第三話 『氷獄のバロー・ガーウィック』 その2


 その夜、ジャンはまさかの仕事を成し遂げた。百日に一度ぐらいの確率なのかもしれないな。なんと、『狩り』でリエルを上回る得物を仕留めてきたのだ。大きなクマさ。400キロぐらいありそうなヤツ。


 それを、狼はグイグイと森の中から引きずって戻って来たね。


 感動的な瞬間だったな。


 期待の若手に、ようやく競争心が芽生えたのかもな。だって、リエルに狩りで勝つってことは、相当な努力をしなくちゃならない……努力もだし、覚悟もいる。プライドの高い彼女に土をつけた?……うわ。ジャン、いつか何らかの形でリベンジされちまいそうだ。


 でも。いい傾向だぜ、向上心を持つってのはよ。


 そう……そう思っていたんだが、狼が必死にそのクマを引きずっていったのは、ゼファーのところであった。


 お腹を空かせたゼファーの前に、巨大クマを設置する。


『ゼファー。これが、『肉』だよ』


『うん。これが、『にく』だね』


『僕は?』


『……『ジャン』っ』


『そう。君の友達で、君の『家族』の、ジャン・レッドウッドだ』


 見ていて涙があふれそうになった。あいつ、ゼファーに捕食されないようにと、必死だったのかよ!!


 ……なんか、スマンね、オレの竜が?たぶん、いや、きっと大丈夫だぞ?安心してくれ、あいつだってお前を食ったりしないはずだ。絶対に、そのはずだ―――。


 オレは特性シチューを鍋のなかでグルグルかき混ぜながら、悲しい鼻をすすった。幸薄い人生を送りがちの部下には、大きめに切ったジャガイモをくれてやろうと誓ってもいた。


 今夜のシチューが、もしも、ちょっとだけ塩辛かったら?


 オレの涙が、ブレンドされていたってことかもな。というより、悲しみのせいで手元が狂い、塩を入れすぎた。




「今夜のシチュー、いつもより塩っぱかったですね」


 そんなことに気がつける味覚の持ち主なんて、ゼファーかジャンだけだ。オレは塩をシチューに入れる回数は人数かける6振りと決めているんだが……まさか、本当に涙で数滴レベルの塩加減まで分かるとはね。


 身体能力のスペックが本当に高すぎるぞ……不憫な。なぜ、それで、そこまでヘタレに育ってしまうんだね?周りの連中が、強すぎるからいけないのかな。


「……なあ。アレ、そんなに塩辛かったか?」


「いえ?いつもよりも美味しいぐらいです」


 まあ、君への憐れみがたっぷりと入っていたからかもな。不憫でならなかったよ、うちの竜に媚びへつらう行動を端から見ているとさ。


 やがて、オレとジャンはテントのなかで寝転がっていた。オレは、酒が入っているから、すぐに眠れると思っていたが……意外と寝られなかった。ジャンへの憐れみの感情が高まりすぎてか?


 ……いいや、そうじゃない。


 新たな友たちのことを想っていたんだよ。


 『西ザクロア鉄血同盟』の自由騎士たちだ。領地もない、報酬も微妙だ。そんな極貧の立場でありながら、故郷を守ろうと帝国に反旗をひるがえしている、ガッツあふれる若者たちのことさ。


 彼らの未来は……どうなるのだろう?


 もう、彼らは他人ではない。我が友だ。


 彼らは苦しい立場だな。ザクロア人の半分は、ライチ氏の意見に賛成している。殺されるよりは、自由を捨ててでもファリス帝国に服従しちまおうって考えだ。


 オレは嫌いだが、世の中では、それなりに支持を受ける考え方だな。


 だが……守ろうとしている民草から拒絶される戦いか……?なんていう辛さだろう。オレは9年前、幸せだったよ。死を覚悟した戦に赴くときでも、国中のヤツらはオレのことを応援してくれているというコトに、疑問を感じたことはなかった。


 だが、鉄血同盟の友たちは、そうではない。きっと、彼らもまた悩んでいるだろう。自分たちの正義は、ほんとうに『正しい』のかってね。


 死んでも貫く正義と、自分を偽っても生きる正義。


 どちらが『正しい』?


