第三話 『氷獄のバロー・ガーウィック』 その5


『ソルジェ・ストラウスうううううううううううううううッッ!!』


 骸骨がそのアゴを壊れんばかりに広げて、オレの名前を呼んでいた。


「……ちょっとばかし、なれなれしいぜ。それは、お前の名前じゃない」


『……いいや?……この名前は、我のコレクションになるのさ』


「面白い。オレを殺せるつもりかよ」


 あれほど素直な太刀筋を持った、クソがつくほどマジメなテメーが、そんな言葉を口にするためには根拠がいるだろう。


 どんな根拠なんだ?見せてみろよ。


『ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』


 声と共に、あいつのスカスカした骨の体から風が吹いてくる。黒い、風だな。吹雪のなかに混ざるように、『ミストラル』の放つ黒い空気が広がっていく。


 不快な風だ。邪悪な意志を感じるね。アーレスの魔眼がヤツの『心』を映す。赤黒いね。じつに分かりやすい、『激怒』の波長だ。負けたことが口惜しいらしいな。いや、負けを認めてしまったことがか?


 心が折られる瞬間を、竜の魔眼は見てしまう。今回もそうだったな。この五十年間ほど負けを知らなかったらしい『ミストラル』は、今、とんでもない劣等感に突き動かされているのだろう。


 敗北の屈辱を癒やす手段?


 復讐あるのみだね。自分の名誉を穢した敵を、その手で斬り捨てるしか、剣士の恥は消えてくれない。厄介な生き物だ。いや、死後に生き物の範囲から外れてしまってもそうらしいな。


「ハハハ」


『……なぜ、笑うのだ?』


「……死んでも剣士のバカは治らないって知れてね?うれしくて、たまらんのさ」


 『ミストラル』は無言だ。オレの言葉が気にくわなかったのかね?別にテメーのことを、けなしているワケじゃないってことは、伝わっていると思いたいところだが。


 闇の風をまき散らしながら、その身をゆっくりと巨大化させている『ミストラル』は、やがてオレに返事していた。


『……おかしな、男だ』


「……褒めてるんだな?」


 また無言だった。でも。オレは褒められたと考えることにする。オレなら、自分を負かした相手のことを、褒めるだろうからね。


 剣士ってのは、バカだよな。


 でも、バカだから愛しいってこともあるよ。バカってのは、一途さの証明でもあるからな。


『……準備は、終わりだ』


 言葉が告げられ、ひときわ激しい風が世界を駆け抜けた。一瞬、吹雪がかき消されてしまう。なんだか、竜に乗って天を目指して駆け上がっているときのようだと、感じたね。


 この風は、恐ろしく、そして孤高だった。


 剣士たちの始まりに合図はいらない。


 自分で放った闇の風を突き破るようにして、何事かの『変異』を遂げた『ミストラル』が突進してきた。


 斬撃が、オレに向かって飛んでくる。右、左、右、左……?いや、なるほど!!そういうことかよ、おもしれえ!!右、左、右、左、左、右、右!!コンビネーションは止まることなく、永遠に続いた。


 なんという手数だろうか?竜太刀一本では、さばくのがやっとで、反撃に転じる隙なんてものは、どこにも無いではないか!!


「なるほどな!!いいぞ、その『異形』!!こんなことは、初めてだよッ!!」


 喜びを歌う。『ミストラル』の肉の無い顔が、笑ったように見えたぜ。


『……己の死を、喜ぶとはな!!』


「死にはしない。どうにか、耐えている」


『ああ。驚愕すべきことにな』


 何が起きていたかって?……このバケモンは、さらにバケモンになったんだよ。


 腕は今まで以上に長くなり、『四つ』に増えちまってて、それぞれがサーベルを持っていた。その四本腕のサーベルの乱舞をつかい、オレの想像力を超えるような角度と手数で攻め立てて来てるのさ。


『この異形……褒める男は、初めてだ』


「そうかい。それは、つまらん相手とばかり、戦って、来た、もんだぜッ!!」


『……そんなことを、思ったことはなかったが、お前の言葉を聞くと……いや、お前の自由に遊ぶ剣を見ていると、かつての決闘が、色あせていくな』


「そりゃあ、どうも!!」


 オレは一瞬の隙を見出し、竜太刀の強打で一閃して、サーベルの攻撃をはじき返す。バックステップを刻み、距離を開けようとするが……『ミストラル』は影のように静かに、そして伸びるように動き、あっさりとオレを追跡しちまう。


「クソが!!」


 この野郎、『足』も四つに増えているのさ。今のミストラルは、人馬一体と化したバケモノのような見た目になっている。今の方が、雪原を掴まえる力が上がっているのだろうね、斬撃の一つ一つの威力が、以前よりもずっと重たくなっているからな。


