第三話 『氷獄のバロー・ガーウィック』 その1


 ―――ああ、我が同胞の四男よ、よくぞこの地を訪れた!!


 老いた自由騎士、ヴァシリ・ノーヴァはその若者を抱きしめる!!


 大きくなったな、あの赤毛のガキんちょが。


 おお、よくぞ……よくぞ、生きておってくれたな、竜騎士よ!!




 ―――ヴァシリ・ノーヴァは涙を流して、雄叫びをあげる!!


 翼将殿よ、あなたの息子が、私の前にやって来ましたぞ!!


 窮地のザクロアを守ろうと、古き誓いのもとに来てくれました!!


 ああ、竜騎士と、自由騎士の再会を、皆の者よ、歌で祝うのだ!!




 ……多少は歓迎されるかもなーって、密かに期待してはいたけれど。まさか、ここまで熱烈な歓迎を喰らうとは思わなかったぜ。


 自由騎士たちの長、ヴァシリ・ノーヴァはオレがこの砦を訪れたことを知らされると、白鋼の鎧をつけたままだというのに、全力で走ってやって来た。そのまま、叫び、オレを抱きしめていた。


 ジジイに抱きしめられる趣味はないが……いや、この親愛は拒否できねえだろう?


 親父との思い出を、まるで昨日の出来事のように語るこの老騎士を、オレは嫌いになれるわけがなかった。


 砦の騎士たちが一同に集まり、オレと副官のロロカを出迎えてくれたのには、感動を通り越して恐縮を覚える始末だったな。


 彼らは、そうだ。オレの同類。すでに帝国との戦いに、命を捧げることは覚悟済みという連中なんだよ。


 同じ哲学を共有している戦士たちと過ごす時間は、時が流れるのを忘れてしまう。朝一番に行ったはずなのに、気がつけば昼の時刻。盛大な料理でもてなされてしまった。


 ありがとう、と言われてしまう。


 さまざまな騎士たちが、戦士たちが、そう言ってくれた。オレと『パンジャール猟兵団』が、ルード王国のクラリス陛下の親書と、同盟の意志を届けてくれたことが、『西ザクロア鉄血同盟』の連中には、大きな希望となったそうだ。


 同胞であるザクロア市民の半数からも支持されていない、彼らの帝国軍への反抗。それを、ルードの女王は知っていてくれたということが、彼らには、たまらく嬉しいことだったらしい。


 そうだ、『歌われない苦しみ』―――誇りを伴わぬ戦いへ挑む、その虚しさ。それを、オレも彼らも知っているんだ。


 ハナシは尽きなかった。いろんな騎士たちと仲良くなれた。いや、ここの砦にいる老若男女の全てが、もはやオレの同胞であった!!


 ロドニー、マリエリ、ウッドヘッド、ニューカム、ラッセルバック、ジュード、エリザベト、ラファー、シード……多くの騎士たちと、乾杯して、この大いなる出会いをオレたちは祝った!!


 酒を酌み交わし、大きな声で歌い、最後にゼファーを砦の頂きに止まらせて、炎を空に吐かせたりしたぜ!!


 ―――ほんと!!『西ザクロア鉄血同盟』ってば、サイコー!!


 『パンジャール猟兵団』の次の、最も素敵な組織だっつーの!!ガハハハハ!!




「……高級温泉宿に泊まって、酒飲んで女湯のぞいたり、砦で騎士団と地元住民が引くレベルの大宴会を繰り広げたり?……大した身分だな、ソルジェ・ストラウス」


 あの大宴会が終了して3時間、オレたちはさっそく北上を開始していた。オレとリエルとミアはゼファーに乗って、北に向かって飛んで行く。


 地上では、ユニコーンの白夜に乗ったロロカと、狼に化けたジャンがオレたちを追いかけてくれる。このあいだの旅と同じパターンだ。


 休めたのは、結局一晩だけか?まあ、ジャンとオレに関しては、戦い以上のダメージを負わされちまっていたわけだがね。


 あの男女の温泉を分けて隔てる、悪魔みたいな断崖絶壁のせいで?……というか、さっきからオレに小言で言葉責めしてくるリエル・ハーヴェルちゃんのせいでね。


 若者を魔術地雷で吹き飛ばすとか、恋人を崖から落下させるとか?


 オテンバ娘、ここに極まれりって感じの暴れっぷりだったぜ。


 そんなリエルはオレの背中に抱きついたまま、お説教タイムだ。一週間しかないのに、半日も酒宴で潰したことを怒っているのさ。いつもながら、リエルちゃんは、時間の浪費に厳しい子だよね。


 でもさ、オレは経営者だもん?


 仕事で付き合いのある方々と、お酒を飲み交わすのだって、ビジネスの一環なんだよ?ほんと、分かってよー、そこー?


「……お兄ちゃん、お酒臭ーい」


 ぐりぐりぐり。オレの腕のあいだにいるミアが、その猫耳の生えた黒髪後頭部サンで、オレのアゴを押し上げてくる。オレも、それに反撃して、アゴで、うりうりうり、と押し返す。


 兄妹の楽しいコミュニケーションがそこにあったね。


「はあ。でも、収穫はあったわね」


「君の恋がかい?」


「そ、そっちじゃない!!仕事のほうだ、ばか!」


「……ああ。クラリス陛下の親書は、どちらとも渡せたからね。ジュリアン・ライチとも腹を割って話せたし、ヴァシリのじいさまたち鉄血同盟とは、すっかり親友さ!!」


「よほど気が合ったのね」


「ああ、彼らは、とってもストラウス系の騎士団だね。マジで、ストラウスってたよ!!熱くて、死をも恐れぬ蛮勇さを感じたぜ!!」


「ほんと暑苦しそうな集団ね」


「まあ、そこは否定できない。死ぬほど、うるさかった。だが、そこがいい!!」


「はあ。でも、有意義な交渉が出来たというのなら、許してあげるわ」


「許してくれるのか、ありがとう、『マージェ』」


「どういたしまして、『ドージェ』」


 んー。リエルちゃんってば、以前、オレはその竜語の意味を訊かれたとき、兄と姉って、嘘ついて教えたけどさ?……ホントは『マージェ』は『母』で、『ドージェ』は『父』という意味分かってるんじゃないか?


 嘘ついてたことがバレると、殴られそうだから、確かめたりしないけどね。この夫婦ごっこ、けっこー好きなんだよね、オレ。


「……ふう。でも、だいぶ寒くなってきたわね」


「ゼファー。『マージェ』が寒がっている、可能な限り低く飛べ」


『うん!ひくく、とぶね!!』


「ありがとう、ゼファー」


「……ねえ。お兄ちゃん」


「なんだ、ミア?」


「これから行くのは、どんなとこー?」


 少女の無垢な好奇心が、この旅の終着駅の姿を質問の言葉にさせる。


 オレは、ちょっと困った。


 北方の果てにディアロスたちが居住しているのは知っていたが、そこに都があるとか聖地があるとかまでは、知らなかった。


「……んー。説明するのが、なかなか難しくてだなー」


「おい。ちゃんと、子供の好奇心に向き合え。ミアは、お前の妹なんだから」


「……そだね」


 ほんと。リエルはとてもいい女。オレは、ミアが構って欲しがっていることに、気づけなかったりする時がある。この子は、オレの大切な妹だ……オレはミアのことを抱きしめる。


 寒くないか、と訊いた。うん、温かいよ、と答えてくれる。


 オレは目を優しさに細めるんだ。この小さなケットシーの妹の存在を、そうだ、オレはもっと大切にしなければならない。


 答えてやろう、彼女が問うのなら、出来るだけがんばって。守ってやろう、彼女が戦いに赴くのなら、命にかえても守るぞ。共にいてやろう、それが、『あにさま』の義務なのだから―――。


「じつはさ、オレもあんまりよく知らないんだよ」


「そーなの?」


「うん。だから、楽しみでもある。知らないトコに行くのって、ワクワクだろ?」


「うん!とっても、ワクワク!!」


「そうだろ?……どんなトコだと面白いかな?」


「そだねー。まずは、お鍋が美味しいかどうかが大切だよね!!」


「おー。寒い地方でそれがマズいってんなら、サイテーだもんな」


「そうそう。ありえなーい!!」


「おう。マジで、ありえねー!!」


 兄妹二人して夜空に叫び、そのあとで笑い声で歌う。スゲー寒い場所なのに、それでもなお北を目指して飛んでいるはずなのに……ぜんぜん、オレは辛くない。不思議かな?いや、一目瞭然だな、その理由は。


 リエルとミアとゼファーがいっしょだから。ああ、もちろんロロカとジャンだってね。


 いいか、ゼファー?


 これが、お前の『家族』だぞ?


 『パンジャール猟兵団』は、お前とオレの、大切な『家族』なんだ。


 命に替えて守る。それは、命を支払っても、まったく惜しくないぐらいの宝物だってことなんだぞ?……ヒトによっては、名誉よりも重たい命。それを、笑いながら犠牲に出来るほど、オレたちの『家族』には価値があるんだ。


 覚えておけよ、ゼファー。


 百年の時間が経ったとしても、ここにいる皆が、お前のそばから、時の流れの果てに消え去ってしまっても―――。


 だいじょうぶだ。


 それでも、オレたちはお前のことを愛しているぞ。


 永遠に変わらない真実だから、疑わなくていいよ。


 もしも、ストラウスが懐かしくなったら、空を見上げればいい。


 あの星々のどれかに、オレもリエルもミアもロロカも、みんないるからな。


 お前は、もう永遠に孤独なんかじゃないんだぞ……。


 どうだ、ゼファー、『家族』ってのはさ、いいもんだろう?


