第三話 『氷獄のバロー・ガーウィック』 その3


 武装を終えて、テントの外に出たオレたちを待っていたのは、吹き飛ばされそうになるほどの強い風だった。


 雪が積もっていたゼファーが身震いをして雪を払い、ユニコーンの白夜がロロカのそばに並び立つ。彼らが風よけになってくれるおかげで、ミアなんかはようやく体勢を維持できるほどだ。


 まったく、雪原での戦闘ってのは厄介だな……足に雪がまとわりつくし、この視界と風ではリエルの矢も有効範囲は狭まってしまうのは確実であろう。


 ミアは体重の軽さのせいで、まともに立っているのも辛そうだしね。まあ、ふたりもそんな時の戦い方のひとつやふたつは用意しているが……さすがに、いいコンディションとは言えないな。


 リエルが呪文を唱えて、そこら中に『トーチ』の魔術を展開する。大地に刻まれた、三角形の紋章は赤くかがやき、猛る炎を呼んでくれる。嵐のなかでも消えない、彼女の魔力の炎たちさ。常識的な獣さんたちだったら、これで近寄っても来ないね。


 これで視界は十分。


 それだけでも確保しないとな。いかんせん、この状況は―――。


「団長、この環境は不利ですね」


「ああ。そうだな、ロロカ。それで、敵の気配に覚えはあるかい?」


 ここはディアロスの地だからね、ロロカ先生の知識に頼りたいところだが。しかし、彼女は首を振った。横にだ。


「……いえ。この不穏な魔力……私が『バロー・ガーウィック』にいたときに、感じたことは一度もありません―――むしろ、これは、『ここ最近』の」


「……そうだな。たしかに、これはアンデッドの気配に似ているな」


『ぼ、僕も……そうだと思います。こいつらは……スケルトンとか……いいえ、あの大きな白い蜘蛛の気配に似ていますよッ』


「そうか……『アガーム』……なら、このプレッシャーも納得がいく」


 無数の雑魚どもを引き連れるように、雪の果てからこちらに近づいてくるバカに強いモンスターがいるな。それに、オレたちは警戒心を引き出されている。


 さて。


 こういうときはどんな作戦を採るべきかな?


 いろいろあるね。


 未知の敵を相手にするんだから、まずは敵の偵察だ、とか?防御を固めて、敵の襲撃を一度受け止めてから反撃しようとか?


 ……あるいは、せっかく敵の接近に気がついているのだから、先手必勝の突撃をかましてやろうとか。


 どれも魅力的だ。とくに、三番目はサイコーだよ。


 だが。オレたちは『パンジャール猟兵団』。こんなクソ悪いコンディションに置かれていたとしても?……強敵相手に、そんな単調な戦術に固執する必要性はないのである。


 偵察、防御、攻撃?


 どれでも魅力的であるのなら、同時に行えばいいだろう?欲張らないとね、せっかくの強敵との戦いなんだからよッ!!


「陣形、『ロンリー・センター』で行くぞッ!!」


 オレは竜太刀を抜刀しながら、そう宣言する。


 我が猟兵たちは、おお!と返事をして、陣形を組む。最前列は、オレ。右翼の守りはゼファー。左翼はロロカ先生と白夜、中央はジャン、その後ろにミアとリエルさ。


 さて。この『ロンリー・センター』。どういうトコロに、最大の特徴があるかというと?最前列がまさに『ロンリー/オレだけ』ってところだな。その意味は何か?……これから見せてやるよ。


「行くぞッ!!」


『GHAAAAAAAAOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHッッ!!』


 ゼファーの歌に導かれて、オレは敵の気配に向けて単独で突撃していった。雪を蹴散らして、ただひたすらに前進する!!


 オレは『偵察』であり、『攻撃役』さ。敵の群れにただ一人で突撃し、相手側のリアクションを誘うんだよ。オレに対する敵の反応を見て、後ろの仲間たちはそれぞれに対応を取る。


 未知の敵が相手だからな、どんな攻撃をしてくるのかを『試される』のは、一人でいいだろう?敵の攻撃を『毒味』するのさ、騎士らしいだろうがよ!!


