第三話 『氷獄のバロー・ガーウィック』 その6
刎ねられた『ミストラル』の首が雪原に転がり、巨大化していたヤツの肉体がその場へと静かに沈んでいった。
しかし……。
「ほう。それでも、『死ねない』のか」
『………『死なない』だけさ。それを、悔いているわけではない』
刎ねられた首が、静かに語る。アンデッド。なるほど、本当に『不死者』だというのか?敗北という名の儀式にも揺るがない強固な呪いだと……?
ヤツの体が己の影に呑まれるように大地へと融けていく。さっきまでアンデットの肉体があったはずの場所には、赤黒く染みついたような液体があった。いや、液体でもないのか?とにかく正体不明の赤黒い染みがあって、それはわずかに泡立っていた。
「……体は、滅びた?」
『……ちがうさ。まあ、見ているといい』
染みが、まるで生き物のように動いていく。スライム?そんな感じだが……立体感はないな。とにかく、その赤黒く煮立った影が、『ミストラル』の頭部へと近づき、頭部をも呑み込んでしまう。
オレは律儀に待ってやる。氷と骨の狼どもと、オレの『パンジャール猟兵団』の戦いは続いているんだが、明らかにウチの連中が優勢だしな。手を貸すまでもない。むしろ、ミアあたりには吹雪と雪原での戦いを経験させて、練度を確保して欲しいぐらいだ。
邪悪の魔術の作業は継続している。
ゴボゴボと音を立てつつ、闇色に煮立つ雪原から『ミストラル』が浮上してくる。修復は完了ってところかな?アイツめ、最初の骸骨騎士の形状に戻っていやがるな。
「たしかに、不死身のように思えるな?……だが、ずいぶんと消耗している」
『……見抜くか、その眼帯の下にある、妙な目で?』
「アンタに妙な目玉してるとか、言われたくねえよ」
ほんと心外である。コイツの目は青い焔に揺れていやがるのに?……不細工に不細工って言われた気持ちだ。イケメンにイケメンって言われた時とは、真逆の気持ち。ウルトラ落ち込むっつーの。
『たしかにな』
「認めんなよ、ちょっと面白えじゃねえか……っ」
くくく。ヤツのトーク力は意外とあるのか?オレ、なんか、今、むちゃくちゃ笑いたい気持ちなんだが?……でも、『ミストラル』が真剣な『表情』してやがるから、ガマンだ。
「……で。どーする?第三ラウンド、やってみるかい?」
『火傷に裂傷、刀傷からの出血……スタミナも魔力も……貴様も消耗しているはずだ』
「ああ。だから?」
『……我の顔に、肉が残っていたら……笑ったのかもしれないぞ』
それは共感してくれたときに、ヒトが浮かべる笑顔かな。だったら、いいね。
「そうかい。もし、そーだったら、アンタがイケメンでも不細工でも、オレはその笑みには釣られてやったよ」
『どういう意味だ?』
「オレは、アンタがけっこう気に入っちまったってことさ」
『先ほど、我の首を刎ねておいてか?』
「ああ。ソレとコレとは、ハナシが別だろ?」
『……興味深い男だな。死霊と、ここまで軽口を交わせるとは』
「話す価値があるヤツと、話せるんなら?……話すに決まってるわな」
『おかしな論法だ。だが……たしかに、我もお主を気に入ったぞ、竜騎士、ソルジェ・ストラウス』
「そりゃどーも。『冥府の風』、不死身の『ミストラル』さんよ」
『……猟犬どもよッ!!牙を閉じろッ!!撤収するぞッ!!』
『ミストラル』はそう叫んだ。ヤツの声に氷と骨の狼どもは、完全なる忠実さで応えた。殺される仲間たちにも一瞥くれることもないまま、『ミストラル』の周りに集まってお座りしていく。
「アンタのワンちゃん、だいぶ減ってるぜ」
『戦場で散るのは、幸福なことだ。まして、貴殿たちが相手ならな』
「えらく気に入ってもらえてるね。それで、アンタ、『誰』に頼まれた?」
我が主と言っていたな?……どこのどいつだ、その『スケルトンの王さま/死霊王』はよ?