 重心が、かつてよりも低くなっていることの証だぞ。コイツは、さっきよりも数段レベルが上の怪物に化けちまったようだ。


 土砂降りのような斬撃を、オレは剣とステップでさばき続ける。しかし、さばききれない斬撃の幾つかが、オレのほほを、オレの鎧を、オレの腕を打ち、場所によれば血を噴き出させていく。


 やるな、『ミストラル』よ。もう、オレの顔は笑えちゃいねえぞ。ヒトの形であることへの執着をやめたおかげなのだろう。こちらのバケモノじみた本性の方が、『ミストラル』は速くて強かった。


 何十手?いや、もう何百手耐えたことだろうか?オレはずっと後ろに押されっぱなしさ。さすがに、この手数を破る手段は、そうは思いつかない。


『ハハハ!!よくぞ、ここまで耐えているなッ!!初めてだよ!!この五十年、封じ続けてきたこの奥義だが……かつて、どの戦場の英雄たちでも、単独でここまで耐えた男は、いなかったぞ!!』


「……そうかいッ。だろうな、一対一で、戦っている気が、全然しねえよッ!!」


 四本腕がとんでもない角度で飛んで来やがるからな。オレの足運びでなければ、とっくの昔にあの斬撃のラッシュに巻き込まれて、ズタズタに斬り捨てられちまうところだ。


『どうした?防戦一方か、ソルジェ・ストラウスよ!!』


「試して欲しいのか?」


『なに?』


「……いやね。なんか、そんな気が、したのさ。テメーは、これを、封じて、きたわけだよな」


『……ああ』


「使えば、勝てたからだろう?」


『……うむ。そうだ』


「そりゃあ、スゲーな」


 無言だ。おびただしい斬撃でオレを圧倒しながらも、ヤツはまた静かになる。マジメなバケモンだな。アーレスの魔眼を使うまでもないじゃないか?


「つまらんか。お前のいる、その境地は?」


『……さてな』


「ハハハハハ!!」


『よく、笑えるな?今、貴様の頬を深く切り裂いたぞ?』


「ああ。痛えぜ?でも、テメーは、なんだかおもしれ……えッ!!」


 バガギュイイイイイイイイインンンンッッ!!


 オレの頭を狙ってきたサーベルを二つ、竜太刀の強打を振り抜くことでへし折ってやる。『ミストラル』の追撃が、一瞬止まり、オレはその隙に後ろへ飛んで間合いを開く。そして、呼吸を整えにかかる。ヤツの追撃は、無かった。


「ハア、ハア……まったく、四本腕と渡り合うのが、こんなに疲れるとはな……」


 さすがに四本腕の剣士と戦うなんてことを、想像したこともなかった。だから、対応することが出来なかったが……かーなり目が慣れて来ちまったな。


『……我が太刀筋を、読んだのか?』


「……ああ。軽くて速い。だから、二本同時に、ぶっ壊せた」


『我が剣は、鈍っていたか?』


「いや。そうじゃない……孤高な鍛錬のしすぎだぞ」


『なに?』


「テメーが、オレの何倍生きていたかは知らないが、この技を一人で鍛錬しすぎた」


『……それが、どうかしたという?』


「刃が乾いているぞ……剣士の血を、吸わないまま放置しすぎたな?」


 そりゃあ、五十年も実戦で封印してりゃあね?……こうなるんだろうな。


『貴様は、何を……』


「孤独な剣だ。師も土の下か?兄弟弟子たちの血もついえたか?」


『……ああ』


「不死の代償。そして、その圧倒的な力の代償は、大きかったな」


『答えていないぞ?我の疑問に?』


「さみしすぎるんだなあ、テメーの剣はよ?」


 竜太刀を肩に乗せながら、オレは答えを教えてやる。剣士として本当に偉大な先輩だが、ぼっちの怪物サマにね?


「……お前の理想通りの剣には至った。でも、その理想は、あまりにも遊びがない。あえて織り交ぜている雑さ?フェイント?……それらまでも、あまりにも綺麗すぎる」


『なにが、悪い?』


「……知っているだろう?」


『……ああ。読まれてしまう。理想の剣に、近づけば……他人の貴様にも、読まれてしまうということか?』


 ひとりぼっちの怪物は、やはり自分の技の欠点をも知り尽くしていた。さすがは大先輩だな。オレなら、自分の技の欠点を、自ら認められるほどの度量は、まだ無いね。


「そこまで理想的な動きをされちまえばね?……四本の腕で操る剣でも、見えちまう」


『……恐ろしい目だな』


「ああ。竜に仕込まれたからね」


『……だが、負けたつもりはないぞ』


 ヤツは、ちょっとズルいことをした。オレがせっかく見切ってへし折ってやったサーベルが、復元されていくぞ?……こういうところもまでも、完璧だな。いい技だ。でも……。


「オレは、最近、家族運がとても良い。人生を振り返れば?そりゃあ、悲惨な家族運だ。一族はみんな帝国なんかに殺されてるし、オレはお袋もセシルも守れなかった。オレが、一族で最後の男だったからな、二人を守るのは、オレの仕事だったはずなのにね。でも、最近は、さみしくないんだ」