「視界を確保してやるぞ!!」


 リエルがその矢に魔術をくっつけて、矢を放った。吹雪を切り裂きながらそれは飛び、彼女の矢が爆ぜた。魔術は空中に強くかがやく光の玉となって漂い始めるのさ。


 おかげさまで、敵の姿がようやく視認できたね。


 無数の雑魚は、『狼』。ジャンみたいだな、気をつけろよ?……まあ、『白骨化している猟犬』だからね。区別はつきやすいね。『スケルトン・ウルフ』ってところか。


 そして、その死せる猟犬どもの飼い主は?


 竜太刀にも負けない巨大な大剣を肩に担いだ、角のある騎士?……紅いマントを身につけた、巨大な戦士だな。角と言っても、ディアロスのように耳の上から後ろにスッと生えている角じゃないね、ヘラジカみたいに無意味にデカい角だ。


 兜?……いや、兜というか、骨と一体化しているように見えるから、やっぱり角かね。そいつは、やはり『アンデッド』。なにせ、白骨化しているからな、ヤツの飼い犬たちと同じように。


 コイツは……うむ、近づくことで分かった。骨と鎧が融け合っているような姿をしている。鎧を着ているわけじゃなく、鎧と骨の区別がつきゃしない。


 骨の一部が変形して鎧のように尖ったり肥厚しているようにも見えるし……鎧が『動くために』、骨を生やしてしまった結末がヤツのようにも感じた。


 白骨化した騎士?鎧から骨が生えた魔性の怪物?……そうだね、どうあれけっきょくスケルトンの親玉みたいなヤツって理解でいいんだろう。ヤツめ、体の向こう側も見えるほどにスカスカだというのに、この吹雪のなかでもその身は揺らぐことはない。


 矛盾を感じさせる存在。軽そうなのに、重たい。そういう矛盾を実現できる戦士は、オレの経験上、例外なく恐るべき強さを発揮してきたな。


 ヤツが、大剣を天に向けて掲げた。


 そして……叫びやがった。


『―――我は、『冥府の風』、『ミストラル』ッッ!!』


 向こうから名乗られるとはな。モンスターのなかにはしゃべれるヤツがいるが……もちろん、そんなヤツらは大体、バケモノ級の強さを持っていたよ。


 しかし、モンスターのくせに律儀なヤツだ。ならば、こちらも相応の礼儀で返すべきだろう。


「我らは『パンジャール猟兵団』ッ!!そして、オレは団長、オレの名前は、ソルジェ・ストラウスだッ!!ケンカ売って来たのはテメーだぞ、『ミストラル』!!理由があるのなら、言え!!」


『理由など、我は知らない。ただ、我が主から、貴様を殺せと命じられたまで』


「スケルトンの領主に、悪さした覚えはないけどな」


『そうか。ならば、恨まれる原因に、善悪の境など無いということだろう。お手並み拝見といこうか?それ、猟犬どもよ。試してこい』


『ぎゃうううう!!』


『がう!がうう!!』


 骨の狼どもがオレを目掛けて走ってくる。二匹同時?愚かな、たった二匹の犬っころごときで、『パンジャール猟兵団』の団長サマの実力が、測れるものかよ!!


『ぎゃしゃあああああ!!』


『がおおおおおううう!!』


 左右から狼どもの牙が飛んでくる。右から飛んで来た狼にオレは竜太刀を振り下ろす。斬撃がそいつの骨だらけの体を粉砕した。固い?……そうか、氷で包まれている。重くて固いから、吹雪にも耐えられるわけだな。


 そして?反対側から飛んで来ていた氷の狼に対しては、左手から呼んだ爆炎を持って撃破していた。炸裂した大型ファイヤーボールが、氷の狼の頭を吹き飛ばす。ふむ、魔術もそれなりに有効。


 仲間に報告だな!!


「みんな!!コイツらは、骨じゃねえぞ!!骨に、氷がまとわりついている!!想像以上に固い!!だが、魔術は有効だ!!打撃もな!!……ミア。ナイフじゃなく、スリングショットか、『風掌』で破壊しろ!!」


「りょーかい!!」


 元気いっぱいの声が響いた。いいね。お兄ちゃんにも君の元気が、伝わるよ!!だから?次から次に襲いかかってくる氷の狼たちを、斬り捨て、魔術で破壊し、蹴り殺せるんだよなああッ!!


