたーい!!」


 ……あれ?


 女子と男の意見って、かなり違うよなあ。オレは、今の狼っぽさ全開のワイルドなジャンを『良い』と思うんだが―――女子チームからは、まさかの低評価だよ。


 そうか。オレ、ワイルド過ぎるからモテないのか?


 今度から、薪を手刀で割るのとか、やめてみるか?クールに風の魔術でも使って割るのもあり?……いや、スタイリッシュに薪割りしたぐらいじゃ、モテねえか……。


「……で。ソルジェ・ストラウス」


「なんだ?」


「いい加減、どけ。あと……そ、その……手が?」


「手がどうかしたのか?」


「お、お前、気づいてるだろ!?」


 うん。気づいている。リエルのおっぱいを触っているね。あいかわらず、意外と大きい胸しやがって。


「……いいや。何かしているかな?」


「だ、だから!!わ、私の、む、胸を……っ」


 ツンデレ・エルフさんの顔が、どんどん赤くなっているのが楽しいぜ。


「いいじゃん。リエルの胸は、オレのでもあるわけだし?」


「み、皆がいる前で、変なコトを、言うんじゃないッ!!」


 そして。リエル・ハーヴェルはオレの赤い髪が生えた頭を目掛けて肘を振り下ろしてくる。実は、オレならこの攻撃を余裕で避けられるんだが―――あえて、受けてるよ。


 ドガシッ!!


 ……マゾってわけじゃないよ?


 セクハラへの戒めさ。オレだって、騎士道を尊ぶ男。セクハラの代償ぐらいは逃げずに受け止めるんだよ。いいか、ゼファー。これが、男だ。




 ―――場を明るくするのも、リーダーの仕事。


 竜騎士はそう考えながら、肘を喰らう。


 エルフの弓姫も、それほど強くは打っていない。


 なんだかんだで、彼らの夫婦漫才は、猟兵団の癒やしでもあるのさ。




 ―――リエルのシシ肉のシチューに、ロロカの焼きたてパン。


 野戦の疲れを癒やすべく、今朝は大量の朝食だ。


 ソルジェは肉が大好物、昨日のケガで、血も足りない。


 だから?リエルは、彼のお椀に肉を盛る……ツンデレ配膳さ。




 ―――ソルジェはロロカに相談したよ、先生どう思われますか?


 不確定な要素が多すぎますね、誰が『ゼルアガ』の手の者か、分からない。


 気にしないことにしましょう、情報がそろうまでは、悩む意味はない。


 なるほどな、やはりロロカは頼りになるなとソルジェは納得。




 ―――ミアはゼファーと食後の雪合戦、雪上訓練も兼ねている。


 昨夜のような無様はしない、そう心を尖らせながら。


 心の内側を誰にも気づかれないように、顔では笑う。


 彼女は、真の暗殺者、愛する兄の『敵』ならば、悪神だって殺すつもり。



 ―――ジャンは狼のまま、ガツガツと食事を済ます。

 そのまま走り、作業へ直行。


 彼のやる気は烈火のごとく、女子たちは、それにややドン引き。


 若さは盲目、ソルジェは後輩の行動から、女子の心理を学んでた。




 ―――絆で結ばれた彼らは、家族のようか?


 そうだよ、ホンモノの家族だよ。


 ソルジェは『ドージェ』で、リエルは『マージェ』。


 ロロカは『先生』、ミアは『妹』。




 ―――ゼファーは相棒、白夜は新たな友。


 ジャンは、仲いい後輩だ。


 この群れは、なかなか強いよ、ソルジェ・ストラウス。


 君は、コルテスの芸風を、ちゃんと引き継いだ。




 ―――初めてあったとき、君は笑顔なんて失っていた。


 笑い方も忘れるなんて、バカじゃないか?


 ガルフは爆笑していたよ、死神と呼ばれた赤い髪を撫でながら。


 そんな彼の心はね、君をたしかに変えたのさ。




 ―――もう、今の君は、復讐鬼の顔以外も持っている。


 そうだ、ヒトを愛して、家族を守る。


 君は、本当に『パンジャール猟兵団』の団長なんだ。


 僕は、君の友として、歌ってる。




 ……君が、こんな楽しげな朝ゴハンを食べられるのが、幸せだから歌うのさ。


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