『それは言えんな。『依頼主』は、名を明かされることは望んでおらん』
なるほど。この『ミストラル』という『アガーム』は、オレたちの同業者、つまり『傭兵』ということだな。娼婦と並び、『最古の職業』とされる傭兵だ……色んなヤツがいるものだが、まさか、『ゼルアガ』の使徒である『アガーム』の傭兵がいるとはな……。
たぶん、ガルフ・コルテスほどの器がある男ならば、コイツのことを勧誘していたんだろうね。『アガームの傭兵だと!?面白え、絶対に勧誘しやがれ!!』―――冥府から前団長サマの声が聞こえてきそうだな。
だが、今はかなり大事な任務の最中。敵のコイツを勧誘するわけにはいかない。また、何か縁があれば?……そのときに決めればいい。
『どうかしたか、そのうるさい口を閉じて?』
「いや、ちょっとした考え事だ。でも……そうか。依頼主は望まないってか?なら、アンタは、殺されたって教えてくれないね」
『ああ、当然だ』
まったく傭兵に向いている男だな。だが、ガルフ。傭兵に誰よりも詳しいアンタの意見は今は聞けない。
「……なら。いいや。引いてくれるなら、今日はそれでいい。オレ、眠いしね?」
『フフフ。強がりおって』
たしかに、強がっている。氷の狼の群れは、まだ30匹以上も健在だ。戦って滅ぼすのは難しくはない。だが、この極寒の地で、これから『バロー・ガーウィック』までの旅を考えると……さすがにこれ以上のケガはしたくねえ。
ケンカに勝って、野垂れ死ぬ?
そんなクソみじめな旅をするのは、さすがにゴメンだぜ。
『……我は、これで引くぞ。『依頼』は果たしたからな』
「依頼を果たしただと……?オレは、まだ生きてるぞ?」
『……『試せ』。あの方は、そう仰った』
「試せ?……オレの、力をか?」
―――それとも、『パンジャール猟兵団』の力をか?
『ミストラル』は肩をすくめながら言い返してきた。
『人間性を試すのに適した役か、我は?』
「いいや。そういうジャンルのヒトじゃねえな」
『……憎まれているのではない。期待されているのだろう』
「誰にだよ?」
『教えてやることは出来んさ』
「期待されているねえ?……悪い気持ちはしないが。でも、その期待に値しなければ、斬れってか?……なかなかオレ好みの依頼主みたいだ」
『そうだろうな。仲は良さそうに見えたぞ』
「……なんだと?」
『死者に魅入られた者の腕に、抱かれたな。それゆえに、我はこの吹雪のなかで貴様を見つけることも出来たのだ』
「……オレに、『呪い』をかけたヤツがいるというのか?」
オレを抱きしめたヤツ?
そいつが、オレを呪って、『ミストラル』をけしかけた犯人?
たしかに、最近は死霊どもと、よくよく縁があるけれども……さあて、どのタイミングだ?誰が、オレを呪い、それでも期待して、試した?
「……何のためだ?そいつは、何が目的だよ?」
『失言だ。忘れろ。ではな、ソルジェ・ストラウス。また、戦場で会おう』
「……おう。『おみやげ』、ありがとよ。アンタも、オレ以外に殺されるんじゃねえぞ」
『貴様こそな』
そう言いながら、『ミストラル』は吹雪の果てに消えて行く。リエルがこの場に走ってやって来た。彼女は、『ミストラル』の背へと弓矢を構えて、オレに問う。
「―――いいのか?」
「ああ。殺さなくていい。アレは『アガーム』らしいから、そう簡単には死なないだろ」
「……『ゼルアガ/侵略神』と契約し、不死の魔力を得た存在か?……この世界の裏切り者だぞ」
「そう大した願いじゃない。ただ、強くなりたかった。無限の時間があれば、理想の強さまで達することが出来るのに―――そんなことでも考えていただけの、そこそこ笑える男だろう」
「あの魔人を逃すのが、正しいことだと?」
「いいや。そうは言わない。だが、ここでこれ以上の消耗するのはキツい」
「……それは」
リエルはパッと見た感じでは傷は負っていない。だが、矢はだいぶ使っているし、もちろん疲れはある。モンスターの群れと、吹雪のなかで戦うというのは、オレの一対一で強敵と戦うよりも、ずっと体力を消耗する仕事だったに違いない。
「アイツは、どうせまたやって来る。仕留めるチャンスはあるが……脚でもケガしちまえば、『バロー・ガーウィック』までの旅は、お終いだぞ?」
「……団長の命令には従うさ」
賢いリエルちゃんはそう言って、弓を下ろした。ほんと勇敢だし、マジメだな。でも、『ミストラル』と戦ってオレには感じた。アレは、あまり世界に害を呼ぶような存在では無さそうだ。
そこそこ、いいヤツだよ?