 こんなもの、人それぞれだろうな。だからこそ、オレも鉄血同盟の友たちも、苦しんでいるんだろう。世界は、ストラウスの心ほどに単純には出来ちゃいないのだ。


 キツいよな、対立しちまっている正義に、国が、分断されてしまうというのは……。


 ……オレは、きっとこの戦で、また少し見聞を広げてしまうのだろう。ストラウスの価値観が薄まってしまい、またリエルに怒られるかもな。彼女は一族の価値観・掟を大切にしている女子だから……。


 でも。世界はストラウスだけでも、森のエルフだけでも作られているわけじゃない。色んなヤツがいるんだ。そうだな……オレが守りたいのは、『色んなヤツがいていい世界』だ。


 くそ、難しいな。ヒトは、どうしても違う考えのヤツを攻撃したくなるものだし。


 世界は差別に満ちている。


 ギンドウの左腕を見ろよ?……何もしていない。ただ、人間の父親と、エルフの母親から産まれたってだけで、腕を切り落とされたんだぜ?


 ―――どうかしてる。でも、それが、世界の現実なんだ。


 ……そして、それは……いつか、オレ/人間と、リエル/エルフのあいだに産まれてくるガキにも他人事じゃないハナシだ。オレやリエルがそばにいれば、そいつのことを守ってやれるだろう。


 でも、オレもリエルも猟兵だからな。いつ死ぬか分からない。


 で。そうなったとき……まだ幼いそいつの腕が切り落とされずに済みそうな国は、どこだよ?……オレが知る限り、かつてのガルーナと、今のルード王国にしか存在しちゃいない。


 まったく、スゲーな、クラリス陛下や、ベリウス陛下は……人間も亜人種も、一緒に暮らせてる国を作っちまっているよ……。


 オレは賢くは無いから、国はつくれそうにない。交渉も下手だしな。けっきょく、ジュリアン・ライチに対しても、交渉というか脅すような言葉しか使えなかったし。


 そうだ。ストラウスに国はつくれない。


 ならば?


 唯一、得意の暴力で、『色んなヤツがいていい世界』の『敵』を、ぶっ殺すしかねえよなあ……?


 そして、守るんだ、ガキのギンドウが腕を切られずに済んだはずの世界を。リエルが産むオレのガキが、人間にもエルフにも、怯えずにすむ世界を……。


 なあ、寒い国の友たちよ。


 オレの『正義』は、そんなのだが……君らの正義とは、どれぐらい異なっているのかな?


 ……ああ。なんだか、疲れちまったな。


 あんまり考え事とかするのに、向いちゃいないタイプの脳みそしているんでね。しかし、これでいいや。ようやく眠れそうだぜ……。


 そうさ。明日も相当、ハードになるだろう。吹雪くかもしれない。


 そうなれば、ゼファーで飛ぶのはキツい。地上を歩くことにもなるだろう。体力を維持しないとな。そのためにも、さっさと寝ちまうに限るぜ―――。




 ……ん。何かが動いたな。そして、ゆっくりと近づいてくる。敵か?……ほう。このソルジェ・ストラウスさまの寝込みを襲うとは、いい度胸じゃねえか―――ジャン!!


「ぐへッ!?」


 オレは自分の身を守るための攻撃には、あまり手加減を加えないことにしている。ジャンめ。ついに正体を現しやがったな、このゲイ野郎め。


 いつかオレの寝込みを襲おうとするんじゃないかと心配していたが、今日がそのときだったとはな?


 まあ、いい。修正してやるぜ。貴様の間違った思想を。


 オレは立ち上がり、拳をボキリボキリと鳴らしていた。


 顔面を殴られたジャンは、そこらで右に左にとゴロゴロしていやがるな。だが、今のオレに慈悲の心は微塵もねえ。これは、君への教育でもあるのだ。


「……貴様の性的趣向をとやかく言うつもりは毛頭無いが。そういう行為は、本人たち同意の上ですべきことでな?」


「……な、なんのことですか……っ?」


「え?」


 そりゃ、君の性癖についてだが……と言いそうになった直前だった。


 オレの左目が、アーレスの魔力の宿る魔眼が、『異変』を感知していた。外だな。しかも、かなり遠くだ。テントの外で、轟々とうなる吹雪の先に―――何かがイヤがるぜ。


「……ジャン。お前、この気配に気づいていたのか?」


「え、ええ。だ、だから、起こそうとしてたんですよ」


「そうか。マジでゴメンな、ジャン」


 スゴいな。魔眼を超える?そして、ゼファーの感覚も超えただと?……将来が楽しみで仕方ねえというか、ちょっと嫉妬を覚えるぐらいの能力だな。


 ……いや。人狼とはいえ、性能が高すぎるだろ?……こいつ、普段よりも能力が向上しているというのか?


