第三話 『氷獄のバロー・ガーウィック』 その7
オレはいい香りのする女子チームの楽園から、極寒の吹雪が荒む外に出ていた。ゼファーと白夜が並んで寝ている。お互いの熱で暖を取っているのだろうな。
ゼファーには初めての吹雪だ。知能がやけに高く、この土地にも慣れている白夜がそばにいてくれるのは、心強い。
「……オレのゼファーを頼むぜ、白夜?」
『……っ』
白夜がオレを見ながら、わずかに頭を下げた。了解!……っていう意味がある動作だったのかもしれない。
もしかしたら、初めて白夜がオレに動物的な感情を見せてくれたのかもしれない。そうか……オレは偏見を持っていたのかも。
ユニコーンは、きっと偉大な戦士だ。白夜は騎士道の持ち主であるように思えるぞ。ロロカ/お姫さまを常に守りながら、勇敢に、無口に、愚直に勤めを果たしていた。そして、今は団の後輩であるゼファーを守ろうとしてくれている。
「……言葉も、分かるのか?」
『……』
オレは反則を使う。アーレスの力を借りて、心の色を見る。今までは、見えなかったが、今は、おだやかな黄色い光をユニコーンに感じる。
「そうか、故郷に戻れて、嬉しいんだな」
『……ぶるるっ』
鼻を鳴らして、白夜が吹雪を見上げていた。なるほどね、オレ、また一つ世界観が広がった気がするぜ。ユニコーンは雪が好き。そして、大人しいが、偉大な戦士。おそらく人語を理解していて、知能はとても高い。
「ならば……これを忘れていたな」
オレは竜太刀を抜く。白夜が一瞬、緊張したように見えたが、その大いなる戦士は慌てることはなかった。明鏡止水の体現者に対して、オレは竜太刀を静かに下ろしていく。
「白夜、お前を『パンジャール猟兵団』の仲間と認める。角を、アーレスの竜太刀に当てて、音を鳴らせ。それが、歓迎の挨拶であり、誓いとなる」
ユニコーンはゆっくりと角を動かして、アーレスの角の融けた竜太刀に、こつんと水晶の角を当てていた。
キィイイイイイイイイイィィィン……という澄み切った音が、極寒の大地で暴れる吹雪のなかで、確かにオレの耳には届いていた。
「……これからも、よろしくな、白夜」
『ぶふん!』
なんか、オレはユニコーンとの仲を深められたようだ。まあ、『バロー・ガーウィック』のユニコーンは狂暴らしいから、こんな風に仲良くはなれないかもしれないが。何だか、今まで無かった価値観を、オレは手に入れることが出来たぞ?
ほんと、面白いよな、世界ってのは?
なあ、ガルフ・コルテス。
アンタがつくって、オレが継いだ『パンジャール猟兵団』は、どんどん面白い集団になっていくぜ?……オレたちがどこまで行けるのか、あの世で酒でもあおりながら、高みの見物しててくれ。
―――偉大な白獅子ガルフ・コルテスは、多くの亜人を集めていた。
いいか、ソルジェよ、あいつらは、なかなか強い力を持ってる。
おもしれえヤツらばっかりだ、とにかく、どんどん集めよう。
ワシらは、帝国とケンカすんだぜ?帝国の敵といっしょになろうぜ!!
―――白獅子は、いつでも酒が好きだった。
いいかよ、ソルジェ、酒はすばらしい。
こいつさえあれば、誰とだって仲良くなれちまう。
ん?……ワシだけだって?なら、テメーのやり方を探すんだな。
―――白獅子は、誰も憎まなかったから、誰からも憎まれなかった。
憎しみを持つなとは言わんよ、感情は、人生を彩る『意味』だから。
復讐、怒り、憎悪……上等さ、最高の色合いたちだよ。
でもなあ、ソルジェ、一色だけじゃあ、つまらん『絵』だぜ?
―――憎悪もいい、怒りもいい、だが、それ以上の色もあったら?
なおさらいいだろ?決まってら?
……だからよ、ソルジェ。
世界を識れ、それが、人生を楽しむコツだっつーの?
ユニコーンと友情を築いたオレは、さすがに冷えてきたから男用のテントへと戻った。
さてと、入り口を開くか……っと、屈んだときである。
呻くような声を聞いたのさ。
「う……うう……っ」
「……ジャン?」
ジャンが、呻いているのか?どうしたんだ、まさか風邪でも―――ッ!?
「ま、まさかッ!!」
オレは、思わず身を固めてしまった。
勇敢なオレでも、引いちまうことはあるもんだよ。
おいおい、ジャンよ。君は、まさか……自慰行為にふけっているんじゃなかろうな?オレの帰りが遅いから、誤解したのか?オレが、リエルやロロカといやらしい行為に及んでいると妄想しちまったとか?
まさか……しかし。考えられる。若い性欲は見境がない。
それに、シャーロンとギンドウとジャンで飲んでいるとき、『女傭兵とセックスするには傷の手当てしてもらいながら、ガバッと襲うのが一番』……って、ハナシをちょくちょく聞かせていた気がするもん。
オレの言葉を、ほぼ完璧に記憶していたりするジャンのことだ。あのときの言葉を思い出して、興奮しちまって、そんな行為に及んでいるのではなかろうか?
……まずいぞ。世界一入りたくねえテントがここにある。
おいおい、ジャン。そういうのは、テントの外でするのが男の暗黙のルールではないか?