『……何を言っているんだ?』


「お前がオレに勝てない理由さ。アンタ、もう兄弟たちの剣を、覚えていないだろう?」


『……ッ』


 その無言が色々と語る。そうだろうな。何百才生きているかは知らないが、そこまで一人で鍛錬していたら、さすがに色々と忘れてしまうんだろうな。


「だから、アンタのその剣は、軽いんだ」


『我の剣が、軽い?』


「ああ。自分しか乗せていない剣だ。理想と技巧に研磨され過ぎたその剣は……攻撃しか考えていない空虚さがある。それを使いこなす者のことが、抜けちまってるな」


『我に足りないものとは、なんだ?』


「幅だな」


『幅?』


「そう。技の幅が足りない。ああ、アレンジだね。理想的過ぎて読みやすいだけじゃなくて、変化の量にも欠けてるのさ―――アンタは孤独すぎた。共に腕を磨く仲間が、家族がいれば……アンタのその剣は、もっと学べただろう」


『……我より、劣る者たちからもか?』


「そりゃそうだ。優劣よりも、種類の問題だからな。アンタより腕の短い弟が、同じ技を使ったら、アンタはその弱点も、弱点の補い方も、もっと見れたさ」


『……さあ、分からないな』


「そっか。まあ、孤独な者が陥る視野狭窄ってところさ。独りよがりの理想なんてモノはね、簡単に看破することが出来る薄っぺらいモンの代表なのさ」


『それが、理想を極めた剣だとしてもか?』


「ああ。とうぜんだろ?今から、証明してやるよ」


 オレは竜太刀を斜めに構えながらヤツの元へと歩いて行く。


 『ミストラル』もまたこちらへと近づき、四つの腕でサーベルを構えた。


 間合いが近づく。そう。ここから先は、おしゃべりじゃない。研磨された刃だけが声を放てる世界だよ。


 仕掛けてきたのは、ヤツの方からだった。理想の四つ腕剣術が、また時雨のように襲いかかってくる。ああ。そうだ、やはり理想的だな。角度も威力もスピードも。だからこそ、今度はサーベル二本だけで済ませると思うなよ―――?


 オレは体を沈めながら、サーベルの乱打を横に躱す―――だけじゃないぜ。すぐさま、振り返って、躱したばかりのサーベルへと斬撃を横になぎ払う!!オレの技、『太刀風』!!それの横なぎ払いバージョン、『草薙』ッ!!


 赤い疾風が『ミストラル』のサーベルを二本同時に破壊する!!


『……こうもあっさりと読まれるか!!しかしッ!!まだ、二本あるぞおッ!!』


「―――阿呆が」


 オレは―――蹴りを入れていた。ヤツの右の……前脚?とにかく、四つあるそれの右前のへと鉄靴の底を叩き込む。


 バギリ!!


 ヤツの骨が簡単に破壊されていた。冷静なはずの『ミストラル』が、絶句していた。知らなかったんだろうな、脚への負担の蓄積なんて?ヒトなら痛みがあって気づけたんだろうが、お前には、その痛みさえないようだ。


 だから、脆さにも気づけないのさ。強い技ほど、反動がある。んなことは基本だろ?強すぎるから、気づけなくなるのさ……。


 折れた脚のせいで、バランスが崩壊する。当たり前のことだ、『ミストラル』は左の上と右の下のサーベルを振り抜くときに、この脚に体重がかかり過ぎていたからな。振り抜く度に、メギギと悲鳴を上げていた。


 そうさ。アンタの技は理想的で隙があまりないけどね、使うヤツへの負担が半端ないんだよな。


 それに……気づいていたか?オレが打たせながらも、アンタから見れば、ずっと右へ回りつづけ、この右脚のダメージを蓄積させていたってことに。


 そっちに回り込めば、アンタが斬撃を振るうとき、その脚に重圧がかかってしまうからな。メギギとか鳴っている脚を、オレの耳が聞き逃すはずがねえわ。


『……こんな、下らぬ弱点が……ッ』


「そう。未熟者の兄弟でもいたら、この技をマネでもする。そして、彼らの脚は一発で折れてたろ?……アンタはさ、その経験さえあれば、コレをこんな欠陥だらけの技のまま、放置はしなかっただろ?」


『……たしかに、な―――』


「―――じゃあな」


 ザシュウウウウウウウウウウウウウウウウッッ!!


 オレの『太刀風』が、今度はヤツの首を切り裂いていた。

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