「……なあ、ミア。リエル」


「なあに?」


「どうした?」


「いっしょに、ゼファーと歌わない?」


「叫ぶってコト?」


「オッケー!!歌おう!!いいよね、リエル!!」


「もう……しょうがないわね。つきあってあげるわ」


「よーし、『マージェ』も、歌うってよ!ゼファー、歌えええええええええええええええッッ!!」


『GHAAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHッッ!!』


「がおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!」


「が、がおおおおおおおおおおお……っ!!」


「ハハハハハハハハハハハッ!!……あー、たのし。サイコーだな、ゼファー!」


『うん!!さいこーッ!!』


「リエルは、ちょーっと声が足りなかったかも?」


「う、うん。ごめんね、なんか、ちょっと照れが出ちゃったのよ……」


「照れるなよ?オレたち、体のすみずみまで見せ合った仲じゃないか」


「ご、誤解を招くような言い方をするな……っ」


 そうかね?


 あんまり誤解って断じられるほど、嘘は混じってないと思うんだけど。


 まあ、オレが一方的に見ちゃったようなもんだけどね。そういう意味では、正確じゃないかもしれないなあ、『見せ合った仲』というのは。


 今度、お返しに見せてやらないとな……。


 しかし。ああ、酒飲めて、騒げて、竜にも乗れて、『家族』が一緒で。ほんと、なんだか最高だねえ?……これから恐怖のディアロス文化に染め上げられているであろう、彼らの狂気の都『バロー・ガーウィック』へと向かうわけだけど、全然、怖くない。


 アルコールが切れちまうと、もっと怖さが出てくるかもだけど。


 今は、ぜんぜんへっちゃらー。


「ほんと。ヘラヘラして楽しそうだな、ソルジェ・ストラウス」


「ああ。君たちと一緒だから」


「お兄ちゃん、素敵!!」


『あはは。『どーじぇ』、もてもて!!』


「ああ、そのうち、ゼファーに弟分作ってやるからな?」


「へ、変なこと言うんじゃない、ソルジェ・ストラウスっ!!」


 ツンデレ・エルフさんが、オレの首にその細い腕を回してギュウギュウ締めてくる。ほんと、照れ屋さんだ。そして、チョロい。照れまくった声で、オレの耳元に、ばかっ。て、囁いてるもん。


 そーだな、今度の戦が片付いたら、マジで仕込むのもありかもしれねえや。


 『ハーフ・エルフ』は強いって評判だし?竜騎士と、森のエルフの王族のあいだのガキなら、世界最強っぽいじゃん。ストラウスさん家が、ますます最強になっちゃうね。


「……へっくし!!」


 ミアがくしゃみした。うん。そうだな、さすがに夜風が冷たすぎるな。これ以上、飛べば北極圏の風にさらされることになるかも?


 よーし。スゲー寒いのに、愚痴もこぼさず、よくがんばってくれたなミア!!……今夜は、潮時だ。


「ゼファー!!降りるぞ!!あそこの平地が見えるな!!」


『うん!!だいじょうぶ、おりられるよ!!』


「リエル。『鏑矢/かぶらや』で、ロロカとジャンに合図を送ってやれ!!」


「了解だ、ソルジェ団長」


 リエルがオレの背中の裏側でもぞもぞ動いて、夜空へ向かって『鏑矢』を放っていた。ヒュウウウウウウウオオオオオオンンッ!!という、間抜けな鳥の長鳴きみたいな音が夜空を駆け抜けていった―――。


 鏑矢ってのは、合図用の矢さ。先端には『鏃/やじり』の代わりに、陶製の『笛』みたいなものがくっついている。それが風を食らうことで、音が鳴るって寸法だ。


 コイツは、我が団のオリジナル作品で、かなり遠くまで音が響くぞ?作ったのは、もちろん、ハーフ・エルフのギンドウ・アーヴィングだ。


 飛行機械の発明は、あと400年ぐらいかかるんじゃないかと思うけど、既存の技術をギンドウ流にアレンジした製品たちは、マジで高性能。


 金に縁遠いオレたち『パンジャール猟兵団』のなかで、戦場以外で死ぬほど稼げそうなのは、ギンドウぐらい。


 今夜もギンドウの鏑矢はよく鳴いてくれていた。


 おかげで、すぐに反応があったぞ。


『あおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ』


 狼の―――ていうか、ジャンの叫びがすぐに返って来た。


 犬語はまったく理解できないんだが、まあ、おそらく『了解』って意味なんだろうな。オレが部下の言語能力への理解と考察を深めたそのとき、ゼファーの腹が、ぐるる!と鳴っていた。


 ……しつこいようだが、大事なことだからね。一応、注意しておこう。


「ゼファー、ジャンは?」


『……『にく』じゃない。『かぞく』、たべちゃ、だめ!』


「はい。よく出来ました。ホント、絶対にダメだからな」


 ゼファーは人類より高度な頭脳を持っているというのに、これに関しては、なんでこう何度も注意しないとダメなんだろう?……まさか、構って欲しくて、わざとやっているのか?……いや、演技で腹まで鳴らさねえよな……。


 そんなにか?


 そんなに、狼って、美味いんだろうか?


 ……マズいな。いつか、影響されて、『狼鍋』にチャレンジする日が来るかもしれない。ダメだぞ、オレ、自重しろ。せめて、ジャンがいない時に、やってみよう。


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