だって、アイツを負かしたこのオレに、『おみやげ』をくれたんだからな。あからさまに口をすべらせた。おかげで、気づかなかったことにな気づけている。
「……リエル。オレは、どうやら呪われているらしい」
「え?……でも、そんな魔力は、感じないわよ?」
「アーレスの力でも、ゼファーの力でも感じ取れない。つまり……」
「『ゼルアガ』の……異界の力か」
「そうらしい」
異界の力。オレたちの感知出来ない力だ。それにより作られた謎の『呪い』が、このオレにはかかっているそうだ。『ミストラル』の言葉を信じればのハナシだがな。だが、今のところ、ヤツの言葉を否定するだけの情報をオレは持っていない。
それに……。
「……それは、憎しみによる力ではないらしいぞ」
「どういうことだ?」
「試されているそうだ。オレや、そして、きっと『パンジャール猟兵団』の力を試している。そのために、『ミストラル』はここに来た」
「試して、どうする?」
「……『何かをさせたい』ってことだろう。その仕事を与えるに相応しいか、試されたんだよ」
「そして、お前と私たちは、その試験をクリアしたということか?」
「みたいだね。だから、ヤツは退いたんだろう」
「……強敵だったか」
「なかなかね。死の気配を嗅ぎ取るぐらいには、追い込まれかけたぞ」
「……そうか。お前を笑顔にさせるほどか。とりあえず、分からないことばかりだというコトが、わかった」
うん。リエルもオレも賢くないからな。
「ロロカ姉さまに相談しよう。それに、お前の傷の手当てもだ。あちこち、ケガしてしまっているからな」
「ああ。女子チームのテントで、癒やしてくれよ」
「セクハラしたら、縛って外に放り出すからな」
「……うん。理解してまーす」
そして、『ミストラル』と氷の狼どもの襲撃は終わった。オレたちはテントに戻り、傷の手当てをした。ロロカと情報を共有したが、彼女にも何も分かることはなかった。
ただし、ロロカ先生はこう告げてくる。
「……『ゼルアガ』本体だろうが、その眷属だろうが……異界の力で『呪う』ためには、接触する必要があります」
「……つまり、その犯人と、オレは?」
「出会っていますね。それだけでなく、おそらく肉体的な接触をしたことがある」
「戦勝パーティーからこっち、酒場とかで触られまくりのフリー・ハグ状態だったぞ」
「あうー……犯人の特定は、困難そうですね」
「……オレのせいじゃないけど……スマンことです」
「誰とでも抱き合ったりするからだ」
リエルが怒っていた。
「君とも抱き合ったから、君もこの捜査を難航させる要因なんだぞ?」
「……だ、抱き合ったとか、言うな……ばかっ」
ツンデレ・エルフちゃんたら、オレの腕のケガに包帯を巻いてくれながら、顔を赤くしちゃっているよ。ほんと、かわいいんだから。
「……しかし。とりあえず、誰か犯人は分からねえんだ……寝るとするか」
「はい」
「そうだな。ミアは、もうグーグーだ」
うん。ミアはもうテントのなかで寝ちまっている。そうだ、よく寝ろ、子供は寝るほど育つんだ。
「じゃあ、寝ようぜ?」
「……お前は、外か男チームのテントだろ?」
「婚前に異性と同じ床を過ごすのは、戒律で禁じられておりますので」
意外とマトモなディアロス文化を告げられる。うん。そりゃ、そうだよね?分かっていたさ、ただ言ってみただけのこと。
チャンスがあれば?三人で……って、少しは思ったけどさ。まあ、いいや。『ミストラル』と戦ったせいで、かなり疲れている。今夜は、もう眠っちまおうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます