第三話 『氷獄のバロー・ガーウィック』 その4
「はあああああああああああああああッ!!」
『でやああああああああああああああッッ!!』
雪を蹴って、ほとんど同時に走り出す。お互いの顔をにらむが、視野の端で全身を捉える。剣術家なら、分かるだろう?戦いながら、オレたちはお互いの体のあらゆる場所を把握できるのさ!!
ゆえに、全くの同時にお互いを滅ぼすための一撃を放てるんだよ。腕に力を込めて、振り上げていた竜太刀と大剣で、殺意に満ちた一打を放つ!!
ガギイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンンッッ!!
鋼がぶつかり合い、鉄は冷たく激しい声で鳴く。これは、なかなかの重さじゃないかね。やるな、『ミストラル』とやら。ヤツの実力と、鍛錬にかけてきた膨大な時間をオレは感じることが出来た。
コイツとオレは刃を火花で彩り合う競り合いの中でも、お互いの重心を崩してやろうと、あるいは腕力で圧倒してやろうと、探り合っているからね。
お互いを調べながら、そして主張もしているのさ。オレの剣はどうだ、この野郎。そう自慢したい。剣士としての意地と本能が、この行動を支配している。
「……やるじゃねえかッ!……竜太刀を完全に受けられたのは、久しぶりだッ!!」
『そちらこそなッ!!我の剣と互角の威力だとはな……ッ!!』
オレは笑っていたぜ。お前はどうかな、『ミストラル』よ?肉のない顔からは表情は読めない。笑い声でも上げれば分かりやすいが、その余力はお前にもない。正直に言えば、オレにもな。
単純な一撃の重さならば―――認めてやろう。貴様はオレと同格だ!!
「―――ハアッ!!」
『フウウッ!!』
呼吸をしながら、お互い剣を引き、次の瞬間には再び全力の一撃を打ち合っていた。力は、互角!!ならば、ここから先を競うのは、スピードだなッ!!
ガン!ギン!!ガギュン!!
三連続の剣舞だぜ。ストラウスの嵐だ。だが、『風』を名乗るのは、ミストラルも同じということか!!速えじゃないかッ!!斬撃はお互いの肉を、頭を、腕を狙っていたが、その全てが空中でぶつかり合ってしまう!!
「……クソが、スピードも、技の切れも―――ッ!!」
『互角だと……ッ!!』
「……いや、オレは、風以外にも使うぞ、『ミストラル』よ!!」
オレは剣を持たない左の拳に火球を召喚する。それをすぐに撃つ?いいや、撃たないさ。コイツの剣さばきなら、ファイヤーボールなんざ叩き切るだろう。
だから、まずはステップで雪を蹴散らしながら、踊りながらの斬撃を浴びせてやる!!
『この早い動きの中でッ!!剣術と魔術を同時に扱えるのかッ!?』
「まあね!!」
『なるほど!!我を崩し、その火球で爆撃する気だなッ!!』
『ミストラル』はオレの動きから意図を読みやがった。なかなかやるじゃねえか。
そうだよ。これだけの剣舞でも、お前は崩せん!!オレたちはほとんど互角だからな。だが、どうだ?お前よりもオレの肉体は優れているだろう。
高速で斬撃を打ち合う乱打戦の中でも、オレはバランスを保っているぞ?そのための片手持ちさ。オレの師匠はヒトだけじゃない。手加減を知らない年寄り竜の尻尾とも、ガキの頃から戦って来た。
威力だけじゃダメだ。動きも伴わなければな。
動き回りながらの斬撃、オレのサイズで、オレの力で、このアーレスの角が融けた竜太刀で!!威力は、それでも十分!!殺傷能力、満載だあああああッ!!
『ぐおおおおッ!!崩れた型で、なぜ、これだけの力をッ!!い、いや……』
「そうだよ。『ミストラル』。テメーの迷いが、テメー自身の太刀筋を、わずかに鈍らせてしまっている!!」
そうさ、テメーは冷静な騎士だ。この火球がいつ撃ち込まれてくるかにも気を払っている。だからこそ、テメーの動きはオレに遅れていくぞ?
賢いヤツは、よくバカに負ける!!
賢いヤツが考えているあいだに、バカは、そいつの倍動くからな!!
「おらああああああああッ!!」
『く、くそおッ!!』
完全には崩されてはいないものの、『ミストラル』、テメーはオレの剣に遅れ始めている。そのことに『ミストラル』は気づき、腹立たしげに唸っていた。理解はしている。
だが、賢いのはテメーの性分だから、どうしようも出来ない。
考え無しの反射合戦に来てくれるなら、オレの圧勝に決まっているしな!!
『ぬう!獣のような、足運び!なんだ、貴様は、ただの騎士ではないなああああッ!!』
「そうだよ、竜騎士だからなあああああッ!!」
ガギイイイイイイイイイイイイイインンンンッッ!!
大上段から振り下ろし、ヤツの剣を誘った。そう、『受け止めさせた』。だが、オレの本命は、こっちだぞ!!
『なに!?ば、バカなッ!!この距離では、貴様自身も―――』
「―――ハハハッ!!ストラウスを、舐めんなアアッッ!!」
自滅するだって?フン。そんなことは気にしてられるかよ?いいか、こんな強敵相手のときには、小さなことを気にしていたら敵に失礼だろう?
オレはファイヤーボールを発動させる。『ミストラル』とオレのあいだで火球が爆発し、お互いを爆熱の風が焼いた。熱いぜ、だが、それがどうした!!
「うおおおおおおおおおおおおおッ!!」
ガン!!ギン!!ガアアンンッ!!
焔に焼かれながらも、オレは気合いを雄叫び、剣を振るう!!『ミストラル』は燃やされながらもオレの斬撃を受け止めようと必死だ。
だが、意表を突かれていた分、わずかにヤツの反応が遅れていった。
こちらの打突を受けようとした剣がついに鈍り、オレはヤツを押し込んで行くのさ。遅れを取った『ミストラル』は、竜太刀の重みとオレの腕力に圧倒されて、その場に片膝突くような形で沈む。
『ぐううッ!!人間の、力だというのか、これがああああッ!!し、しかもッ!!か、片腕だとおおおおおおおッ!!』
「はあああああああああああああッ!!」
闘志が音になって体からあふれていく。戦いを愛してやまないオレは、攻撃の手を緩めることはない。容赦はしない。敵にも、そして自分自身にもな!!
昂ぶる闘志が魔術となって、再び左の掌に劫火を呼ぶのさ!!
『まさかッ!!このタイミングで、また撃つのかッ!?』
「熱いのは、嫌いじゃなくてなあッ!!」
ヤツの顔面近くに火球を突き出し、オレは叫ぶ!!
「爆ぜろッッ!!」
『馬鹿者め―――ッ!!』
ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンッッ!!
大爆発だ。オレとヤツの体をまた灼熱の風が焼いていく。ていうか、お互いが吹っ飛ばされちまった。何メートルも雪の上を体が転がる。ああ、髪が焦げる、皮膚が痛む。鎧が焼けて、鉄が焦げた臭いがしやがるぜ!!
それでも、もちろん!!
止まるわけがねえだろうッッ!!
雪を蹴り、雪に爪を立て、竜太刀で大地を叩き立ち上がる!!そして、オレはまだ動く敵を目掛けて、走って行くに決まっている!!
『なああああッ!?』
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
体勢の崩れたヤツにストラウスの嵐を喰らわせてやるのさ。右、左、左、右、右、左と立てつづけに斬撃を叩き込み、仕上げと言わんばかりに圧倒されて後ろへとよろめいたヤツへと飛びかかり、『両手持ち』にした全力の剣を頭目掛けて振り下ろす!!
ガギュウウイイイイイイイイインンンッッ!!
『ミストラル』はそれでもなお、オレの必殺の一撃を受け止めやがった。ヤツは大剣を横に倒し、柄だけでなく、その刀身にも手を沿えることで、オレの断頭の技を防ごうとしているな。
『……ハア、ハアッ!!貴様のような、命知らずは、我は……知らんぞ!!』
「最高の出会いだろう、『ミストラル』!!覚えておけ、我が名は、ソルジェ・ストラウスだあああああああああああああッッ!!」
もはや、小細工はいらん。
ただの力任せだ!!
オレがどれだけ鍛えて来たか?なかなかの師匠遍歴だよ。親父や兄貴やアーレスに、そして、ガルフ・コルテスだ!!オレの師たちは多くいたが、皆が口をそろえて褒めてくれた特徴があるんだよ!!
それが、何かを教えてやろう!!
ガギギギギギイイインッ!!
『……な、け、剣が……我の魔を帯びた剣が、曲がっていく、だと……ッ!!なんという『力』だ!?これが、本当に、人間の、力なのかあッ!!』
くくく!!そうだよ、皆、オレの馬鹿力だけは褒めてくれたよ。だからな、たっぷりと味わえよ、オレの腕力をなああ!!