 どうなっていやがる。人狼の能力は、呪われた血に宿る魔力の賜物なんだよな?


 呪いが、濃くなっているのか?


 あのスケルトンの出た森と、同じように?


 なんだ。この旅は、どこか変だな。死霊どもや、人狼の呪い?怪しげなものに、出会いすぎている。


 マジで、『ゼルアガ』が一枚噛んでいやがるのかもしれねえな。


 まあ、それは今どうでもいいことだ。敵の気配はどんどん近づいて来ていやがる。人狼の生態を研究などしている場合ではない。


「リエル!!ロロカ!!ミア!!起きろ!!」


 隣のテントに寝ているはずの三人の名前を呼んだ。返事はすぐに帰ってくる。さすがだな。敵の接近に気がついていたのか……それとも、さっきのジャンの悲鳴で起きたか。


「……うん。わかってるぞ。今、全員起きた」


「ああ。数が多いし、一体はとんでもねえのが混じっているぞ」


「みたいね」


「とんでもねえのは、オレとゼファーがやる。細かいのは、お前たちで分散して戦ってくれ。サブ・リーダーはロロカだ」


「はい!!お任せ下さい!!リスクを少なめに、負傷者を出さないような戦術で挑みます!!」


 そうだ。オレは狂戦士。ブレーキが利かないからね。君みたいなしっかりした常識人が、ひとりはいてくれないと困る。


 ロロカなら防衛戦は適任だ。機動力は白夜に乗らなければ少ないが、その戦闘能力は達人級。しかも、この極寒の世界になれているというところが大きいね。


 吹雪のなかでの経験値では、ここにいる誰よりも優れているというわけさ。


 経験値―――心配なのは、ミアだな。


「おい。ミア、お前は、雪原での訓練回数は少ない。自重しろ。リエルのサポートに徹しろ。いいか?この言葉を、侮蔑ととらえるな」


「ラジャー。出来ないことと、やるべきことは知っているよん!」


「なら、いいぜ」


 さすがはガルフとオレで育てたプロフェッショナルだ。自分の限界もきちんと理解している。ああ、今度、雪上訓練はたっぷりしてやる。そしたら、次の戦いでは、お前を先鋒として使ってやるから、今夜はガマンするんだぞ、ミア?お兄ちゃんとの約束だぜ。


「リエル。ミアのサポートを頼んだ。牽制は少なめでいい。とにかく、オレとゼファー以外を守ってくれ。いいな?」


「了解だ、団長」


 ほんと、戦いのときは、どこまでも素直なんだから、このツンデレ弓姫さんは。よし。作戦はおおむね伝達した……って、ジャンが、オレのことじーっと見ている。しまったな、影が薄いから、一瞬忘れかけてしまっていた。


 いや、ほんとスマン。でも、一瞬だから、許してくれないか?


「……ジャン。お前は全員のサポートと、各個撃破だ。つまり、遊撃任務。旅の初日だ。ケガさせるわけにはいかない。連携し、ムリはするな」


「わ、わかりました!!かならず、お役に立ってみせます!!」


「いや。様子見でいい。敵も、オレたちが強ければ引くかもしれないからな」


 『何』だか分からない敵だからな。こちらも深追いするつもりはない。あっちが引いてくれるのなら、今夜は特別だ。追いかけていって殺すとかはしないさ。


 まあ、とことん殺し合いがしたいってのなら、ハナシは別だけどよ……?


 ―――くくく。まったく、素晴らしい一日だな。呑んで、騒いで、歌って、飛んで。今度は、命まで狙ってくる『敵』までついているのかよ。


 ほんと、サイコーの一日だぜ。


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