だが、そうか、天気は悪天候極まりない猛吹雪だもんな。外でそんな行為にふけっていたら、朝には究極に恥ずかしい凍死体が完成しちまっているかもしれねえ……っ。
まだまだ若いから、性欲に歯止めが聞かないのだな―――若さか。
さて。どうしよう、この状況。女子チームのテントに死ぬほど戻りたい。
あの楽園に戻りたいが、その楽園への門は固く閉じられている。リエルの紋章地雷が設置されているしな。
正直に、事情を話すか?
『なあ、おい!ジャンのヤツがさ、オナニーしてるみたいだから、入れねえんだよ?そっちのテントに入れてくれねえ?』……嘘偽りもなく、オレに何の落ち度もない言葉なのに、テントの入り口はよりかたくなに閉ざされそうな予感がするのは何故だろう?
クソ……体が冷えてきたぞ。体も心もだ!!
このまま悩んでいても仕方がねえ。そうだよ、大きな声で『帰ったぞ』と伝えればいいじゃないか?……十数秒の猶予を与える。どうにか隠せよ?隠しているのなら、知らないフリをしていてやるからな?
「おいッ!!ジャンッ!!帰ったぞッッ!!今から、テントに入るからなッッ!!」
十秒の時間をジャンにプレゼントして、オレはテントのなかへとゆっくりと入って行く。ジャンよ、どうか寝たふりとかしておけ?それがお前に出来る最後の紳士的行動だぞ?
テントのなかには静寂があった。
良かった。ジャンのヤツ、毛布にくるまって誤魔化そうとしてる。よしよし、それでいい。オレは、さっさと自分の毛布のなかに入って、瞳を閉じた。
しばらくして、ジャンの呻きがまた始まる。マジかよ!?まさか、オレが寝てしまったと思って行為を再開したのか!?……ありえなくもない。性欲は歯止めがきかないからな。若いって怖いぜ。
ちくしょう、仕方がねえ。ちょっとガチの説教だな。テントのなかでのオナニーは禁止、それが『パンジャール猟兵団』男子チームの不文律だと再教育してやらねばな。
意を決したオレは、自分の毛布を投げ捨てて、怒りのままに立ち上がる。そうだ、怒るときは意志を明確に表明しておくべきだからだ!!
「おい!ジャン!!テメーに社会のルールってもんを……ッ」
―――ああ、ほんと、オレは部下の心が分からないヤツだな。
ジャンは、自慰行為に励んでうめき声を上げているわけじゃなかった。ヤツは、どうやら悪夢でも見ているらしい。
毛布を放り投げるようにしながら、このクソ寒い吹雪の夜に、顔中に脂汗をかいていやがる。そして、呻きながら、もがくように暴れていた。
「……おい。ジャン。おい!!どうした、起きろ!!」
オレはジャンのそばにしゃがむと、アイツに声をかける。それでも、目覚めない。異常な反応だ。悪夢か?
……戦場に長らくいるような傭兵には、こんな反応が現れるヤツが少なからずいるが……ジャンはしたことが無かった。少なくとも、オレが知る限りはな。
声をかけ、体を揺すってやるが、ジャンは目覚めない。
だから?
スマンな、最終手段だ。オレはジャンの顔を平手打ちしていた。
「が……ふッ……ぁ!?……あ、あれ……?」
「目を覚ましたか、ジャン」
「は、はい……って、顔が、死ぬほど、痛いです……」
「そんなことはどうでもいい。どうした?うなされていたぞ?」
「……え?……あ……ああ……そ、そうですね」
「怖い夢でも見たのか?」
「……は、はい……たぶん……っ」
「そうか」
傭兵は、悪夢を見てうなされる傭兵を笑わない。我々の職業では、悪夢を見るに値する体験を多く味わうこともあるからだ。ヒトがヒトを残虐に殺す瞬間。犯され、腹を裂かれた妊婦。バラバラにされて積まれていた子供たちの死体。
そんなものを見ることがある。
ゆえに……オレは、悪夢を見てうなされる傭兵を、臆病者だとは思わないさ。
「だいじょうぶか?」
「……は、はい。おかげさまで……」
「……そうか。リエルに言って、よく眠れる薬でももらって来てやろうか?」
「……いえ。たぶん、大丈夫です」
「……そうか」
「ごめいわくを、おかけしました」
「いや……こちらこそ、スマンな」
「え?」
「なんでもない。ちょっと、起こすときにビンタしちまったからさ」
「あ、ああ。大丈夫ですよ、これぐらい……」
「……そうだな。お前は、うちの猟兵だからな」
「はい」
「……じゃあ。寝るか?……明日もかなり多く移動するからな」
「了解です」
そして。オレたちは毛布にもぐっていた。
罪悪感が心のなかで暴れちまっている。オレは、どうもジャンへの評価や信用が不当に低いのだろうか?……だから、こんな下らない誤解をしてしまうのか?
勝手に期待しておいて、勝手に失望する。
なんていう、ダメな上司なんだろうな?
ああ……ガルフよ、死ぬのが早すぎだぞ。オレは、アンタに相談したいことが、また一つ出来ちまったよ。
オレは自分の経営者としての器の小ささを反省しつつ、より良い経営者とはどうあるべきなのかと自問自答して眠れなかった。だが、さすがはストラウスの血ということか、物事を深く考えるのは、どうにも苦手である。
かーなり、眠気が増して来た……そんなとき、オレの大事な部下のひとりが発言した。
「……団長、起きていますか?」
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