『うぐううううッ!!折れるはずが、ない!!我が剣は―――』
「なまくらがぁ……ッ。オレの竜太刀には、アーレスが、宿っているんだよおッ!!」
バギイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンッッ!!
『ミストラル』の大剣が、崩れながら悲鳴を上げた。アーレスの竜太刀は、勢いも力も全く減衰することもないままに、剣の主へと襲いかかる!!
ザギュシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!
『ミストラル』の頭が、胸が、腹が……竜の暴力的な力によって、切り裂かれていくぞ。さすがだ、アーレス。お前の角は、死してなお、魔性の鬼を斬って捨てるッ!!
「ハハハハハハハハッ!!いいぜ、アーレスッ!!」
切り裂いた敵の前で、オレは愛しい竜太刀のことを褒めるために笑い声で歌った。
だが……この素晴らしい気持ちは、即座に邪魔される。
オレにむかって、無数の白骨の手が伸びてきていた。
視界に入ったその白い影と、隠すことのなかった激しい怒りを帯びた殺意。
そのどちらものおかげで、気づけたさ。騎士ってのは誇りが高すぎて、暗殺者に向かねえな。オレは竜太刀で、その白骨の腕どもをなぎ払いながら、ステップを踏んで、その場所から距離を取っていた。
切り裂かれた白骨の腕が、ボロボロと崩れいていく。
「……奥の手というヤツか」
ダジャレみたいになったが、笑わせるつもりじゃない。オレもアイツも必死なんだ。
頭部から胸を切り裂かれたはずの『ミストラル』が、ゆっくりと大地から起き上がってくる。致命傷だと思ったんだが……さすがは、強敵の気配をさせる男。
『……まさか。ヒトの剣士に、遅れを取るとはな』
「斬られたままでもしゃべれるのか」
そうだ、ヤツは真っ二つになったままだ。それなのに、声が出てる。
そういえば、そもそも声帯もノドも無いよなコイツ。それでも、しゃべれるんだから、形状がどうなろうと『滅ぼさないと』、声も動きも止まらないのか……?
『……驚いたぞ。ここまで圧倒されたのは、50年ぶりのことだ』
「初めてじゃないのか?……そりゃ、そいつに嫉妬するね」
『いや。驚愕に値する戦闘能力だ』
「……やけに褒めてくれるな」
『……これから、殺す男への賞賛だ』
「冗談のつもりか?」
―――そんなタイプじゃ、ないよね?
確信を抱きながらも、オレは義務のようにそう訊いていた。そっか、と答えてしまうのは、色気というものがなさ過ぎる。
『いいや、我はいたって本気であり、正気であるよ、狂戦士殿』
「……だろうね」
『ミストラル』の切断面から、闇色の糸?が蠢いて、切断面を縫い合わせていく。
「治っちまったな」
『便利だろう?死ねば、貴様もこうしてやれる』
「不死性に憧れたことはないね。一秒一秒をしっかりと生きなさい。そうやって母親には習ったもんでね」
『……でも、その母親は?生きているかね?』
『ミストラル』は青い焔の目で、オレの心を見透かそうとするように、こちらを見つめてきている。コイツは……何が聞きたいんだろうか。
「……雄々しく生きて、雄々しく死んださ」
『……そうか。君の母上も死んだのだ……それは、勿体ないと思わないかね?』
「ああ?」
『不死であれば、もっと!!……この世を楽しめただろう?』
「どうかね?……お前みたいな邪悪な姿になってまで、この世に未練たらたらこびりつくなんて無様は、オレのお袋は望みやしないだろうな」
『……話していると、イラつかせるな。貴様とは、剣で語らうと、どこまでも喜びがあふれてくるというのに……』
そう言いながら、『ミストラル』は折られた剣をその場に捨ててしまう。
「で?どうするんだい?……まさか、お前のような邪悪なバケモノが、それぐらいで死にはしないのだろう?」
『……ああ。そうだよ、ソルジェ・ストラウス殿。我は剣での敗北を認めよう。貴殿のほうが、我よりも優れた剣士である』
「そりゃ、どうも」
『いい技だし、いい闘志だった。ありがとう。剣を極めた戦士の太刀筋を、味わわせてもらったよ。お礼だよ……我の『本気』を、見せてやろう―――』
冗談ではないな。
嬉しいねえ?
こんな強敵、ゼファーと戦って以来だぜ!!血が踊る!!さあ、来いよ、『ミストラル』!!まだまだ、テメーは、全てを出し切ってはいないんだろう?
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