『……ほう。私が呼ばれるだけはある。猟犬どもごときでは、相手にもならんな』


「そうだよ。だから、貴様が来やがれ、『ミストラル』。一対一でも、多対一でも、オレは構わんぞ」


『おもしろい。いいぞ、猟犬ども!!そいつは狙うな!!他の弱き者どもの肉を喰らえ!!この強き者は、私だけの獲物としようではないかッ!!』


『ぎゃううううう!!』


『ごおおおおおお!!』


 氷の狼どもが連携するように鳴いて、オレから離れて後方へと走って行く。オレは素通りさせる。仲間を信じているからね。


「他の連中が弱いだって?身の程知らずが」


『貴様よりは、弱いのだろう、強き者よ?』


「……まあ。団で最強なのは、このオレさまだがよ……うちに、弱者は一人もいない」


『強者のみの群れか。おもしろい。貴様を斬ったあとで、味わわせてもらおう』


 オレとミストラルは対峙する。


 こいつめ……肋骨たちの中に―――いわゆる、『胸郭』ってトコロに囲まれた部分に変なものがある。フツーのヒトならいわゆる『心臓』がある部分に、無数の青く煌めく火の球が浮いているな。すさまじい魔力が、そこからは漏れてくる。


 それが、動力源か。


 まさか、不気味なアクセサリーってだけじゃないだろうよ。もしも、そうなら。ちょっとカッコいいけど、胸焼けしちまいそうだな。


『……ほう。我の青き焔が気になるか?……勘のいい男だ』


「ふむ?……どういう意味だ?」


『やがて、貴様もコレになる』


「はあ?」


『コレは、我が倒した強敵どもの魂。我に囚われ、死後も我が見せる悪夢のなかで、我と斬り結んでくれている』


「貴様……殺した戦士の魂を、弄んでいるのか!!」


『弄ぶ?そうではないぞ、敬意を持って、接しているではないか』


「バケモノの哲学か。歪んでいるぞ」


『そうかね?貴様もやがて、我の行為を喜んでくれると信じているのだがね』


「テメーなんぞの胸に抱かれて喜べるか?お前が絶世の美女に転生してから言いやがれ。巨乳で品行方正、見た目は美女で、セックスのときに敬語を使ってくる淫乱クイーンになってから言うべきセリフだぞ?」


『ハハハ!面白い男だ!!』


 爆笑された。オレのトークもついにバケモノを笑わせるに至ったか。シャーロンに、今度自慢してやるぜ。


『だが、肉欲よりも……貴様には、死臭ただよう血肉の罪科がお似合いだ』


「ほう?たしかに、抱いた女の数よりも、ぶっ殺した戦士の数のほうが桁違いに多いぜ」


『ならば、貴様はやはりいつか至上の喜びと共に、我を受け入れるだろう。かつての我の強敵たちと同じくな』


 コイツは、戦闘狂だな。嫌いじゃない趣向だが、あまり外道じみた行いをしているとバチが当たるってお袋から聞かされて育ってないのか、骨野郎よ?


『……ああ。強き者よ!!我に抱かれよ!!そして、我の魔力が産んだ、『無限の闘技場/インフィニティ・バトル・フィールド』へと来るがいい。貴様も、その戦士たちの楽園に、招待してやろう!!』


「……死後も永遠に悪夢のなかで戦わされるつづけるってか、テメーと?」


『我と、我が殺した勇敢にして強き魂たちとな!!』


「なるほど、『無限の闘技場』か。ふむ。死後にたどり着くなら悪くない」


『そう言ってくれると思ったよ』


 ミストラルは共感してもらえたと思い、嬉しそうだな。マニアックな趣味を持つ男に共通する歪んだ同胞愛だな。ちょっとでも共感されたと思ったら、気安く仲間だと思って来やがる。


 しかし。テメーの楽園には、とても大きな『欠陥』があるぞ?


「なかなか興味深い場所なんだが……それはあくまで死んでからだな。それに、ダメ出ししてもいかい?」


『ああ。楽園を、向上させるために、いつでも意見を募集しているぞ?』


「なら言わせてもらうよ、オレの善意にもとづいて。テメーなんぞと、永遠に斬り結んだところでよ?……三日もあれば、オレさまの千勝無敗に至っちまう……つまらんよ、そんなクソ闘技場」


『ほう。ならば、貴様に勝って殺すことで、貴様に納得させてやろうではないか』

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